学校へ行こう!⑤『見とけよ見とけよ』

「うう、何でこんなことに……」


 美智子はその全身を抱きしめるように押さえ、少しでも露出した体を隠そうする。


 単純な面積だけで言えば彼女以上に肌を露出した生徒はぼちぼちいるのだが、やはりハイレグにストッキングという組み合わせは煽情的に過ぎた。


 さらにそれを絶賛片思い中の相手に披露してしまったのだから、この反応は至極当然と言えるだろう。


「いいじゃんいいじゃん。

 今日のつづみん、セクシーだよ!」


 しかしそんな美智子の様子をむしろ面白がるように、彩那はぐっと親指を立てる。

 女子校の生徒たちにとって人の恋愛事情は格好のネタのなのだ。


「いやセクシーだとかそういう問題じゃなくて……!」


「八坂先生も、似合ってると思いますよね!?」


 美智子の初心な反応を余所に、彩那は英人に詰め寄る。

 親友としては、ここはどうにかしてコメントを引き出しておきたい所。


「ん? まあそりゃ似合ってはいるさ。元々の素材がいいわけだしな。

 でもこうも本人が恥ずかしがっちゃってるのは、少し可哀想ではあるが」


 そして当の英人の反応は、概ね好意的なものだった。


「先生……!」


 この恥ずかしさを分かってくれるか、とばかりに美智子は感謝の視線を英人に送る。


「ほうほう、まずは素直に褒めつつ最後にフォローを欠かさない……これが大人の男のやり口というわけですな?」


「勝手に解説するな。

 それよりも、早く席に案内しなくていいのか?

 後がつかえてるみたいだが」


 納得した表情を浮かべる彩那に、英人は親指でくいくいと後ろを指し示す。


 そこにはいつの間にか数人の行列が出来ており、受付の生徒があたふたとしている光景があった。

 心なしか並んでいる客の顔も「何でコイツらいきなりラブコメしてんの?」と訴えているかのようだ。


「あ! すみませーん!

 ほら、つづみん案内!」


「え、ちょっ……ああもう。

 では先生、じゃなくてお客様。こちらへどうぞ」


「ああ」


 そして英人は美智子の案内のもと、席へと座った。





 ◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆





「ではお客様! ご注文はどうされますか!」


 銀のトレーを体の正面に抱え、美智子は軽快な口調で注文を尋ねる。

 もちろん服装はキャットガールのままだ。


「ん、そうだな……ってか大丈夫か?

 めちゃめちゃ肩震えてるぞ。まさか緊張してる?」


「正直大丈夫、じゃないかも……もう恥ずかしくて死にそう」


 美智子は茹でダコのように顔を赤面させ、トレーをさらにギュッと強く握る。

 どうやら初っ端の明るい接客も、恥ずかしさを必死に覆い隠そうとしてのものだったらしい。


「こういう時は、たとえ空元気でもビシッとしておいた方がいい。

 そうやって縮こまると、余計に恥ずかしく感じてしまうぞ」


「そう言われても……」


「そもそも、あの服装や水着が良くて今の衣装がダメというのがよう分からんのだが」


「それとこれとは別!」


「お、おう……」


 ちなみにあの服装とは、美智子が家出した際に着ていた露出度の高いもの。

 正直、肌の露出面積で言えばあちらの方が上だ。


「アレや水着はなんか……おしゃれとして普通にあるじゃん?

 でもこれはなんかいやらしいというか、『女』を前面に出し過ぎというか……」


「まあ言わんとすることは分からんでもないが……ふむ。

 よし、じゃあお前もここに座れ」


 英人は立ち上がり、机の向かいの席を引く。


「へ?」


「あとは……ちょっと綾瀬さん」


 そして彩那に向かって手招きをした。


「ん? 何ですか八坂先生?」


「突然ですまないが、彼女も今から客ってことにしておいてくれないか?

 この様子だと接客もちょっとキツそうだし」


「せ、先生?」


「代わりにここで一番高いやつ注文するからさ……頼むわ」 


 英人は悪戯っぽく微笑み、片手を上げて彩那に依頼する。


 その予想外の提案に彩那は最初ポカンとしていたが、


「……ふふ、いいでしょう。

 他の子たちには私から言っておきますからご心配なく」


「ちょっと彩那!?」


「それじゃあつづみんもごゆっくりー!」


 そう笑顔で言い残してバックヤードに去って行ってしまった。


 残されたのは、向かい合わせに繋げられた机にポツンと座る英人と美智子のみ。


「え、えーっと」


「そうポカンとするなって。

 わざわざ着替え直すのもアレだし、こうするのが一番だろ。

 ほら、座ったおかげで下手に教室内を歩き回らずに済むし、下半身も机で隠れる」


「むむ、そりゃそうかもしれないけどさー。

 こっちにもせっかく来てくれたせんせーをもてなしたいプライドがあるわけで」


 美智子は頬杖をつき、拗ねたように口を尖らせる。

 恥ずかしい思いをしながらも接客を頑張ろうとしたあたり、彼女なりに気合は入っていたのだろう。


「だったら猶更だろ。恥ずかしがってちゃもったいない。

 まずは知り合い相手から慣れていこうや」


「知り合いって、先生からってこと?」


「ああそうだ。

 少なくともこの席に座っている内は、俺だけ見てりゃ何とかなるだろ?」


「……はあ」


 僅かに微笑む英人を一瞥し、美智子は深くため息をつく。


「どうした」


「いや別に。

 ……ずっと思ってたけど、やっぱり先生ってなんかこう、ズルいよね」


「ズルいとはなんだズルいとは」


「ふーんだ」


 そして美智子は頬杖をついたまま、その顔をそっぽへと向けた。


 頬の熱と緩みが、これでもかと手のひらを通して伝わってくる。

『最初から、アナタのことしか見えていない』――そんなことは、口が裂けても言えなかった。




 ……………………

 ………………

 …………

 ……




「お待たせしましたー!

 絶品チーズケーキと、プレミアムダージリンティーでーす!」


 二人が着席してから数分後、机の中央にはチーズケーキのティーカップが置かれる。

 名前からして、普通のよりもワンランク高いものなのだろう。


「ん? これってまさか……」

 

「そうそう! 今話題の『白雪姫』の絶品チーズケーキ!

 今日の為にわざわざ取り寄せてくれたんだよね、唯香!」


「おうそうだ! 

 この『白雪姫』のオーナーがウチのオヤジの知り合いでなー、今回無理言って取り寄せてもらったのさ!」


 美智子の言葉に、チーズケーキを持ってきたメイド服の少女は自慢げに答える。

 浅黒い肌に若干黒い地毛が混ざった金髪、時折口からのぞかせる八重歯と一昔前のギャルを連想させる風貌だ。


「ほーそりゃすごい。

 さすがはお嬢様学校、学生離れした人脈だなぁ」


「つっても美智子ほどじゃないけどなー。見た目もこんなでお嬢様とはかけ離れてるし。

 まあ社長令嬢ではあるんだけどさ」


「ちなみにどこの会社さん?」


「アタシ、苗字は『根岸ネギシ』ってんだ。

 ここまで言や、ちょっとはピーンとこねぇか?」


「根岸……『根岸製菓』か!

 あの『横濱ヨコハマかもめ』の!」


「おう正解! まさか兄さん、横浜市住みか?」


 唯香は満足そうな笑みを浮かべる。


 ちなみに『根岸製菓』とは創業100年を超える横浜の地元企業。

 銘菓『横濱かもめ』はカモメ型をした栗餡入りのお饅頭で、横浜みやげの定番だ。


「ああ、生まれも育ちもな。

 しかしまさか『横濱かもめ』とはねぇ。

 今も時々実家で食べてるよ」


「私もよく食べてる!

 まあ唯香がよく学校に持ってきてくれるからなんだけど。

 あれ小腹空いた時にちょうどいいんだよねー」


「はははっ。美智子ってこんなモデルみたいに細いナリして結構食うからな。

 『根岸製菓』の娘としてアタシも嬉しいってもんさ。

 いやーそれにしても……」


 唯香は笑みを止め、英人の顔をまじまじと見つめる。


「ん? なんだ?」


「なるほどなるほど、この人ってわけね。

 まあ悪くはないんじゃない?」


「なんかいきなり値踏みされたんだが」


「ちょっと唯香、そういうのやめて! 

 この格好のせいでただでさえ恥ずかしいんだから!」


 美智子は椅子から身を乗り出してわーわーと二人の間を遮ろうとする。

 こんな状況で外野から色々漏れたら大問題だ。


「あー悪い悪い。そういうつもりはなかったんだけど、つい気になっちまって。

 でもせっかくの縁だし、あと一つだけ」


「?」


 そして今度は耳打ちするように唯香は英人にそっと顔を寄せる。


「……知り合いの大学生のオトコ、紹介してくんね?」


「ちょっと唯香ー!?」


 だがこの距離だとその内容は筒抜け。

 美智子は思わず唯香に詰め寄る。


「えーいいじゃん少しくらい。

 アタシだって年上のオトコ欲しいし!

 美智子ばっかズルいぞー!」


「だからそういうのやめろー!」


 そしてぎゃあぎゃあと言い合う二人。


 女三人集まれば姦しいとはいうが、どうやら彼女らの年代では二人もいれば十分らしい。


 そんなことを思いつつ、英人はゆっくりとダージリンティーを口に運ぶのだった。



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