71 レベル上限の解放について*

「こうして僕とカナメは友達になったのさ!」

 

 俺の頭の上で、リーシャンは誇らしげに胸を張った。

 

「そうなんですか、すごいですね! ていっ」

「まだまだー」

 

 笑顔で鞘に入ったままの日本刀をブンと振る心菜。

 リーシャンは華麗にジャンプして避ける。

 あわれ心菜の攻撃の犠牲になった、俺の髪の毛数本が、無惨に散った。

 

「リーシャン。いい加減、俺の頭の上に乗るの止めろよ」

 

 俺は顔を引きつらせる。

 先ほどからリーシャンは昔話を皆に披露していた。

 川の下流に向かってひたすら歩いているところで、暇だったからだ。


「気にしないー、気にしないー♪」

「気にする! 俺の毛髪をいたわれ! それに心菜も、ことあるごとに刀振り回すのは止めろ!」

「枢たんに怒られてしまいました」

 

 心菜は可愛く舌を出すと、手元の日本刀を送還した。

 そんなもので誤魔化されないからな。


 神聖境界線ホーリーラインの補修のため、俺たちはアダマス王国を出発して海を目指すことになった。

 今回は完全に俺の私情だが、他に行くところも仕事もない真たちは「暇つぶしになっていいぜ」と快く同行してくれている。

 

 代々木のダンジョンから異世界に落ちた直後は、皆それぞれ独力で衣服や雑貨を調達していた。だから時間もお金も無くて、粗末な装備になっていたのは仕方のないことだ。

 しかしアダマス王国では、大聖堂からセレロン金貨の支給もあり、衣服や装備を整える余裕があった。セレロン金貨は人界で流通している共通貨幣だ。密かに手を回して通貨の単位を揃えさせたりした話は……また今度だな。

 という訳で、皆、装備を一新している。

 

 心菜は、剣士らしく動きやすいズボンとシャツの上から簡易なブレストプレートを付けている。ピンク色の薄い長衣を腰のベルトで止めており、長衣の裾がスカートのように風にひるがえっていた。

 大地と椿は海賊の恰好から着替えている。大地は旅の剣士、椿は長めの黒いローブを羽織っていかにも魔法使いという佇まいだ。

 対して夜鳥と真は、街中に歩いている人々と同じくらい身軽な格好である。真は戦士や魔法使いでは無いし、夜鳥は昼夜で性別が変わるため体を締め付けないラフな服を好むようになっていた。

 俺も服装に拘りがなく、戦士のように武器防具は必要ないので、気楽なシャツズボンに外套を羽織った格好だった。

 

「……それにしても、敵のレベルを考えると、俺たちもレベル上げしたいところっすね」

「どうしたんだ大地、真面目な顔をして」

 

 大地が珍しくシリアスな表情をしていたので、気になって聞いてみる。

 俺は話をしながら、さりげなく頭上のリーシャンを捕まえ、小脇に抱えた。リーシャンは「わーん、高いところが好きなのに」とバタバタしている。

 

「だって枢さん以外、俺たちLv.200以下っすよ? 強敵が何人も出てきたら太刀打ち出来ないじゃないですか」

 

 おお、大地にしては鋭い意見だな。

 

「ちょっと、私のことを忘れていなくて? あなたたち雑魚なんて、雑魚のままで良いのよ。全部、私が蹴散らしてあげる!」

 

 椿が長い黒髪をかきあげながら言う。

 彼女はLv.602だから、有言実行できる立場だ。

 

「確かに。枢たんを守るため、心菜ももっと強くなりたいです!」

 

 心菜は真剣な面持ちで拳を握りしめる。

 俺は嬉しいような不安なような、複雑な気持ちで彼女の横顔を見つめた。

 出来るなら、心菜には傷付いて欲しくない。

 

「……海だ!」

 

 黙りこくっていた夜鳥が急に声を上げ、駆け出した。

 川と海が合流する地点が見えてくる。

 すぐに心菜も「海は広いな大きいな」と歌いながら後を追った。

 俺は苦笑しながら、はしゃぐ連中の行動を見守る。

 

「そういや枢っち」

 

 隣の真が、落ち着いた様子でちらりと俺を見た。

 

「結局、シシアさんは置いてくのか?」

「……反対方向になるからな」

 

 シシアのことを失念していると大地や真に指摘され、彼女が行方不明だと気付いたのだが、合流は先伸ばしにしている。

 

 リーシャンが俺の仲間の場所を嗅ぎ付けられたのは、大地や真が地球人で、異世界アニマの人間と波長が違ったから、らしい。元から異世界人のシシアは、周囲に溶け込んでいて、リーシャンも場所が分からないそうだ。

 手掛かりを知っているとすれば、シシアが仕える時の神クロノアだが、奴の領地は海と反対方向だった。

 先に神聖境界線ホーリーラインの修理をしたいと考えた俺は、シシアの件を後回しにすることにしたのだ。

 

「ほーっほっほっほ!」

 

 突然、高笑いが響く。

 

「待っていたわよ!」

「……七瀬」

 

 俺たち全員、うげっとなった。

 前方の海にわんさか魔物が集っている。

 魔物の中心で高笑いしているのは、露出度の高い格好をした少女だ。

 彼女は七瀬といって、アダマス王国に襲撃をかけてきた黒埼の手下だ。相変わらず目に痛いレモンイエローの水着ドレスを着て、イルカを従えている。

 

「ん?」

 

 七瀬を観察していて、俺は彼女の下半身に違和感を覚えた。

 

「腰から下が魚?」

「マーメイドと呼びなさい!」

 

 人魚だった。

 でかい二枚貝の間で優雅な魚の尾っぽが揺れている。

 こいつも魔族だから、人間じゃないんだな。

 

「カナメっち、七瀬のレベルが……」

「ん?」

 

 真が青ざめている。

 俺は七瀬に鑑定を使った。

 

 

 ナナセ Lv.1016 種族: 魔族 クラス: 人魚歌手

 

 

 レベル上限はLv.999じゃなかったのか?!

 はっ……そうか。Lv.1000以上になる称号があるんだな。

 俺が疑問の声を上げる前に、椿が鋭く指摘する。

 

「七瀬あなた、どうやってレベルを上げたのよ?!」

「ふふふ……異世界の自分と地球の肉体を統合して手に入る称号"超越者"は、レベル上限を解放する効果があるのよ。私はさらに"早熟の黄金果"というアイテムを使って、レベルを2倍にしたの」

 

 ということは、元はLv.508だな。

 

「アイテムの効果が切れると、しばらくレベルが半分になるペナルティもあるけど……それまでにあなたたちを倒せばオーケーよ!」

 

 七瀬は、ペラペラ聞いてないことまで話してくれた。

 

「枢さん、ヤバイっすよ!」

「落ち着け大地」

 

 レベルだけ見れば今までで一番の強敵なので、大地が慌てている。

 俺は大地をなだめながら、深々と溜め息を吐いた。

 

「あなたたちの旅はここで終わりよ!」

 

 はやばやと勝利を確信している七瀬へと、落雷Lv.999を投げつける。

 彼女は余裕の笑みを浮かべて回避しなかったが……

 

「ギャアアアーッ! 何このダメージ?!」

 

 感電して身をよじる七瀬。

 相当痛いらしい。

 髪の毛がチリチリに逆立って口から煙を吐いている。

 美少女が台無しだ。

 

「やっぱりな」

 

 七瀬は大ダメージに衝撃を受けているようだが、俺は想定通りなので驚かない。

 真が「どういうこと?」と聞いてくる。

 

「前に俺のステータス見せただろ。Lv.999だろうと、基礎能力値はそう変わらないんだよ。大事なのは、スキルレベルの方だ」

 

 スキルレベルを引き上げるアイテムは、ほぼ存在しない。

 スキルレベルだけはズルせずに地道に上げるしかないのだ。

 

「つまり……本体のレベルを500やそこら引き上げたって、意味ないんだよ」

 

 俺の言葉に「いや枢っち、普通は500上がったら脅威だからね」と真が呆れ顔だ。

 七瀬は「そんな……!」と絶句している。

 目に見えるレベルイコール実力差だと勘違いするから、こうなるんだよ。

 

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