京都英雄百鬼夜行㊱『この命捧げまする』
一筋の光が、闇を貫く。
それは京都にいる全ての人々が願った、希望の光。
夜すら黒く塗りつぶしていた深淵の闇は、崩れるように消えていく。
そして夜空には一人、熾天使の翼を生やした青年だけが浮かんでいた。
「はぁ……はぁっ……!」
『……やったな。
ま、二回目にしちゃあ上出来だ。今後もそんな感じで……っておい!』
『聖剣』が声をかけるのも束の間、英人の肉体は力なく落下し始めた。
よく見てみると、その目は虚ろで呼吸もほとんどしていない。
『くそ、まあ無理もねぇか……!
そもそもが消耗してたんだ、もう少し早めに出張っとくべきだった。
おい起きろ! このままだと脳天カチ割れるぞ!』
自身の行動に後悔しながらも『聖剣』は必死に呼びかけるが、英人からの返答はない。
『やべ……おいさっさと起きろ!
今の俺には能力は貸せても、人ひとり持ち上げるような力なんか持ってねぇぞ!』
そう叫ぶ間にも、ぐんぐんと地面が近づいていく。
そして英人の肉体が石畳にぶつかる寸前、
「あらよっと」
水で出来たクッションが、その全身を包み込んだ。
「よーしギリギリセーフ。
敵を倒した瞬間まるでテンプレのように気絶するとは……全く困った契約者だぜ。
今どきそんなん流行らんて」
『お前、神器の精霊か』
「おうよ。
てか今更だけど『聖剣』に魂を宿してたのね、英雄ナナシノゴンべエ。
ずっと近くにおったんならちゃっちゃと契約者のこと助けんかい」
実体化したミヅハは英人の手に握られた『聖剣』を持ち上げ、ジト目で見つめる。
『悪い、それに関しちゃ面目ない。
ま、俺にもこいつを見極める時間が必要だったっつぅことでここは一つ。
しかし……』
「ん?」
『お前さん程の存在が、一人の人間にそこまで入れ込むとはなぁ。
神器と人間が友誼を結ぶこともないわけじゃあないが、別世界まで付いて来るのは聞いたことがねぇ』
「ま、契約者もあっちで色々あったからね……」
その言葉にミヅハは小さく息を吐き、英人の身体を見下ろした。
『再現』の力によって外傷はほとんど治っているが、精神に負ったダメージや負荷は相当なものだろう。
いくら一時的な借り物と言えど、久々に『英雄』の力を使ったのだ、こうなるのも当然だ。
だが同時に、ミヅハには一つの確信があった。
「く、う……!」
それはどんなに傷つこうと、彼はすぐに起き上がってくるだろうということ。
「おお、起きたか契約者
お早いお目覚めですな」
「はぁ、はぁ……当たり前だ。
いくら『
まあ、まだちょっと気分は悪いが」
英人は未だに痛む頭を押さえつつ、水のクッションからゆっくりと立ち上がる。
「ちょっと」とは言っているが血色はかなり悪く、息も拙い。精神部分にかなりのダメージを負っていることは明白だった。
『そうか。ま、とりあえず無事で何よりだ。
それよりどうだったよ、久方ぶりの「英雄」は?』
「さすがにしんどい……が、もういい加減慣れた。次は気絶なしでやるさ。
とは言えそもそも次なんてない方がいいんだがな」
『はははは、違いない!
まあ民草にとっては戦いなんぞない方が……ん?』
何かを察したのか、『聖剣』はぴくりとその刀身を震わせる。
同時に英人もそれに感づいた。
『……おい、後輩』
「分かってる」
英人は目を細めつつ、南東方向つまり『大封印』があった場所へと視線を向ける。
「野郎、底意地の悪い……!」
そこでは黒き奔流が、再び噴き上がっている様子が見えた。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
地より黒き闇が溢れる光景は、京都にいる全ての人々の目にも同時に映っていた。
「なんだ、あれは……?」
そして義堂の口から漏れたその言葉は、それを見た全員の意思を代弁していたと言えるだろう。
闇の塊である『
『
まさか、ここまでやるなんて』
「
神妙な面持ちで尋ねる義堂に、
『あれは、木蓮が独自に編み出した呪いの術式です。
おそらくは失敗した時のことも考え、自身の死を引き金にして発動するようにしていたのでしょう。
死して残る無念や憎悪は、呪いの効力を高めるのに最適ですから』
「保険と言うわけか……!」
義堂は険しい表情で『大封印』の方角を見つめる。
永木木蓮が『
地下で何をしていたかは木蓮以外知る由もないが、あらゆる準備を施すには十分すぎる期間だったろう。それこそ、保険の一つや二つ作っておく程度には。
義堂が焦る間にも黒き邪念の塊は徐々に分裂し、数百数千もの軍勢へと変化していった。
それはまるで人の影がそのまま立ち上がったような、黒い人型の何か。
敵の姿を確かめるべく、義堂は目を凝らす。
「人……?」
しかし、よく見るとそれは違った。
その肉体は、捻じれた黒い若木で形作られていた。
木の腕に、木の脚。その佇まいはどこか、呪いの藁人形を彷彿とさせる。そして極めつけは行進するたびにこちらまで響いてくる、樹木がゆっくり軋む不快な音。
それはまるで闇がそのまま生命を得て京の地を闊歩しているようだった。
『樹木を使った呪術は鹿屋野の、ひいては永木の真骨頂です。
おそらくあの一体一体に、木蓮の無念と憎悪が込められているのでしょう。
つまり――』
小鳥型の式神は小さく羽ばたき、差し迫る黒き樹木の軍勢を見る。
『彼らが存在する限り、この京都に邪念と悪意の種が撒き散らされて続ける……!』
そこでは黒き若木たちが周囲に種を飛ばし、新たな仲間を増やそうとしている姿があった。
「なっ……!」
『わらわたちは大封印へと急ぎます。
彼らの侵攻を防がねばならぬのもそうですが、術式そのものも解除せねばなりませぬ。
おそらくあれは術式ある限り、際限なく呪いを誕生させ続けるもの。根元を絶たねば……!』
杜与の口調には、明らかな焦燥が混じっていた。それ程までに死者の放つ呪いとは厄介なものだということなのだろう。
しかし『怪異』も撃退し、『
そう義堂が歯噛みした時。
「ならば儂が露払いを務めよう、鹿屋野の当主よ」
深紅の甲冑に身を包んだ
「……白秋さん」
「想定より早く『怪異』共を撃退できたお陰で、余力はある。
あの
『白秋様……』
「案ずるな、鹿屋野の当主。伊達に齢を重ねてはおらん。
儂自身のことは、それこそ分かりすぎるほど分かっておる」
白秋の言葉に、式神越しの杜与は僅かに言い淀んだ後、ゆっくりと口を開く。
『分かりました……白秋様。
そなたがそうしてくれたように、わらわもこの身を以て、
「――ああ、分かった」
そして式神からの通信は打ち切られた。
白秋は顔を上げると無言で、『大封印』へと歩き始める。
「待ちな」
しかし
「…………お前」
「まさか一人で行くってんじゃないだろうね、義父さん」
「じ――」
一文字言ったところで、白秋の口が止まった。
顔は分かる、そして自身に近しい人物であることも。しかし、名前が思い出せない。
彼女はいったい誰だったか――白秋が逡巡していると、純子は察したように目を瞑むる。
「……私は、警察の人間です。
市民を脅かす存在が現れた以上、それを看過することは出来ません。
そうだろう、義堂?」
「ええ。
微力ですが、私も戦います。
これでも一応は、貴方の教えを受けた身ですから」
「お前、まで……」
白秋は小さく呟く。
そうだ、この男は自分の弟子だった。息子と同じように。
名前はとうに頭の中から消えてしまったが、それだけははっきりと覚えている。
「当然私も行くよ、白秋のじーちゃん。
『護国四姓』だしね」
「御守の……」
そして最後は御守の現当主。
気づけば三人の若者たちが、自身の目の前に立っていた。
先が長くない以上一人で決着を着けたいという気持ちはある。しかし同時に白秋は嬉しくもあった。
彼らはこの老体の背中を追い、共に戦ってくれるというのだ。
ならば、最後まで見せ続けねばなるまい。
白秋は静かに前を向く。
「……行こう」
そしてその言葉と共に、四人は『大封印』へと歩を進めるのだった。
――――――
そこから先は、苛烈な戦いの連続だった。
『
そして三人はそれぞれの方法で彼の背中を護っていった。
そして義堂は友からもらった魔法薬の力で。
途中杜与や
国と民を護る為、邪魔するものは全て斬る。そう言わんばかりに立ちはだかる敵をその一刀の下に叩き斬っていく姿は、まさに無双。
どのような存在も、白秋の進みを止められはしない。
そして時間にしておよそ数十分。
遂に彼らは『大封印』の元へとたどり着いた――
「着いた、ようやく……!」
額の汗を拭いながら、
まるで間欠泉のように噴き上げる邪念の奔流は周囲を汚染し、辺りを黒く染めている。
さらにその地面からは、黒色をした若木が次々と生まれ落ちている様子が見えた。
「今から封印を致します。
そなたらはしばしの間、時間稼ぎを……!」
ここまで来れば、あとは時間との勝負。
一点突破で来たため若木の多くは健在であるし、そして数も無限に増え続ける以上急ぎ術式を封印しなければならない。
杜与は懐に入れていた小さな木箱から、一本の苗木を取り出した。
「それは……」
「『大封印』と同じ品種の、苗木です。
これを使い、木蓮の呪いを封印します……!」
そう答えつつ、杜与は覚悟を決めた面持ちで『大封印』跡へ向かって歩き出す。
しかし傍に控えていたはずの静江の手が、その小さな体を制した。
「静江……」
「杜与様、その役目は私が承ります」
「いえ、鹿屋野家当主としてこれは私がやらねばなりません」
杜与は振りほどいて前に進もうとするが、静江はその手をどけようとはしない。。
「なりません。
私とて鹿屋野の『
「い、命を……!?」
静江の言葉に、義堂は驚愕する。
「本来、樹木というものは数年から数十年の歳月をかけて成長していくもの。それが『大封印』のような神木となればなおさらでしょう。
ですが今はそのような時間は御座いません。急速に成長させるために強大な生命力、つまりは人間の命が必要なのです」
「ですからわらわが……っ!」
瞳を潤ませて見上げる杜与に静江は静かに首を左右に振って、
「貴方は鹿屋野家の当主です。
それにまだお若い。ここで命を捧げることはありません。
この老いぼれにお任せください」
「静江……」
「短い間で御座いましたが、貴方にお仕えできたこと、光栄に思います。
どうか杜与様は、生きて当主の責務をお果たし下さいませ」
静江は苗木を優しく取り上げ、『大封印』跡へと振り向く。
しかしその先には、
「……
深紅の甲冑に身を包んだ白秋が、立ちはだかっていた。
「……いつか、言っていただろう。たとえどんなことがあっても、家を支えると。
ならばお前は生きて当主の傍にはおらねばならぬ。
その仕事は、儂が受け持とう」
「いえ、これは……」
鹿屋野家である、私の仕事――そう言おうとした静江の手を、白秋は静かに握った。
「……もう、この場にいるものの名は、全て忘れてしまった。
この場にいない者においては、その顔すらも怪しい。
お前なら、この意味は分かるな?」
甲冑越しに、静江と白秋は向き合う。
その表情は
そう、この人は『無双陣羽織』を着た瞬間から、死ぬつもりだったのだ。
だからこそ甲冑の負荷によってすり減っていく記憶と精神を保ちながら、ここまで血路を斬り拓いて来たのだ。全ては、この時の為に。
静江はこらえるように目を瞑り、また見開く。
「……ええ、どうかご存分に。
「済まない」
苗木を受け取った白秋は振り返り、『大封印』跡を見つめた。
「……これが最後の、奉公になる」
刀煉白秋、『護国四姓』にして『
人生の全てを、護国の為に捧げてきた男。
その最後の戦いが今、終わりを告げようとしていた。
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