新宿異能大戦74『異なるセカイ』

 光という名の不快感がザハドの肉体を駆け巡る。


「ぐ、う……!」


 希望。

 願い。

 正義。

 義憤。


 光に乗って注ぎ込まれるそれらは、どれも彼にとっては唾棄すべきものだった。

 どこを感じ取っても『善』と呼ぶにはあまりにも幼稚かつ短絡的で、矮小。『善』がこの程度のものでしかないから、この世界の『悪』は堕落したのだ。


「……だから。

 だから『悪』だけでも僕は……!」


 ザハドは必死に『異世界』を通して流れてくる魔力をつぎ込むが、抗うことは出来なかった。

 いくら枯渇しない泉を持っていたとしても、一度に湧きだす量には限りがある。それを上回る出力を持つポンプがあれば泉は当然一時的に干上がるのだ。

 つまり英人と巽が展開した無感情な重火器がこの勝負を決定づけた。


「なのにそんなものを持ち出してまで君は止めようというのか!」


 肉体が滅びゆく中、ザハドは叫んだ。

 苦痛からではない。己の理想を一顧だにせず跳ねのける英人の愚直さに対し、今更にして憎しみが湧き上がってきたからだ。


 このままでは終われない。

 憎いままでは終われない。


 ザハドは己の存在すらも懸けて抵抗を試みる。


「止めるさ。

 何故ならこいつは単純な善悪の問題じゃない」


 だが全霊なのは目の前の男も同様だった。


――――キイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイインッ


「ぐ、ううウウウウ……ッ!

 八坂、英人……っ!!」


 光が止まらない。

 あらゆる想いを乗せたそれはまるで地獄の業火のようにザハドの肉体を灼いていく。


「神も悪魔もいらない。

 ここは、」


 それは『悪魔』と相対したことによって導き出した英人の答え。


「ここは『現実世界』だ――!」


 光が、ザハドの肉体を完全に飲み込んだ。



 ◇



「終わったか、よ……」


 戦いの終わりを告げる光を瞳に感じ、たつみはへたりと倒れ込む。

 重火器の大量展開に加えての『聖剣』の生成。彼自身の才覚を差し引いても完全に限界を超えていた。


「はははは。

 どうだ、超えたやったぞクソ親父……」


 頬にじんわりとアスファルトの冷たさが伝わる。

 寝床としては下の下だが、重い体にはこれくらいがむしろ心地いい。


 そうだ。

 本当に悪くない、むしろ上等だ。


(……てっきり滅茶苦茶痛くて苦しいモンだと思ってたからよ)


 延々と力が抜ける感覚を全身に感じながら、巽は己が運命を悟っていた。

 もう目は光を感じ取る事しか出来ず、銃火器の音に晒され続けた耳も殆ど聞こえない。

 まるで深い闇の中にいるような状況。


 でも、それでいいと思った。


 ヤクザとして罪を重ねた。人まで殺した。何より親父を捨てたあの時から、孤独になることは受け入れていた。

 ならおあつらえ向きだろう。むしろあまりにも恵まれ過ぎて怖くなるくらいだ。


「あ…………」


 意識が黒く沈んでいく。

 魂ごと奈落へと落ちていくような中――


『――巽』


 息子は父の姿を感じた。


「…………あ、」


『知っていたよ。

 巽が実は強情で、自分に厳しい子だってことを』


「あ……!」


 それは今際の際に見た幻覚か、はたまた英人が創二そうじの力を『再現』した影響によるものか、真実は分からない。

 巽は確かにそれを感じたということだけが事実である。


『あの時父さんを置いて母さんについて行ったことに、ずっと罪悪感を抱いていたんだろう?

 そんな自分が許せなくて……いや、許すことが出来なくなるように、巽は極道になった。それにこの戦いでも――』



『巽はあえて格上の異能者達と戦い続けたんだろ?

 楽な道を、選びたくなかったから』


 腹立たしい言葉だった。けれど、ほんの少しだけ心が高鳴っている。


 別に、自ら厳しい道を選んだ訳じゃない。

 ただ自分より弱い奴を殺して虚しくなるのが怖かっただけ。

 そう。結局俺は、最後まで『悪』に染まる勇気がなかった。


『……ごめんよ。

 父さんのせいで、辛い思いをさせた』


 うるせぇ、謝るな。

 このまま一人で死なせやがれ。


 その時、既に感覚の失われた筈の手に何か暖かいものが振れる。


『だから巽が罪を償うまで、僕も一緒にいる』


 忘れる筈もない。

 それはいつか感じた、父親の熱。思えばそれをもう一度感じたくて、俺は――――


『一応これでも、お前の父親だからね』


「………………うるせぇ、クソ親父」


 十二月二十五日午前1時30分。

 偉大なる『英雄』の息子は、安らかに逝った。



 ◇



 同刻。

 勝利の余韻に浸る余裕もなく、英人の肉体は重い疲労に覆われていた。


「…………………っ」


 震えた呼吸が臓腑から漏れ、ぼやけた視界は落ちるように夜空を仰ぐ。

 御苑に巨大な水壁を展開しながらの連戦、さらには有馬ユウとの決戦である。肉体はとうに限界を超えていた。


「八坂!」


 倒れ込む寸前、義堂ぎどうが割って入ってその体を支えた。


「……義堂」


「生きてるな?」


「……見ての通り、何とかな」


 義堂の腕に背中を押され、英人はゆっくりと顔を上げる。

 視線の先には、今や上半身のみとなった『悪魔デビル』ザハド――今や有馬ユウがあった。


「どうやら、勝ったみたいだな」


「ああ」


 英人は小さく頷き、言った。

 まだ少し残っていると言えど肉体の崩壊は進んでいる。一度滅びが確定した以上、たとえ『悪魔デビル』でもそれに抗うことは不可能だ。

 つまりあと一分もしない内に、有馬ユウはこの世から完全に消滅する。


「つまりは、僕の負けってことか――」


 それは言葉を残すには十分な時間だった。

 だが有馬は長く、長く沈黙を取ってようやく次の言葉を繋げる。


「……………悔しいなぁ」


「……そうか」


「こんなに悔しいの、初めてだよ。

 何でなんだろうね?」


「簡単なことだ。

 お前が全力を出したからだよ」


 溜息交じりの英人の言葉に、有馬は鳩が豆鉄砲を食ったように目を見開く。

 しかしすぐにクスリと噴き出し、


「そうかぁ」


 満面の笑みを浮かべた。


「はっ、憎たらしいくらいの笑顔。

 もう残す言葉はないな?」


「そうだね。

 でもここは『悪魔デビル』らしく、最後にひとつ飛び切りのものを残しておこうかな」


「ん?」


 英人が目を細めると、有馬は首を倒して無邪気に嗤う。 


「ねぇ元『英雄』。

 何であっちの世界の事を『異世界』と呼ぶんだと思う?」


「……何?」


「もちろんこの世界とは異なる世界だからというのも一応は正解。

 でもね、本当は違うんだよ。

 あそこは――」



「一人の『能者』によって創られた、『』。

 だから『』なんだ」



 直後、『悪魔デビル』は満足そうな顔を浮かべて逝っていた。

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