第5話 強襲、冒険者たち-1

 金塊をイス代わりにしながら、赤い髪のその女性は腕に付けた黄金の装飾品を弄ぶ。そしていつの間にか部屋を覆っていた大炎も消え失せ、辺りには静寂しか残って居ない。

その様子を見ながら、蒲生 悠がもう ゆうは固まっていた。



「えっ、まさか、さっきのドラゴン……?」



 悠は信じられないと言わんばかりに息を飲む。

その女性はその言葉を聞くと不敵な笑みを浮かべる。



「どらごん……? あァ、確かにあの姿はアンタの持っていた”知識”のと、そっくりだね」



「へっ、俺の知識?」



「アンタにもすぐに分かるさね」



 そう赤髪の女性が話した瞬間、悠に異変が起こる。

頭蓋にドリルで穴を空けられ、皮膚を少しずつ裂くような痛みが体を駆け巡る。



「うっううううううううっぇ!???」



 言葉にすらならない声が悠の喉奥から絞り出される。

痛みから身をすくめ、転げ回り、叫ぶ。その様子を楽しい見世物のように、赤髪の女性は興味深そうに見ていた。



「さて、アタシがこの部屋を出るまでは死なないでおくれよ?」




(痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い)




 悠の思考は痛みから壊れ、右目からは涙の代わりに鮮血が流れる。

心臓は早鐘のようになり、肺は酸素を求めて細かな伸縮を繰り返す。




(ああああああっああああっ!??)




 しばらくその痛みが続いていたが、不意にその痛みが止まる。

その代わりに一瞬で膨大な数の文字や映像、さらには”誰かが体験してきたような”手触りや味、臭いが脳髄を駆け巡る。




「何だ……俺に、何をしたんだ?」



 痛みもようやく治まり、頭を駆け巡ったものを理解出来ないまま赤髪の女性に怒りの表情を浮かべながら、悠は枯れた喉から声を出す。

赤髪の女性はクスクスと笑いながら、大仰に手を広げて答える。



「何をしたかってェ? さっき、契約書を渡しただろう、そこに全部書いてあるさね」



「はっ? あんなの読めるわけないだろっ!?」



 そう言って悠が近くに落ちていた先ほどの契約書を拾い上げる。

そこには先ほどと同じく見たこともない文字が書かれていたが、不思議と内容を読めるようになっていた。その内容に悠は衝撃を受けて抗議をしようと、契約書から顔を上げる。



「ちょ、これって」



「あァーん? アタシはちゃんと内容を書いた紙を渡したさね、読めないアンタが悪いんよ」



「でもっ」



「まァ、文句ならこの部屋を出てからゆっくり聞こうさね。今なら、ここから出られるしっ!?」




「”火炎矢アド・グレイス”!」



 突如、部屋の隅から豪炎の矢が飛び、その火に赤髪の女性は巻き込まれる。

文句を言おうとした相手が火だるまになったことで、悠は混乱する。そして火の矢が飛んできた方を見ると2人の男の姿。1人は鉄球に棘のついた、まるでモーニングスターを持った筋肉質な大男。そしてもう1人は酷く背が曲がり、手には小さな杖を持ったローブの小男。



「まさか、開かずの”ごくと”が開いてるなんてなぁ。俺はなんてついているんだ。しかも、こんな大量のお宝があるなんざ、びっくりだぜぇ。なぁ、タケシィ」



 大男はニヤニヤと舌なめずりをしながら、モーニングスターをぶんぶんと無造作に振り回す。

小男もまた、杖を悠に向かってかざしながら心底嬉しそうに答える。



「ああ、グルダン兄貴ぃ。おいらたち兄弟はなんてついてるんだ! こんな寂れたダンジョンでこんなお宝を見つけられるなんてなぁ! あとはあのガキを燃やせば、この金貨の山はおいらたちだけのもんさぁ」



 悠はまるでゲームか物語から出てきたような格好の2人に、事態を飲み込まずに固まってしまう。



「なら、早いとここのガキには消えてもらいますかね。”火炎アド”……」



 タケシィと呼ばれた小男の杖の先端が赤く燃え、火の矢が飛ぼうとした瞬間。

先ほどまで燃えさかる火炎の中に居た赤髪の女性が、火炎を切り裂いて火を散らす。 




「こんなトロ火じゃ、アタシどころか朝ご飯のタマゴすら焼けないさね」



 炎を切り裂いた右手。その右手だけが赤い鱗に覆われて、鋭いかぎ爪が4本並んでいた。

そしてそのかぎ爪をぶらつかすように動かすと、大男のウルスカに向かって爪で指を刺す。



「なァ、そこのでっかいの。アンタは”欲深なドラン=ヴィスラ”の話って聞いたことあるかい?」



 焦げ1つなく出てきた赤髪の女性に、グルダンはたじろぎながらも威勢を失わない。



「……ずっと昔に滅んだっていう”ばけもん”だろ。千の国を滅ぼして、万の人間を喰らい、途方もない金銀財宝や秘宝の”アーティファクト”を独り占めしたっていうヤツか。まさか、てめぇがその”ばけもん”だとでも言いたいのか?」



「あァあァ。でっかいの。アンタはまだ頭が回るようさね。アタシがそのドラン=ヴィスラよ」



「へっ、そんな虚仮威こけおどしだろう? それに俺が聞いた話じゃ、ヴィスラは小山のように大きいばけもんだしな。弟の火炎矢アド・グレイスからどうやって逃げたのかは知らないが……」



 グルダンは突然、足下に散らばる金貨をヴィスラに向かって蹴り上げる。

蹴飛ばされた金貨がまるで飛礫つぶてのようにヴィスラへと降り注ぐ。



「てめぇはここで死ねっ!」



 グルダンは体躯に見合わぬ速度でヴィスラに向かって突っ込んで来たのであった。

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