いちばん美しいのは、誰⑤『満更でもない』

『うお、これおととしのグランプリと今年のファイナリストじゃん。

 両手に花とかヤベーなコイツ。

 #ミス早応コンテスト』


『というかおととしも今年もレベル高すぎて笑った。

 これもう半分芸能人だろ。

 #ミス早応コンテスト』


『なんか一緒にいる奴どう見ても大学生じゃないんだけど。

 まさかパパ的な感じだったり?

 #ミス早応コンテスト #パパ活』


『くたばれ』





「――なんというか、有名になったねぇ。

 君も見てみるといい、そこなりにバズっているようだよ?」


 翌日、火曜日。

 教授専用の個室の中で、異世界出身のクォーターエルフことヒムニス=グロリアスが不敵な笑みを浮かべた。

 昨夜の拡散より既に十二時間以上が経過したが、SNS上ではいまだその炎上じみた熱気が収まる気配はない。


「見ねぇよ。

 それより腕の整備は終わったのか?」


「ああもちろん」


 スマホを机に置き、ヒムニスは縦長のジュラルミンケースを取り出す。

 開くと、そこには新品同様の光沢を放つ左腕の義手があった。


「今回はそれなりに骨が折れたよ。

 なんせかつての君のお仲間に加え、『原初の英雄』の力まで再現したんだからね。

 最後まで動いたというのが信じられないくらいだ」


「覚悟はしていたが、そこまでか……」


『ま、それだけ俺の力は凄まじいってことだな』


 英人が小さく息を吐くと、胸ポケットからは小型化した『聖剣』が顔を出した。


「まさか、それは……」


「ああ。京都で買ったおもちゃのキーホルダーだ」


『んなわけあるか!

 俺ぁ刀煉とねり一秀かずひで。お前らの言う「原初の英雄」たぁ俺のことよ』


 さすがに小学生に定番のお土産扱いされるのは嫌だっただろう。

『聖剣』はその存在を誇示するかのように元のサイズに戻って机の上に転がった。


「おお……確かにその形、伝説の通り。間違いなく聖剣『魔を絶ちヘイ光指し示す剣ムダル』だ。

 しかしまさかこっちの世界に存在し、あまつさえ使い手本人の魂まで宿っているとはね……」


 驚いたような感心したような、そんな視線でヒムニスはその煌びやかな刀身を見る。

『原初の英雄』ナナシ=ゴンベエ。それはたった一人で魔王を打ち倒した『異世界』における最大の英雄の名。

 完全な異世界出身者であるヒムニスにとり、その意味する所は大きいと言えた。


『どうよ本物を見た感想は?

 せっかくの縁だし、握手くらいならしてやるぞ?』


「いや、今は遠慮しておこう。

 それより腕の方を」


 ヒムニスはケースから腕を取り出し、英人の装着しているスペアと付け替える。

 瞬間、今までにない一体感が英人の全身を覆った。


「これは……!」


「今回は補強材として、『呪術』由来の素材も取り入れてる。

 まあ鹿屋野かやの家が扱っている呪術用の木材なんだけどね。

 前回の件で東西の交流も本格的になってきたし、その恩恵さ」


「なるほどな……」


 軽く動かしながら、英人は新しい左腕を眺めた。

 ベースとなる素材が炭素繊維なのは前回と同様だが、今回は要所要所で植物由来の繊維が使用されているのが見える。

 これは植物研究の大家でもある鹿屋野家の開発した独自の素材だとヒムニスは言った。


「あっちにも専用の木材を使った義手とかはあるらしいからね。せっかくだし参考にさせてもらったよ。

 いやぁ、『呪術』という技術体系自体かなりニッチなものではあるが……それゆえ我々の『魔法』とは違った成長を遂げていてかなり興味深い。

 特に少ない『魔素』をかき集めて効率的に運用しつくす、という設計思想は目を見張るものがあったよ……所謂もったいない精神というやつかな?」


「確かに、魔力の流れが幾分か良くなった感があるな……。

 これなら『再現変化トランスブースト』の負担も多少は軽減されるかもしれない」


『というこたぁ、また俺の力も使えるってわけだ。

 いやぁ先輩として、後輩が頑張ってる姿を見るのはいいねぇ! いいぞじゃんじゃん使え!』


 はっはっは、と『聖剣』は豪快に笑う。

 先輩、というよりもいちいち首を突っ込んでくる厄介なOBといったイメージが英人には浮かんだが、伝わらなそうなので口には出さなかった。


「あんな力、そうそう使わねぇよ。

 それにあっちじゃ名は知られてても、こっちじゃ俺はただの一般人だからな。

 力なんぞ集まらん」


『……はっ、そんなもん簡単じゃねぇか。

 ちゃちゃっと天下の往来で大立ち回りでもすりゃ、今日にだって英雄さまだぜ?

 ほら、丁度おあつらえ向きな悪党どもがいるじゃねぇか』


「『サン・ミラグロ』か」


『そうそう、そいつらだ』


 うなずくように、『聖剣』はその刀身をかたかたと震わせる。


 結局、京都では幹部の永木陽明こそ撃破したが、総長である有馬ユウの消息はいまだ掴めないままだ。

 しかし近いうちにその無邪気な悪意を以て自身の前に立ちはだかるだろう――そんな奇妙な確信だけが、英人にはあった。


「『サン・ミラグロ』――正式名称は『サンミラグロ修道会』。

 スペイン語で聖なる奇跡、という意味だ」


 情報を整理するように、ヒムニスは口を開く。


『修道会ぃ?

 ってこたぁ連中、坊主の集まりなのかよ?』


「ま、大部分のメンバーはそうだろうね。いちおうは八百年以上の歴史がある修道会なわけだし。

 だが十年ほど前に有馬ユウ体制となって以来、一気に過激で悪辣なテロ組織に変貌した。今となっては修道会など名ばかりさ」


「確か以前は怪しい秘密結社だったんだろ?

 『異能』の存在を主から賜った奇跡だ、とか考えるような」


「ああ。

 設立当時のイベリア半島はイスラームの勢力下だったからね。

 一応は信仰を許されていたけど、所詮は異教徒。虐げられていたことには間違いない。

 だからこそ彼らは『異能』という力に奇跡を求めた」


 話が長くなると察したのか、ヒムニスはコーヒーバリスタのスイッチを入れた。


「……そして、その奇跡は半分が叶い、半分が裏切られた。

 レコンギスタの成功と、バチカンからの新たな迫害という形でね」


「『異能』に傾倒するあまり、本来の教義からかけ離れてしまったというわけか」


「そうだ。確かに彼らの『異能』はイベリア半島における勢力回復に貢献した。

 しかし長きに渡る地下活動と非人道的な研究は、いつしか根本となる神の教えそのものすら歪めてしまった。

 当然総本山がそれを受け入れるはずもなく、現在に至るまで彼らは全ての宗派から異端認定されている。非公式にね」


 ヒムニスは二つのカップを持ち、その内ひとつを英人の前に置く。

 豆を変えたのだろうか、いつもとは違う薫りが鼻腔をくすぐった。


「つまり元は内向きだった研究組織が、トップの入れ替わりとともに活発化したってことか。

 ……がぜん有馬ユウという存在の異常性が際立つな。一体何者だ?」


 揺れる黒い水面を見つめながら呟くと、『聖剣』は笑うように震える。


『……はっ、もったいぶるねぇ。いいかげん分かってんだろ、後輩。

 俺ぁそんな異国の坊主集団のなんざてんで分からねぇし興味もねぇが、あの小僧の正体に関しちゃ明らかだ』


「……そうだな」


『奴は悪魔デビルだ。

 有馬ユウという人間に転生したな』





 ◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇



 午後。


「あ」


「……ん? ああお前か」


 教授棟を出て並木道を下ると、英人は見知った顔と出会った。

 毛先にウェーブをかけた黒髪に、切れ長の目をした美少女。昨年のグランプリこと東城とうじょう瑛里華えりかだ。


 彼女とは四月の一件以来仲の悪い状態が続いていたが、あれから色々な出来事を経て今ではそれなりに仲良くやっている。

 その事実を示すように、彼女は特に嫌悪や驚いた風もなく口を開いた。


「田町祭の準備?」


「いや、ちょっと教授に呼ばれてな。

 お前は?」


「私は図書館で勉強ね。

 一応サークルには入ってるけど、学術系でほとんど幽霊部員みたいなものだし」


 瑛里華は肩にかかった黒髪をさらりと払いながら、並木道の横に鎮座する図書館に目を配る。


「意外だな。

 てっきり出し物やらなんやらで忙しくしてるかと思ってたが」


「そのあたりは一年の時に十分堪能したからね。

 グランプリも取ったし、今年は学生らしく勉強する年って決めてるの。

 そろそろゼミの選考もあるし、遊んでばかりはいられないわ」


 基本的に早応大の学生は三年次からゼミに入ることになっている。

 試験はゼミによってまちまちだが、事前レポートの提出や論文テスト、加えて面接による選考がスタンダード。

 正直彼女ならほぼ顔パスに近いと思うが、それでも手を抜かないあたり彼女らしいと言えた。


『ま、グランプリ効果もさすがになくなってきてるしねー。

 顔だけの女と思われないためにも、勉学の類は怠らないのさ』


 バッグから聞こえてくるのは、瑛里華の『異能』である『そいつちゃん』の声。

 瑛里華は「勝手にしゃべらないでよ」とたしなめつつも、同意するように頷いた。


「ま、そういうこと。

 田町祭に出るなら、せいぜい羽目を外し過ぎないようにね。

 ゼミもそうだけど、ウチの学部って三年に上がる時がいちばん留年率高いんだから」


「はいはい」


 そう言って英人は軽く手を上げ、別れを切り出す。

 意図を察した瑛里華も小さく手を振った時。


『……うげ、いやーな奴が来た』


『そいつちゃん』が心底嫌そうに声を上げた。

 二人が振り向くと、


「――二人とも昼からお盛んね。ほんと羨ましぃー。

 ワタシもこんな素敵な彼氏が欲しいわぁ」


 明らかに皮肉めいたニュアンスで喋る美少女がいた。


 ウェーブのかかったキツめの茶髪に、手の込んだメイク。

 背は平均レベルだが、ファッションや佇まいで少しでもスタイルを良く見せようとする努力が垣間見える。

 まさに典型的な女子大学生像といった姿だった。

 ……もっとも、容姿のレベルは凄まじく高いものであったが。


辻堂つじどう響子きょうこ……」


 瑛里華がその美少女の名を呟く。

 彼女もまた、今年のファイナリストの一人だ。


「どーも東城さん。

 こうして会うのってけっこー久しぶりね?」


「……ア、アンタ……」


 瑛里華はその美少女を怪訝な目で見つめる。

 その視線に気を良くしたのか、美少女はますます口角を上げた。


「あれ、もしかして気ぃ悪くしちゃったー?

 いやごめんね? あまりにも二人がお似合いだったから、つい。

 でもアンタみたいな女にはアラサーのおっさん辺りがピッタリだと思うし、どうかゆるして? 悪気はないの」


 目の敵にしていた昨年グランプリが、冴えないアラサーと一緒にいる。

 マウントを取るには絶好の機会と響子は全力で攻勢に出る。


「そ、そう見えちゃってる?」


「………………は?」


 だが満更でもなさそうな瑛里華の表情に、美少女はポカンと口を開けた。

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