第64話:勇者ロイド


 聖王都の衛星都市として栄えているアルビオンは、都を守る”盾”の役割を担って建立されていた。


 街をぐるりと囲む高くて堅牢な城壁と、東西南北一か所ごとに設けられた門扉は一度閉ざされてしまえば何人たりとも突破は容易ではない。

例えそれが邪悪にに魂を囚われ、常人以上の膂力を備えることが叶った死霊(リビングデッド)でも例外ではなかった。

 昨日までまともな理性を持っていただろうかつての生者の成れの果ては、固く閉ざされた門扉へ群がっていた。

まるで己が家へ帰りたいと言わんばかりに、分厚い鉄の門扉へ爪を押し付け、呪詛にも似た呻きを漏らし続ける。


 その度に城壁の上に陣取る憲兵の弓で射殺される始末。

国きっての大都市として栄えたそこにかつての栄華は無く、ただ人がかつて人だったものを駆逐する地獄絵図が広がっているだけだった。


 そんなアルビオンの街の中で、堅牢な造りのために被害を最小限に留めた施設があった。


 アルビオン冒険者ギルド集会所。


 憲兵が守りを固めるにそこに、ロイドたちは一旦身を落ち着けていたのである。


 先日まで数多の冒険者で賑わっていた集会場は閑散としていた。

いるのはロイドを含めた精鋭五人と、憲兵隊の隊長であるジール。

そして災禍を逃れた、先日リンカへ招聘を依頼した聖王国の若い使者とその従者のみであった。


「随分と少ないな」


 あまりの閑散さにロイドは正直な感想を漏らす。


「だな。どうやらほとんどの冒険者が死霊リビングデッドにやられちまったみてぇだ」


 さすがのジールも、厳しい表情を禁じ得ない様子だった。


「家族は大丈夫なのか?」

「ああ、なんとかな。今は生き残った住人と一緒にラビアン教会に身を寄せているよ。あそこなら、例え死霊共でもおいそれと近づけないからな」


 かつての施設長がリンカを奴隷として売り飛ばそうとした卑劣な輩であろうとも、そこに宿る創世神の力は健在らしい。しかし、そこへ収まるほどの人数しか、この街には生者が残されていないと、ロイドは思い知るのだった。


「どうやらコレが魔神皇とやらの力らしいな」


ロイドが聞かずとも、ジールは苦々しい表情で状況の説明を始める。


 先刻、聖王キングジム直属の預言者が口にした最悪の予言が現実のものになったらしい。

 神代の次代に世界を恐怖のどん底に叩き落した邪悪の化身【魔神皇まじんおう)ライン・オルツタイラーゲ】が復活した。

恐怖の神は復活を起に、聖王国全土へ邪悪な魔力を放ち、異変を生じさせている。

 サリスが”東の魔女”となったのもその影響だった。


「おっちゃん、やっぱ空がまずいにゃ!!」


 ずっと集会所の外で見張りに就いていたゼフィが飛び込んできた。

ロイドは椅子を跳ねのけて、外へ飛び出す。

 そして見上げた空へ、強い不安を覚えた。


 未だ明けぬ、曇天の黒い空。

本来は星々の瞬きなど一切通さない漆黒の空に、真珠のような瞬きが幾つも浮かんでいる。


 その様を見て、ロイドはかつて学んだ”魔法書”に記載されていた一つの魔法を思い浮かべる。


 広い地域を一瞬にして破壊しつくす、戦略級魔法――”星屑之記憶スターダストメモリー

記憶も全て、星の屑で消し去る意味を持つ魔法の発動は、もうすぐそこまで迫っていた。


 アルビオンは衛星都市ではあるが、ここを潰したところで聖王都へ攻め込むのは容易ではない。

そんな街の上空に、サリスはわざわざ戦略級魔法をゆっくりと発動させている。


 明らかな誘いだった。サリスは東の魔女の居城である塔で彼を待ち受けている。

去り際の台詞からそれは明白であった。


「おっちゃん……?」


 ゼフィが不安げな視線を寄せて来る。しかしロイドは敢えて応えようとしない。

口にしたら、必ず止められる、と思ったからだった。

しかしロイドが取るべき道は一つしか無かった。


 この異常事態を収束させるには、自分が行くしかない。

東の魔女と化したサリスの誘いに乗り、居城である塔へ向かう。

たとえそれがCランク冒険者でしかないロイドにとって、無謀なことであったとしても。


 空に浮かんだ輝きから察するに、もう殆ど時間は無い。

一刻の猶予も許されない。


(相手はあのサリスだ。きっと俺を塔へは容易に迎え入れる筈。そこで刺し違えてでも……!)


 サリスをかつては妹のように思っていた彼が居た。

だからこそ、幕引きは自らの手で付けたいと思った。

そうすることがロイドへ科せられた、精霊からの使命だと強く想った。


「おっちゃん! どこ行くにゃ!?」

「一服だ。見えるところだとオーキスがうるさいからな」


 ロイドは口から出まかせを吐き、歩き出す。

すると、タタッっと足音が背中に響く。

無視をして歩き続けると、服の袖を摘ままれ、待ったをかけられた。


「ゼフィ、だから俺はただ一服を――!?」

「……」


 彼の服を摘まみ、行かせまいとしていたのはリンカだった。


 彼女は顔を俯かせ、裾を摘まんだまま、肩を震わせている。


「なんだ、リンカもどうした? ただ一服に行きたいだけなんだ。離してくれないか?」


 ロイドは本心を悟られないよう、普段通りを務めて言った。

しかしリンカは首を必死に横へ振り、決して裾を離そうとはしない。

 もはや嘘は、この状況では何ら意味を成さないと思った。


「離してくれ。これは俺とサリスの問題だ」

「……」

「きっとサリスの目的は俺一人きりだ。だから、俺が行けばいい話なんだ」

「……」

「頼む。分かってくれ」


 どんなに言葉を紡いでも、リンカは首を横に振るばかりだった。


 不意に雨のような滴が、乾いた地面へ落ちて行く。

きっとにわか雨が降り始めただけ。これはリンカの涙ではない。

ロイドはそう思いこみ、ざわつく胸を無理やり押さえ込む。


「あのさおじさん、リンカのこと泣かせないでって言ったよね?」


 突然、怒ったような呆れたような声が響いた。


 気づくと脇にはため息を突く、Sランク魔法使いで闘術士バトルキャスターの【オーキス=メイガ―ビーム】の姿があった。


「サリスってさ、昔から意外と分かりやすいところがあるんだよね。まっ、でも分かってても打つ手がなくて、最終的には完全に乗せられて、あの子の思うがままになっちゃうんだけさ」

「……」

「ま、まぁ、さ、これ明らかにおじさんのこと誘ってるよね……?」

「オーちゃん、なんでおっちゃんの前じゃいつもまどっろこしいのにゃ! さっさと”協力したい”っていうにゃ」


 オーキスの隣にいたAランク格闘家で、”戦闘民族ビムガン”の族長の娘、【ゼフィ=リバモワ】はおどけた様子をみせる。


「ちょ、ちょっとゼフィ! ああもう!!」


 オーキスは赤面しつつ、眉根を吊り上げてロイドの前に立った。


「い、言っとくけどおじさんに興味は無いから! でもおじさんが行くんじゃ、リンカも行くし、だったら心配だし、協力したいし、そういうことなんだから!!」

「同じ棒を味わったオーちゃんがいくにゃら、僕もいくにゃ! まだおっちゃんの逞しいのにいただいてにゃいし、その前に死にゃれちゃ困るにゃ!」


 ゼフィは冗談交じりに、しかし協力を申し出る。


「このパーティー構成ですと少々生存率が低いと思います。だったら私のような回復役ヒーラーが必要ですよね?」


 次いで姿を見せたのは、実は魔法使いであった【モーラ】だった。


「モーラ、お前……」

「私もロイドさんが居なくなってしまうと……その……色々と困りますしね?」

「良いんだな?」

「女に二言はありません。同行を許可してください。お願いします」

「話は聞かせていただきました」


 凛とした威厳を感じさせる若い男の声が聞こえ、ロイド達は一斉に踵を返す。


 そこには白いローブを着た、聖王都からの若い男の使者がいた。

使者の付き添いの騎士は言わずもながであったが、傍に控えるジールでさえ、どこは恭しく控えている様子であった。


「皆の者控えおろう! 聖太子様の御前であらせられるぞ!」


 騎士がそう叫び、懐から金色のペンダントを取り出す。

そこに刻まれていたのは、”盾とその前で十字に交差する剣と魔法の杖”――聖王国の支配者”ジム家”を象徴するエンブレムだった。


 ロイドを筆頭に誰もが、一斉に傅き、首を垂れる。


「私は聖王キングジムが第二子、キャノン=ジムである!」


 先刻使者と名乗った若い男の宣言を響かせた。


聖王代二子のキャノンが、聖王の代理として領土を直接回り、魔神皇との戦いに備えて人員を集めているという噂は本当だったらしい。


「ロイド殿、貴方の勇敢な意志に敬意を評します。この事態は我が国とっても由々しき事態。早期の解決を貴方へ依頼します」

「はっ!」

「これより聖王陛下の代理たる我が、陛下に代わり勅命を発す! 冒険者ロイドよ、並びにその同朋らよ! 東の塔へ赴き、魔女と化したサリス=サイを討伐し、星之屑成就を阻止せよ!」


 キャノンは傅くロイドを見た。



「そこで冒険者ロイドよ、そなたへは此度の討伐を終えるまで一時的に【勇者】の称号を与える!」

「――ッ!?」



 一瞬、キャノン太子が何を叫んだのか分からなかった。

 胸が自然と喜びで打ち震え、頭が真っ白になる。

そんな彼の横からふわりと、陽だまりのような温かい匂いが香ってきた。


 リンカは満面の笑みを浮かべて、彼の顔を覗き込んでいる。

ロイドのことを祝福している様子だった。


「まっ、おっちゃんはいつかこうにゃると思ってたにゃ。勇者ロイド、かっこいいにゃ!」


 ゼフィは声を弾ませ、


「そだね。良い響きだし、似合ってるよ。だっておじさん、結構てか、かなり頼りになるもん。バカステイと違ってね」


 オーキスも口調は厳しいものの、祝福してくれていた。


「ロイドさん! 勇者、おめでとうございます。やりましたね!」


 いつもはクールなモーラも賛辞の言葉を贈ってくれた。


 これはあくまで一時的。サリスを討伐するまで仮初の称号でしかない。

それはロイド自身も分かっていること。

 それでも興奮を隠しきりれないのは、やはり生まれて初めて、ずっと目指していた【勇者】という言葉が己へ掛けられたことに他ならない。


「これよりそなたらがこの街から出立するまでの間、勇者の権限において、この街に存在するあらゆる財の取得を許可する! 加えて成功の暁には相応の褒美を使わすことを聖王キングジムに代わり、第二子キャノンの名において精霊に誓おう!」

「ありがたき幸せ。必ずや星ノ屑成就を阻止してみせます! 聖太子殿下!」


 ロイドは力強く返事を返した。

すると、キャノン太子はロイドへ屈みこみ、騎士が手渡してきた短刀をロイドへ握らせる。

 綺麗な細工のされたその短刀はどことなく”リンカがいつも大事そうにもっている短刀”に似ているような気がした。


「これは”破邪の短刀”。魔を滅ぼす聖なる武具だ。これを与える。いざという時は迷わず使うが良い」


 ロイドは受け取った短刀を抜く。途端、妙な感覚を得た。

彼はすぐに刃を鞘へ納めるのだった。


「ありがたく頂戴いたします。ですが、願わくば、これを使わずとも魔女の討伐を」


 キャノン太子はロイドへ何も答えず、徐に立ち上がった。


「さぁ、行け! 勇者ロイドとその一党よ! 聖王国に仇名す、邪悪なる東の魔女を退治するのだ!!」


 大仰なキャノン太子の宣言が、溶けて消えてゆく。

 宮殿で行われる勇者の拝命式の時のように万雷の拍手は鳴らない。勇者を称賛する歓声も皆無。

それでもロイドの心は激しく踊り、強い高揚感を覚えている。


――勇者ロイド。その呼び名が何度もロイドの中で響き続けている。

彼は年甲斐もなく、傅きつつも笑みを漏らし続けるのだった。

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