いちばん美しいのは、誰㉗『女王欲求』
グランプリ発表後。
「――ではこれにて『クイーン早応』第一ステージは終了です!
皆さま、ありがとうございましたー!」
「明日も応援宜しくねー!」
「「「「「「「うおおおおおおおおっ! くるみん! くるみんっ!」」」」」」
グランプリも発表され興奮冷めやらぬ状況だが、その熱量のほとんどは
「おーぅ! 来夢チャーンおめでとーぅ!
君なら必ず獲ってくれると思ってたよー!」
「えへへー!
ありがとうございまーす♪」
ステージ裏では、YoShiKiを中心に芸能スタッフたちが勝利の喜びに湧いている。
あれだけの大勝をしたのだから当然だろう。
その一方で、
「……ふぅ。ここまで大差を付けられてしまうとは……。
さすがに現役のアイドルは強い、か」
「お疲れ……だが準グランプリだ。
相手は芸能人だし、十分胸を張ってもいいだろ」
「おめでとうございます、高島先輩!」
「ああ、八坂さんに白河さん。
発表の方にも来てくれていたのか」
「まぁ色々とやり過ぎたせいで運営から睨まれちまってな。
これ以上やらかさないようにってんで、裏で監視されてた」
自嘲するように英人は言う。
まぁあれだけステージを引っ搔き回し続けてきたのだ。発表の時くらいは運営としても見張っておきたかったのだろう。
「ふふ。貴方のさっきの司会ぶり、私は中々面白いと思ったが。
今度どこかのパーティーでお願いしようかな?」
玲奈は小さく笑った。
話しの内容的には社交辞令なのだが、彼女が言うと本気のようにも聞こえてくる。
英人は苦笑しつつ、
「さっきのは特殊な例だから、あまり期待はせんでくれ。
……
「ええお疲れ様です。
本当に昨日に続いて今日も……なんと言うか、お節介が過ぎますよ?」
「こればかりは性分っつーか、ポリシーみたいなもんだからなぁ……やっぱ傍から見てるとダメかな?」
「別にダメとは言っていません。
ただちょっと……少し心配になっただけです」
律希は照れ隠しのように、ぷぃっと後ろを向く。
そのまま二、三息を整えた後、
「……改めて、今回は本当にありがとうございました。おかげで最後まで戦い続けることが出来ました。
結果はダメでしたけど……この経験と教訓は、きっと」
「ああ。
君にとっての大きな糧になる」
「このお礼は、いつか必ず」
「あー……なら、裁判での弁護とかがいいな。
ほら俺、今後も何かやらかすかもしんないし」
うーんと唸りながら英人は言った。
実際、この調子でゴタゴタに首を突っ込んでいたらいつか本当に世話になりそうな気がする。
「ふふ、ほどほどにして下さいね。
まぁそれもまずは私が弁護士になってからですが」
「大丈夫、君ならなれるよ」
「ええなります、絶対に。
困った人の助けになれるような、そんな強い弁護士に」
律希は力強い瞳で英人を見つめ、
(……そう、貴方みたいな)
小さく笑みを浮かべた。
「はー! 負けた負けた!
今更だけど芸能人なんてズル過ぎるでしょ! あんなのノーカンよノーカン!」
「だとしても四位はイマイチじゃない?」
「……う、
彼女は明日の第二ステージの告知を控え、深紅のドレスを身に纏っている。
「ま、とにかくこれで明日はアンタの憎たらしい顔見ないで済みそうだし、清々するけどね」
「好き勝手言ってくれるわね……まぁでも、結果は結果としてしっかり受け止めるつもり。
6%……たった6%だけど、私に入れてくれた人がいるってことだし。
まだまだここからよ」
「そ」
瑛里華が目を
「あんたの方こそどうなのよ? それだけ大口叩いといて勝機はあるの?
はっきり言って、手強いなんてもんじゃないわよ?」
ステージの周囲では今もなお、「くるみん」コールが続いている。
おそらく今日の映像はSNSで拡散され、明日にはさらにその勢いは加速するだろう。
もはや歴代のグランプリでは歯止めが利かないほどに。
だが。
「それでも、勝つ。全国に私の全てを魅せてやるわ。
ついでにあのアイドルも倒すから、アンタは黙って見てなさい」
それでも昨年の覇者は、
「そ、そう……」
目を見開く響子を他所に、瑛里華は静かに来夢を見据える。
――普段から、負けず嫌いな性格だということは自覚している。
でも、それ以上に今回は負けたくないという気持ちが強い。
相手がかつてないほど強大だから?
テレビカメラが殺到しているから?
いや、どれも違う。
視線を横にずらし、英人と――その横にいる、
でも今はあえて言葉は交わさない。
(……だって、魅せると約束したもの)
ステージで戦う彼女たちを見たからだろうか。
今まで以上に、自分の気持ちに真っすぐ向き合えている気がする。
そう、私は恋をしている。
だから――
「……負けない」
「
「……真澄ちゃん」
ステージ裏で、親友二人が向かい合う。
今日一日だけで、本当に色んなことがあった。
言いたいこと。言わねばならぬこと。
互いにたくさんあるだろう。
だが今はただ――
「お疲れ様!」
「……うん!」
無事に戦いを終えられた喜びを、盛大に分かち合うだけだった。
「本当にすごいです! すごかったです!
友利ちゃん、あんな沢山の人を前に少しも怯まなかった!」
「まぁ矢向さんが最後に全部持ってっちゃったから、あまり意味はなかったかもしれないけど」
「……いえ。
意味はあります。絶対に」
真澄は涙目になりながら首を振る。
懸命に悪評に立ち向かう親友の姿は、争いごととは無縁であった真澄の心に一つの炎を灯していた。
そんな折。
「――離せ、離せぇええええっ!!」
悲鳴にも似た絶叫が、ステージ裏に
「ちょっ、暴れないで!」
「うるさい! 触るなっ!」
スタッフに両脇を抱えながら叫んでいるのは、コンテスト最下位の
さっきまでは大人しく、と言うより
「ふざけんな! 認められるかこんな結果あああああっ!
私はただバラしただけだぞ!?
こいつらみたいに悪さをしたワケじゃないのに、何でこんな目にぃいっ!」
「だから落ち着いて……って、力強っ!?」
怒りでタガが外れたのだろうか。
女とは思えぬような力でスタッフを振りほどき、来夢たちの前に立って叫び始めた。
「オラよく見ろ!
それに高島玲奈は……まあいい。
とにかくこいつら全員、汚れてやがんだよ! 外面は取り繕った振りしといてな!」
「――ッ!」
ひよりの指摘に、玲奈は僅かに肩を震わせた。
なおもひよりの叫びは続く。
「そもそもテメーら、なんでこんな奴等の言う事なんざ聞くんだよ!
片や大学のミスコンにしゃしゃって来るゴリ押しアイドルに、片や三十近いくせして学生やってるようなジジイだぞ!
こんな奴等の出まかせを信じてちゃんとやってる私を信じないとか、頭湧いてんのか!」
「いまさら何を言って……!
いいから落ち着いて!」
「うるせぇ! 近づくな!」
ひよりは近くにあったパイプ椅子を持ち上げ、振り回そうとする。
突然の暴挙に騒然とするステージ裏。
だがその時。
「いい加減にして!」
ひよりの腕を、友利が押さえた。
「く、ぐ……っ!
離せよこのぉ……っ!」
「離さない!」
ぐぐ、と友利は抱き着くようにひよりの身体を受け止める。
だが尚もひよりは暴れ出そうとしていた。
「うるさい離せ! 邪魔すんな!」
「登戸、アンタ……!」
「やめたまえ!」
異様な光景に、響子を始めとしたファイナリストが手を貸そうと立ち上がるが、
「来ないで!」
友利はそれを一喝した。
「で、でも友利ちゃん……」
「これは私の問題だから……!
だから私が決着をつけなきゃ……」
「ひ、英人さん……!」
「……もしもの時は俺が何とかする。
これは彼女の戦いだ」
英人は腕を組み、臨戦態勢でその様子を見つめた。
「くそ! しつけぇな!
お前らのせいでもう私は終わっちまったんだよ!
最後くらい好きにさせろ!」
叫び続けるひより。
だが友利はそれに怯むことなく頭を静かに持ち上げ――
「勝手に終わるな!!!」
打ち付けるように額を付き合わせた。
その迫力に気圧されるように、ひよりは大きくのけ反る。
「あれだけのことをやっといて、このまま終わるなんて許さない!
私も一度はどん底に落ちたけど、それでも皆のお陰で再び始めることができた!
だから同じように、貴方も終わってはダメ!」
「ぐ、く……うるさいうるさいうるさい!
お前はたまたま運が良かっただけだろ!
あんな男が馬鹿みたいに助けてくれて、最後は芸能人が持ってって……私にそんなものがあると思う!? あるわけないでしょ!
だからこうするしかなかったのよ!」
「ないなら作ればいいじゃない!
貴方ほどの行動力があれば!」
「……う、う”う……!」
真正面から睨みつける瞳に、ひよりは一瞬たじろぐ。
しかしすぐに馬鹿力で引きはがし、
「う、うるせぇえぇえええっ!」
思い切り、友利の顔を殴りつけた。
「友利ちゃん!」
叫ぶ真澄。
ステージ裏は、まるで時が止まったように空気が張りつめる。
だが、
「……大丈夫」
僅かによろめきながらも、友利はひよりの前に立ちはだかった。
「……ぐ、く……ぅ!」
「それで落ち着くなら、何度でも殴ってよ。
私、何度でも受けるよ」
揺らぐことのない瞳が、ひよりを突き刺す。
「こ、このぉ……っ!」
「もう、決めたから。
たとえこの先何があっても、絶対に戦うことを諦めない。
全部真正面からぶつかり切って見せる!」
友利は口からこぼれる血を拭った。
「さぁ、来るなら来なさい!
早く!」
「う、う……っ!」
両手を広げ向かってくる友利に、ひよりは構わず拳を振り上げる。
だが、それより先が進まない。
頬を伝う汗。
まるで身体が、本能が、この少女を殴ることを拒絶しているようだった。
そしてこの瞬間、両者の決着は着いた。
「今だ!
早く押さえて!」
「了解! 警察も呼んどきました!」
動きを止めた隙をつき、数人のスタッフたちが迅速にひよりを拘束し、連行していく。
「くそ……! 止めろ! 離せ!」
ひよりも抵抗こそするが、さすがに成人男性数人の力を振りほどけるわけもない。
「ふざけんな! つーか何だこの体勢!?
テメーら見んじゃねぇ!
くそおおおおおおおっ!」
両手両足、全てを掴まれた状態で彼女は連れ去られていったのだった。
当面の危機が去り、ステージ裏には安堵の空気が流れる。
「よかった~!
心配したんですよ友利ちゃーん!」
「ご、ゴメンね真澄ちゃん……」
泣きながら抱き着く真澄を、友利は困り顔で受け止める。
「でもナイスガッツだった。
ミシェルじゃないが、中々の淑女ぶりだったぞ?」
「はは、ありがとうございます……」
友利は照れくさそうに笑うと、今度は響子と律希の二人が歩み寄ってきた。
「ほーんと、一時はどうなるかと思ったわ」
「……まぁ、社会人としてはちゃんと法に則って解決すべきでしたね」
「ご、ゴメンなさい……」
友利の謝罪に呆れ顔を浮かべる二人。
「まあでも……」
「ですね」
だがすぐに目を瞑り、
「「少しスッキリしたわ(しました)」」
苦笑しながら、その勇姿を労った。
「……終わりよければなんとやら、か」
その様子を見ながら、英人は静かに呟く。
クイーン早応第一ステージ、思えば色々なことがあった。
けど何とか最後までやりきれたというのは、素直に喜んでいい所だろう。
英人自身、色々と手を尽くした甲斐があったというもの。
(……まあそれ以上に、彼女たち自身が全力で抗った結果だ。
すげえよ、みんな)
少女たちの姿を見ながら、英人は穏やかに笑う。
確かに彼女たちはそれぞれ、後ろめたい部分を持っていた。
そこに正面からぶつかり立ち直ることは、例え周囲のサポートがあったとしても難しい。
しかしそれでも、彼女たちは戦い抜いた。
これは本当に素晴らしいことだ。
「……明日で最後か」
ひよりの件により、事件は一応の区切りを得た。
だがまだまだ戦いが終わったわけではない。
闘志と覚悟を萎えさせぬよう、英人は拳に小さく力を込めた。
『――あれ?
意外と早く場が
ま、この程度なら何ら問題はない。馬鹿どもには既に種を植え付けてある。
あとほんの一押しだ』
『――さぁ元「英雄」。
これから君が相手をするのは、止めどない悪意の連鎖と正義の暴走だ。
良心ひとつで、果たして止めることが出来るかな?』
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
翌日、午前7時30分。
「真澄ー、忘れ物は大丈夫ー?」
「大丈夫ですー!」
リビングから響く母の声に、真澄は軽快に返事をした。
日曜日、田町祭四日目。
いよいよ戦いの時が来た。
真澄は玄関の鏡で手早く身だしなみの最終確認を終え、いそいそと靴を履く。
昨日帰宅した以降も、周囲の状況は目まぐるしく変わった。
英人から聞くところによると、あの後ひよりは警察に連行されたという。
現状は逮捕ではなくあくまで保護という名目だが、精神鑑定と余罪の追及も含めてこれから捜査が始まっていくらしい。
「大丈夫、真澄ちゃん?」
「はい、友利ちゃん」
友利が差し出した荷物を真澄は受け取る。
目線を上げると、彼女は心配そうな表情を浮かべていた。
「やっぱり……友利ちゃんも来るんですか?
昨日の今日ですし、あまり無理しない方が……」
「ううん。
色々と問題はあったけど、一度は関わったものだし、最後まで見届けたいの。
もちろん私は真澄ちゃんのこと応援するから!」
「……ありがとうございます」
真澄は瞳を潤ませながら頷いた。
彼女の言う通り、これまで本当に色んなことがあった。
でも今はこうして、ちゃんと笑いあえている。
些細なことだけれど、これ以上の幸せはないのかもしれない。
「いってきます!」
真澄は扉を開け、外に出る。
周囲を眺めると、あれほどいた野次馬はもういない。
ひよりの件が解決したのと、YoShiKiが宣言通りマスコミに色々と工作してくれたからだろう。
「おはよう」
代わりにいるのは、ただ一人の見慣れた男性。
万感の想いと共に、真澄は声を上げた。
「おはようございます!」
「お、いい返事。
どうやらコンディションは万全のようだな」
「はい!」
真澄は力強い笑顔で頷く。
そうだ。今日は何時にも増して、調子がいい。
体中からやる気が止めどなく湧き出てくる。
「……今更だが、今の
もともと芸能人だったのに加えて昨日の大立ち回りだ。
一夜経って落ち着くかと思ったが、テレビもSNSももう手が付けられないくらい盛り上がってる」
「ええ、私も見ました」
「……すまん、こいつは俺の責任だ。
止むを得ないとはいえ、YoShiKiの策に乗っかったお陰でこうなっちまった。
多分今日は想像以上に苦しい戦いになる」
前を見ながら、英人は僅かに眉を
だが真澄は静かに首を振り、
「いいえ、英人さんは最善のことをしました。
友利ちゃんだってそのお陰で立ち直れましたから……ね?」
「……うん」
「それに――」
真澄は二、三歩駆けて英人の前に立つ。
「誰が相手だろうと私、負けませんから!」
そして真っすぐな瞳で、宣言した。
「真澄ちゃん……」
「だから行きましょう、英人さん!」
真澄はまるで道を切り拓くように、二人を先導して歩き始めた。
生まれてこのかた、あまり勝ち負けにこだわらない性格だった。
二年前のグランプリだって、特に順位とかを意識することないまま獲得してしまった。
でも、今は違う。
本気で戦いたい。そして、勝ちたい。
この三日間、色んな人の戦う姿を見てきた。
確かにそれぞれが傷や闇を抱えていたし、一度は打ちのめされたりもした。
けれど最後は皆が歯を食いしばって立ち上がった。最後までもがき続けた。
私はそれを、美しいと思う。
そして私も、美しくありたいと思った。
だから。
「――見ていて下さい」
いつになく
「私、女王になります」
それは彼女が人生で初めて告げる、宣戦布告だった。
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