第8話 天馬君、おはよう!
学習机に座り、ペンを走らせて勉強していたが、全く頭の中に内容は入ってきていなかった。何故ならば、昨日綾瀬さんと付き合うことになり、頭の中がお花畑状態になっていたからだ。
まさか、ボッチ生活を送っている学園で、しかもクラスメイトの綾瀬さんと付き合うことになるなんて…世の中何が起こるか分からないものだなとしみじみと感心していると、後ろの方から何かで頭を叩かれ、激しい痛みに襲われた。
「イッテ…」
頭を押さえながら後ろを振り向くと、指し棒を掌で叩きながらスーツ姿の岩城さんが睨み付けていた。
「朝から集中力が足りません。何呆けているのですか!」
「す、すいません…」
俺は頭を掻きながら机に目線を戻した。叱られてしまうのも仕方がない、だって彼女が出来たのだから…
今まで恋愛はしないとか言ってたやつが、こうも浮かれてしまうのも無理はなかった。だって、男の子だもん。
そんなしょうもないことを頭の中で考えていると、再びバシンと指し棒で頭を叩かれた。
「全く・・・今日はもうおしまいにしましょう。これ以上勉強しても今は時間の無駄です」
岩城さんは荷物を手早くまとめると、スタスタと家から出て行ってしまった。
岩城さんに少し悪いことをしたなと思いつつ、俺は学校へ行く準備を整えた。
◇
いつも通り、登校時刻10分前に教室に到着する。
誰からも挨拶されることなく自分の席に着席した。
教室の前の方に目線をやると、これまたいつものように
うんうん、いつもと変わらない日常だな!
俺はそんな教室の空気に安堵感を覚えて、ついため息が漏れてしまう。
鞄を机の下に降ろして、席に着席した時だった。「おはよう」っと後ろから女の子の声が聞こえた。
もちろん俺に声を掛けてくる人なんて誰もいないので誰かも確認することなく自分の用意を続ける。
「おはよう~・・・あれ??聞こえてないのかな??おーい!天馬君!」
天馬君…??明らかに俺の名前を今呼んだよな??
「ムゥ…ていぃ!」
すると、後ろから頭を叩かれた。
俺が咄嗟に振り向くと、そこには、不機嫌そうな表情でむくれっ面をしている昨日から彼女になった
「なんで、声かけてるのに無視するの…??」
「いや、すまん俺に挨拶してるとは思ってなかった」
「名前呼んだじゃん!はぁ…しょうがないなぁ、じゃあもう一回ね!」
綾瀬さんは仕切り直しといったように姿勢を正して、目をつぶった後、大きく一度深呼吸をして、目を開いてニコっと微笑んだ。
「おはよ、天馬くん♪」
今まで朝から俺に挨拶をしてくる相手などいなかったので、キラキラとした綾瀬さんのその笑顔は、俺には眩しすぎた。
「おう・・・おはよう」
「うん、よろしい!」
俺が戸惑いながらも挨拶を返すと、綾瀬さんは満面の笑みを浮かべていた。
ふと気が付くと、教室が静まり返っていることに気が付いた。辺りを見渡すと、クラスメイト達が全員、俺と綾瀬さんの方を向き、何が起こったのか理解できないような表情を浮かべていた。
珍しく、俺のようなボッチに見向きもしないサッカー部の
「ん?どうかしたの??」
当事者である綾瀬さんは、のんきな様子で首をかしげている。どうやら事の重大さに気が付いていないようだ。
「ちょっとこっち来て!」
俺は席から立ちあがって、綾瀬さんの手を引っ張って教室の外へと向かっていく。
「え、でも、もうすぐHR始まっちゃう…」
「いいから!すぐ終わるから」
俺は綾瀬さんの手を引きながら誰とも目を合わせないようにして二人で教室を出た。教室を出た直後、ざわざわと話し声が聞こえてきた気がしたが、今は気にしないでおこう。
俺は体育館へと続く、連絡通路まで綾瀬さんを連れて行った。
「ここまでくれば、大丈夫だろう」
俺はキョロキョロと周りを見渡して、他に生徒がいないことを確認する。
「どうしたの、天馬君??こんなところに呼び出して?」
どうやら綾瀬さんは事の状況をまだ理解できていないみたいだった。
「いいか?綾瀬さん、俺は…」
「望結」
「へ?」
「望結って呼んで!」
「…」
いきなりの要望に戸惑ってしまったが、目の前にいる彼女は唇を尖らせていた。その姿を見て、ついつい可愛いと感じてしまう。
仕方がないので、下の名前で呼んであげて、話しを戻そうと思ったのだが、いざ名前で呼ぼうとすると、恥ずかしくなり、喉に突っかかって声がなかなか出てこない。
チラっと綾瀬さんの方を見ると、物欲しそうな目で俺を見つめていた。それが余計に可愛く見えてい、さらに恥ずかしくなってくる。
俺は勇気を振り絞って声を何とか出そうと努力した。
「み・・・望結・・・」
ボソボソっとした小声で出た微かに発した言葉に、望結はにこっと口角を上げて破顔した。
「うん、ありがと」
これ以上望結のペースに持っていかれると、HRが始まってしまうので、俺は一つ咳ばらいをして話題を戻した。
「望結、その・・・頼むから教室で話すのは出来るだけ控えてくれないか?」
「え?どうして?迷惑だった??」
「いや、迷惑というかだな…自分で言うのもあれだが、俺は学校では友達付き合いをしてない。だから、急に俺なんかに声を掛けたら他の奴らが驚く」
「な…なるほど!ごめんね」
ようやく理解した望結が申し訳なさそうに謝ってくる。
「いや、いいんだ、わかってくれれば…」
「私天馬君と付き合えたのが嬉しくて、ずっと学校に行ったら何話そうかなって考えてて浮かれてた。そうだよね、クラスの立ち位置というか、そういうの考えないとね」
「その…でもまあ…」
俺は頭を掻きながら恥を惜しんで言った。
「俺も望結と話したい気持ちは一緒だから、その…二人きりになれるところならいい…ぞ」
望結は、口をポカンと開けていたが、オレガ言ったことが嬉しかったのかフフッっと笑ってほほ笑んだ。
「そっか、分かった」
その屈託のない望結の笑顔が、俺の学園生活を少しずつ華やかにしていくものになっていくのだと、そう思ったのだった。
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