90 神様は休業中?

「俺は聖なんちゃらじゃない。人違いだ」

「カナメ……」

 

 頭上でリーシャンが呆れた気配がした。

 アグニも戸惑った表情になる。

 

「俺の鑑定でもハッキリ出ているぞ……?」

 

 向こうの方が鑑定のレベルは上のようだ。

 しかし俺はキッパリと言う。

 

「見間違いじゃないか」

 

 魔界のこんな暑苦しい場所で、少年漫画よろしく決闘する気はないのだ。そういうのは今までに何回もあったので飽きている。

 

「神なのに、神じゃないと主張する奴は初めて見たぞ。普通は自分から名乗るものなのに……ハッ、もしや病気か何かで本当に自覚がないのか」

 

 俺の回答が腑に落ちないらしく、魔神アグニは悩み始めた。

 

「しかし竜神と共にいるし、少なくとも無関係なはずは……」

「じゃあな」

「ちょっと待て!」

 

 アグニが悩んでいる間に来た道を戻ろうとした。

 だが背を向けようとした瞬間、呼び止められる。

 俺は舌打ちした。

 

「ちっ……何の用だ。俺は忙しいんだよ」

「お前本当に聖晶神か?! ガラが悪いぞ!……まあいい。聖晶神だろうとなかろうと、俺を前に動じない強者であることは確かだ」

 

 どうあっても戦いは避けられないらしい。

 俺は諦めて立ち止まる。

 アグニは大仰にファイティングポーズを取った。

 武器は無い。素手で戦うスタイルのようだ。

 

「試させてもらうぞ……てやっ!」

 

 踏み込みと共に一瞬で距離を詰め、メリケンサックの付いた拳を叩き付けてくる。

 

光盾シールド

 

 俺は用意しておいた防御魔法を使った。

 六角形の光の板が現れ、アグニの攻撃を防ぐ。

 激しい火花が散った。

 

「まだまだあっ! アチョチョチョチョッ!」

 

 アグニは連続で左右の拳を繰り出す。

 光盾はびくともしない。

 

「無駄だよ! 僕ら光の七神の中でも、カナメは最も堅固な盾を持つと言われてるんだ!」

 

 俺の頭上でリーシャンが自慢した。

 だからそんな設定知らんっちゅーに。

 

「ふっ……ならば」

 

 アグニは後ろに大きく跳躍して距離を取った。

 

「我が全身全霊の攻撃で、その盾を貫いてみせよう……!」

 

 アグニの体から赤いオーラが立ち上る。

 ひゅーっと深い呼吸と共にオーラが大きく燃え立ち、アグニの拳に炎が宿った。

 

「カナメ、ヤバイよヤバイよ」

「お前さっき俺の盾が最強だとか威張ってなかったっけ……?」

 

 リーシャンは俺の背後に隠れた。

 やれやれ。

 

「ゆくぞ……昇炎拳!」

 

 アグニが流星のように突っ込んでくる。

 接触の瞬間、自動車が電信柱に激突したような音が鳴った。

 俺の前の光盾が凹み、ヒビが入る。

 

「……」

 

 アグニがニヤリと笑う。

 

「追加で光盾×2」

 

 俺は冷静に防御魔法を展開し、一枚を壊れそうになっている光盾に重ね、もう一枚は前方右側に浮かせた。

 浮かせた方の光盾を遠隔操作して、横からアグニを殴る。

 

「のおおおおおおおおっっ?!」

 

 アグニは豪快に吹っ飛んだ。

 一瞬で姿が消え、地面をえぐりながら隣の家に飛んでいく。

 小さな家は老朽化が進んでいたのか、木っ端微塵になった。

 思ったより派手な結果に俺は驚いた。

 

「あれ? 変だな。加減を誤ったかな」

 

 自分の指先を見つめるが、答えが出る訳もなく。

 諦めて顔を上げる。

 無言でゆっくり十秒数えた。

 アグニは起き上がってこない。

 

「もうダウンか? まさか、そんなはずないよな」

 

 瓦礫に近寄って、アグニが埋もれてるあたりを光盾でスコップした。

 

「うおおおぅ!」

 

 アグニの体が上に飛んで、まっ逆さまに落ちてくる。

 地面に上半身がめり込んだ。

 

「……」

「カナメの勝ちで良いんじゃない?」

 

 魔神ともあろうものが、こんな簡単でいいんだろうか。

 これは何かの罠に違いない。

 

「……念のため、この辺一帯を更地にしとくか。魔界だし遠慮しなくて良いよな」

 

 全属性を束ねる最強呪文の詠唱を始める。

 なぜかリーシャンが「やり過ぎなんじゃ」と頭上で呟いた。

 魔法の気配を感じたのか、アグニの下半身がバタバタしはじめる。

 

「待った! 俺の負けだから! お願いだから止めて!」

 

 復活して、ゾンビのように地面を這いながらアグニが懇願する。

 仕方がないので俺は呪文の詠唱を中断した。

 

 

 

 

 風呂付きの宿とは、アグニの宮殿の事だった。

 俺をアラブ風の宮殿に案内した後、アグニは消沈した面持ちで去っていった。

 

「良い湯だな~」

 

 プールのような大浴場を貸し切りだ。

 天井付きの半露天からは、赤い花の咲く丘陵が見渡せる。爆発炎上してなければ、非常に美しい光景だ。

 俺は久しぶりにゆっくり湯に浸かった。

 

「気持ちいい~。カナメがお風呂にこだわってた気持ちが、ちょっと分かったよ」 

 

 リーシャンが犬かきで泳ぎながら言う。

 灼熱地獄という地名から熱帯のような気温を想像していたのだが、実際は少し寒いくらいの気候だった。

 しかし、この温水は地下から沸いているのだろうか。

 だとしたら地下にはマグマ溜まりがあるということになるが。

 

「……あなた方が、アグニ様に勝ったという勇者か!」

 

 ぼんやりしていた俺たちの元に、使用人の格好をした男が飛び込んで来た。

 

「明後日の闘技大会の決勝戦、負傷して寝込んでいるアグニ様の代理で出てもらいたい!」

「はあ?」

 

 男は魔族には珍しく人間の姿をしていた。

 黒髪にエメラルドグリーンの瞳、痩せた体格の真面目そうな男性だ。

 種族はもしかして竜人なのかなと思いつつ、俺は当然ながら男の要求を断った。

 

「アグニが回復したら決勝戦すれば良いだろ」

 

 サナトリスはともかく、俺は闘技大会に出るつもりは毛頭ないのだ。

 男は俺の返答を聞いて肩を落とした。

 

「そうか、そうだな。そう言われると思った……決勝戦延期では借金を返せない。奴隷の人間を百人ほど、食肉用に売り飛ばすか……」

「おい」

 

 人間の肉が食用だとか、グロい言葉を聞いて俺は眉をしかめた。

 

「その話、もっと詳しく聞かせろよ」

 

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