京都英雄百鬼夜行㉔『ある意味”最強”だ』

 ――かつて一度だけ、飛翔ひしょうに聞いてみたことがある。


『なあ、飛翔。

 お前のその力って、普段はどんな感覚で使ってるんだ?』


『どんな感覚ぅ?

 感覚もなにも別に英人兄ちゃんには『再現』があるんだし、普通に使いこなせるでしょ』


『まあそりゃ単純に使うってだけならそうだけどさ。

 『再現』するにしても何つーか、使用者の心構えみたいなもんが大事なんだよ。

 ただでさえお前の力は普通じゃないわけだし』


『普通じゃないって、ひどいなぁ。

 まあでも心構え、か……一応ないこともないけど』


『お、何だ何だ?』


『自分を最強だと信じること、だよ』


『最強、か……成程な。

 でもそう思い込むのはちとキツイな。

 何せ一緒に戦ってるのはお前ら四人だ。とても自分が最強とは思えん』


『僕はそうは思わないけどなぁ……。

 でもたとえ根拠なんてなくても、そう信じるのが大事だよ。少なくとも僕はいつだって自分が最強だと信じて戦ってる。

 なんというか、そういう思い込みの力があれば――』




『世界だって、変えられるような気がするんだ』





 ――――――


 ――――


 ――





「おおおおおおおっ!」


 かつて『大封印』のあった場所に、嵐が吹き荒れていた。

 だがそれは風も、雨もない嵐。

 代わりに『怪異』たちの断末魔と血肉が吹き乱れていた。


「ギャアッ!」


「グギャッ!」


 千を超える化物の群れが、一方的に蹂躙されていく。

 たった一人の男の、それもたった一本の左腕によって。


「はああああっ!」


 その左腕に宿る能力の名は、『強化』。


 その効果は文字通り自身の肉体を強化する、至極単純なもの

 だがその幅に上限はなく、また強化する部分や概念に制限もない。


 つまり自身の肉体に関わるものであれば、全て無制限に強化が出来るのだ。腕力は勿論、視力、聴力、思考力、魔力、直感……まさしく全てが対象内。

 そしてそれは魔力を込める程、さらには自身を最強であると思い込むほどに強くなる。


「おおおおおぉっ!」


 英人は左手に魔力をみなぎらせ、解き放つ。

 それは魔法の詠唱すらないただの魔力の放出であったが、『強化』された光の奔流は『怪異』の群れを一挙に消し飛ばした。


(――見てるか、飛翔)


 だがなおも『怪異』たちは英人を滅さんと殺到してくる。

 おそらく穴からの後続がまだ続いているのだろう。


 だが、今の英人には関係ない。


(今の俺は、強いか?)


 殴れば、爆ぜる。

 放てば、消し飛ぶ。


 天狗も、牛鬼も、飢者髑髏がしゃどくろも、何が来ようと結果が変わることはない。


(今の俺は、最強か?)


 それはあまりにも純粋な力の応酬だった。


「……いや、この質問はすべきでなかったな」


 そして、積りに積もった『怪異』の亡骸が山となり始めた頃。


「――俺は今、『最強』だ」


 英人の前には、酒呑童子だけが立っていた。


「……圧倒的、だな。千年前俺を封印したあの男を思い出す。

 名を聞いておこうか」


「……八坂英人」


「成程、そうか。

 生憎この国の名については不勉強であるが、おそらくいい名なのだろうな」


 酒呑童子は軍服の懐から、赤い液体の入った小さな小瓶を取り出す。


「……何、ただの葡萄酒だ。

 本気の戦いに臨む時は景気づけにこれを飲むのが流儀でね。

 まあ、そのせいでここの人間に大酒飲みと思われてしまったのは、少々心外であるが」


 そう言って苦笑交じりに瓶を開けると、一気にそれを飲み干した。


 するとその姿は人型から離れ、化け物へと変形を始めた。

 翼が生え、角が伸び、皮膚は黒く変色して硬質していく。


 それはまるで人の恐怖の根源を突くような、禍々しくも美しい姿。

 一瞬でもまみえたならば、誰もがこう思うだろう――これは『悪魔』であると。


 そう『魔人デーモン』とは、悪魔の力をその身に宿した『魔族』。


「……我が名はジギルド=ベルゴール。

 魔王陛下に仕えし将が一人」


 朱い瞳が光り、英人を睨む。


「――参る」


 再開の合図は、小さな呟きだった。


「オオオオオオォォォッ!」


「はああああああああっ!」


 両者はは一瞬の内に間合いを詰め、互いの拳を繰り出す。


「『深淵裂剛打アビス・ストライク』!」


「――っらああああぁぁぁっ!」


 英人に迫りくるは先程よりもさらに純度と量を増した闇の右拳。

 だが対する『最強の戦士ウォリアー・オブ・ストロンゲスト』に、決まった技などない。だ極限にまで強化した己自身をただ全力でぶつけるのみ。


 純粋な力と力が衝突した瞬間、周囲の空間が絶叫を上げたように軋んだ。


「ギャッ!?」


「グガッ!?」


 同時に遠巻きからその様子を見守っていた後続の『怪異』たちからも断末魔が上がる。そのあまりにも強大すぎる余波は、本能に基づく目算すらも凌駕していた。


 まるで落雷と地震が同時に来たような轟音が、断続的に辺りに響く。

 さらにもう一度爆音が鳴った瞬間、


「な、に……?」


 ジギルドの拳が腕ごと爆ぜた。


「――グオオオオオオッ!」


 そのままジギルドの肉体は後方へと吹っ飛び、木々をなぎ倒していく。

 それは彼方まで飛んでいくような勢いであったが、相手も伝説の『魔人』。

 上手く翼と身体を使って地面に着地し、瞬時に右腕を再生させて第二撃へと移った。


「『深淵剛連打アビス・バラッジ』!」


 そして今度は一撃ではなく、連打による面の攻撃。


 いくらこちらが圧倒される程に肉体を強化したといっても、所詮は腕一本に過ぎない。

 たとえ右腕が犠牲になろうとも、数発でも攻撃が入ればこちらが勝つ――それがジギルドの作戦だった。


「遅い」


 しかし英人はその二つの拳を両手で受け止めた。


「な――!」


 ジギルドが驚く間もなく、今度は痛烈な衝撃が顎を襲う。


 顎の骨と、頚椎がひしゃげる音。

 彼の目に映る風景は一瞬にして前方から後方へと変わった。


「け、蹴り、か……?」


 返答はない。

 代わりに暴力的なまでの魔力の奔流がジギルドの身体を包み、再び後方へと吹き飛ばした。


「……凄まじい、な。

 これほどは……」


 半ば崩壊しきった肉体をなんとか再生させながら、ジギルドはよろよろと立ち上がる。

 前方からは英人が一歩ずつゆっくりと歩いて近づいてくる様子が目に映った。


「これで終わりだ」


 凄まじい魔力が、英人の左拳に集中していく。

 あまりの純度に空間が歪むほどのそれは、まさしく『最強』の名を冠するにふさわしいものだった。


 圧倒的な力の差。

 既に決着はついている。


 だがジギルドはその事実を笑い飛ばすように、立ち上がる。


「……ああ。 

 だが終わるまでは、終わりじゃあない」


「……同感だ」


「フッ……千年間。この時の為、か。

 うむ、悪くない」


 『魔族』と『怪異』。

 ジギルド=ベルゴールと酒呑童子。


 世界を超えたが故に二つの名で呼ばれた男は、静かに拳を構える。


 籠めるは闇の力。

 ただそれだけを武器に、酒呑童子は光へと立ち向かっていく。


「深、淵剛――」


 そして闇の拳が英人に触れようとした寸前。

 夜闇ごと、その肉体は光の中へと消えていった。





 ――――――





 更地とかした京都の山に、英人は一人立ち尽くす。

 だが『最強の戦士ウォリアー・オブ・ストロンゲスト』を解除した瞬間、英人の肉体を極度の疲労感と痛みが襲った。


「……はぁっ、はあぁっ……!」


 心臓が破けそうな程に、呼吸が乱れる。

 英人は即座に『再現』を使い、全身を修復した。


(『最強』の名の通り強力ではあるが、いかんせんピーキー過ぎるな……!

 いまいち上手く使いこなせねぇ)


 足柄飛翔の『強化』は、魔力と気力が続く限り自身の肉体を際限なく強化していくという代物。

 確かに圧倒的な力は手に入れられるが、肉体の限界すら超えて強化されてしまうという関係上、体にかかる負担はそれこそ限りなく大きい。


(飛翔自身は『異能』の持ち主だからかある程度コントロール出来てたし、そもそも馬鹿みたいに体が丈夫だったからな……。

 対する俺は左腕だけだし、そりゃキツいわ)


 無論、左腕を『再現』したことによってそれ以外の部分についても『強化』の恩恵を受けることが出来る。

 ジギルドこと酒呑童子の連打を両手で受け止められたのもその為だ。

 しかし左腕以外の肉体は英人自身のものである為、行き過ぎた強化に耐え切れず一気に悲鳴を上げてしまった。

 だからこそ英人は短期決戦で決着をつけに行ったのである。


「……多分、もうちょい使ってたらこっちの身体が弾け飛ぶな、これ」


 そう呟きつつ英人は呼吸を整え、再び戦闘態勢に入る。


四厄しやく』の一人である酒呑童子を倒し、戦況は有利に傾いた。

 しかし『大封印』跡の穴からは『怪異』が溢れ続けており、今なお予断は許さない状況だ。


 英人はふと、ミヅハの作った水壁の方を見る。


「……大丈夫だろうか」


 壁の向こうからは、戦闘音が微かに響いていた。



 ◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇



 壁の先では、水と氷が熾烈な戦いを繰り広げていた。


「おりゃ!

 どんどん行くでよ!」


 ミヅハが手を上げると地面からは大量の水が噴き出し、氷姫コオリビメへと襲い掛かる。


「小癪な……っ!」


 しかし氷姫は手を一振り、その全てを凍らせて防ぐ。

 さらにもう一振りし、今度は大量の氷柱をミヅハと湊羅そらの二人に向かって射出した。


「うお、来たぞ娘っ子!」


「分かってる!

 『龍爪腕壁りゅうそうわんへき』!」


 迎撃すべく湊羅が繰り出したのは、龍の両腕。

 実に湊羅の身長の倍以上はあるその巨大なそれは氷柱の群れを見事受け止め、切り裂いていく。


「や、やった……!」


「お、いいねぇ。やっと分かってきたやん。

 同じ水使いとして嬉しいぜ。

 契約者の方も終わったみてーだし、こっちもそろそろ締めかな?」


 うんうんと満足気に頷くミヅハ。

 湊羅の復活もあり、戦いは二人が優勢に進めていた。


「グ、く……! 気に入らへん!

 この私が……!」


 対する氷姫は、自身の不利に歯噛みした。


 彼女の種族は『フェンリル』。

 文字通り氷狼フェンリルの力をその身に宿した『魔族』であり、同じ『魔族』である『サラマンダー』とは対をなす存在だ。

『異世界』の歴史においては、千年前に魔王に協力した一族として畏怖と共にその名が刻まれている。

 つまり、本来であればたかが人間の『異能者』如きではどうあがいても勝てない存在の筈だった。


(なのに今、押されているのは私……!

 それもあの嬢さんが立ち直ってからずっと……!)


 氷姫は怒りに表情を歪ませ、湊羅を睨む。


『神器』の精霊はとにかく、彼女はこの世界のただの人間。

 そのような存在に苦渋を舐めさせられているといる事実に、氷姫は我慢ならなかった。


「……いつも、いつもそうだ。千年前も、今も! 

 貴様ら人間は何故こうも私の邪魔をする!

 弱く醜い種族の分際で!」


 その激しい怒りに呼応するように、周囲の土と草木が急激に凍っていく。

 心臓を失った体は着々と限界に近付いているが、そんなことは関係ない。

 溢れる激情を絶対零度の空気に乗せ、景色を白銀一色へと染め上げていった。


「……奴さん、本気だね。

 こっちも行くよ、娘っ子」


「……うん!」


 湊羅は深く頷き、水の柱を展開させる。

 既に貼りつくような冷気が体を覆っているが、不思議と恐れはない。


 決着の時は近い――そう心の中で覚悟を改めた時。


「!? な、なんだ!?」


 後方から、地響きのような凄まじい轟音が聞こえてきた。 

 三人は一斉に音の発生源へと視線を合わせる。


「ご、『護京方陣ごきょうほうじん』が……!」


 湊羅は思わず声を震わせる。


 目に入ったのは、京都を護る城壁が音と立てて崩れていく光景であった。

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