異世界ハーフの仕立て士見習いですが、なぜか若君の胃袋を掴んだようです
相内充希
第1話 若君
「やっぱりナナの作るご飯はうまいなぁ。早く嫁に来いよ」
これ以上ないくらいの笑顔で、若君はいつものように私が作ったものを完食した。
いつもの洒落にならない冗談は、ごちそうさまの代わりかしら。
彼の側で、お付きの方が困ったような顔をしているのを見て、私は肩をすくめる。
「いい加減、うちにご飯を食べに来るのやめて頂けません?」
可能な限り冷たい声を出すけど、若君はカラカラと笑ってそれを受け流してしまう。
これは抗議しても無駄ね――とは思いつつ、私はいつものように苦情を言うべく、両手を腰に当てた。
「だいたいうちは飯屋ではありません。伝統ある仕立て屋なんです。こうしょっちゅうご飯をたかりに来られては仕事に差し障って迷惑です」
以前は丁寧に言ってた苦情も、たまりたまって遠慮が無くなってしまった。
普通ならお付きの方に咎められる場面なんだけど、当のお付きの方は後ろでうんうんと頷いているだけ。多分もっと言ってやれとでも思っているのだろうな。
けれど当の若君には、私の抗議などどこ吹く風のようで、
「とか言いながら、毎回うまい飯をこしらえてくれるじゃないか」
と笑った。
うわっ、ドヤ顔の若君ムカつく!
「だって、食べさせないと帰らないじゃないですか!」
居座られでもしたら、ますます仕事にならない。ひよっこ仕立て士の日々の勉強を邪魔するとか、修行の身を甘く見ないでほしい。時は金なりって言葉もあるんだからね。
怒りすぎて肩で息をする私に、若君はフッと笑いかけてくる。それは、若君に懸想しているご令嬢なら一発でノックアウトの必殺スマイルだ。どれだけのお嬢様方が、この笑顔にときめいてるのかしらね? と、私は冷めた目でそれを受け止めた。
黙っていれば美男子である若君は、マジで無駄なイケメン。略してムダイケだ。
そのとろけんばかりの微笑みは、ぜひともよそのお姉さま方に向けてください。私には一切通じませんからって、いったい何度言ったらわかるのかしらね。まったく。
「まあ、腹もいっぱいになったし、またナナの顔を見に来るよ。できれば毎日でも見ていたいんだけどね。だから早く、俺のところに嫁においで」
そう言って、私の顎の下に伸びてきた若君の手を、あわててかわす。
油断も隙もない。セクハラだ。
「もう来なくていいです! 大体来ても私、いませんからね」
「えっ! どこに行くんだ?」
心の中であっかんべーをしながら私が言ったことに、びっくりするくらい真剣な顔で若君にそう問われる。それに不覚にもドキッとしてしまい、すっごく悔しい。
あの無駄に整った顔が悪いんだ、落ち着け私。こいつの目的は私のご飯だ。
「母のところにしばらく帰るんですよ」
誤魔化してもしつこく問われるだろうと判断し、本当のことを伝える。もちろん詳しく話すつもりはない。
「ああ、ここは祖母殿の家だったな。どれくらいの期間?」
「未定です」
私が冷たく言い放つと、若君は首をかすかに傾け、子犬がクーンと鳴くような顔をする。
「……早く帰れよ?」
クッ。甘えても無駄なんだからね。
「若君に言われなくても、私は忙しい見習いの身ですからね。ご心配なく。ささ、早く帰ってください」
そしてお付きの方ことオリバーさんと協力して、若君にやっと出ていってもらったときにはどっと疲れてしまった。
領主の息子ならそれなりに仕事もあるだろうに、とんだバカ君だわ。あれで私よりも年上なんてびっくりよ。
「はあ。もう、明日じゃなくて今夜のうちに日本に帰ろうかな。ねえ、タキ」
私は、棚の上で寝ていた猫のタキを見上げてそう言った。タキは腹側が白い黒猫で、喉のあたりの一部がリボンのような形で黒くなっている。それがタキシードを着ているようなのでタキになった。
城に納品に行っている祖母が帰ってきたらそう伝えると決めて、私はやっと午後の仕事に取り掛かったのだ。
☆
私の名前はナナ・モイラと言う。
この国ゲシュティの上級仕立て士である祖母の跡を継ぐべく、見習いをしている。
上級仕立て士とは、服を仕立てる仕事だ。と言ってもただの服ではない。様々な力のこもった素材を組み合わせ、特殊な刺繍をして作る特別な服。主に仕立てるのは騎士様など階級の高い人のものだ。
仕立てる際に籠められる力には仕立て士の先天的な能力が必要で、ほとんどが世襲制だという。母は跡が継げなかったため、今は私が跡継ぎになるべく修行に励んでいるのだ。
本当は、母は跡継ぎになるはずだった。その力は十分にあった。
――ただ、不幸な事故でそれがかなわなかっただけだ。
その理由は、私のもう一つの名前でわかるだろうか。
わたしのもう一つの名前は、
ゲシュティ出身である母と、日本人である父との間に生まれた、異世界ハーフ。それが私だ。
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