第182話フェラーリと馬鹿男
11月6日PM6:00
今日の治療を全て終えて、和室で二階堂とビールを飲んでいた。
二階堂に言われて口座を確認する。確かにジョンの名前でアメリカから500万ドル、5億3000万円が入金されている。残高は約304億円になっていた。金庫にも約2億円が入っている。
NPOの残高は今日の寄付を入れて約70億円だと言う。
フィリピンの財団には約100ミリオンペソが残っていた。テロ被害者の救済と教会の修復で半分以下になったが問題無い。
金庫から1500万円を出して幸恵を呼んだ。200万円は自分の小遣いとしてテーブルの下に置いていた。
全国の犬の保護施設に幸恵の判断で1000万円を分配して送る様に言う。
残りの300万円は神原と幸恵夫婦への暮れのボーナスと言って渡した。
幸恵は礼を言い部屋から出て行った。
金庫の上に置いてあったバックを取り、アメリカから持ち帰った43万ドルを取り出してテーブルに置いた。
二階堂に言う。
「好きなだけ取れよ。残りはフィリピンの財団に送るから」
「それを聞いちゃうと貰えないですよ。今回は要りません。全部、財団に送りましょう」
「お前、いいとこ有るな。今日は銀座行くか」
「いいですね。明日の治療は午後からですし」
神原の運転するアルファードから銀座8丁目で降りる。
午後9時半。アンの店『夢路』は混みあっていた。大きなUの字の頂点の部分に二階堂と座る。
二階堂の隣には麻美。二階堂のお気に入りだ。
キープしてある『響17年』の水割りで乾杯した後で、アンが他の席を離れて俺の隣にやってくる。
「中本さん、お久しぶり!」
言いながら俺の腿をつねる。
「元気そうだな」
「誰かさんが来てくれなくても落ち込んでいられないですからね」
「そう言うなよ」
「分かってますよ、忙しいって。桃色のいきましょう」
「何でも好きなの飲んでくれ」
ベル・エポックのピンクが運ばれてくる。他の席の客が帰り、手の空いた女の子が2人来て、6人で乾杯する。
あっという間にシャンパンボトルは空になり、ドン・ペリニヨンのビンクが運ばれる。
更に2時間の間に、響の新しいボトルを入れ、焼酎の魔王も新しいボトルになった。
12時近くなり会計する。118万円。
金庫からの200万円を持ってきていて良かった。
閉店になり俺と二階堂はアンと麻美を伴って店を出た。
二階堂達は食事をすると言って消えて行った。俺とアンは帝国ホテルへ直行だ。
早朝の4時まで愛し合う。
そのままの姿で眠った。
11月7日AM11:00
アンに起こされた。
各々にタクシーでホテルから帰る。
家の前でタクシーから降りるとパオが気配に気付き吠えている。
外階段から庭に上がりパオとじゃれ合っていると、幸恵がリビングから出てきた。
「お帰りなさいませ。お願いしますから着替えてからパオと遊んで下さい。手入れが大変なんです」
確かに、スーツが既に毛だらけだ。
一度、部屋に上がり普段着に着替えてリビングに降りた。
キッチンにいる幸恵に聞く。
「昼ご飯はなに?」
「ハンバーグとスパゲッティー、どちらがいいですか?」
「ハンバーグ・スパゲッティーにして」
幸恵は笑っている。
「昨日、お預かりした1000万円は20箇所の保護犬施設に送りました。明細はリビングのテーブルに置いてありますからご覧下さい」
「ああ、有り難う」
1階から神原がリビングに上がって来た。俺の顔を見て言う。
「昨日は多額のボーナスを頂き、有り難うございます。ウチのが今朝になって言うものでして」
幸恵の顔を見て言う。
「幸恵さん、隠しておけばいいのに」
神原が言う。
「どのみち、私には自由にさせて貰えないので同じなんですが」
娘達は友達と出掛けていた。
1人でハンバーグ・スパゲッティーを食べる。足元に来たパオにハンバーグの切れ端をやる。
午後1時前に二階堂が患者を連れて来た。今日は4人の予定だ。
3時には終わる予定なので、西多摩霊園のユカの墓参りに行こうと思っていた。
4人の治療は順調に午後3時前に終わり、予定通り西多摩霊園に向かってAMG E 63Sを走らせた。
二階堂も助手席に乗っている。
首都高速4号線から中央高速に入りアクセルを踏み込む。
あっという間に250キロに達し、前を走る車に邪魔されてアクセルペダルから足を離す。
墓を掃除し、花と好きだったヨーグルトドリンクを供えた。線香に火を点す。
手を合わせて目を閉じると、ユカの顔が頭に浮かぶ。
赤いスカートで車に逃げ込んで来たユカ。
浅草を、俺と手を繋いで笑顔で歩くユカ。
肉ジャガを食べる俺の顔を覗き混むユカ。
暫く墓の前でユカの思い出に浸って車に戻る。
二階堂が缶コーヒーを2つ持って待っていた。
AMGに乗り込み、暖かな缶コーヒーを飲んで二階堂に言う。
「ちょっと走るか」
「いいですよ」
中央高速を大月方面に向かった。
相模湖近辺で緩い高速コーナーが続く。パドルシフトで小まめにシフトダウン、シフトアップを繰り返し、タコメーターの針を5000回転付近から下げない。
200キロのスピードで軽く後輪を外に流しながらでも、4輪駆動の安定性と電子デバイスのお陰でパニックに陥る事が無い。
直線ではアクセルを床まで踏みつける。トンネルに入るとAMGの排気音が響き渡る。オレンジ色のライトが後ろに飛んで行き、違う世界にワープしそうな雰囲気だ。
大した長さの直線でも無いのにスピードメーターは280キロを指した。
遥か前方にトラック2台が道を塞ぐのが見え、アクセルから足を離した。
僅かなスピート差で追い越しをしているのだ。
スピードが落ちたAMGの左側からフェラーリ458が抜いて行き、追い越し車線に移る。
フェラーリは直ぐにトラックに追い付きスピードを落とした。
追い越し車線のトラックが左車線に移ったと同時にフェラーリのエンジン音が高まる。AMGのアクセルも床まで踏みつける。
シートに背中を押し付けられた二階堂が思わず声を出す。
「おおっ!」
スピードメーターの針が何の抵抗も無いように時計回りに動く。
200キロ迄はあっという間だ。220、240、260、280。フェラーリの後ろにピッタリと着いていく。
右カーブが迫ってくる。ブレーキを踏みシフトダウン。
フェラーリとの車間距離が大きく開く。AMGのスピードは200キロまで落ちている。フェラーリは一瞬ブレーキランプを点灯させたが、そのままコーナーに入っていく。
『速すぎる』
100メーター先を行く赤いフェラーリの後輪が左にスライドした。半回転したと同時に車体の後ろから宙に舞い上がった。左側の土盛りに車体前部から落ちて斜面を転がる。
AMGを左に寄せて止める。ハザードライトを点滅させて車から降り、フェラーリに駆け寄った。
フェラーリの車体の前半部は完全に無くなっている。後ろのエンジン部分から白い煙が上がっている。
車内を覗き込むと運転席には男、助手席には女。
ドアを開けようとしたが、歪んでいて動かない。一歩下がって念力を使う。助手席のドアを開けて、意識の無い女を運び出す。運転席に回った時に後部からの煙が黒になった。
急がなくては。白い煙は水蒸気だから問題ないが黒い煙は何かが燃えている印だ。
運転席を念力で開ける。歪んでいたドアは車体から外れた。運転していた男は自分で降りてきた。
運び出した女の元に行くと、二階堂がCPR(心肺蘇生)を施していた。
遠くからサイレンが聞こえてくる。
フェラーリの後部からの煙が多くなり出火した。
運転していた若い男が車を見て叫ぶ。
「ああ・・・フェラーリ、俺のフェラーリが燃えちゃうよ」
男に言った。
「お前の女は心配じゃないのか?」
男は二階堂にCPRをされている女をチラッと見て言う。
「心配だけど、フェラーリだぞ!」
思わず腹を撲った。男はその場に倒れた。
「馬鹿かお前は!」
フェラーリは盛大に炎を上げて燃えた。
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