39 神明裁判

 大昔の日本では、罪人に煮立った釜に手を入れさせ、熱湯で火傷しなければ「神の赦しあり」として無罪にしていたそうだ。

 何か事件が起きた時、神ならぬ人の身に事の真相が分かるはずもない。

 現代なら裁判をして罪の所在を明らかにするところだが、司法が発達していない昔には「どちらが悪でどちらが正義か」を証明することは難しかった。だから全部、神様に判断を委ねたのだ。

 

 この異世界アニマでも、現代日本ほど法律や裁判の仕組みが発達していないから、最終的には守護神の判断が絶対ということになる。

 そして神の判断を仰ぐ「神明裁判」は、一歩間違えれば死が待っているので、よっぽどの覚悟と自信が無ければ自分から言い出す罪人はいない。

 

「正気か? 神の前に隠し立ては不可能だ。少しでも過ちがあれば、煉獄の炎に骨まで焼かれ、苦しむことになるぞ」

 

 騎士の一人が信じられないものを見るように言った。

 普通の人間に炎神カルラの火を防ぐことは不可能だ。

 俺にはできるけど……秘密にしておこう。

 

「俺と俺の連れが、無罪だと証明できるなら何でもするよ」 

「……では、守護神カルラに裁決を下して頂こう。神殿まで護送するから、魔法を解け」

 

 黒鴉が観念したように呻いた。

 俺が魔法を解くと、黒鴉と騎士の連中はのろのろ動き出した。

 殺気は止んでいる。

 

「関係者全員を神殿に連れていく。いいな……?」

「ああ」

 

 逃げも隠れもしない、と頷くと、逆に騎士たちはひるんだようだ。

 

「縄を掛けたほうが」

「止めろ。神の裁きを受ける気骨がある者を、一方的に罪人扱いはできない」

 

 食堂の人も含め、裏口から俺たち全員、騎士団に囲まれて連行された。

 

「枢さん、大丈夫なんっすか?!」

「落ち着け大地」

 

 大地は泡をくって騒いでいる。

 こいつは俺の来歴を詳しく知らないからな。

 

「もうなるようにしかならんだろ……」

 

 夜鳥はいろいろ諦めているようだ。

 

「ええ、ええ。カナメ、あなたは大丈夫でしょうとも! でも私、魔神側にいて、いろいろ悪いことをやってたんですけど?!」

「椿、自覚があったのか……大丈夫。苦しまないように祈っておいてやるよ」

「なんですって?!」

 

 椿は別の意味で動揺している。

 彼女はクラス名「吸血鬼の女王」とあるし、魔族側なんだろうなーと思っていた。

 カルラは魔族を嫌っているから、もしかすると椿に攻撃するかもしれない。

 冗談はともかく、今は旅の仲間だから、守ってやるつもりでいるが。

 

 グリフォン数頭がつながれた、大人数を収容できる車に乗り込み、俺たちは帝都プラズマの上層へ向かう。

 俺たちは、漆黒の柱が立ち並ぶ荘厳な建物の前に運ばれた。

 ここがカルラの住む神殿か。

 

「……咎人が、神の裁きを受けたいそうだ」

 

 騎士団の人が神官に声を掛ける。

 

「奥へどうぞ。本日、カルラさまは機嫌が悪いようです。不運でしたね……」

 

 神官は可哀そうなものを見る目で俺たちを見た。

 暗黙の死刑宣告だ。

 巻き込まれただけの食堂の人は震えあがっている。大地も椿も青ざめていて、夜鳥は現実逃避しているようだ。平然としているのは俺だけである。

 俺は先頭に立って、さくさく前に進んだ。

 前方から強大な魔力の気配を感じる。

 

「カルラさま、裁きを受けたいという咎人が参りました」

 

 神官が祭壇に灯された炎に頭を下げた。

 途端に、炎が激しく燃え上がった。

 燃え広がった炎から金色の不死鳥が現れる。

 目もくらむような神々しい姿だ。

 

『我は、破壊と再生を司る炎神カルラ……人の子よ。申し立てがあるというなら、聞いてやろうではないか』

 

 火の粉が俺たちの周囲を舞い散り、神官が床に叩頭して平伏した。

 立っているのは俺だけだ。

 俺は気安く不死鳥に話しかけた。

 

「久しぶり、カルラ」

『……?』

 

 透明なリーシャンが、気楽にパタパタ飛んで、カルラに近づき耳打ちする。

 

『カルラー、ほら、アダマントだよー!』

『へ?』

『アダマントは石の身体で話せないから、君も声を聞いてみたいなあって、前に言ってたじゃないか』

 

 リーシャン、カルラといつもどんな話をしてるんだ……?

 不死鳥は固まると、俺を凝視した。

 

『ア、アダマント……?』

「いや名前はカナメなんだけど」

 

 俺が答えると「ブシュー!」と派手に湯気を出して、カルラは翼で顔をおおった。

 

『や、やだ! 私、寝起きなのよ! 羽毛を溶かして身だしなみを整えてないのに!』

「はい……?」

『いやー! 仕切り直させて!』

 

 カルラは何故か、炎の中に引っ込んだ。

 俺は腕組みする。

 予想外の展開にポカーンとした神官や大地たちが、俺とカルラを呆然と見ている。

 少しの時間が経ち、再びカルラが炎の中から現れる。

 今度は虹色のオーラを背負って羽毛を赤く艶々させていた。

 

『我は、破壊と再生を司る炎神カルラ……聖晶神、我が神殿にいかなる用か』

 

 恰好つけて登場台詞をリピート再生してやがる。

 突っ込みたいけど……突っ込まずに流すか。

 

『素直じゃないなー』

 

 リーシャンがくすくす笑った。

 俺は咳払いする。

 

「あのな、カルラ。俺たち、皇帝暗殺した奴らの仲間だと疑われてるんだ。全然関係ないのに。お前から言ってやってくれないか?」

『皇帝暗殺? カナメは私と話に来た訳ではないの?』

 

 カルラはいきなり落ち込みだした。

 祭壇がどーんと暗くなる。

 なんなんだ、この気分の浮き沈みの激しさは!

 

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