第28章 日常に帰ってきた



 フィンセント騎士学校 教室

 そういうわけで、課題のなくなってしまった一年次の学生生活だが、やる事はなくならない。


 勉強にテストに実技。

 騎士の学生生活は、多忙を極めた。


 授業後。

 クラス内では、今日の勉強の確認やらで居残りしている生徒が数名。

 私達も、その中に交ざっていた。


「はぁ……。分からない所は早めに聞かないと、置いて行かれそう」

「だな。俺も余裕ぶってステラに質問してられなくなったぜ。なにせ本気で分からなくなってる」

「もう、ちゃんと勉強しなきゃ駄目じゃない」


 ツェルトのいつものおふざけに注意を飛ばすものの、勉強の具合がまず過ぎて発言に気がこもってない。


 机の上に広がっている教科書の文字が謎の言語に見えてくる。


「ここ、どうなってるのかしら」

「うーん、分からん」


 そこに声をかけてくるのはライドだ。


「二人そろって脳筋とか、本当にお揃いだな。ニオちゃんがさっき向こうで、今度勉強会するって言ってたけど、どうよ」

「行くわよ。ふぅ」

「行くしかないだろ、はぁ」

「それ重症みたいなため息な。実技は文句なしなのに」


 ライドの提案に喜ぶ余裕もない。

 とにかく目の前の問題にかかりきりで知恵熱が出そうだった。


「やれやれ、ちょっとは警戒すると思ったってのに……。まったくいつも通りじゃないの、これ」

「何か言った?」

「何か言ったか」

「いーや、なんでも」


 用が済んだのか、ライドは肩をすくめながらその場を去っていく。

 何をしにきたのかよく分からないが、勉強会の情報だけはありがたくもらっておいた。


「依頼主にはちょっと手こずってます、時間下さいとでも言っておきますかねぇ」


 去り際のそんなライドの呟きがあったが、こちらには半分も耳に届いてこなかった。

 授業内容と戦うのが予想以上の苦戦過ぎて、他の事に意識を割いている余裕がない。


 代わりに、次の授業の用意をしていた先生が、こちらの様子に気づいて教卓の所から声をかけてくる。


「まったく俺があれほど、教科読んどけつったのに。あいつらの頭は飾りかよ。おい、ステラード、ツェルト。ちゃんと勉強しねぇと今度こそ赤点になるからな」

「今、話しかけないでください。文字が飛びます」

「文字は飛んだりしねぇよ。飛ぶのは内容だ。結構本格的にヤバそうだな」


 別に本当に飛ぶと言ったわけではなかったのだが、それでもこちらが必死なのは伝わったらしい。

 先生は頭をかきながら、提案をしてくれる。


「しょうがねぇな、放課後職員室に来い。分からねぇとこあんなら、少しだけだが見てやる」

「ほ、ホントですか。ありがとうございます。言質とりましたからね。分からないとこ、何でも教えてくれるんですよね。どんな事でも」


 その言葉を聞いて私は思わず、溺れかけた人間が藁を掴むような気持で食いつきにいった。


 聞き逃しはしない。確かに聞いた。この耳で聞いた。

 周囲には他の生徒もいる。商人はばっちりだ。

 発言は撤回できないはずだ。


「死んだ魚の目ぇしてやがったのに、いきなり復活しやがって。どさくさ紛れに人の言葉改ざんしてんじゃぇねよ。お前、なかなか良い性格になりやがったな」


 そんなやり取りをしていれば、なぜか隣で悩んでいたツェルトが肩を跳ねさせて過剰な反応を見せる。

 

「はっ、ステラと先生が二人っきりで、あんな事やこんな事の授業を!? 駄目だそれは駄目だ。俺のステラが!?」

「何だこのめんどくさい連中、お前ら最近段々調子乗ってきてんじゃねぇのか」


 そんな事は無いはずだ。

 仮にそうだとしても、それは先生の事を認めている証拠だと思うので、大人としてのおおらかな器を見せて許容してほしい所だ。


「あー、くそ教師なんてなるんじゃなかった」

「とかいいつつも、準備の手はとめてないから、先生って損な性格だよねー」

「あぁ、ニオか。お前人の背中に立つのやめろっつっただろ」

「やだぁもうー、子供の可愛い悪戯じゃないですかー。これくらい見逃してほしいでーす」

「いけしゃあしゃあと……」





 私も私の友人達も、またいつもの様に色々と横で一人で呟やいて悩んだりしている。


 そんなささやなか日常のやりとりが、私にとっての幸せな光景の一つだった。


 大切な人と友達に囲まれて笑っている自分。

 昔の自分から見たらきっと信じられない光景だろうけど。

 きっとまだ、未来から見たら私達は道の途中なのだろうけれど。


 ここまで歩いてこれた事を、成長できたことを今だけは誇ろうと思う。




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