守銭奴王女が振り向かない

仲仁へび(旧:離久)

第1話 主人公が恋愛してくれない



 皆さんは「ムーン・クレイドル」と言う乙女ゲームをご存知だろうか。私はご存知だ。

 王宮を舞台にした女性向けのゲームで、豪華絢爛、雅やか、そして煌びやかなイラストが大好評の恋愛ゲームである。


 主人公のヒロインは、庶民の出で高貴なる方々とは何の縁もない生活を送っていたのだが、国の王子に見初められて王宮へ。

 そこで、普段の生活との違いを戸惑いながらも、王を支える立派な伴侶になるべく花嫁修業にいそしみ、最後には婚約パーティーで結婚を誓い合う。


 中々に素敵な話だと思う。

 美麗なイラストも華を添えているし、声優やテーマソングを歌う歌手も充実しているし。

 当然、そのゲームが有名になるのには大した時間がかからなかった。数か月もせずに、女性のみならず男性でもタイトルくらいは耳にした事があるという、誰もが知っているゲームとなった。


 話は変わって、もしもの場合。

 そんなゲームの世界に転生となったら……。

 胸をときめかせない女子がどこにいるだろう。


 摩訶不思議びっくり仰天……もするかもしれないがやはり最後には、ときめきだろう。

 そんな少女を周囲が見るならば、きっと誰もが微笑ましい心地になるに違いない。


 けれど、

 だけれども、だ。


「しかし、そんな乙女ゲームに転生したのが男だったら、どんな反応をすればいいのだろうか」

 

 前世は地味な名前の普通の若者だった青年、転生者はため息をついた。


 転生先は乙女ゲームの主人公……ではなく攻略対象の王子だった。

 これと言って前世と変わらず、特に目に見張る長所もなく、他人に比べて秀でた所のない。顔だけは多少良い王子に。


 前世の記憶を思い出しての第一声は「はぁ……」で、反応は戸惑い。

 ただ「ムーン・クレイドル」という乙女ゲームが、女性の中で有名なのを知っているだけの男性にときめきを求めるのは酷な話だろう。






 時は過ぎゆき、乙女ゲーム主人公とのファーストコンタクトの日がやってきた。


 王国の王子である、ジルコニアス・クレイドルは王宮にやって来た一人の女性へと向き直る。


 そこには、月が地上に降り立ったかのような美しい金髪の女性が立っていた。

 長い睫毛の下にある宝石の様な輝きをたたえる大きな瞳は、真っ赤なルビーのようだ。


 花の様に可憐で、妖精の様に神秘的。

 一流の職人によって作られた芸術品の様に美しい女性は、今日からジルコニアスの妻と……この国の王女となる者。


 彼女は奇跡。

 奇跡そのものだ。


 そんな奇跡を手に入れられた感動に、ジルコニアスは胸を震わせながら手を差し出した。


「ようこそ、玉宮へ。今日から君は俺の妻となる」


 そして、そう優しく声をかける。


 かけられた言葉に女性は反応した。

 物を思うような数秒の空白があって、気持ちを落ち着ける様に一呼吸する間をとる。


 そして、差し出された手に己の手をそっと添えて、返事を返した。


「嫌です、離婚してください」

「ふぁ!?」


 ぺしん。

 と、小気味いい音を立てて、差し出した手を弾いて。


 女性は笑顔だった。

 天界にて、下界見守りし創造神達も見とれそうな極上の笑顔になって、しかし苛立ちの気配を放っていた。


「な、何故に……?」


 まったく予想だにしない展開に、ジルコニアスは間抜けな声音で問い返す。


 問われた女性はうっとりと頬を染め……。


「だって」


 切なげに、苦しげな様子で、先ほどこちらの手を払って手を胸に当てて虚空へと視線を彷徨わせている。


 よもや他に想い人が?

 それで、申し出を断ったのだろうか。

 とそう思ったのだが……、


「だって、お姫様なんかになったらお金儲けができないじゃないですかっ! おじさんの屋台の値切りもできないし、おばさん達を押しのけて特売にも行けないじゃないですか!!」


 女性の口から飛び出たのは、そんな守銭奴魂溢れるお言葉。逞しい生き様を反映したセリフだった。


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