第34話 月の扉
とんでもない爆弾を投下した陛下は、
「ナナにばらしたことがばれたら、バーナードが怒るかもなぁ」
と、会場のほうにいるもう一人の陛下を見ながら苦笑いをした。
分身しているときの行動や考えは、お互いにはわからないのだそうだ。そして、それぞれの考え方も微妙に違うらしく、一つの体に戻った時に記憶も一つになるのだという。
「ナナ。君は、ケイにゲシュティの家族と再会させるという願いを叶えた。父、母、そして僕だ」
「でも、母は一人っ子で……」
「そうだ。ケイが五歳、僕が十歳の時に親子の縁は切られた。次の王としての教育を受けるため、貴族の養子にされたんだ。ひでえ親だろ? 僕は王になんかなりたくなかったんだぜ?」
陛下が、お母さんの、お兄ちゃん?
「ソラの町から、いや、ラミアストル領からも僕の存在はなかったことにされた。だが可愛い妹のことはいつも案じていたよ。あの子がレシュールに飲まれたと聞いたときは――」
思いだすたびに悔しいと思っているその姿に、ストンと納得する。
私の勘はあっていたのね。本当にお母さんのお兄ちゃんなんだ。
お父さんもお母さんも一人っ子だと聞いていたから、親戚というものがよく分からなかった。血のつながりがある人が目の前にいるということが、とても不思議な感じがする。
サリーおばあちゃん達は、貴族たちの反感と同時に仕立て士たちの反感も抑えるために、陛下との親子の縁をすっぱり切ったという。ただお互いの立場上、上級仕立て士であるおばあちゃんとは年に一回は必ず会ってしまうし、おばあちゃんの力は上級仕立て士の中でもダントツに強いため、選定式でも陛下の服を仕立てることになってしまうのだそうだ。
「それは、誰が選ぶのですか?」
「誰というか、天……かな?」
「天? 神様とかですか?」
「そういうことだろう。誰も操作はしていない。僕たちの力の及ばない何かが働いているんだ。そのせいで、僕は選ばれてしまったしね」
「……陛下は、王様でいるのは嫌ですか?」
思い切って聞いた質問に、陛下はクスリと笑う。
「人々のために働けるのは楽しいよ。やりがいもある。ただ、そうだな。普通の男として、仕立て士か造形士になって、かわいい妹を嫁にやって、自分の子どもや姪や甥と遊んでやって。そんな普通の生活もしたかったんだよ」
そう言って陛下は、あったかもしれない未来を見るように遠くを見つめた。
「……おじさま」
「!」
思い切ってそう呼ぶと、陛下は目をカッと見開いて、少し前に力を解除した私を一瞬だけむぎゅっと抱きしめた。間に挟まれてしまったタキが不機嫌そうに唸る。
「ありがとう、ナナ。君が生まれてきてくれて、本当に嬉しいんだ。ケイが生きていることを教えてくれた。もう二度と会えないはずの妹に会わせてくれた」
「それは……」
「本当だよ。君が会わせてくれたんだ。間違いない。――あれは深夜だった。月のない静かな夜なのに、突如丸い月のような扉がゆっくりと開かれ、その先に不思議な部屋があった。そこに、ケイが横たわっていたんだ」
病室の中で開かれた扉は三つ。
「父さん母さんとケイ。それから僕の四人が集まることなんて二度とないと思っていた。部屋には君のお父さんとお兄さんもいたね。タキ、君もいた」
扉とはいっても、薄い膜のようなものに阻まれて触れることは叶わなかったという。それでも言葉を交わし、顔を見ることができた。扉も、その向こうにいる陛下たちも医師たちには見えないらしい。そしてその不思議な空間で、陛下たちは母を最期の瞬間まで見届けたという。
病院に動物は連れてはいけない。
でも、タキも一緒だったの? タキは、私の代わりにおぼえているの?
「タキ……」
私は役に立った? お母さんは喜んだ?
「っ……お母さん。お母さんっ!」
私は胸の奥からあふれ出す物を止められなくなってしまい、そのまま選定式が始まるギリギリまで大泣きしてしまった。陛下は少し困ったような、それでいて自分も泣きそうな顔をしながら、ぽつりぽつりと思い出話をしつつ側にいてくれた。
☆
「さ、これで目の腫れはひいたぞ」
陛下は癒し効果のあるハンカチを私の目じりに当て、手慣れた様子で私が泣いたあとを消していく。そのしぐさに、やっぱり女たらしな感じだなぁと、ちょっとおかしくなってクスリと笑ってしまう。
「さて、名残惜しいが、もう行かねばな。ナナ、さっきの件はしっかり考えておくんだぞ。忘れたフリは駄目だからな?」
えっ、さっきのって。
「みんみん亭の餃子の件ですね。忘れてませんよ」
みんみん亭は、私が小さいころ近所にあった中華屋さんだ。老夫婦が経営しているそのお店がお母さんはお気に入りで、特に餃子が大好きだったのだ。でも私が五年生の時に、娘さんと一緒に暮らすと言って引っ越してしまって、店も閉店になった。
『お父さんが作ってくれる餃子もおいしいけど、お母さんが好きだった味とは少し違うのよね』
というので、みんみん亭の味を思い出しながら私が作った餃子がお母さんには大ヒット! 以来、あれ食べたいこれ食べたいのリクエストに応えることになったんだ。私が、食べた味の再現ができることに気づいたきっかけはこれだったんだけど、陛下が知ってたことにびっくりだ。
考えてみれば、お母さんもかなりの食いしん坊さんだったよね。お父さんが迷わず料理人になったはずよ。
「いや、それじゃないぞ。いやいや、それもだけど、それも重要だけれど、それだけじゃないだろう。忘れるなよ」
わざと忘れたふりをしてるんだから、陛下も忘れください。
「どちらもお婿さんなんて無理です! 陛下こそ忘れてください」
ムリムリムリ。
ましてやイトコだと分かったお兄さんたちなんて、ありえないです。
「イトコでも結婚はできるぞ」
「それは日本でもそうですけど、気持ちの問題なんです」
「だから、自然に恋に落ちたらでいいと言っただろうが」
「それなら、間違いなくあり得ないので大丈夫ですね!」
「なんだ、その妙な自信は? そうだ! さっき誰かと相性がいいと言ってただろう。どっちだ? ブライスか? チェイスか? チェイスのほうが年も近いし、いいかもな!」
「いいかもじゃないですし、どちらでもありません!」
「じゃあ他の男か。僕がお前にふさわしいか、しっかり見極めるぞ。ほら、言ってみろ?」
「そんなんじゃ……」
「いるだろう? そいつ以外、何も見えなくなったみたいな奴が」
陛下の言葉に、私の心臓が巨大な手に握りしめられたみたいにギュッとした。
「いえ、そんな人は……」
「いるんだな?」
この方、絶対私で遊んでる!
「くっ」
「く?」
「クララ様です!」
「はあ? クララ?」
「そうです。清涼な力の流れとか、とても私と相性がいいと思ったんです」
もう一人クローズアップして見えた若君のことは、しっしっと向こうに追いやる。あれは、おばあちゃんの仕立てに注目してただけだし!
「ふむ。クララ、ね。……これは」
やっと陛下は私をからかうのをやめ、顎をなでつつ何かを考え始めた。
会場を確認すると、他の仕立て士達の入場が始まっているのが目に入る。急がなきゃ!
「では陛下。私もそろそろ会場に行かなくては行けませんので、失礼させて頂きます」
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