第9刻:綾黒%の《アヤクロパーセント》の心理なり
「おはよう」
「…………おはようございます」
俺と綾黒が勉強しつつでこそあれど、まともに会話を交わすようになってから数日が経った。
未だに綾黒は俺以外の奴とは打ち解けようとしない。だからだろうか。最近、何人かのグループを組んだ女子達からの好奇の視線が痛い。
よくもまぁ綾黒はこんなものに平常心でいられるよなぁ……。
「………どうかしましたか? 先程から手が止まっているようですが」
「………え、あ。悪い」
考え事に意識を割いてしまい、上の空で綾黒を見つつ手が止まっていたようだ。
さすがに内容が内容で説明しにくい。今更ながらに必死に勉強している体を取り繕うとするも、かなり怪訝そうな目を向けられていた。
「……………」
綾黒が無言となってしまい、かなり気まずい。
そう思っていると、綾黒は唐突に立ち上がり、自分の座っていた椅子を俺の隣まで持ってきて、俺のすぐ近くに腰かける。
「………綾黒!?」
というか、近い近い近い! 顔に熱が渡るのを感じつつ羞恥心に負けて反射的に立ち上がり、壁に張り付いてしまう。
「いいで…………紅智くん、どうしたのですか?」
「いや、普通に近い! そして外野からの黄色い声が痛い!」
「黄色い声…………ああ、あの好奇の視線ですか」
綾黒が俺たちに好奇の視線を向けていた女子達グループを見ると、途端に女子達グループは視線をそらしわざとらしく別の話題を始めた。
だが、少し俺は綾黒に対して驚いた。
「…………あ、知ってたのか」
「気にならなかっただけです。さすがに分かりますよ」
「気にならないとかすげぇなぁ………」
「まぁ、私は恋愛には興味ないですからね」
「………だろうね」
「………あ、恋愛と言えば、勉学のためとはいえ、紅智くんは私といて大丈夫なんですか?
意中の人とかいたら誤解されると思うのですが………」
「そんな相手いねぇよ」
「………………………そうですか」
「………?」
あれ、何か不自然な間が空かなかったか?
………ま、綾黒本人も勉強に集中してるし、聞こうとしない方がいいかな。
***
お昼休み。つい最近、関わるようになってきた水戸結城と弁当をつつく。
唐突に水戸が口を開いた。
「なぁ、紅智」
「………どうした?」
「お前最近、綾黒とつるんでるけど、あいつってどんな奴なんだ?」
「いきなりどうした」
いつもはラノベ討論というオタク染みた会話をするのに、今日に限って別の話題だったので、ふと気になった。
「いや、あいつ見た目は完璧美少女だろ?」
「うん、だね」
「それでいて少しミステリアスだから俺の
「………ああね」
確かに綾黒は人気だったりする。水戸からの質問はクラスの中心的ポジションである荒木からよく聞かれる内容と同じだった。
だから迷わずに返答することができる。
「あまりに協調性が無さすぎるし、恋愛に興味無さげだし、あいつから恋心を抱かれるのは難しいかな。
ただ、一生懸命努力してる時に、あいつは応援してくれるから、そういう奴とかが好感持たれやすいんじゃねぇの?」
「なぁ………」
「………ん?」
「お前………綾黒のこと大好きなのか?」
とんでもなくムカつくニヤけ面で聞いてくるあたりすげぇ腹立つな、コイツ。
「いや、ねぇよ」
弁当を片付け、俺は委員会の集まりがあることに気付き、急いで準備を進める。
それにしても、他の人からはそういう風に見られてたのか。
今はまだしもエスカレートしていけば綾黒の迷惑にもなりかねないな。少し気を付けてみるか。
***
…………だと言うのに。
「…………………………………えっと、もう一回言ってもらっていい? ……綾黒よ」
「はい。ですから、両親に紅智くんを紹介したいのです。都合のつく日はありますか?」
「お前自分が何を言ってるのか分かってるのか!?」
何これ!? 別にそんなつもりない当人を置いて娘さんを僕にくださいみたいな状況に繋がりそうな予想がビンビンするんだけど!?
そして今の綾黒の一言であっという間もなく、このクラス中の視線が俺達に注がた。ヒソヒソと聞こえ、明らかに誤解されてしまっているご様子。
「何だが一気にクラス中が騒がしくなりましたね。それにやけに視線を感じます」
「全部お前の一言のせいだよ!」
「…………?」
どうしてここで無表情ながらも器用に本気で分からないという反応をするんだ!?
なんか腹が立ってきたぞ………。
「いいか、よく聞け!」
「……………はい?」
***
「本当に大変申し訳ありませんでした」
「分かれば宜しい」
危ねぇ………。ようやく皆からの誤解も解けた。
まぁ、少し問い質さなければならないことはあるがな。
という訳で涙ながらに込み上げる安堵感を一転、真剣なものとする。
「………で、どうしてあんな発言をした」
「ですから、両親に紅智君を友達として紹介したいと先ほどから――」
「ちゃんと補足しろよ! ってか、え! 今更だけど綾黒の両親!? え!?」
今の綾黒はまだ自分の意志がどうこうって性格じゃないし、大方、これは綾黒親の差し金だろう。
いやまぁ、綾黒から聞く限り、綾黒の家は相当厳しいらしい。
ってもなぁ………あんまりいい印象持ってないんだよなぁ。どんな人なのか、認識麻痺すぎて束縛的両親リスペクト精神持った綾黒に聞いても意味ないし。
………まぁ、いいか。
いずれ機会を作ってでも少しその両親に物申したいこともあるしな。
***
綾黒親の話題が出てきた翌日の放課後。
「おい、綾黒」
「はい?」
俺はいつもなら水戸や荒木と下校しているが、今回は少し野暮用があったので遠慮しておいた。
そのためにも、一人で下校している綾黒を駆け足ながらに呼び止める。
「お前の両親に紹介とか言ってたけど、俺はいつでも都合がつくぞ。お前の方はどうなんだ?」
「………それがですね、大変申し訳ないのですが両親が急な海外出張で今朝からしばらく都合がつかないなってしまい………」
「……………おいおい」
めちゃくちゃお説教心に燃えていた俺の心を返してほしい。
「ちなみにどのくらいの期間、出張なんだ?」
「…………終業式前に三者面談があるので、その辺りに一旦帰ってくるかと…………」
「………3ヶ月もかよ。すげぇな、おい」
綾黒両親は超有名大企業の社長と秘書みたいだけど、そんなに出張って長くなるんだなぁ………。
「…………長いようで短いんです。次に父や母が帰ってくる時までに私はより精進しなければなりません。
そう考えれば3ヶ月なんて短いんです」
「……………」
いつものように告げる綾黒だが、どこか言葉遣いが自分に言い聞かせるようなものに思える。
それに………。
「どうしました?」
「やっぱり、しばらくの間とは言え、親がいないのは寂しいよな」
こいつは表情の変化が少ない。感情を読み取るなら微細な声のトーンから判断しなければならないのだが、その点俺はあいつの心が読みやすい。
良くも悪くもあいつは親に順丈だ。その行動原理だって、大方親に誉められたいの一心なんだろう。
そういう様々な点があったから、分かったのかもしれない。
「……………やはり、そうなのでしょうか」
「いや俺に言われても知らんよ…………」
軽口を叩くが、綾黒は寂しいのだと痛いほど分かる。
その表情は少し沈みかけていて、何かを圧し殺すように華奢な両手を胸の前で力いっぱい握っている。
2つの意味で、チクリと俺の心が傷んだ。
「………なぁ、綾黒」
「………はい?」
「お前は俺のこと、どう思ってる?」
「………え」
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