新宿異能大戦72『ぶっ放したい背中』

「なんだ、こりゃ………」


 英人から放たれる光を見ながら、山北やまきたたつみは思わず声を漏らした。


 それは、『異能者』である彼にとっても凄まじい光景。

 これまでの戦いも十分常軌を逸していたが、まさかその上があるというのか。


――これが、本当の力。


 絶望に似た悔しさと嫉妬が腹の底から込み上げる。

 だがその時、


「親父……?」


 八坂やさか英人ひでとの背中に、亡き父の面影を見た気がした。



 ◇



「ほう……」


 元『英雄』が新たな力を身に纏う過程を前に、ザハドは僅かに目を細めた。


 既に彼の耳にもその力の詳細は耳に入ってきている。

 それはかつての『英雄』が一人、山北やまきた創二そうじが持つ『異能』――その名も『生成』。


「行くぞ――」


 それは古今東西ありとあらゆる道具と武器を創造する、


「ザハド!!!」


 まさに万能とも言うべき力であった。



 ――――ドドドドドドドドドドオオオオオオオオオッ!!!!!!



「―――――!?」


 心臓を叩くような轟音に、ザハドは思わず立ちすくんだ。

 英人の方を見ると彼の周囲には三十門近い砲身がズラリと並べられている。

 なるほど確かにあれほどの砲が一斉発射されたらこうもなろう。


 ではその直撃を受けた自身の肉体はどうか。


「……ふ」


 視線を下ろし、悪魔は思わずほくそ笑んだ。

 文字通り無傷である。


「は、たかだか現代兵器でこの僕に――」


 ――――ドドドドドドドドドドオオオオオオオオッ!!!!!


「ぐ……!」


 しかし、言い終える間もなく秒間数十もの砲撃が悪魔の肉体を襲う。

 圧倒的な『魔力』による防御も、衝撃や音までは完全に防ぐことは出来ない。

 無論1%以下に抑えることは可能だが、ならば一千発打つという単純(シンプル)な結論の前にザハドは一方的な防御を余儀なくされた。


(う、動けない……!)


 衝撃が、体を震わせる。

 轟音が、脳と鼓膜を殴打する。


 一体いつになれば途切れるのか。

 終着どころか区切りすら見えそうにない爆炎のドームの中、ザハドは押さえつけられるようにしてゆっくりと膝をつく。


 数十世紀かけてヒトが研鑽してきたものとは何か。

 それは善意でも、ましてや悪意ですらない。


 追い求めてきたのはそんな意志ふじゅんぶつを排した先にあるもの――つまりはただただ機械的な物量そのものであった。


「はああああああああっ!!!」


 渾身の叫びと共に、魔力の暴風が爆炎を吹き飛ばす。

 圧倒的火力には、圧倒的魔力――悪魔が用意した反論もまた、至極単純(シンプル)なものであった。


「随分と開き直ったじゃないか、元『英雄』……!

 一面更地にするつもりかい!?」


 僅かに煤を被った顔を拭い、ザハドは嗤う。

 度重なる爆音に乗せられたせいか、いつになく彼は高揚していた。


「はっ、もう似たようなもんだろ」


「違いない!」


 歓喜の絶叫。

 同時に漆黒の魔力は複数の束となり、まるで針鼠のように英人に向かってに放たれた。


――ドドドドドドドドドドドドドッ!!!


 それは『現実世界こちら』と『異世界あちら』の物量の応酬。

 もはや工夫もテクニックも必要ない。

 ただ多い方が勝ち、少ない方が負けるのみ。


「けど君にしては打つ手を間違えたね!

 『異世界』から直接『魔力』が供給される僕と自前の『魔力』を使うしかない君、結論なんかとうに出てるでしょ!」


 もちろん悪魔の言う通りこと保有している『魔力リソース』の量に圧倒的な差がある以上、最初から決着の見えている勝負である。

 しかし英人の見ていた勝機は最初からそこではなかった。


(んなことは分かってる。

 だがたとえ無尽蔵といえども、『魔素』の供給のペースには限界がある筈。

 ただの一瞬で良い、瞬間的な火力と物量が奴のそれを上回れば……!)


 そう、彼はもとより勝負は一瞬と決めていた。だからこそ最も費用対効果の高い『万物の錬成士アルケミスト・オブ・ユニバース』を使用した。

 ほんの一瞬の内に生まれる僅かな優勢、すなわち勝機を掴みとる為に。


 ガトリングガン。

 機関銃。

 ミサイル。

 榴弾砲。

 速射砲。


 英人腕に記憶されたありとあらゆる現代兵器を呼び出し、ぶつけ続ける。


「『滅刀・獄阿修羅』!!」


「! 義堂!」


「一気に決めるぞ、八坂!!」


 さらには英人の意図を完全に理解した義堂による一撃が加わり、辺りは爆発と火炎で溢れかえる。

 しかし、それでもまだ足りない。


「どうした!?

 全然足りてないじゃないか!」


「ぐ……っ」


 徐々に、拮抗へと持ち込まれていく。

 しかし元より不利な勝負なのは承知の上。


「う…………おおおおおおおおおおおおおおっ!!!」


 人事は尽くした。

 ならば後は気力でその一瞬を掴むのみ。

 今更馬鹿げたこととも思えるが、結局はそれこそが最大の武器だった。


(そしてそれを教えてくれたのは、皆だ……!)


 しかし現実として既に魔力は尽き欠け、英人の体はジリジリと後退していく。


「何で俺の力を……?

 いやそれより、何で親父の姿が……!?」


 その時、後ろから響く声があった。

 山北創二の息子、巽だ。


「くそ、訳わかんねぇ……!

 どういうことだよ……!」


 言葉を返す余裕は、とてもじゃないがなかった。

 けれど、今は言葉じゃなくていい。


――――ドドドドドドドドドドドドドドドドドッ!!!!


 この景色を、見ろ。

 この力を、見ろ。

 そしてこの背中を、見ろ。


 これこそがかつて世界を救った男――お前の父親の本当の姿だ。


「……く、」


 絶え間ない爆音の中、拳を握る音と歯ぎしりの音が微かに響く。

 この姿を見て、この力を見て、彼が一体何を感じ取ったのか。振り向けない英人には分かりようもない。


 だから、信じることにした。

 微かに残った彼の最後の良心を。

 そして――


「くそおおおおおおおおおおおおおおっ!!!」


 彼の記憶に微かに残る、立派な父の背中を。


――――ドガガガガガガガガガガガガガガガガガガッ!!!!!!!


「クソクソクソクソクソクソおおおおおっ!!!!」


 感情に任せ放たれた砲弾と銃弾が、ザハドに向かって放たれた。

 それは奇しくも父と同じ『異能』による攻撃。


「ちくしょう何で親父が俺と同じ力持ってんだよ!

 あと何だよその背中! 何で親父のクセにそんな無駄にカッコイイんだよ!

 くそ気に入らねぇ気に入らねぇ気に入らねぇ!

 ああクソこんなもん見ちまったら――」


「く……何だ、何故君が僕を撃つ!?」


「クソ親父以上にブチかましてやらなきゃいけねぇじゃねぇか!」


 巽は英人の隣に立ち、ぶっ放しながら叫んだ。

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