メルツィ先生のアゴクイ

「フランチェスコさんのような貴族様が教えてくださるなら、きっと子どもたちも立派に育ちますわ」

 校長先生の誘導で、メルツィは自身が受け持つ教室へ向かう。

「メ、メルツィ家の名に恥じぬよう、頑張らせていただきます!」

 大役を任され、フランチェスコ・メルツィは内心ビクビクだった。


 相手は一年生。七歳児たちだ。

 体罰や心理コントロールを与えては、立派な子どもは育たないらしい。

 そうレオからアドバイスを受けている。


 ここは、自分のいた戦場ではない。


「では、こちらが教室です」


 既に、わいわい騒ぎ声が聞こえる。


 校長が、扉を開く。

「みなさーん、静かにしてください。今日からこの教室を受け持つ、フランチェスコ・メルツィ先生ですよー」


 教壇まで歩きつつ、校長が手をパンパンと叩いた。

 騒ぎを静めようとする。


「イタリアから来ました、フランチェスコ・メルツィです。よろしくお願いします」

 メルツィも、挨拶をした。


 しかし、わんぱくな少女たちに、校長の言葉は届かない。

 キャッキャとおしゃべりに華を咲かせ続ける。



 あり余る元気、活気に溢れていて、実に……。





「いやっかましいいーっ!」





 実にうるさかった。


「テメエら、それでもフランスを背負う貴族様かよ!? おめでえてえな! ベロ以外に人格がねえんじゃねえのか? ああ?」


 メルツィは、先頭に座る生徒の机に脚を載せる。


「おい、お嬢ちゃん」


 目についた先頭にいる少女のアゴを、メウツィはクイッとつまみ上げた。


 率先して騒いでいた子である。


「殿方の前では、そのおやかましいお口にアメ玉でも転がしてお人形さんのマネしてろって、ママから教わらなかったか? 今からオレが言うことを、しっかと耳に刻みつけろ。いいな?」


 恐怖で引きつった少女は、うんうんと何度もうなずく。


「わたくしは、花も恥じらう乙女です、リピート?」


「わわ、わたくし、は、はなもはじらう、おとめ、です」


「おとなしくしてりゃ、カワイイじゃねえか」

 キスするくらいまでの距離まで、メルツィは顔を近づけた。


「そんなキュートなレディなら、最初からそうしてろよ。ビビらせて悪かったな」

 メルツィが、耳元でささく。


 少女の頬がボッと赤くなった。

 まるで火が付いたかのように。


 一番驚いていたのは、校長だった。


「あの、メルツィ先生?」


「お、おっと失礼。皆さん、レディなら、おしとやかにしましょうね」

 咳払いをしてから、メルツィは生徒たちに告げる。


「はーい」

 全員が、引きつった返事をした。


 驚かせすぎたか。

 昔ヤンチャしていた頃のクセが抜けていない。


 これでもメルツィはイタリア人だ。

 息を吐くように女を口説いてしまう。

 そのテクニックを、子どもなんかに披露してしまうとは。


 さきほどアゴクイした少女など、まだ放心している。


「では、先生は体育の担当です。着替えたらグラウンドに集合してくださいね」


 またも元気な声が、教室に咲いた。

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