第35話 練習を終えて

 比較的地面が荒れていない場所を選んでビニールシートを敷き、おにぎりに卵焼きやウインナーが詰め込まれたバスケットと大きめの水筒を取り出して昼ご飯にする。練習に一樹かずきも参加すると知った母さんがわざわざ用意してくれたのだ。


 セレスがバスケットの蓋を開けると、一樹かずきが目を輝かせる。


「このお弁当、セレスさんが作ってくれたんですか!?」

「いえ、カズキさんも練習に加わると聞いて、マサヤのお母様が用意して下さったんです。」

「えっ、そうなんですね! いやー、おばさんには感謝しないといけないなー……」


 一樹かずきつくろうものの、期待が外れてテンションが落ちたのは隠しきれていなかった。まあ気持ちは分かるけどな。


「カズキさん、お茶を入れますか?」

「はい、お願いします!」


 セレスがお茶を入れると一樹かずきが一気飲みしてプハーッと息を吐く。


「ありがとうございます! 美味しかったです!!」

「そ、そうですか……」


 いくらセレスが入れたお茶だからってそのリアクションはオーバーだろ。当のセレスも反応に困ってるし。


 そんなこんなで昼休みも終わり、守備練習を再開する。


 能力の暴発を避けるため、とにかくボールを反射的によけないように、そして腕に力を入れ過ぎないように気をつけながら一樹かずきの投げるボールに対処する。

 能力の発動はしないで済んでいるけど、ボールがなかなか捕れない。


「お?」


 偶然、ボールを上半身で受け止めながら捕る形になり、今までで一番上手くキャッチできた。

 そうか、むやみに腕を使うよりも、胴体で受け止めてからボールを捕る方がやりやすいんだ。頑丈になってるこの身体なら他の人間のシュートなんて当たっても痛くもないし、腕だけの力で捕るよりもボールを潰す危険も少ない。次からはこうしよう。


 やり方を変えてから、だんだんボールを捕れるようになり守備に少し自信が付いたところで、シュートの練習に戻る。


 あれからさらに距離を縮め、4メートルまで近づいてもエネルギーを使い切れるようになった。しかしそれより近づいてボールを投げると、どれだけ集中したとしても光線が残ってしまう。

 それでもかなりの成果だと割り切り、後は光線が見えないようにした上で、4メートル程離れていれば確実に成功できるように練習を重ねた。

 

 そして――。


「じゃあ、行くぞ」


 いよいよ周りを囲んでいたシールドとボールに掛けた防御魔法を解除し、実際の状況に近づけた上で、土壁に向けてボールを投げる。

 ボールは何事もなく飛んでいき……土壁に当たると普通に跳ね返ってきた。


 よっしゃ!! セレスの魔法が無い状況でも成功したぞ!!

 それから何度か同様に試し、問題がないのを確認できてホッとしていると、一樹かずきが覚悟を決めたような表情でセレスに話しかけた。


「セレスさん、俺に掛かっている防御魔法を解除してください」

「え!? 魔法を外せばあなたの身を守るものが無くなってしまいますよ!?」

「それは分かってます。ただ、本番は魔法無しで聖也まさやがボールを投げなきゃいけないから、どうしてもやる必要があるんです」

「わ、分かりました……」


 一樹かずきの言ってることは正しい。だからこそ、被害を出さないようにするためにここまで練習してきたんだし、実際に防御魔法が無くても上手くいった。

 だけど、それは命に関わる心配が無いからまだ安心して投げられたって話だ。


 防御魔法が無い状態で必殺シュートのエネルギーを受けたら確実に死ぬ。そんな状況では俺にかかるプレッシャーが半端じゃなかった。


 そしてセレスが一樹かずきの防御魔法を本当に解除する。

 マ、マジでやるのか……。


「大丈夫だって! これまで何回も成功させたじゃねえか!!」


 勇気づけるように一樹かずきが俺を励ました。

 正直こんな後の無い状況でボールを投げたくなかった。しかし、ここでやめると今まで練習してきた意味が無くなってしまう。

 腹をくくって、練習してきた通りにイメージして俺は全力でボールを投げた。


 頼むから成功してくれ!!

 祈るような気持ちで投げたボールを一樹かずきが受け止める。……そして何事も起きなかった。


 よ、良かった。一樹かずきは無事だ……。


 プレッシャーから解放されて俺は大きく息を吐いた。


「ほらな! 俺の言った通り、ちゃんとできたじゃねえか!!」


 駆け寄ってきた一樹かずきが腕を伸ばして肩を組んでくる。その時俺は一樹かずきの膝が震えているのに気づいた。……さっきはああ言ってたけど、一樹かずきもやっぱり怖かったんだな。


 こうして3日間の練習が終わり、俺はどうにかドッジボールだけはまともにできるようになった。


× × ×


 そうして迎えた月曜日の朝。


「沢村、約束通り放課後にドッジボールの練習をしようぜ」

「おう!! よろしくな!!」 

「まあ、他の連中の参加は期待できないけど、その分は俺が付き合うから」

「えっ!! いいのか!?」


 俺の言葉に驚いた沢村が目を丸くする。


「いいって、こんな時ぐらいはな」

「あ、ありがとうな吉村!! よーしやってやるぞ――!!」

 

 そう言うと沢村が心底嬉しそうな顔をした。


 ……あそこまで一樹かずきが練習に付き合ってくれたんだ。それなら沢村との練習は絶対に半端で終わらせない。

 俺は自分なりにそう決心を固めていた。

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