第47話/Reunion

ウィローたちと合流した時は、てんやわんやの大騒ぎだった。ウィローは喜びと叱責の合間で揺れ動き、キリーは喜び、レスは無言で、ひたすらにスーの頭を撫で続けた。


「……まぁ、こうして無事に戻ってきたわけですし、今までのことは不問としましょうか」


「そうだよウィロー。スーがきちんと帰ってきた、それだけで十分だよ!」


「あの、ごめんなさい……こんなに迷惑かけてるとは思わなくて。反省してます」


「迷惑ではないが……心配はした。もうこんなのは御免だぞ」


「うん……ありがとう」


スーはぽっと頬を染めたが、同時に辛そうに目を細めたのが少し気になった。

みんながひとしきりスーと話し終えたところで、ステリアがこほん、と咳払いした。


「水を差すようで悪いけど、そろそろ穴倉に帰るべき。気付いてないけど、日が落ちてずいぶん経つ」


お。言われてみれば、辺りはすっかり暗くなっていた。


「また誰かはぐれてはいけませんね。遅くなりすぎないうちに、撤収としましょうか」


「そうだね。あ、ところでウィローたちは、今日はどうだった?」


「あ、ええ。十分とは言えませんが、しばらく持ちこたえることは出来そうです。スーがはぐれたのは、その後の帰りのことでしたので。ただ……」


ウィローが言い淀む。万事オッケー、というわけではなさそうだ。


「どうにも、見張られてますね。数人、妙な連中を見かけました」


「それって……」


「マフィアか、息のかかった人間でしょうね。まだ、私たちに気づいた様子はありませんでしたが」


やはり警戒して正解だったようだな。もう街中を張られてるらしい。


「逆に、アンタたちはどうだったの?」


アプリコットが俺たちのほうを見て言った。


「正直、あまり話したくもないですが……」


レスは、スーを気遣うように視線を向けた。スーは特に変わった様子は見られない。が、最近元気のない彼女を思えば、死体を見た、なんてことは言わない方がよさそうだな。


「……あんまりいい結果じゃなさそうね」


「ああ。結局、他の組とは会えなかったんだ。事務所は全部もぬけの殻で、激しい戦闘の跡だけが残されていたよ」


「戦闘……」


アプリコットの消え入るような声を、レスが引き継いだ。


「……言い得て妙ですね。もうこれは、ヤクザとマフィアの“喧嘩”なんかではありません。裏社会全土を巻きこんだ、“戦争”です」


レスの言った戦争という言葉は、各々にずしりとのしかかった。だが、それぐらいの心づもりでいた方がいいだろう。すでに三代目をはじめ、大勢の死傷者が出ている。単なる殴り合いとは、わけが違うんだ。


「やっぱり……」


ぼそりと、小さな声が聞こえた。今のは、スー?


「うん?スー、何か言ったか?」


「……ううん。なんでもないよ……」


やはりスーは、元気が無さそうだった。遠回しにしたつもりだったが、やっぱり言わない方がよかったかもしれない。

スーのことは気になったが、本人は何でもないと言ってるし、うつむいたままこちらを見ようともしない。俺は遠巻きに様子をうかがいながらも、話しかけることはできなかった。


俺たちが穴倉に戻ってくるころには、時刻は深夜を回っていた。尾行を警戒して、何度も道を変え、うろうろしながら戻ったからだ。昼間の騒動に加えて、神経をとがらせながらの遠回りのせいで、着いた時にはみんな疲労困憊だった。


「ふわぁ~……ふかれたぁ。もうすぐにでも寝ちゃいそぅ……」


「待ってください、いま毛布を……くぁ」


ウィローでさえ、あくびをかみ殺していた。今日一番走り回っていたのは彼女だろうから、無理もない。

みんなは薄っぺらい毛布を体に巻き付けると、固いコンクリの床の上にごろりと横になった。広さもあまりないから、満足に手足を伸ばすこともできない。こんな生活が続けば、満足に疲れをとることもできないな……


「はやく、なんとかしなきゃな……」


「ほんとだね……」


え?俺のひとりごとに答えたのは、背を向けて横になったスーだった。


「スー……?」


「なんでもないよ。お休み、ユキくん」


どうしたんだろう?しかし、俺もクタクタで、湧き上がる睡魔に抗う体力が残っていない。閉じていくまぶたのむこうで、スーの金色の髪を見たのが、最後の記憶だった。



俺は、夢を見ていた。


最初に飛び込んできたのは、金髪。だが、スーのような自然な金色じゃない。むりやりに染め上げた、とげとげしい金だった。


「ねえ、聞いてるの?」


ややかすれた、ハスキーな声。どうやら、目の前の金髪が、俺に話しかけたようだった。


「……あ、ああ。ちょっと、驚いただけだ」


前と同じように、“俺”の口が勝手に言葉を発した。今回も同じ仕様らしい。

しかし、場所は全然違うぞ。ここはどうやら、夜の繁華街のようだった。無数の人々の群れ、行きかう車。夜空には星の代わりに、ビルの明かりと信号のランプが立ち並んでいた。

そして目の前にいるのは、とげとげした髪をした、若い男……だろうか。顔立ちは中性的で、幼くも、どこか擦れているようにも見える。ひょろりとした見た目だが、俺よりはずっと小さい。


「あはは、そりゃまあ、おどろくよね。ずいぶん久々だもの」


そういうと、目の前の金髪は笑った。以前に会ったことがあるらしい。

しかし……どうにも見覚えがある気がしてならないな。いや、記憶を失っている俺が、見覚えあるわけないのだが……なんだか、ずいぶん最初の方で……?


「前に会ったのって、いつが最後だったっけ?」


「……高校の時以来、だろ」


「そっか。高校の、どこで最後に会ったっけ?」


「……お前、わかってて聞いてるだろ」


「あっははは!きみは相変わらずだねぇ、ユキくん?」


金髪は、親しげに笑いかけた。高校の、同級生なのか。こんなにチャラチャラした男なら、印象も強そうだな。

そのまま俺たちは、街並みの中を連れ立って歩いていく。

あたりを見回せば、ここは確か……新宿だ!思い出した、以前俺は、新宿にいたことがあったんだ。

ん? 繁華街で、金髪の男と歩く……こんな場面が、前にも……

あ!そうだ、俺が最初に見た夢。あの時いっしょに歩いていたのが、この男だ。そういえば、前の夢でも親しげに俺を呼んでいた気がする。友達なんだろうか。


「ねえ、ひさびさに会ったんだからさ、ちょっと飲んでいこうよ」


「いや、俺は……」


「え~いいじゃない。つれないこと言わないでさ~」


きゅっと、金髪は腕を絡めてきた。そこにふにっと、やわらかい感触が。え、まさかこれって……


「うわ!よせよバカ!」


「なにさ。友達同士でも、これくらいするでしょ?」


「それは同性の話だろ!俺は男、お前は女じゃないか!」


ええ!男だと思っていたら、女だったのか……確かに顔立ちは、どちらともとれるが。

あれ?金髪に女、高校時代の知り合い……まさか、こいつは……?


「けど、ほんとに懐かしい。ねぇ、せめてちょっと歩こうよ。昔みたいにさ」


「……ああ。わかったよ」


俺と金髪の女は、連れだって歩き出した。人波の中を、俺たちは慣れた様子で、ひょいひょいと進んでいく。


「ねぇ、覚えてる?高校の時、夕方の廊下で、三人であった時のこと」


「……ああ。あの時のビンタは、今でも記憶に残ってるよ」


やっぱり!こいつは、あの時いた金髪の少女、苅葉だ!そういえばずいぶん背が高かったし、顔立ちも凛々しかったっけ。長かった髪型がバッサリ変わったせいで、始めは気が付かなかった。片言だった日本語は、ずいぶん流暢になったようだな……しかし、なんだろう。少し違和感が……?


「あはは!あの時からだったよね、ワタシたちが友達になったのって」


「今思えば、不思議だよ。出会いは最悪だったのにな」


「ほんとだね。彼女、元気にしてるかなぁ」


彼女っていうのは、あの場にいたもう一人、黒髪の少女、手綱のことか。本当におどろきだな、あの場面の後、俺たちは友人になっていたらしい。


「……あいつは元気にしてるよ。もうすぐ、母親になるんだ」


「え!そうだったの!うわあ、同級生が親になってるって、想像もつかないや。全然知らなかったなぁ」


「そりゃ、そうだろ……卒業してから、お前はぱったり、行方をくらませたんだから」


「あはは……ワタシにも、いろいろあったんだよ」


「みたいだな。なんせ……」


そこで、“俺”は口をつぐんだ。横に立つ苅葉の恰好を、じっくり見ているようだ。

エナメルのジャケットに、ホットパンツ。高そうなブーツが歩くたびにガチャガチャと鳴り、耳には無数のピアスが開けられていた。派手な格好だな、まるでヤクザか何かのような……


「なんせ、ワタシがヤクザになってたから?」


絶句した。それは、“俺”も同じみたいだ。しばらくの間、俺たちは無言で歩き続けていた。

ヤクザ……この娘が?


「……いつから、だったんだ?」


「こっち側になったの?高校を出てすぐだよ。先代、つまりワタシの親父が死んじゃってね。後継ぎはワタシしかいなかったんだ」


ああ、そういえば、父親がマフィアだとか……あれ?そもそも、苅葉は外国の生まれじゃなかったか?日本に来てから、ヤクザになったのか……?


「じゃあ、卒業してから連絡がつかなかったのは……」


「そういうこと。ワタシ自身、あんまりユキたちに知られたくはなかったしね」


へへ、と自称気味に苅葉は笑った。


「けど、今日ユキに会えてよかった!こそこそ隠してるのも、なんだか嫌だったしさ。別に悪いことしてないのに、逃げてる気分だもん」


「……なにいってるんだよ」


俺は、はたと足を止めた。

彼女の言うことももっともだ。ヤクザになったなんて、確かに言いずらいだろうが、そこは俺だって同じだ。友人との再会としては夢のない形だが、だからこそ腹を割って……


「ヤクザであること自体、悪いことに決まってるだろ」


え?な、おい。“俺”は、何を言ってるんだ?


「……ユキ。どういうこと」


「言葉通りの意味だ。ヤクザなんて、社会に属さない犯罪者だ。悪くないなずが無いだろう?」


な!俺は、何を言ってるんだ?


「……ふぅん。ユキは、そういうところも変わらないね。正しいと思ったものは、どこまでも譲らない」


「当たり前だ。いいものはいい、悪いものは悪いに決まってる」


「……ワタシは、そうは思わない。ユキだって知ってるでしょ?彼女、学校で噂されてたじゃない。あれだって……」


「あれは、単なる誤解だった。もともと悪じゃなかったんだ」


この俺は……まごうことなく、俺そのものだ。あの異世界にやって来て、初めてキリーたちと出会ったとき。まだ彼女たちをよく知らないときに、ヤクザを悪だと決めつけたのは、俺自身だ。きっと……本来の俺はこっちなのだろう。今の俺は、キリーたちと出会って変化したんだ。


「じゃあ、今のワタシはかんっぺきに悪そのものってわけね」


「ああ。けど、まだやり直せる。今すぐ足を洗うんだ。お前くらいの歳なら、充分間に合うはずだ!」


俺が語気を強めると、苅葉はバカにしたように、キキッと笑った。


「残念だけど、それはもう無理だよ」


「どうして!」


「卒業してすぐに言ってくれてたら……いや、それでも変わらないか」


苅葉はぴょんと俺から飛び退くと、前髪をくしゃりとつまんだ。


「ワタシ、もう行くね。これ以上いると、ケンカになっちゃいそうだし」


「おい待てよ、まだ話は……」


「待ちませーん!じゃあねユキ!苅葉によろしく!」


え?今、何て言った?聞き間違えた、のか……?


「……どうしちまったんだよ。手綱……」


手綱。俺の口は、確かにそう言った。

あの廊下で見たのは、豊かな黒髪をなびかせる、凛とした少女。だが確かに、背の高さや、顔立ちの凛々しさなんかには、彼女の面影があった。


その時、ムー、ムー、と俺のポケットから音がした。携帯のアラームが鳴っているらしい。


「時間か。行かなきゃな……」


俺は独りごちると、どこかに向かって歩き出した。約束でもしているのだろうか。

数分ほど歩いた先にあったのは、時間制の駐車場だった。俺は懐から鍵を取り出すと、停められていた黒い車に乗り込んだ。

なんだ、俺も運転できたのか。これなら車をキリーに任せっきりにすることもないな……


車を走らせること、数十分ほどたっただろうか。やってきたのは住宅街だ。俺は車を、小さな一軒家の前に駐車させた。


ポチりと、呼び鈴のボタンを押す。それからかなり待ってから、カチャリと扉が開いた。


「ごめん、お待たセ。ユキ」


「……頼むから、インターホンを使ってくれって言ってるだろ、苅葉」


すき間から身をのぞかせたのは、明るい金髪に、青い瞳の女性。シュッとした顔立ちはそのままに、大人らしい落ち着きを持った彼女は、成長した苅葉に間違いなかった。

今になれば、瞳の色で気が付くべきだった。俺が感じた違和感もそれだ。


「相変わらず心配性だネ、ユキは」


「当たり前だ。お前に何かあったら、先輩に顔向けできないよ」


苅葉はにこりとだけ微笑むと、すっと扉の奥に身を引いた。


「入ってよ。お茶くらい飲んでいっテ」


「いや、それより早く病院に……」


「少しくらいいいでしょ。ほんと、そういうところは融通が利かないんだかラ」


「……はぁ。ほんとに少しだけだぞ」


そう言って俺は、彼女に続いて玄関へと入った。そこではじめて、苅葉のお腹に気が付いた。大きなそれは、新たな命を宿した証拠だ。そういえば、もうすぐ母親になるとかいってたっけ。


俺は小さなリビングに通された。苅葉がティーポットのお茶っ葉をくゆらせている。


「少し待っててネ。それでどう?最近そっちのほうは」


「あいも変わらずだよ……けど」


「けど?」


「……さっき、手綱に会ったんだ」


「!そうだったんだ……」


俺たちは黙り込んでしまった。ティーポットから、時おり湯気が立つ。


「……手綱は、元気にしてタ?」


「ああ。それと……ヤクザに、なったって」


「……やっぱり、そうだったんだ」


「バカだよ、あいつは……!」


みしり、と机がきしんだ。


「俺がどれほど惨めな目に遭ってたか、忘れたっていうのかよ!」


「コラ。人のことを悪く言わないの。自分も含めて、ネ?」


そう言って、苅葉はこぽこぽとお茶を注いだ。ハーブの香りが辺りに広がった。片方のカップを俺の方へ差し出す。


「けど、ヤクザかぁ……高校の時とは逆になっちゃったネ。あの時は、わたしがマフィアの娘だって言われてたのに」


「……悪かったよ。決めつけてかかって」


「あはは。お父さん、強面だったから。そう思われても仕方ないって、あの頃から思ってたヨ。わたしもブアイソだったし」


苅葉はカップを傾けると、ゆっくり、一口すすった。


「けど、ユキと手綱はわたしと友達になってくれた」


「……ああ。誤解だって、わかったから」


「ねぇ、じゃあ手綱のことも受け入れてあげて。あの娘だって、なりたくてなった訳じゃないと思うんだ。だから……」


「だめだよ。ヤクザなんて、まともなヤツがなるもんじゃない。仮に俺が受け入れたとしても、世間がそれを許すわけがないだろ」


「……」


「だから、俺が絶対、あいつをヤクザの世界から引っこ抜く。足を洗わせて、まともに戻してやるんだ」


「……手綱はきっと、世界の誰よりも、ユキに受け止めてほしいと思うヨ」


「……よしてくれ。俺一人いたところで、どうにもならないだろ。それに、俺にそんな資格、あるわけないじゃないか……」


「ユキ……」


「っと。そろそろ支度しないと。検診、間に合わなくなるぞ」


「……そうだね」


「予定、来月なんだろ?順調だってこと、先輩に報告してやらなきゃな」


「うん。ごめんネ、毎回わざわざ来てもらっちゃって」


「気にすんなよ……遺言、だからな」


最後の方は小声で、苅葉には聞こえなかったようだ。

話を聞くに、苅葉の夫は、もう……


「さ、早くいこう。あんまり夜遅くなってもよくない」


確かにそうだな。あたりはずいぶん暗くなっていた……いや、それにしても暗すぎないか?気がつけば、俺のまわりは泥沼のような闇に飲み込まれていた。ずぶずぶと、足が沈んでいく。


「うわあぁぁ!」


そう叫んだつもりだったが、口にまで入り込んだ泥に遮られて、声になることはなかった。


続く


《投稿遅れて申し訳ございません。次回は木曜投稿予定です》

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