第59話/Decoy

第59話/Decoy


「あれ、ウィロー?こっちであってるっけ?」


「そうですよ。もう、キリー。あなたまだ道を覚えていないんですか?」


「あ、あはは……やだなぁ、そんなわけないよ。確認だよ、確認」


キリーは取り繕うように、手をパタパタ振る。

俺たちは隠れ家のだいぶ近くまで戻ってきていた。なるべく人気のない道を選んで帰ってきたので、かなりの遠回りになってしまったな。けれどこの先の道をまっすぐ行けば、隠れ家の入口はもうすぐそこだ。


「ここを行ったらすぐだよね。ふぅ、やっと帰ってこれたね!」


キリーは揚々と、アジトへ向かおうとした。


「……待って!」


鋭い叫び声。ステリアが手をあげて、俺たちを制した。


「ステリア?何かあったか?」


辺りを見回しても、通りにはおかしなところは見当たらない。ちらほらと人影は見えるが、特に不審でもないしな……


「どうしたんだよ。早く戻ろうぜ」


「おかしい。あのむこうの人たち、気にかかる」


「そうか?……よく見えないけど、別に普通じゃないか?」


俺は手でひさしを作りながら目を凝らした。朝日に照らされて、街並みはみんなシルエットみたいだ。


「その、見えないというのがおかしい。唐獅子、目は悪い?」


「え?いや、そんなことはないが」


「でしょ。なら、どうして見えない?」


「それは、太陽がまぶしいから……」


「そう。あそこの連中は、全員太陽を背にしている」


そう言われれば、そうだな。人影はみな俺たちより前方、朝日の方角に立っていた。


「けど、それが……?」


「太陽の中に紛れるのは、自分の姿を見にくくするため。光に背を向けるのは、視界を確保するためだとしたら?」


……そうか。朝日がまぶしいなら、自分の影で遮ればいい。それならしっかり前を見ることができる。そして前方、つまり俺たちのいる方を見ているということは……


「連中は、監視役だっていいたいのか?」


「かも」


「ステリア、あんたねぇ。いくらなんでも、疑りすぎじゃない?」


「たまたまかもしれない。気にしすぎかも。実際、普段だったらわたしも気に留めなかったと思う。けど、今は事情が違う。私たちを追いかけたり、待ち伏せてるやつがいても不思議じゃないから」


「それは……そうかもしれないけど」


「でもそうだな。キリー、いちおう念には念を入れておかないか?遠回りになっちまうが、迂回できないかな」


「う~ん、そうだね。みんな、くたびれたけど、もうひと踏ん張りがんばってくれる?」


みんなは疲労の色を濃くにじませながらも、こくりとうなずいた。


「獲物は巣穴の直前が一番油断するんです。だからねぐらの近くになればなるほど、警戒を強めなければいけないんですよ」


ウィローは相変わらず顔色がよくなかったが、それでも意志は固そうだった。


「よし。それじゃあ引き返そうか……」


俺たちが元来た道に戻ろうと背を向けた、その時だった。


「え!?」


「ねぇ!あいつら、走り出したわよ!?」


さっきまでじっと突っ立ていた人影が、突然こちらに向かって猛然と走り出した!


「くそ!みんな走れ!」


「うわぁ!」


俺たちは無我夢中で駆け出した。角を曲がり、路地を抜け……だが追っ手は、確実に俺たちをマークしていた。


「どっ……どういうことだろ!?やっぱり、わたしたちを見張ってたのかな!?」


「ああ!おそらく、警察かなにかだ!まさかもう隠れ家が割られるなんて!」


「そんな……」


「っ!ねえ、みんな待って!ウィローちゃんが!」


スーの叫び声に、俺たちはガガッと足を止めた。


「っ!ウィロー!大丈夫か!」


「はぁっ、はぁっ……ええ、お気になさらず……」


そういうウィローの顔色は、まったく生気が感じられない。真っ白だ。

ウィローだけじゃない、みんなも疲れ切ったなか走り回って、限界寸前だ。


「く……うりゃあ!」


俺は近くのビルの扉に駆け寄ると、力任せに引っ張った。錆びの浮いた扉は、蝶番ごとバコンと引き抜けた。


「みんな、中へ!隠れるんだ!」


みんなは転がり込むようにビルの中へとなだれ込む。最後に俺が外れた扉を無理やりはめ直した。


「はぁ、はぁ……」


「ぜぇ、ひゅぅ……それで、隠れたはいいけど、どうするつもりよ?」


「はぁ、ごほっ……すまん、考えてなかった」


「あんたね……いえ、あの状況じゃ無理な話よね。あたしも卒倒寸前だわ」


そう言うと、アプリコットはへにゃりと崩れるように座り込んだ。


「ごほごほ……ですが、一先ず隠れるというのは正しかったと思います。しかし」


レスがずれたメガネを掛けなおしながら、みんなを見回した。


「この先、どうするのか。しんどいでしょうが、これを早急に考えなければなりません。追っ手は直ぐそこに迫り、私達は満身創痍です。状況は絶望的ですが、それでも手を打たねば」


「あんた……一周回って、諦めてないのがすごく見えるわ」


「当たり前です。勝負を捨てるヤクザがどこの世界にいるんですか。オリなんて選択肢は最初からありません。死ぬまで張り続けるのが、博徒(ヤクザ)ってもんでしょう?」死ぬまで張り続けるのが、博徒(ヤクザ)ってもんでしょう?」


レスの言葉に、俺はにやりと笑った。しつっこくて、諦めが悪い……彼女もまた、ヤクザそのものだ。


「なら、俺はこの勝負乗るぜ。……といっても、次を生かすための勝負だけどな」


「……なにか、策がおありのようですね」


「ああ。ただ正直なところ、この勝負はどうやっても敗けだ。俺たちが勝つには、それこそ天に祈るくらいしかできない」


「え?ユキ、それじゃあわたしたちは、もうなにもできないの?」


「いいや。今大事なのは、どうやって敗けるかだ。ここで全てを失うのか、それとも次に繋げるのか」


「……最小限の被害で敗ける、ということですね」


「ああ。そのためには、どうしてもカードを切らなきゃならない。この場を切り抜け、かつ次の勝負で失ってしまうカードを」


「次で、失う……」


「……言わなくても、わかってると思うが。この場を無傷でしのぐのは、奇跡でも起こらない限り無理だ。誰かが、迫り来る追っ手を引き留めて、みんなが逃げる時間を稼がなきゃならない」


俺はそこまで一気にしゃべると、軽く息をついた。


「俺が行く」


「ダメだよ!」


「ダメよ!」


「いけません!」


きれいにはもった声に、俺は吹き出しそうになった。


「ユキ、わたし言ったじゃん!自分を犠牲にして誰かを助けたって意味ないって!」


「ああ。キリー、俺だってそれ以外の手があるなら、そう思うよ。だけど、今はもうこれしかないんだ」


「だったらわたしが行く!わたしは組長だもん!」


「ダメだ。きみには残ってもらわないといけない」


「どうして!だったらユキも……!」


「きみは組長だからだよ。きみが捕まったら、メイダロッカはおしまいだ」


「でしたら、私が連中を食い止めます。組員だったら、問題ないですよね」


ウィローがずいと進み出る。


「いや、それもダメなんだ。足止め役は、ある程度動けなきゃならないだろ?ケンカになるかもしれないし、そこは絶対だ。今動けてケンカができるのは、消去法で俺だけなんだよ」


「それは……」


ウィローはぐっ、と唇を噛んだ。立ってるのもやっとな彼女に、おとり役はとてもむりだ。


「勘違いされたら困るが、俺はなにもやけっぱちでこんなこと言ってる訳じゃないぞ。みんなを生かすには、これが最良だと思うから言ってるんだ。犬死にじゃ困るんだよ、足止め役は。残るのは勝手だが、すぐやられた挙句にみんなも逃がせないんじゃ、果たして残る価値はあるかな」


俺の乱暴な物言いに、みんなは口をつぐんでしまった。悪いな、こうでも言わないと、きみたちは聞かないだろ?


「さぁ、そういうことだから。きみたちは行ってくれ。大丈夫、そうやすやすと倒されるつもりはないさ」


「ユキ……やっぱりだめだよ!こんな、こんなのって……」


キリーは駄々をこねるように、いやいやと首を振った。

その時だ。


「っ!今、声が聞こえたわ!」


「くそ、もうすぐそこまで来てやがるな。みんな、早く行ってくれ!このままじゃ全滅だ!」


「で、でも、ユキくん!」


「行ってくれ!男がここまで啖呵張ってるんだ、花を持たせてやってくれないか」


「……みんな、行こう」


「ちょっと、ステリア!?」


「唐獅子の言う通り。ここでみんな捕まったら、それで終わり。けど私たちが逃げのびれば、彼を助ける算段も付くかもしれない」


「それは、そうだけど……」


「そういうことだ。さあ、もう時間が無い。レスさん、キリーたちを頼んでもいいですか」


「……承知しました。あなたの献身には報いさせていただきます」


「レスさん!?ユキも何頼んでるの!ふざけたこと言わないで!」


「……キリー。行きましょう。ユキを信じなければ」


「こんなの信じるなんて言わない!これは見捨てるってことだよ!」


「キリー……」


「わたし、絶対に認めない!理屈も理由も糞くらえだ!」


「……スー、ステリア。すみません、キリーを連れて行ってもらえますか」


「うん……キリーちゃん、行こう?」


「離して!二人はそれでいいの!?」


「いいわけない、いいわけないよ。けど……ユキくん!」


「なんだ、スー?」


「ユキくんがずっとわたしのそばにいるって言ったこと、わたしずっと忘れないからね。ここでお別れなんて、絶対ゆるさないから。嘘つき呼ばわりされたくなかったら、必ずまた逢いに来て」


「ああ」


「絶対だよ?……約束、だからね」


「ああ、約束だ。安心してくれ、俺はできない約束はしない主義なんだ」


「うん……信じる」


「……さあ、メイダロッカ。もう行かないと」


「離して!やだ!」


「キリーちゃん、お願いだよ……お願いだから……」


「いやぁ!ユキ!ユキぃーーー!」


「……ごめんな、キリー」


「そう思うなら、必ず帰ってきなさいよ。あの娘が、どれだけ悲しむか……わかるでしょ」


「ああ。なんならアプリコット、きみとも約束しようか?」


「ざんねん。あたしは約束って破られるもんだと思ってるから、しない主義なの」


「はは、そっか」


「じゃあ、行くわ……またね」


くるりと背を向けて、アプリコットも走り去っていった。

これで残ったのは、ウィローだけだ。


「ウィロー。きみも早く行かないと」


「……ユキ。私はこれでも、それなりに長い間、この世界に身を置いてきました。今みたいな状況も、一度や二度ではありません。……死を覚悟した人たちの背中を、何度も見送ってきました」


「……」


ウィローは、俺の目をまっすぐに見つめた。


「ですが、あなたの目は違う。あなた、死にきれてないですね」


「……当たり前だ!ちくしょう、まだやりきれてないことも、やり残したことも山ほどあるんだ。こんなところで死ぬわけにはいかない!」


「……よかった。ふふ、それを聞いて安心しました」


「待ってろよ。いつか必ず、またきみたちの前に現れてやるからな!」


「ええ。大丈夫です、あなたのような目をしていたやつは、大抵今でも生き残ってる連中ばかりですから。……それでは、私ももう行きますね」


「ああ……それじゃあな」


そうは言ったが、ウィローは一向に動こうとしなかった。


「……ウィロー?」


「ユキ……っ!」


ウィローはぐっと、言葉を詰まらせたように見えた。


「……なんでもありません。それでは……また逢いましょう」


ウィローは小さく手を振ると、キリーたちを追っていった。

そしてとうとう、この場には俺だけが残った。


「また逢う、か……」


死ぬ気が無いのは本当だったが、果たして相手がそれを許してくれるだろうか。追っ手はカルペディの息がかかった連中だろうしな……


「……おい!そっちにいたか!」


「……この近くにいるはずだ!探せ!」


外がにわかに騒がしくなってきた。


「……ったく、感傷に浸る暇もないな」


せっかちなやつらだぜ……なら、俺もぼちぼち出向くとしようか。


「……おっぱじめようぜ!」


俺は扉を蹴り飛ばすと、薄闇の路地へと飛び出した。

ここからは、俺の独壇場だ!


続く

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