第13話 タキ

「聞いてよ、タキ。王様に会ってきたんだけどね、なんだかイタリアーンな王様でびっくりしたよ」

 部屋でタキを抱き上げ、なでなでモフモフしながら話しかける。緊張から解放されて至福の時間だ。タキは長い尻尾をパタッと一回振って、「それで?」というように首を傾げた。


「国王陛下が、あんなちょい悪なんとかみたいな人だなんて夢にも思わなかったわ。肖像画だけじゃわからないものだね」

 王様は、若いころはさぞかしモテてたんだろうなぁって雰囲気はあった気がする。あのまま三十年若かったら、たぶんめちゃくちゃかっこいい気がするような、しないような……。うーん、おじさん世代の男の人の若いころなんて想像もつかないわ。

 テレビで大御所俳優の若いころを見て、「おお!」と思うこともあるけど、映像もなしで昔の姿を想像するのは難しいと思う。

 旦那様があれでは、王妃様は苦労してそうって思うけど、どうなんだろうね?


「若かったら私の恋人に立候補したとか、王子の誰かを婿にとか言ってたのよ。最初は冗談だって気づかなかったから、婚約させられちゃうかと思ってすごく焦ったわ」


 そういうと、タキの目が一瞬光ったような気がする。

 ふふ。昔からタキは私のナイトだものね。


「ねえタキ。こっちの男の人って、女の人を見たら口説け、みたいなマナーがあるような気がするんだけど、どう思う?」

 タキ、小首をかしげて目を真ん丸にしてきょとん。

 うん、そういう顔もかわいいね。

 モフモフ、なでなで。癒されます。


「王子様たちは、あの王様の血を引いているわけでしょう。王子様達まであんな性格だったらどうしよう。それはちょっと、いやかなりめんどくさい気がする――めんどくさいけど、これは言っちゃいけないんだろうね。でもめんどくさい。若君のほうが、まだかわいく思えてくるわ」


 私はここへナンパされに来たわけじゃないんだよ。

 恋人や、ましてや結婚相手を探しに来たわけじゃない。

 こっちの結婚適齢期って気にしたことがなかったけど……。ん? もしや私くらいで結婚するのが普通だったりして? ……あれ? そんなことなかったよね?


「おばあちゃん、私、ここで知らない人と突然婚約させられる、なんてことないよね?」

 突然怖くなって、ドアからおばあちゃんの部屋に向かって聞いてみる。

 部屋はリビングと小さなキッチンが付いたスイートタイプで、寝室が四つもついているの。だから、私、おばあちゃん、カトリーナがそれぞれ個室をもらえるという贅沢仕様だ。


「当たり前じゃない」

 向こうで荷解きをしているおばあちゃんに、カラカラと笑い飛ばされて安心する。ないってわかっていれば、きちんとあしらえる気がするわ。多分だけど。


「ナナ、馬鹿なことを言ってないで、さっさと荷解きしなさいよ」

「もう終わりましたー!」

 二つの国で生活しているせいか、旅の準備や荷解きは素早いのです。

 おかげで自由時間ができたから、こうしてタキとイチャイチャモフモフできるのよね。


 タキは今日はずっと退屈だっただろうから、おもちゃでしばらく遊ぶ。

 十四歳なんて、普通の猫ならおじいちゃんだけど、タキは健康すぎて、なんと「人間でいったら二十歳くらいだね」と獣医さんに驚かれるほどなのだ!

 この十四年間いつも一緒のタキ。

 どちらの世界でも一緒だから、家族以上の存在かもしれない。


 二つの世界も一番安定して移動できるのはタキと二人(二人でいいよね。人じゃないけど)のとき。それに気づいたのは中学生の時だったかな。

 最初は怖い思いをして、タキをぎゅっと抱きしめたときが多かったように思う。

 でもある時から、行きたい世界を思い描いて、タキの頭に口づけると簡単に道が開くことが分かったのだ。今は自分の部屋に「目印」を置いてるので、そこが日本側の出口になってるのよ。


 タキと私は二人で一人。

 ずっとなんて無理だってわかってるけど、一日でも長く一緒にいたいな。

 いっそ化け猫でも猫又でもかまわないから。

「大好きよ、タキ」

「にゃー」


 普段鳴かないのに、こんなときはしっかりお返事をしてくれるのがうれしくて、私はにっこり微笑んだ。



「あ、そうだ。おばあちゃん、今夜はお城ここで食事でしょう? お昼は私、外で食べてきてもいい?」

 午後は何の仕事もなかったはずなので、観光もかねて王都を散歩してみたいし、こっちのお料理も食べてみたいんだよね。


「いいよ。迷子にならないようにね」

「はーい」

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