第21話「愛し合ってるから」
「ボクに頂戴」
「あげない」
(倒すしかない)
ガルシアの身体が魔力を放出し始める。その膨大な量を前に、魔物はびくっと怯んだようだ。眉を思いっきりひそめ、たぷたぷなお腹を両手で抑える。
「……待った。んっと、あれ……?」
とてとてと歩み寄ってくる魔物は随分と無防備だった。ガルシアは襲われる覚悟も(勝つと確信した上で)それなりにしていたので、いくらか拍子抜けしてしまう。
魔物の顔はどんどん青ざめているようだった。何かを思い出したとでも言うように。
だが、ガルシアはそんなことお構いなしである。堅い堅い氷の
一方の魔物は完全に態度を改めた。半べそをかきながら、それでも何処か嬉しそうに、お腹を揺らして駆け寄ってくる。魂たちはその後ろをぽわぽわとついていく。
「やっっっと会えた! うれしいな!」
「よし今だ」
にへ、と頬を緩ませまくった涙と鼻水まみれの魔物が両手を上げる。ガルシアはその隙を見逃さず、無表情を貫いたまま氷の礫を発射させた。冷静沈着、悪く言うなら冷酷無比。まさに氷のような冷たさで。
「ぐえっ」
お腹にとぅぽんと沈み込んだ氷の勢いは、どうやら凄まじかったらしい。魔物は一気に顔を青ざめさせると、零れ落ちそうになるくらい目を見開いた。必死に口を抑えようとするが間に合わない。
「う、うええーーー!」
お食事中の人には見せられないような光景が広がった。魔物の体内から魂が無くなれば無くなるほど、お腹も萎みアフロも萎む。なお、噛まれることなく呑み込まれたおかげで魂たちは無傷。それぞれの身体の元へ戻ると、順番に兵士たちが呻き声を上げ始めた。
「ひ、ひどい! なんでこんなことっ」
「決まってる」
座り込んで泣いている幼子に、ガルシアはどやりと片眉を上げた。
「シルヴィが怖がるから」
「しる、シルヴィってその、そのローブの中の人? なんで? なんで?」
決め台詞としてはイマイチだったか、あまり相手に響いてないようだ。残念、と割り切りつつ、ガルシアはふんと鼻を鳴らす。もはや魔物どうこう関係なく会話している。
「俺とシルヴィは愛し合ってるから」
「違いますってばもう! もう離してもらっていいですか暑いので!」
「……わかった」
さっきまで圧倒的驚異だった人物だとは思えない。そんなしょんぼり顔に、魔物は信じられないものを見たような顔つきで瞬きを繰り返す。
ローブから飛び出た、ぷんすこ怒っている女の人。魔物から見ても、全部全部平凡だ。他の人と何が違うんだろうと魔物は頭にはてなマークを浮かべる。
「あげない」
ガルシアは立ち上がると、ローブのシワを直しつつ、もう一度同じ言葉を繰り返した。口調はやや柔らかく思えるが、いかんせん目つきが鋭い。殺される、殺される____! と魔物が涙目になるくらいには怖かった。
「ガルシアさん、もう見て平気ですか?」
「俺を? そんなわざわざ聞かなくたって俺はいつでも見放題」
「すいません魔物の子の方です」
(扱いに慣れてる)
この点に関しては平凡じゃないかもなどと考えてる内に、魔物の前にシルヴィがしゃがみ込んだ。
「あげない」
「と、取らないから! そんな、睨まないでよ!」
これで三度目になるガルシアの忠告をやけくそ気味に了承し、魔物とシルヴィはお互い向き合った。
魂を吐き出し、魔力がゼロに等しいこの魔物。ほぼ人間の子どもと変わらない容姿で、特徴的なのは尖った耳と白すぎる肌くらいだろう。シルヴィは怯えた様子のそれの頭に、ぽんと手を乗せる。ビクッと跳ねた魔物の肩も気にせず、優しく撫で始めた。
「えっ、あの、」
「あなたのお名前は?」
「んーと、ラ、ラズイーズ、だけど……」
「ラズくんか。よしよし」
「う、ん……」
(あげないって言ったのに)
(ううう殺気が怖いよおぉ……)
ぐずぐずと鼻を鳴らすラズイーズに、シルヴィはむゆっと頬を膨らませた。
「いい、ラズくん。 ラズくんにとって私たちの魂は食べ物なのかもしれないけど、食べちゃめなの。め! わかった?」
「うっ、うん」
「ふふ。わかったらいいんです」
少し先生気取りなシルヴィが得意げにはにかむと、ちょっと頬を染めて目をそらす幼子。
(ふ、普通の子だけど……かわいいかも)
「チッ」
「ひいぃっ」
あからさまな嫌悪感を前に怯えまくるラズイーズ。なんとか庇おうと、シルヴィは咄嗟に彼を抱き寄せてガルシアを睨みつける。
「ガルシアさん流石に大人げないですそういうの良くない」
「ごめんなさい」
(凄い、一瞬にして黙らせた……!)
ラズイーズの好感度は爆上がり。一方、シルヴィが自発的に抱き寄せる相手が自分ではないことに、これ以上無いくらいのショックを受けたガルシア。とんだ茶番だ。
「子どもには優しくしてください」と笑ってみせるシルヴィに、また胸をときめかせるガルシア。耳を真っ赤にして視線をうろうろさせる。本来ならガルシア自身の美貌こそ他人を惑わすものなのに、本当におかしい話だ。
段々と自然回復してくる兵士たちが増え、国王も一旦別部屋に移動される。キッシュもハッと意識を覚醒させ、辺りをぐるりと一巡した。その後、近衛兵たちに向かってしきりに現状説明を求めている。
「……それじゃあボク、そろそろばいばいするよ」
「早く消えろ」
「ガルシアさん」
「ごめん」
「まったくもう」とため息をつくシルヴィは、小さな魔物に目線を合わせて微笑んだ。
「それじゃあ、魂を食べないこと。約束だからね」
「わかった!」
大勢の兵士が起き上がり始めた謁見室で、ゆびきりげんまんをする二人を見るのはガルシアだけではない。これは後で何かしら聞かれるだろう、と魔道士は少しだけ目を細めた。
『やっっっと会えた!』
「……ああ」
無意識に頭を左右に振れば、ラズイーズの一言に考えを巡らせる。
(あの言葉の意味、聞き忘れたな)
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