第14刻:紅智%《アカサトパーセント》の自覚なり
三者面談が迫る中、俺には外せない行事があった。
――それは生徒会選挙だ。
単位を増やしたいとか進路を有利にしたいとか、そういう理由もあるが、何よりもこの3ヶ月で思うところがあったのだ。
綾黒は3ヶ月で本当に目覚ましいほどの成長を遂げた。
無関心鉄仮面から変貌し、人を受け入れるようになり、それでも已然として成績を維持している。
ここ最近では表情も豊かになりつつある。
そんな綾黒を見ていたら、もし周囲に恵まれなかったことで拗らせてしまったという人がいれば、手を差し伸べたい。そんな思いが一層強くなった。
ただ、それだけで生徒会選挙に立候補できるほど、俺は立派ではなかった。
俺が立候補した理由は、6月末に実施された生徒会長選挙に立候補した竜ヶ崎会長の演説によるものが大きい。
「――一人一人が自分らしさを尊重して明るく後ろめたさなく、この学園生活を楽しんでほしい! あくまで私の理想ではありますが、私が生徒会長になったからには、一人一人のための生徒会を目指して邁進します!
清き一票を宜しくお願いします!
ご清聴、ありがとうございました!」
とてつもない拍手と歓声がその場を埋め尽くした。
そんな竜ヶ崎会長の演説は未来学園の多くの生徒の理想であり、――そして、俺の理想そのものでもあった。
心を奪われ、俺も竜ヶ崎会長の理念の元に誰かのためになりたくて、あの人の理想を真実に変えるため、生徒会選挙に立候補したのだ。
そのためには演説の内容を考えるだけでなく、推薦者探しも必須となる。
「紅智君、生徒会選挙の推薦者はどうするんですか?」
「…………う~ん、できたら綾黒に推薦者してほしいけど、忙しいよな?」
「分かりました。精一杯頑張りますね」
「即答かよ。少しは躊躇ったりとかないのか? 舞台って結構目立つし、恥ずかしかったり緊張したりするもんだと思うんだが」
「躊躇いません。紅智君のためですから」
「…………そっか。じゃ、頼むな、綾黒」
「はい!」
俺ができたちっぽけな行動の一つで、元無表情美少女の心からの笑顔と信頼を得られていたことが、とても嬉しかったんだ。
***
「私は生徒会役員に立候補した、紅智京です。私が生徒会役員に立候補したのは、竜ヶ崎会長の理想を叶えるためです。
竜ヶ崎会長の理想は多くの生徒の心を掴みました。俺もその一人です。竜ヶ崎会長の理想は俺の理想でもあります。だからこそ、竜ヶ崎会長の理想のために、全校生徒の楽しい学園生活のために、一人でも多くの人の役に立てたら嬉しいと思っています。
力を尽くしていきますので、どうか、清き一票宜しくお願いします。
ご清聴ありがとうございました」
拍手の中、俺はぎこちなくなってしまいながらも舞台裏へと戻る。すると、綾黒から声をかけられる。
「紅智君、途中で私が俺になってましたよ」
「悪い悪い」
「でも、あなたの本心を写しているようで、素晴らしい演説だったと思います。きっと多くの人に届いてますよ」
「ありがとう、綾黒」
『それでは、紅智京君の推薦者、綾黒瑠璃さんお願いします』
「それじゃ、行ってきますね」
綾黒は堂々と演説台へと歩みを進める。
緊張した様子は見られないし、素直にすごいと思う。
「頼んだ、綾黒」
頼もしい背中に思わず、その言葉を口にした。そしてついに、綾黒の推薦演説が始まる。
「私は紅智京君の推薦者の、綾黒瑠璃です。私は彼が生徒会役員として適任であると思っています。ここからは私の個人的エピソードになってしまいますが、聞いていただけると幸いです」
***
入学してから3ヶ月。今、私は勉学に勤しみつつ、友達にも恵まれ、楽しい学園生活を送れています。ですが、3ヶ月には一つなかったものがあります。
3ヶ月前、私は友達がいませんでした。自ら望んで一人でいました。日々を楽しもうとなど思わず勉強ばかりしていて、我ながらつまらない日々だったと思います。そんな私を紅智君だけは放っておいてはくれませんでした。紅智君は勉強という手段を用いてまで、こんな私と繋がりを持とうとしてくれました。
でも、紅智君が根気強く私と繋がりを持とうとしてくれたおかげで勉強ばかりだった私の世界は広がりました。私は変わり、多くの友達を作れました。今、私はこれ以上ないほど学園生活が楽しいです。
***
「紅智君は私のように誰かを変えることができる人です。3ヶ月間見てきたからこそ分かりますが、紅智君には特別な才能は何一つありません。それでも彼はできる限りの力を尽くして私たちのためになるでしょう。紅智君が生徒会役員となったからには更に奮闘してくれます。
どうか紅智君に清き一票宜しくお願いします。ご清聴ありがとうございました」
パチパチパチパチパチパチパチパチ
「……………あいつ」
広がる拍手喝采の中、已然として堂々と舞台裏に戻ってくる綾黒を見ながら、俺は何とも言えない気持ちになった。
「紅智君。私はあなたのために立派にできたでしょうか?」
「――――」
俺は頑張る人が好きだ。尊敬する。
俺と違って眩しくて、立派で、ただ頑張るだけのことを頑張るなんて俺にはできない。普通に努力家なんかじゃない。綾黒は俺のことを買い被りすぎなのだ。
けど、3ヶ月前、誰とも繋がりを持たずに一人で勉強を頑張るあいつを見て、境遇を照らし合わせた。中学の頃はいじめられてて周りに恵まれなかったから、俺も友達がいなかった。あんなに努力するあいつに友達がいないのは、周りに恵まれなかったからと確信した。
『君は悪くない。君は正しいんだ。どんな理由だろうと努力し続ける君は誰よりも――輝いてる』
俺はあいつに寄り添いたいと思うようになった。そのために選んだのは勉強だ。唯一、あいつと繋がるためのツールだった。
俺はあいつを変えるつもりはなかった。俺はただ、俺だけでもあいつを肯定したかっただけなんだ。
それでもあいつは変わった。様々な観点から考え方を広げ、圧倒的な吸収力の高さで急速に成長し、自分を昇華させていくあいつの輝きはさらに眩しくなった。
勉強も、運動も、友情関係も。
――何もかも。
もうあいつはすべてにおいて抜かりなく努力をしている。
あいつはもう、俺なんか飛び越えて、もっと高い次元にいたんだ。それなのに、いちいちあいつの成長を保護者気分で見守るようになってた。俺は何様のつもりだったのだろうか。
けど、それでもあいつを見ていたのには、あいつのそばにいたのは、しっかりと一つ、本当に単純で純粋な理由があったんだ。
もう一度言う。俺は頑張る人が好きだ。尊敬する。
それなのに分からなかったのか、俺は。
「どうしましたか、紅智君?」
彼女が少し心配げにこちらを見てくる。
「…………何でも、ない」
俺は咄嗟に顔を背けてから口にした。
自覚したら、突然熱が伝わって。
それを悟られぬように顔をそらしても返事はぎこちないし。
「…………行こう。ここは邪魔に、なる」
「はい」
けど、一つ。この場でお前に言わなきゃいけないこと。
「…………………………綾黒」
「はい、紅智君」
「…………お前は、俺のためじゃなくても、立派だ。俺は頑張ったお前を立派だと思うし、尊敬してる」
もう一つ。今はお前に言えないこと。
綾黒瑠璃と出会った時から、彼女のことがずっとずっと、好きだったんだ。
尊敬してる。敬愛してる。
けど、そんなものよりも、もっともっと、ずっとずっと――綾黒瑠璃に恋してた。
「……………今言えるのはそれだけだ」
「……………?」
「………いつか、必ずだ。必ず。お前にも分かるように言うよ」
自覚したばかりで、今は形にできてないから。形にできたら、お前に言うよ。
――俺はお前に恋してる、って。
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