第70話:合流


「みんなー! 無事だったかにゃー!」


 道の向こうに無事なリンカ達の姿を見つけたゼフィはぴょんぴょん跳ねて、全身で喜びを表す。


「おっちゃん! 僕は先に行くにゃ! ゆっくり来るといいにゃ!」

「ああ」


ゼフィはまるで何事も無かったかのように、走り去って行く。

心配はなさそうだった。やはりゼフィはたくましい女性だと改めて感じる。


「随分ご機嫌だね? なんか良いことでもあったの?」


 オーキスはゼフィの無事を喜ぶようにそう言い、


「新しい目標ができたのにゃ! にゃからこんな戦いさっさと終わらせて、頑張りたいのにゃ! そっちはどうだったにゃ?」

「あ、うん……まぁ、なんとかね」


 オーキスはゼフィへ曖昧な返事を返す。

 いつもは快活なオーキスにしては表情に陰りがあるように見えた。

目立った怪我は無さそうで、体の方は無事らしい。

 リンカやモーラも大事はなさそうだったので、ロイドは安堵していたのだった。


「お帰りなさい、ロイドさん。ご無事で何よりです」


 ゼフィよりやや遅れて合流したロイドへ、モーラは笑顔を浮かべながら労いの言葉をかけてくる。

やはり彼女も強い女性らしい。


「ありがとう。モーラ達も大事はなさそうだな」

「はい。おかげさまで」

「オーキスは何かあったのか?」

「私も込み入ったことは良くわからないのですが、どうやらあの子の知り合いが魔物に変えられてしまったようで。それで彼女がトドメを……」

「……そうか」


 そんな辛い経験をしても尚、オーキスはいつものように気丈に振舞っている。

こちらからわざわざ慰みの言葉をかけることは、彼女のそんな想いを踏みにじる行為に他ならない。

もしもオーキス自身が、そのことを話したくなったら、全力で受け止める。それまではそっとしておく。

 ロイドはそう思いつつ、そして彼女にトドメを刺して貰えた、きっと顔も知らないだろう彼女の知人の冥福を祈るのだった。



「ほら、勇者様。リンカさんにもご挨拶を」


 モーラはポンと背中を押してきた。

 目の前ではリンカは青い瞳に彼を写していた。


 きっとリンカは他の皆のように、想いを口にしたい筈。しかし彼女に声はなく、胸に抱いた気持ちを正しく伝えることができない。

しかし、言葉がなくとも、ロイドは彼女リンカの気持ちがわかるような気がしてならない。


「ただいま。リンカも無事で嬉しい」

「!」


 そっと金色の髪を撫でると、リンカはようやく破顔する。


 この笑顔を守りたい。これからもずっと。永遠に。二人で手を取り合い、支えあっていつまでも。


「よし! みんな、行くぞ!」


 ロイドは気持ちを切り替えて、勇ましい声を上げた。

一党は揃って表情を引き締め、しっかりと首肯を返してくる。

そしてモーラは言わずとも東の塔を塞ぐ、重苦しい扉へ駆けて行く。


「大丈夫です! 封印は解けています!」

「オーキス、頼めるか?」

「わかった!」


 オーキスはメイスを手に扉の前でモーラと入れ替わった。

彼女はメイスを両手でしっかりと握りしめ、大きく振りかぶる。


「そーれっ!」


 いつも以上に気合の籠った声と共に、オーキスは扉を叩き割った。

扉が吹っ飛び、その先のホールへカタリと音を立てて落ちて行く。


 ホールはガランとしていて、闇の勢力の気配はない。


 濃密な瘴気も感じられる、ただ埃臭い匂いと、冷ややか空気が立ち込めているのみだった。

何かがあるのは明白だった。しかしここまで来た以上、引き返すという選択肢は無い。


 ロイドを先頭に一党は慎重に塔の内部へ歩を進める。

 すると、ロイドのつま先が突然、赤紫の輝きを発した。

その輝きはほんのわずかの間で、一党全員の足元を覆う程広がった。

浮かび上がった赤紫を発する複雑な文様の”魔方陣”はロイドの視界を、輝きで染め上げた。



「こ、ここは……?」


 視界が元に戻り、真っ先に見えたのは血を垂らしたかのように赤黒い空だった。

見渡す限り、巨大な魔方陣が描かれた、石の床が広がっている。

しかし壁は無く、周囲では風が無いにも関わらず、赤い雲が渦を巻いている。


「いらっしゃい先生! ここがワタシと先生の世界! ワタシと先生が身も心も一つになる愛の巣よぉ!」


 甲高い声を共に、魔女が漆黒の翼を羽ばたかせて、降り立ってくる。


ハイエルフの末裔で、Sランクの魔法使いであり、ロイドの元教え子だった少女。

今は邪悪に魅入られ、”東の塔の魔女”と化した【サリス=サイ】は依然と変わらぬ笑みを浮かべていた。


「もー待ちくたびれちゃったよぉ。みんな遅すぎるから、色々すっ飛ばして、ここまで来てもらったんだ! 楽ちんだったでしょ? ねぇ? ねぇ?」


 サリスはさも遊びかのような口調で首をゆらゆらと傾げ続ける。

するとロイドを横切って、オーキスが前へ出る。その横顔は怒りに満ちていた。


「サリス! あたしはあんたのことをずっと友達だと思ってた。だけど、あんな最低なことをするお前となんて絶交だ!」


オーキスはそう声を張り上げるも、サリスは笑みを崩さない。


「あは? やっぱ怒った! でもなんでぇ? ステイは、オーキスを弄んでたんでしょ? そんな最低男への最高で最低な末路を用意しただけだけどぉ?」

「黙れ……」

「しかも最期は元カノに頼るなんてさぁ。ダサすぎ……男としてありえない……最低ッ……」

「黙れ魔女ッ!」


オーキスは鋭く輝くメイスの先を、突きつけた。


「東の魔女サリス=サイ! お前は倒す! 必ず! おじさん、やるよ!」

「ああ!」


 オーキスの勇ましい宣言に端を発し、ロイドは腰に差した剣の柄を握りしめ、抜刀体勢を取った。


 ゼフィは構えを取り、モーラは錫杖を翳して、リンカはポシェットの中で羊皮紙を握りしめる。


 サリスは翼を羽ばたかせて再び赤黒い空へ舞い上がった。

右腕代わりである冷たい漆黒の籠手を掲げた。

ずっと握りしめていた魔法の小瓶を床へ叩きつける。

 強い酒精の匂いが鼻を突くの同時に、激しい赤紫の輝きが迸る。


「ならワタシの可愛いペットがまずはお前らの相手をするよ。こいつを退けて、ワタシをれるものなら殺ってみなッ!」


 そして輝きの中から、強靭な四肢を持つ巨大な存在が姿を表す。

蛇のように長い首の先では赤黒い染みが浮かんだ巨大な牙が光る。

巨体の至る所は腐敗で溶け落ち骨が覗いている。明らかに死している状態ではある。

だが、”竜”は死してもなお、その荘厳さは一遍も輝きを失ってはいない。


「GAAAAA!!」

「死しても尚、その勇壮さを失わない魔竜――やれ! ロムソ! 先生以外を蹂躙しろぉっ!」

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