148 彼女は勇者の師匠になった

「もっと腰を落として! 踏み込みが甘いです!」

「はい師匠!」

 

 枢がテナーとクロノアに出会ってしまい動揺していた頃、心菜は勇者アレスに修行を付けていた。

 なぜ勇者に剣を教えるなどという珍事態になったかというと。

 最初は、行き倒れの少女ということで助けてもらっただけだった。枢と再会した心菜は、当然、村を出て枢を追おうとする。


「待て! 君のような少女が、村の外に出るのは危険だ!」

 

 勇者アレスは善意から引き留めた。

 まあ見た目はか弱い少女に見える心菜であるから、勇者の判断が別に間違っていた訳ではないだろう。

 しかし心菜は赤ずきんの皮を被った狼?である。

 

「どうしても引き留めるのなら、心菜と決闘するのです」

「は?」

 

 ここで勇者アレスは二度目の失敗を犯した。

 か弱い心菜の見掛けに騙されて「決闘だなんて言ってるけど、ちょっと剣で脅せば言うことを聞くだろう」と思ったのだ。

 枢がいれば大いに止めに入る場面だった。

 哀れ勇者アレスは、心菜に完膚なきまでに叩きのめされた。

 そして何を血迷ったか、はたまた頭を打ったのか、心菜に弟子入りすると言い出したのだ。


「勝ち抜く極意は、一刀に魂を込めることです」

「師匠、例えば?」

「絶対生き残るぞという強い意思、執念、怨念、怨嗟……ゲットユアーハート、枢たんの心の臓を刺し貫く覚悟!」

「つらぬく?……カナメって奴はあんたの恋人じゃ」

「枢たんを手にいれるには、枢たんを越える力を手にいれないと!」

 

 何かが間違っている。

 しかし勇者アレスは指摘しなかった。

 つっこんではいけないと彼の第六感が囁いている。

 

「……俺も、どうせなら災厄魔を倒すことを目標に剣を振ろうと思います」

「その意気ですよ!」

 

 二人は意気投合して修行に明け暮れる。

 

「枢たん、私を置いていくなんて酷いですよ。後でたっぷり思い知らせてやります。フフフ……」

 

 心菜の不気味な笑い声が、夕暮れの空に響き渡った。

 

 

 

 

 テナーとクロノアと深く関わりあうと、歴史が変わってしまう。

 未来の人間たちの行動が変わって、俺が存在する理由が無くなってしまうかもしれない。そうなれば佐々木さんのように俺は消滅してしまうだろう。

 今ならまだ誤魔化せるかもしれない。

 もう戻れないと薄々感じつつも、そろそろと後ずさる。

 

「あー、無事なら良かった。俺はこれで」

 

 台所の惨劇に目を背け、俺はそそくさと逃げ出そうとした。

 

「待って。君は未来から来た神だよね?」

 

 クロノアの声が俺を引き留める。

 

「どうして分かるかって? 僕は一応、時の神だよ。鑑定しなくても、そのくらいは分かるのさ」

 

 俺は足を止めた。

 観念して振り返る。

 

「……さすがクロノア。だったら分かるだろう。未来から来た俺が、変に過去に関わると、歴史が変わってしまう」

 

 正直に、離れようとした理由を伝えると、クロノアは微笑した。

 

「何か理由があるんだね。どうだい? 僕に相談してみないかい? 時間に関することなら、僕が解決してあげられるかもしれない」

 

 お前が諸悪の根源なんだよ!

 俺はそう言いたいのを我慢した。

 今のクロノアは、善人オーラをこれでもかというくらい放っていて、うっかり相談してみても良いかなという気持ちにさせられる。

 だが、ここでクロノアに全部打ち明けると、話がどう転ぶかまるで検討が付かない。

 

「ありがとう。その内に相談するかもしれない。その時はよろしく頼む」

 

 適当に断って、今度こそ、早足で現場を出た。

 後ろから軽い足音がして、マナが追ってくる。

 

「アダさん、未来から来たの?」

「まーな」 

「未来で私はどうなってるのかな……?」

 

 マナは不安そうな表情をしている。

 俺の知る限り獣神マナという存在は、未来にいない。

 女神が邪神と共倒れした時に、一緒にいなくなったのだと思われる。

 

「さあ。俺は君と会ったことがないから、知らない」

 

 未来の推測を口にするのは、はばかられた。

 

「嘘つき。同じ神族で、同じ時代に生きているなら、知らないなんてあり得ない。私は未来で死ぬのね?」

「本当に知らないんだ。俺は遠い未来から来たから。俺の知らないところで生きているかもしれない」

「私は、双子の姉がいるの。人間に転生しているかもしれない彼女と出会うために、永遠を生きる神になったのに……!」

 

 はて。双子? なんか最近、双子の話を聞いたような……。

 

「心菜も双子って言ってたっけ」

「ココナ! あなた心菜を知ってるの?!」

 

 マナは激しく食いついてきた。

 まさか。

 

「もしかして、日本人? 俺も地球は日本の出身だけど」

「ええ?! よく見ればアダさん、黒髪で黄色い肌の彫りの浅い日本人顔ですね。目の色がスカイブルーだから現地の人かと」

「これには深い訳があってだな……」

 

 俺は改めてマナの容姿をよく見る。

 心菜と似てないのは、マナが異世界転生しているせいだろう。だが、よく見れば底抜けに明るくてアグレッシブな雰囲気が、彼女そっくりだ。

 

鳳愛菜おおとりまなです。姉がお世話になっています」


 マナはペコリと頭を下げて、挨拶してくる。

 

近藤枢こんどうかなめだ。アダさんじゃなくて、枢と呼んでくれ。早速だけど、心菜に会いに行くか?」

「どこにいるんですか?! 今までずっと見つからなくて探していたんです!」

 

 俺が誘うと、マナは凄い勢いで飛び付いてくる。

 同じ時代にいなかったのだから、今まで見つからなくて当然だった。こんなところにも、バラバラ異世界転生の弊害が。

 

「心菜も、君のことを探してたんだ。会わせてやるよ」

 

 こうして俺はマナを心菜のところへ連れていくことになった。

 心菜が置いていかれたことを根に持って、刀を研いでいるなんて知るすべもなかった。

 

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