異能バトルはなろう系の中で⑥『私がヒーローになったワケ』

 繁華街の路地裏を、一人の美少女が歩いていた。


 モデルのような長身に、鼻筋の通った端正たんせいな顔立ち。

 その輝くばかりの白い長髪は、六月の太陽の下でもなお薄暗く湿る路地を煌々こうこうと照らしている。

 彼女こそはラトビア人の早応そうおう大学二年生、カトリーヌ=フレイベルガであった。

 

「ハァ……ハァッ……!」

 

 カトリーヌは息を乱し、額には玉のような汗を浮かべながら歩く。

 脚がアスファルトを踏みしめる度に、あばらの部分がきしむのが分かる。


 もうほとんど骨は繋がっていると医者は言っていたが、完治前に無理をすればさすがに痛むらしい。


 痛みと疲労で、意識が霞む。

 でも今は、進まなければ。


 そう決意する頭の中で、危機を知らせる音が鳴った。

 これは決して気のせいなどではなく、彼女の『スーパーヒーロータイム』が持つ危険察知の能力によるものだ。

 昨夜のビル爆破の時も、頭が割れんばかりの警報が鳴り響いていた。


 おそらく今回の相手もまた、自分の肋骨ろっこつを折ったあの犯罪者グループだろう。

 前回は『力』を持った人間が複数人いるとは思わず、不覚をとってしまった。

 相手がすぐに引き上げたおかげなんとか生き延びることはできたが、肋骨を折られるなどその代償も大きかった。

 だが次はこちらも人数を把握している以上、油断はない。


 今週分の身体強化時間は、残り二分四十一秒。

 相手の人数を五人とすると、一人あたり約三十二秒の計算だ。

 能力発動中であればこの脇腹の痛みも多少は誤魔化せるが、時間切れになったらもう戦いにはならないだろう。

 つまり能力が切れた瞬間が、死ぬ瞬間。


 状況は圧倒的にこちらが劣勢だが、泣き言は言っていられない。


「なんとかできるのは、私しかいないんだから……!」


 呟きながら、カトリーヌは路地裏の隅に置いてある、古ぼけたロッカーを開く。

 そこには真っ赤な『仮面ウォリアー』のコスチュームが置いてあった。





 ◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇





 カトリーヌは北欧バルト三国の一つ、ラトビアの一般家庭に生まれた。

 公務員の父と専業主婦の母、そしてやや歳の離れた兄との四人家族だった。


 それは、どこにでもある幸せな一般家庭。

 しかし、他とは決定的に異なる所がたった一つだけあった。


 その兄妹は共に『異能者』だったのである。


 兄の『異能』は『事件や危機が起きるのを直感的に察することができる能力』。

 妹であるカトリーヌの『異能』は『一週間に合計五分間、自身の身体能力を五倍にする能力』。


 兄妹は幼い頃から互いの能力の存在に気付いていたが、両親に余計な心配は掛けまいと二人は内緒にすることを誓い合った。


 秘密を共有していた、というのもあったのだろう。二人は近所でも評判の仲のいい兄妹だった。


 そう、どこへ行く時も二人一緒。

 日が落ちるまで二人で遊び、同じものを同じ時に食べ、家にいる時は同じテレビ番組を見た。



『――仮面ウォリアー、見参!』


「すげー! カッコいい! なあ、カトリーヌもそう思うだろ!」


「うん!」


 その中で幼い二人が大好きだったのが、『仮面ウォリアー』だった。

 当時日本から遠く離れたラトビアにおいて旧シリーズが再放送されており、視聴率30%超えという一大ブームを巻き起こしていたのだ。


 仮面に身を包んだ正義のヒーローが、悪の怪人を倒す。

 シンプルかつ王道を行く特撮ヒーローは、ラトビアの子供たちの心をも惹きつけていた。


「俺、大きくなったら仮面ウォリアーみたいな正義の味方になる!」


「兄さん、すごい!」


 だから兄と同じ夢を持つのは、当時の子供としては別に珍しくもなんともない、普通のことだった。

 だが兄の場合はその『異能』の存在のせいか、成長してもその夢を変わることなく持ち続けた。


 そんな兄が一度だけ、カトリーヌに話したことがある。


「――カトリーヌ。俺には時々、この力がまるで呪いのように思えてしまうことがある。

 でも俺は、助けを呼ぶ人を見捨てたくない。

 この『力』を正義のために使いたいんだ」


 その横顔は、笑顔の似合う兄らしからぬ真剣な表情だった。

 しかしまだ幼いカトリーヌには、まだその言葉の真意が完全には分からなかった。



 それから数年後、18歳となった兄は警察官になった。

『正義の味方』という夢への第一歩だ。


 兄は持ち前の正義感の強さと『異能』の力によって、次々と事件を解決していく。

 警察官の職務とその『異能』の相性を考えると、ある意味当然のことだっただろう。

 それに生来の正義感の強さも合わされば、向かう所敵なしだったに違いない。


 事実警察からは何度も表彰され、地元のヒーローとしてちょっとした有名人にもなった。



 ――まるで、本当に仮面ウォリアーになったみたい。



 カトリーヌは警察官として活躍する彼の姿に、ひどく憧れた。


 しかし、悲劇は突然訪れた。



「そんな……どうして……!」


 兄の殉職を告げる知らせが、一家の元に届いたのだ。

 警察からの発表によると兄の遺体はバラバラの状態で発見され、頭部だけ何故か見つからないという。


 カトリーヌは最初、彼らが何を言っているのか理解できなかった。


 あんなに優しくて、強くて、正義感のあった兄が死ぬ?

 そんなわけはない。死んだなんて、何かの間違いだ。

 そうに決まっている。


 それからしばらくの記憶は、よく思い出せない。

 両親によれば、葬式の時もずっと上の空だったという。


 ようやく彼女がまともに口を利けるようになったのは、彼の死から半年も後のこと。

 しかしそれでも兄の死という重荷が消えるわけではなく、犯人も未だ捕まる気配はない。


 そんな「兄」という心の支えを失った彼女がすがったのは――仮面ウォリアーだった。

 学校から帰ってきては、ひたすらテレビ画面にかじりつく日々。

 仮面ウォリアーを見ている時だけは、兄が隣にいるような気がしたのだ。


 シリーズを一通り見終えた後、今度は体を鍛え始めるようになった。

 通常の筋トレだけでなくボクシングやレスリング、空手など武術にも没頭した。

 なぜいきなりそんなことをし始めたのか? 理由は彼女自身にも上手く説明できない。

 ただ猛烈に湧き出る「強くならなければ」という強迫観念が、彼女をそうさせたのだ。


 また同時に勉学にも励むようになり、日本への留学を希望するようになった。

 何故なら仮面ウォリアーの本場ならば、もっと兄の存在を身近に感じられると考えたからだ。

 結果彼女は見事に早応大学への入学を決め、単身日本へと渡ることになった。


 生まれて初めて来る日本の土地は、とても興味深く楽しいものだった。

 しかし日本での生活が半年を迎えようとした時、彼女の体に変化が起こる。


 頭の中で、音が鳴るようになったのだ。

 さらにはその後、決まって何かの事件が発生するようになった。


 最初は気のせいだと思ったが、同じことが何度も続けばさすがに気付く。


 これは――兄の『力』だ。

 理由は分からないが、『事件や危機が起きるのを直感的に察することができる能力』が自分にも宿ったのだ。


 それからは定期的に、カトリーヌの頭に音が鳴り響くようになった。

 起きている時はもちろん、寝ている時ですらお構いなしに。

 そして音が鳴り終わる度に、心の中で重い罪悪感が渦を巻く。


 鳴り響く音の中、カトリーヌはかつて兄が言っていたことの真意をようやく理解することができた。


 そうだ――この音は、助けを求める人の声。

 だから、見捨てるわけにはいかない。


 この『力』は、正義を行うために兄さんがくれたもの。

 死んだ自分に変わって悪と戦えと、そう私に言っているのだ。



 うん、分かった。

 任せて、兄さん。

 代わりに私が、兄さんの夢を引き継ぐから。


 ――『仮面ウォリアー』に、なるから。



 幸いここは日本、コスプレ衣装の類には困らない。

 彼女は赤いコスチュームに身を包み、街へと繰り出す。助けを呼ぶ声に、応えるため。


 その日から、『リアル仮面ウォリアー』の噂がまことしやかに囁かれるようになった。


 彼女もまた、「正義の味方」という夢を叶えたのだ。


 カトリーヌは今日も戦う。

『仮面ウォリアー』として。



「――だから見ててね、兄さん。

 今日も頑張って、悪党を倒すから」



 赤き英雄の仮面の下、か弱い少女は覚悟を決めた。

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