第25話 いつかの記憶
「…」
俺はただ、じぃっと藤堂さんを鋭い視線で睨みつけた。
「あははは・・・ウケる。まさかあんたがスペシャルヒューマンだとは思わなかったわ~。予想外過ぎ・・・」
後ろに伸びた髪を手でぱさぁっとかき上げて、余裕満々と言ったような表情を見せた。
俺はギロっとした表情を崩さぬまま、一段一段音を立てて階段を降りていく。
「パパに聞いたけど、スペシャルヒューマンって、官僚とか大企業のトップとか確約されてるんでしょ?それはそれは、楽した人生を送れてたいそう生意気になれるわよね」
「…」
この国でスペシャルヒューマン教育が始まったのは去年の出来事。確かに、法律として決まってしまったものではあるが、中にはスペシャルヒューマン制度を断固として認めない反対派のいることを忘れてはならない。
恐らく藤堂さんの父親もその部類に入るのであろう。教えて貰ったことを教科書を読み上げるように分かりきったことを口にしては、勝ち誇った方な態度をとっていた。
そして、問題になってくるのが、藤堂さんがこの件をクラスの奴らにばらした時だ。この時、急にクラスの中で「こいつスペシャルヒューマンです」なんて言われたらどうなるだろうか?
誰もが信じようとはしないだろうが、何せよ今藤堂さんは決定的ともなる証拠をその手に掴んでしまっている。
もしも、あのカードを教室中で掲げられたとしたら、集団心理として働くのはどのようなことであろうか、一番には「あの天馬がスペシャルヒューマン!?キッモ・・・」という第一声から始まり、蔑まれたような冷ややかな目線を浴びることになるだろう所謂いじめの発生である。
最もいじめは、未だにカースト世界の中にこびり付く社会問題である。
スペシャルヒューマンなどは、将来が確約されている上に、様々な羨ましい特典がてんこ盛りだ。
嫉妬や妬み、反感を買うことは間違いないのだ。つまり、クラスのトップカーストである藤堂さんにバレてしまった暁には、クラスの集団心理として働くのは、異端者は排除せよという行動なのだ。つまり、俺がこの高校卒業するまでは、何かしら陰口を叩かれ続け、少しでも目立つことがあれば、いじめの標的としてもってこいの存在になるのだ。
だが、本当真意は当の本人に聞いてみなければ分からない。
「…何が目的だ」
俺は、拳銃を向けられて反撃できない犯人のように、両手を上げてじぃっと睨みつけながら、一段・・・また一段とゆっくり藤堂麗華の元へと近づいていく。
藤堂麗華も、にやけ顔をやめて、今は真剣な表情でこちらを見つめている。
気のせいだろうが、頬が少し赤くなっているような気がした。
そして、俺が藤堂さんと同じフロアの階段へと下りようとした時だった。
「私と付き合ってください!!」
腰を見事に90度にかくっと曲げて、先ほどの威勢はどこへやら…藤堂さんがいきなり訳の分からないことを言い始めた。
「はっ?」
予想をはるかに超えた返答が返ってきたため、訳が分からず頭が混乱し、呆気に取られてただ口をポカンと開けることしか出来ない。
「その・・・天馬君が、スペシャルヒューマンだってわかって、凄いラッキーというか、これからも仲良くしてほしいというか…その///」
今まで聞いたことのない、甘えるような声音で、そんなことを藤堂さんが言ってくる。
こんな恥じらった口調の藤堂さんを見たら、誰もがギャップで心揺らいでしまいそうだが、俺は違う。ここで騙されるわけにはいかないのだ。
はは~ん。なるほどな。大体は状況が読み込めてきたぞ!
藤堂さんの口調にはどこか媚を売るような演技らしさが出ているのを感じ取ることが出来た。
つまり藤堂さんは父親か誰かに言われて、出まかせでもいいからそう言えとでも指示されたのであろう。本心では全く思っていないが、ひとまずは玉の輿に乗っかる形でスペシャルヒューマン相手に今はいい顔をしておけと。スペシャルヒューマンを敵に回すのは、都合が悪いと考えたのであろう。
藤堂さんの父親がどういう存在であるか知る由もないが、そういう裏の事情までもが俺には受け取れてしまう。
全く・・・感性が豊かなのも時には玉に瑕だな。ここで、左利きの特徴でもある感受性豊かな利点が、逆に知りたくないことを知ってしまう仇となってしまうとは思ってもみなかった。
今藤堂さんは腰を曲げて顔を下に向けているので、表情を窺うことは出来ないが、恐らくニヤリとほくそ笑んでいるのであろう。
正直、俺にとっては藤堂さんの態度はどうでも良かった。むしろ、藤堂さんを操って使い魔のように裏で良からぬことを企んでいる大人たちの醜い思惑に対して、吐き気がするほど胸糞悪さを感じていた。俺の中にやるせない気持ちと、誰にも受け入れられない苦悩が脳裏に浮かんできて、頭に血が上る。手をぎゅっと握って、自分の体全身に力が入っているのがわかる。俺は、この怒鳴りを出来るだけ藤堂さんに散らさないように気を付けながらも、厭味ったらしく言い放った。
「ふざけるなよ…悪いけど、藤堂さんと付き合う気には全くなれないね」
「なっ…」
俺が吐き捨てるように言うと、藤堂さんは折り曲げていた腰をすっと上げて、嫌悪感丸出しの表情を向けてきた。どうやら化けの皮は、いとも簡単に剥がれてしまったようだ。その適当さが、さらに俺の癪にさわり、気が付けば怒りの矛先は藤堂さんへと向いてしまっていた。鬼の形相で睨み続けて、藤堂さんを階段の踊り場の壁まで追い詰めていた。
そして、藤堂さんを逃がさまいといったように、両腕を壁にどんっと置いた。
はたから見たら、藤堂さんを壁ドンしているような体制になってしまっているが、今の俺にとっては関係のない話だ。当の藤堂さんは、俺の行動に驚いたのか、体を縮こまらせて顔を背けている。
「おい、いいか、よーくきけ?」
俺は片方の手で藤堂さんの顎を掴んで強制的に正面を向かせる。
「誰に言われたのか知らねぇけどな、出まかせの嘘をつこうなんて俺の前では100年早いんだよ。大体な、お前らにスペシャルヒューマンの気持ちがわかるわけないよな。勝手に政府から将来を決められて、勝手に期待されて、恋愛の自由を奪われる悲しみがお前にはわかるか?地位と名誉、そしてお金目当ての私欲と欲望にまみれた胸糞悪い女しか寄ってこなくなるこの気持ちがっ!!」
「それは・・・」
「大体な、前から思ってたけどな、そんなにクラスでの封建社会ごっこが楽しいか?クラスで自分が一番偉いとか思ってるのか?勘違いも甚だしいな。そんなのは、勝手に作り上げたエゴなんだよ。そんなことも分からない奴にトップに立たれる筋合いはないんだよ。」
すると、突然ツゥーっと目の前にいるその女性から涙が流れた。俺はそこでまくしたてるのをやめて、彼女を見つめる。
目の前では、藤堂さんが目を真っ赤にして涙を流していたのだ。
その姿を見て、俺はどこか既視感を覚えてしまった。これ以上言う気をなくしてしまい、藤堂さんの顎を掴んでいた手を放して、藤堂さんから一歩後ずさりした。
「ま、まあ…なんだ。とにかく、藤堂さんにそういう人間になってほしくないってだけだから…二度とこんな真似はやめてくれ・・・」
そう苦し紛れに言い訳をして、藤堂さんが右手に持っていたスペシャルヒューマン証明書のカードをスっと奪い取り、俺は教室へと戻った。
藤堂さんはうなだれたまま、その場で俯いて立ち尽くしているようだ。耳を澄ませても足音が追ってくる気配はなかった。
俺がどうしてあの時、藤堂さんの涙を見て躊躇してしまったのか。それは、昨日の望結の涙する姿が頭の中によぎったこともあるが、藤堂さんの涙をいつ何処かで見たような気がするのだ。だが、藤堂さんとは高校からしか面識がないはずなのだが…
彼女のような子を以前に助けた気がする。そんな謎の記憶が急に芽生えてしまい、あれ以上言うことが出来なかったのであった。
◇
天馬の足跡が聞こえなくなり、私は目にたまっていた水滴を手でふき取ってから、頭を上げて天井を見上げた。
私だって、好んでクラスの女王様なんて呼ばれてるわけじゃない。気が付いたら他の人にそう呼ばれるようになり、一歩距離を置かれる存在になってしまっただけなのだ。私だって被害者だ。いつの間にかクラスでは高圧的な態度でしかみんなと接することが出来なくなってしまっていた。
今一緒にいる友達だって、実は裏で私の陰口を言っていることだって知っている。
家ではパパの言いなりになり、どこかそのストレスを学校という場で発散したいだけだったのかもしれない。それが今の私を結果的に作り上げてしまった。
そのことを天馬に咎められて、どこか自分の気持ちに整理が付き、向き合えるような気がした。そして、彼が言いのこした言葉・・・
「藤堂さんにそういう人間になってほしくないってだけだから…」
その言葉だけで救われた・・・まるで、それは小学校時代私を助けてくれた彼のようで…
「ばっ///違う///アイツとは何にも関係ない…///」
ついついその彼と天馬の顔が重なってしまう。違う違う、彼と違って、あいつは毒舌で・・・だが、私の心のどこか底で、あいつなら私を救い出してくれる。そんなことを思ってしまっている自分がいるのも嘘ではなかった。
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