要らねえチート物語

汐乃タツヤ

プロローグ

ポンコツ新米女神セレス01

 俺、吉村聖也よしむらまさやは別に大した人間じゃない。


 勉強、運動、顔、どれも十人並みの平凡な17歳男子で、偏差値53の比良塚ひらつか高校に通う2年生だ。強いて言えばゲームがかなり好きで、多少アニメを見ているぐらい。


 どこにでもいるような人間だと自分でも思う。

 だけど、その日は普段と違ったんだ。


× × ×


 ――俺の目の前に白い大きな扉があった。


 どうやってここまで来たか記憶が無い。

 気づいたらここにいたのだ。


「あれ……? 俺は学校が終わって家に帰ってる途中……だったよな」


 戸惑いながら辺りを見回すが、扉の他は白く輝く空間が広がるのみで、奥に何があるのかは分からない。


 俺は仕方なく目の前の扉を開ける事にした。

 取っ手を持って押すと、ギイーッと音を立てて扉が開く。


 中に入った瞬間、俺は驚きの余り息を飲んだ。


 目の前に絶世の美女が立っていたからだ。

 年齢は二十歳ぐらいだろうか。整った目鼻立ちに、金色に輝く長い髪。教科書で見たギリシャの女神像を連想させる白い衣装を身にまとってたたずむ姿は、神秘的ですらあった。


「ようこそ女神セレスの神殿へ、どうぞ近くに」


 髪と同じ金色の瞳を俺に向けて、女性はささやいた。

 どうぞ近くに、という言葉を聞き俺の胸の鼓動は急速に早まっていった。

 ……どうしよう。こんな綺麗なお姉さんと二人きりだなんて。


 こんな状況は17年間生きてきて一度たりとも無かった。

 俺は置かれた状況よりも、目の前のお姉さんに意識を奪われる。


 緊張してギクシャクしながらも、言われた通りにお姉さんの近くまで歩いていく。

 一歩進むごとに心臓の鼓動が早まり、唇が乾く。

 それでも、俺は挨拶をしようと勇気を振り絞った。


「は、初めてなんです……」


 テンパって何を口走ってるんだ俺は!! ここは初めましてだろ!!!!


 急いで訂正しようとするが、頭が真っ白になって何も思いつかない。言葉が出てこないまま、時間だけが過ぎていく。

 お姉さんは俺の目を静かに見据えたまま動かない。


 ああ、これ絶対に呆れられてる。


 そう思っていると、お姉さんの目が徐々に泳ぎ始めた。

 気のせいか、困惑してるように見える……。


 突然、お姉さんが顔を斜め上へ向けた。

 不思議に思って視線を追いかけると、俺の頭上で大きな紙を持った子供の天使が、羽をパタパタと動かして空に浮かんでいる。


 え、何で天使が現実にいるの?

 ていうか、天使が持っているのは何かのカンペか?

 ねえ、これ一体何が起こっているの? 何かの仕込み?

  

 天使の存在に戸惑っていると、お姉さんがいきなり両手で俺の顔を掴んだ。

 驚いている間もなく、そのまま正面を向かされる。


「上の光景は気にしないで下さい!!」


 俺の顔を掴んだまま、お姉さんは顔をさらに近づける。


 ちょっ!? 距離が近い!!

 お姉さんの奇麗な顔が間近に迫り、俺は赤面してしまう。


 お姉さんは大きく深呼吸をすると……カンペをチラリと確認した。


「わ、私は、女神セレス。ゆ、勇敢な心を持った……人間を、み、導く者……え~っと……わ、私は、あなたの様な人間が訪れるのを、ま、待っていましたよ……」


 お姉さんは何度も顔を上げながら、ぎこちない口調で話す。

 俺は俺で、お姉さんの顔の動きが気になって、セリフが全く頭に入らない。


「あの、カンペを見ながら話してもいいですから」


 このままでは話が理解できないのでそう言うと、お姉さんが明らかにほっとした表情を浮かべて俺から手を放し、距離を取る。

 余計なことを言ったと内心で後悔している内に、天使がカンペを持ったままお姉さんの目の前にやって来る。


「私は女神セレス。勇敢な心を持った人間を導く者。私はあなたの様な人間が訪れるのを待っていましたよ……」


 お姉さんが軽く咳払いした後、今度は厳かな口調で話すが、天使のカンペに視線を集中させてこっちを全く向いていないので、荘厳そうごんな雰囲気は全く無く、最初に感じた神秘的な印象も吹き飛んでいた。


 というか、このセレスってお姉さんが女神?

 奇麗だけどポンコツな人にしか見えないんですけど。

 これなら、カンペを持っている天使の方がまだ神秘的な気がしてきた。

 

「ほ、本当に女神なんです! 確かに女神になったばかりで今回が初めての仕事ですから、至らない所もありますけど!!」


 俺が疑いの目で見ているのに気づいたのか、お姉さんこと女神セレスが弁解する。


 初めてにしても大分酷いんじゃ……いや、出会い頭に「初めまして」を「初めてなんです」と言い間違えた俺も大概だった。


「とにかく! この場に呼び出したのは、あなたを知ってのことなのです」

「俺を知っている……?」


 もしかしてこの世界から俺のことを見ていたのだろうか。

 そう考えるとまた緊張してきた。


「ええ、人の子であるヨシムラセイヤよ……」

「……吉村聖也よしむらまさやですけど」


 いきなり名前を間違えているんですが。


「えっ!? ひ、人の子であるヨシムラマサヤよ…」

「それはもういいです。それより、どうして俺はここにいるんでしょう? 確か学校から家に帰っている途中だったはずなんですけど」


 もはや、俺がここに呼ばれたこと自体が間違いなんじゃないかと思えてきた。

 しかし、疑わし気な俺とは裏腹に、セレスが悲しそうに目を伏せる。


「……ここは死んだ者が集う場所でもあります。あなたは亡くなったのです」

「え、亡くなったってどういう……」

「覚えていないのですね。あなたが車にかれそうになった女の子を助けようと、道路へ飛び出したのを」


 ……そうだ思い出した。ここに来るきっかけとなった出来事を。

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