第9話

少女の名前はマノのと言うらしい。無言の重さが辛くて、必死に話題を探していると、少女の名前を知らないということが分かった。名前を聞くと、「ま、マノ!」と答えてくれた。やっぱり嫌われてるのかな…、と悲しくなりつつ再び沈黙が二人の間を支配する。それでもめげずにコミュニケーションを図っていると次第に会話が出来るようになった。


五分ほど歩くと、教会にらしき建物が見えてきた。その屋根には十字架が掛かっていなかった。代わりに、放射状に広がるオブジェ(?)が飾られている。


マノが、アルテナの横という地獄のポジションから逃げて、教会の扉をノックする。マノにアルテナが追いつくと同時に扉が開く。そこには金髪、碧眼の女性が立っていた。


「リュナ様~。」


「あら、マノちゃん。今日は何しに来たの?お母さんは?」


「お母さんは忙しいから来てないよ。アルテナを連れてきたの。ちょっとでもいいからお金を稼ぎたいって言うから。」


「アルテナ……?村にそんな者はいなかったでしょう?」


「旅をしているそうだよ?詳しくは教えてくれなかった。」


アルテナのことは、マノにはほとんど教えていない。言ったのはせいぜい二人で旅をしている事ぐらい。


マノにリュナと呼ばれた女性の目ががアルテナを捉える。


「どうも初めまして。アルテナと言うものです。マノの言う様に旅をしています。」


「ご丁寧にありがとうございます。私がこの教会の教母を務めているリュナと言います。」


互いに、軽く頭を下げる。コミユニケーションは取っていなくとも、王家の一人として礼儀はある程度身につけている。途中で投げ出したけども…。


「マノとその母親にお金を稼ぐ方法を尋ねたところ、教会が仕事を斡旋していると教えて頂き、参ったのです。」


「そうなのですか。どうぞ中にお入りください。中で話を少ししましょう。」


「分かりました。」


マノはやることがあるからと言って帰って行った。アルテナはリュナに連れられて、小さな部屋に通され、席につく。棚と机と椅子程度しかない質素な部屋であった。


リュナは棚から幾つかの資料をアルテナの前に出す。そこには植物の絵が丁寧に描かれ、その下には生息地や効能、用途、買取価格が書かれてある。


「教会としては、ここに記述のある植物や、魔物の一部などを買い取らせて頂いています。」


「全部見せて貰えますか?」


「ええ。構いませんよ。」


アルテナの前に紙の束が置かれる。


(え……、こんなにあるなんて聞いてないよ?十五センチ位有るんじゃないの?目を通すのにもかなりの時間がかかりそうじゃん…。)


《十五枚で五ミリです。トータルで四百五十枚です。一枚八秒で、一時間です。四秒ですれば半時間です。二秒ですれば十五分です。情報はこちらで、全て処理します。マスターは捲るだけで十分です。》


(了解。)


ユウという頼もしい後ろ盾を得て、アルテナはただひたすらに、一枚一枚紙を捲ることだけに専念した。便利なものは利用しない手はない。いちいち家電の仕組みまで考えて使っている一般市民がどれだけいるというのか。紙から目を反らすことなく捲ること十五分。見終わることが出来た。


「ありがとうございました。」


資料の束をリュナに返す。


「あら、もういいの?」


「はい。一度にそんなに覚えられないのでこの付近のものだけにしました…。これから少しずつ覚えていこうかなと思います。」


「その方がいいわ。数が数だからね。収集を生業にしている人でも全ては覚えていないのが普通だし、必要なものを覚えていく方が効率的だもの。」


「集めた素材は何処の教会でも買い取ってもらえるのですか?」


「ええ。大抵の村や街にはあるから、心配は要りませんよ。新鮮じゃないとダメなものも幾つかあるけど、乾燥していても全然大丈夫の物もあるし、旅をしているというなら旅をしながらでも探すことをオススメするわ。」


そこから、集めた素材の納品方法や、買取価格はよく変動するから、時期にあったものを納品すると、高値で買い取ってもらえる等の説明を受け、アルテナは帰路に着いた。


《ソート完了。一度素材を探してみませんか?また地図があれば、分布の詳細を確認できます。》


(さすがユウ。やってみないと分からないこともありそうだしね。帰り道にでも、探しながら帰るとしよう。)


しかし、既に日は傾き、辺りはオレンジが満ちていた。


《マスター、視覚情報への干渉を行ってもよろしいですか?》


(ん?何で?)


《幾つか見つけるものの、マスターにどの様に伝えるのかを悩んでいるうちに通り過ぎて仕舞うのです。》


(幾つかあったの?全然気付かなかった。あの資料をしっかりと見てない僕が見つけられる道理なんて何も無いけどね。あと干渉だっけ?別に良いよ。損するわけでもなさそうだし。どんな感じになるのか試してくれない?)


《マスターの了承を確認。視覚情報にアクセス………、完了。視覚情報の加工に着手…完了。》


ユウのその言葉で、アルテナの視界に映る世界が明らかな情報過多になる。全てのものに名前が表記される。しかし、ユウの知っているものが少ないのか大半が????になっている。


(ねえ、これじゃ何もわからないのだけど?)


《暫くお待ち下さい。最適化中です。》


アルテナは大人しく、地面に横になり待つことにする。視界が事物を捕えずに、ユウの加工映像だけだとまともに立っていられないのだ。目を閉じたまま片足立ちをしている感覚と言えば伝わるだろうか?




《マスター、処理が完了しました。起きて下さい。》


ん……。


目を開けると、アルテナがいる場所は何処かの部屋だった。


《道端で寝たマスターをギュールが見つけ、宿まで運んでくれました。》


そんなことよりも、ユウが体を使ってくれても良かったよね?


《調整に時間が…かかったような…?》


これで明日、出来が悲惨だったら詰(なじ)りまくってやるからな。


《その様な心配は無用です。》


何故か誇らしげに返すユウの声を聞き、まだくらい外を一瞥してから、もう一度アルテナは寝た。


《動作確認はしないのですか?》


(そこには画期的な世界が広がっていた!……いた?ユウ?何も変わってなくない?)


《私が獲得した知識は植物系を主とした、素材です。こんなに加工品しかないような人間の生活圏ではあまり役には立ちません。……今から山奥サバイバルとかしませんか?》


(却下です。普通に死んじゃいます。)


《食料面はおまかせください。》


(それ以外で死んじゃいます。)


《ある程度の外敵の急所は分かります。魔核が心臓横に分布するようです。その情報が資料にありました。》


(知識があっても、実行できなければ意味が無いのですよ?)


《あれがあるじゃないですか?なぜ隠しているのです?》


(別に隠しているつもりは無いよ。けど王城に製作機械を置いてきてしまったから補充が効かないしね。持ち腐れにならない内には使うつもりだけど。)

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