第223話21歳、百済の女

12月17日火曜日

 午後7時を廻ったカジノには客が増えてきている。

 俺が座ったルーレットのテーブルでは誰も口を開く者がいない。

 テーブルを囲んだ10人とギャラリー20人程が、俺が一点賭けで10万ペソを賭けた勝負の行方を見守っている。

 

 玉が跳ねる音が響く。

『チッチッチッ・・』

 ディーラーの声。

「シックスティーン!」

 周りを囲んだ人々から拍手と歓声が上がる。


 ワンピースの女は手元に引き寄せた沢山の1000ペソチップを手にして笑顔で俺を見る。

 マネージャーが俺の横に来て、360万ペソと記入した紙を俺に渡して言う。

「プリーズ カム ウィズ ミー」

 マネージャーの後に付いてキャッシャーの横のドアを開けてオフィスに入る。

 椅子を指差すので座ると言われる。

「キャナイ チェック ユア アイディー」

 念の為にバスポートを持っていて良かった。

 パスポートを見せる。コピーを取られた。

「チェック オア キャッシュ?」

「キャッシュ ウッビー ナイス」

 小切手は面倒だ。キャッシュが有ればその場で済む。


 5分後、目の前の机の上に1000ペソ札の束が積み上げられた。

 ひと束10万ペソの束が36個。

 360万ペソ。日本円で約800万円。

 ホテルのビニール袋に金を入れて貰ってオフィスを出ると、さっきのイザベルが俺を待っていた。

「アナタ マジシャンネ」

「ラッキーなだけだよ」

「ワタシモ ウレシデス。7500ペソ ナタデス」

「アナタ マッサージ イラナイカ?」

「ちょっと待ってろ」

 部屋で弁護士と2人で、書類と格闘しているイザベルに電話した。

 仕事が終わらないのでルームサービスを頼むと言う。俺はカジノで食べると言った。

 イザベルに聞く。

「何処に住んでる?」

「マンダウェイ・・デモチカイ。タクシー 10フン」

「子供、連れて来いよ。飯、一緒に食べるか」

「ウレシケド フク ナイデス。ハズカシヨ」

「急に言っても困るよな・・・これ持って帰りなよ。サリサリストアでも出来るだろ」

 札束の1つを渡した。10万ペソ。

「アリガト ホントニ アナタ カミサマ・・・アリガト」

 イザベルは何度も振り返りながらカジノを出て行った。


 部屋に戻ろうかと歩き始めると、さっきの元韓国籍の女が立っている。

 俺に英語で話しかけてくる。

「さっきは有難う。貴方に乗せて貰ったら買っちゃった」

 嬉しそうに微笑む笑顔が可愛い。

「彼氏はどうした?」

「持ってたお金、全部負けたの。機嫌悪くなって帰っちゃった・・・あっ、彼氏じゃないんですよ。友達」

「ふーん。セブには長いのか?」

「英語留学で、もう3か月います。彼も同じ学校」

「帰らないのか?」

「まだ、親がお金送ってくれてるから」

 現金以外で資産を持っていた訳か。

「夕飯、まだだろ? 一緒に食べるか?」


 ホテルのレストランで向かい合っていた。俺はステーキ。彼女はスパゲティーを食べた。彼女に聞く。

「日本人の事を嫌いじゃないのか?」

「・・・自分の国が無くなったのは悲しいけど、仕方ないです。政治家がバカだったから。日本人が嫌いって事は無いです。国籍は関係無いじゃないですか」

「クールだな」

「聞きたいんですけど、何でルーレットの当たり番号が分かったんですか?」

「偶然だ」

「2回続けて?」

「ついてたみたいだな」

「それだけですか?」

 グラスのワインを飲みながら俺を見つめる顔がいい。少しだけ茶色に染めた長い髪が胸元に届いている。

「たまに、何かに引き寄せられる事ってないか?」

「あります。可愛い小物を見つけた時とか」

「俺はね、君のうしろ姿に引き寄せられたんだ。さっきね」

「後ろ姿?」

「ルーレットのテーブルの周りで、立ち上がって賭けてただろ? その後ろ姿を見た」

「それでルーレットのテーブルに来たんですか?」

「そうだよ。それで勝負にも勝った」

「何だか、凄いな。そういうの」

「何で俺を待ってた?」

「・・・私も引き寄せられたのかな」


 彼女を抱いた。スレンダーに見えたが、必要な部分の肉付きは良く、綾香と同じ位はある。

 彼女と過ごす為に、新たに部屋を取っていた。

 1時間かけて21歳の彼女の身体を堪能した。


 シャワーを浴びてスマホを見ると、俺のイザベルからの着信が入っていた。


 ベッドの上で裸のままの彼女に言う。

「俺はもう行かなきゃならないから。部屋代は払ってあるからね」

 ベッドで上半身を起こした彼女が言う。

「もう、行っちゃうんだ。携帯貸して」

 俺のスマホに自分の番号を打ち込んで返して言う。

「何時でも電話して。私の名前はジュリ」

「分かった。俺はトールだ」


 部屋を出てイザベルに電話する。

 イザベルが言う。

「何処にいるの? ご飯食べた?」

「カジノにいた。終わったのか?」

「まだ、完全じゃないけど、今日出来る事は終わったわ」

「分かった。部屋に戻るよ」


 ホテルの外に出て少し走った。汗の臭いで他の女を抱いたのを誤魔化すのだ。


 350万ペソを入れたビニール袋を持って部屋に帰った。

 スイートルームのリビングで弁護士と向かい合っていた。

 イザベルに袋を渡して言う。

「勝っちゃったよ」

 イザベルが袋の中を確かめる。

「凄い。いくら有るの?」

「・・350万ペソかな」

 弁護士が言う。

「何もかも強いですね」

 イザベルがテーブルに札束を積み上げている。

 俺は札束の1つを取って弁護士に渡して言う。

「これ、今回の出張のボーナス」

 弁護士は両手で受け取って嬉しそうに言う。

「有難うございます・・それじゃ私はそろそろ部屋に戻ります。明日は9時にはチェックアウトして書類を役所に出して、バランバンに戻りましょう」

 弁護士は部屋から出ていった。


 イザベルが両手を俺に差し出している。軽く抱いて言う。

「汗かいたからシャワー浴びてくるよ」

 完璧に誤魔化さなくては。

 イザベルが言う。

「私は疲れちゃった。このまま寝てもいい?」

「いいよ。書類と格闘して疲れただろ。ゆっくり寝ような」

 イザベルは立ち上がって寝室の中へと歩いて行った。


 罪の意識で一杯になる。もうすぐ父親になるのに俺は何をやっているんだ。

 しかし、こうやって遊んでいるから妻にも真剣になれる。

 自己弁護しながらシャワー室へ歩いた。



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