第110話 いい男 探して駄目なら 育てちゃえ 後編
めちゃくちゃ長くなったので前中後に分かれました。
一応読まなくても話の本筋には支障がないようにしますので……
―――――――――
そんな男女の甘い時間は、わずか三日ほどで幕を閉じた。
夜の居残り練習会に、シェンカー随一の
「シーリィ、なんでも聞くところによると『頭のよくなる飴』という物を作っているらしいな」
「メンチさん、迷惑になりますからやめましょうよ……」
今日も今日とて鍋をかき混ぜる私とディーゴの前には、二人の鱗人族がいた。
「これまでも数々の試食役をこなしてきた私が、飴の試食役を引き受けようではないか。きっとその方がご主人様も安心されるに違いない」
そう言って自信満々で胸を叩くメンチさんには悪いけど、飴は全然完成してないのよね。
「悪いですけど、まだまだ開発途中なんですよ。それに頭が良くなるってのは嘘ですよ。そういう成分は入ってないらしいですから」
「なにっ! そうなのか!?」
私の言葉に、彼女は本気で驚いた様子でピンと尻尾を伸ばした。
メンチさん、もしかして一部の人から頭が悪いって言われてるのを気にしてたのかしら?
「……いや、わからんぞ。うちのご主人様の作られる物だ、何があってもおかしくない。もしかしたら本当にそういう効果があるかもしれんぞ! やはりこの私が体を張って毒見役を引き受けよう」
彼女はそんな勝手な事を言って、調理場から繋がっている食堂の椅子にどかりと腰掛けた。
「元々聡明な私が食べても効果がわからないと思うかもしれんが……何、心配するな。そのためにこいつを連れてきたのだ」
「メ、メンチさん……」
でもあのガナットさんも、かなり熱烈な態度で毎日メンチさんを口説いてたって話を聞いてるのよね。
ああいうのも、破れ鍋に綴じ蓋って言うのかしら……?
「そちらの鍋では何を作っているんだ?」
「あ、これは出汁を取っていて……」
「いい匂いがする。麺を入れたら美味そうだな。良ければ味見をしてやろうか?」
「えっ!? 味見ですか?」
困惑半分、嬉しさ半分といった顔で私を見るディーゴに、思わずため息が漏れた。
「メンチさん、食べたら帰ってくださいよ? 練習の途中なんですから」
「わかっているさ。今日は晩飯を腹八分目という奴にしたからな、大盛りで頼む」
ディーゴにもう一つの鍋で乾麺を茹でさせ、出汁の味を見ながら麺に合うように整えさせる。
まだハヤシライスの足元も固まっていないうちからあんまり別の事はさせたくないけど、こうして臨機応変にお客さんを満足させる事も料理人の大事な仕事だしね。
香辛料や塩で味を調整した出汁に、大盛りの麺とちょっと炙った燻製肉を乗せ、彩りにハーブを浮かべる。
一杯はやって見せ、もう一杯はディーゴに任せる。
昔ご主人さまが「やってみせ、やらせてみせて……なんだっけ」なんて事を言ってたっけ。
とにかく、型を教えてから自分でやらせてみる事が大事なのよね。
「ほら、持ってって」
「あ、あのっ! どど、どうぞっ!」
「うんうん、美味そうだ」
「僕まで頂いちゃって、なんかすいません……」
ディーゴからすると、家族以外に初めて食べさせる料理なんだろう。
緊張感の滲み出たぎこちない動きで丼を運び、定位置である鍋の前に戻ってきた彼は、不安そうな顔で鱗人族達が料理に口をつけるのを見つめていた。
「ちと少ないが、なかなかいいな」
「美味しいですね」
ディーゴはメンチさんの彼氏のこぼした「美味しい」という言葉を聞いて、こっちを見て顔をほころばせた。
良かったね。
私が彼にグッと親指を立てると、それを見た彼はちょっと首を傾げた。
あ、そっか……このサインって
私がちょっと気まずくなって頬を掻いていると、机にゴトンと丼を置く音が響いた。
彼氏の二倍はあった丼を一瞬で空にしたメンチさんは、満足そうな笑みを浮かべて鱗の生えた指でビシッとディーゴをさした。
「お前、名前は?」
「あ、ディーゴです」
「修行中の身でこれだけの味が出せるとは、なかなか才能があるぞ」
「えっ! 本当ですか!?」
「本当だとも!
「わっ」と喜んでいるディーゴには申し訳ないけど……
メンチさん、馬鹿舌だからなぁ……
とはいえ、水を差すのも良くないと思って黙っていたのだが、どうもそれが良かったらしい。
ディーゴはこの日から、ますます料理に打ち込むようになったのだ。
そして彼を調子に乗せた張本人も、ますます夜の調理場に入り浸るようになっていた。
「メンチさん、今日も来たんですか?」
「飴が完成した時、その場に試食役がいなければ話にならんだろう?」
「すいません、お邪魔して……」
「ついでにディーゴの練習の成果も見てやろうというのだ。こう見えて私は食にはうるさい方でな、厳しい目線で判断してやるぞ」
彼氏のガナットさんは平謝りだが、メンチさんは盗人猛々しいというかもう、堂々としたものだ。
厳しい目線なんて言うが、あの人が量以外の事で食事に文句を言っているのを見たことがない。
まあ、ディーゴのやる気に繋がってるから、別にいいんだけどね……
「師匠、今日はどうしましょうか?」
「パン粥にでもしてみる? 作り方はね……」
そんな何を出しても美味いと言ってくれるとんでもない試食役を手に入れたディーゴは、それでも自信を身に着けたのかめきめきと料理を覚えていき……
それに比べて師匠の私の飴作りは、どうしようもなく行き詰まってしまっていた。
「あーっ! 全然駄目!」
「うわっ! どうしたんですか、師匠?」
「どうにもこうにも、固まらないのよ、飴が」
春も終わりに近づく中、ディーゴの練習はついにソース作りの過程に入り、今日はいよいよハヤシライスそのものを作ってみるという段階にまできていた。
もちろん、出汁の取り方はまだまだ、具材の切り方も雑で遅く、店で出せる味には程遠いものだ。
それでもあとは米炊きさえ覚えれば、時間をかければ一人でハヤシライスが作れるようになるというのは大進歩だった。
そんな、しっかりと前に進んでいる弟子に比べて、私は飴一つ満足に作れていない。
それとこれとは違う話とわかっていても、忸怩たる思いがあった。
「どうした、シーリィ」
「メンチさん、駄目なんですよ。飴にならないんですよ。私じゃ手に負えそうにないです」
調理場まで様子を見に来てくれた付き合いの長い同僚に対して、言いたくもない弱音が口をついて出た。
しかし、もう試せる事は全部試してしまっていて、これ以上はお手上げなのも確かだった。
どうにもならなくて天を仰ぐと頭からはぱさっと帽子が落ち、開いた口からは大きなため息が漏れた。
「それで結局この飴はどういう味なんだ? ちょっと舐めてみてもいいか?」
「え……? あっ! 何してるんですか!」
顔を戻すと、メンチさんが熱い鍋に指を突っ込んで飴の元を掬っていた。
「大丈夫ですか!? 火傷は!?」
「これぐらいの熱さで火傷なんぞせん。私を焦がすには火竜ぐらいは連れてきて貰わんとな」
メンチさんはそう言って指を舐めながらニヤリと笑うが、全然笑えなかった。
だってこの人、ほんとに火竜に丸焦げにされた事がある人なんだもの。
「おお、ちゃんと飴じゃないか。ちょっと変わった風味だが、味は飴だな」
「もう! 無茶はやめてくださいよね!」
「シチューのようにパンにつけたらどうだろうか?」
「あー、もう好きにしてくださいよ」
パン粉にする予定だった一昨日のパンを勝手に持ち出して飴につける彼女を放って、私は調理場の隅にある椅子に腰掛けた。
うちのご主人さまは失敗を怒るような方ではないけれど……
それでも、失敗を報告する時は気が重い。
まずはチキンに話してから取りなしてもらおうか、それとも一人で報告しに行った方がいいんだろうか……
「飴にパンというのもなかなかいいな。ディーゴ、お前も食べてみろ」
「え? あ、じゃあ……後学のために……」
もはやメンチさんに何を言う気にもなれず、二人の背中をぼうっと見つめる。
ディーゴはパンの切れ端を鍋にちょんとつけてから口に放り込んで、一生懸命咀嚼しているようだ。
「あ、意外と美味しいですね。噛めば噛むほど奥から甘みが出てくる感じで」
「噛めば噛むほど……ね……飴は噛んじゃ駄目なのよね」
子供の頃は飴を噛み砕いて食べるのが好きで、よく母さんに「歯が欠ける」って怒られたっけ。
でも細かくなった飴が一気に溶けていくあの感触が、なぜだか好きだったのよね。
今なら歯が欠けたっていくらでも治してもらえるんだから、飴だって噛み放題で……
……ん?
噛む?
私は椅子から立ち上がって、二人の間にある古いパンを手に取った。
「おお? シーリィもやってみるか? なあ、考えたんだが。これはこれで、舐める飴ではなく飲む飴として……」
飴の元にちょっとだけ浸したパンを噛む。
古く固くなったパンは歯ごたえがあって、なるほど噛めば噛むほど奥から甘みが……
あ……
「これだ!」
「このまま飲んでもいいが、この飴を生姜湯なんかと混ぜたら意外と美味しいかも……」
「メンチさん! ちょっと邪魔です!」
私は飴の元を掬ったおたまを持ったメンチさんを調理場から追い出し、ボウルに小麦粉と水を入れて猛然と練り始めた。
そうだ、
舐め溶かすのではなく、噛んで食感と甘さを楽しむ飴だ。
飴が単体で固まらないなら、噛みごたえのある物に練り込んでしまえばいいんだ。
「うどんでもこねるのか?」
「違います」
噛みごたえのある物には心当たりがあった。
昔ご主人さまに言われてうどんを作っていた時、不注意で床に落としてしまったうどんのタネがもったいなくて、なんとか使えないかと水で洗ってみた事があった。
しかしタネは流水で洗い流すと大半が溶けて消えてしまい、代わりに手にはベタベタでグニグニの、引っ張ると伸びるものが残っていたのだ。
それは口に含んでもなんの味もせず、なんとも噛み切れない食感だったので今の今まで忘れていたのだけれど……
あのベタベタのグニグニに味を練り込めば、変わり種の飴として楽しめるんじゃないの?
それがご主人さまのお眼鏡に叶うかどうかはわからない。
でも、このまま何の成果も出さずに白旗を上げるよりは、ずっとマシに思えた。
「よし!」
「…………」
タネを練り終わった所で、ふと隣の鍋に目が行った。
そちらに顔を向けると、ソースをかき混ぜながらこちらを見つめるディーゴと目が合った。
「あ、ハヤシライス作りを教えてる途中だったわね……」
「いえ、師匠の研究が進んだのならいいんです」
ほったらかしにして、悪いことしちゃった……
飴作りも仕事だけれど……彼を育てるのもまた、私の仕事なのだ。
一旦タネにふきんをかけ、手を洗ってからディーゴの鍋を覗き込んだ。
うん、途中で鍋の前を離れていた割には焦がしてない、ちゃんと火加減を調節していたのね。
「ごめんねディーゴ、さっきは取り乱しちゃって」
「いえ……自分だけじゃなくて、師匠だってこうやって悩みながら前に進んでるんだって事がわかって、なんだか逆に安心しました」
彼のそんな言葉に「私なんて悩んでばっかりよ」と答えようとして……やめた。
一人の女としてはそうだけど……
シェンカーの総料理長としての、ディーゴの師匠としての私はそうではいけないから。
「……ま、たまにはね」
強がって笑いながらそう言って、本当は頼りない自分をごまかすように小さくウインクを飛ばした。
ディーゴはなんだか呆けたように私を見ていたけど、頼りない師匠で呆れられちゃったのかしら。
「これぐらい煮詰まったらもういいかな。いい? 今日の手順をよく覚えておいてね。ソースは一番大事、ソースの味が店の味になるんだからね」
「はいっ!」
ハヤシライスはソースが命。
逆に言えばここだけ決まっていれば、他はよっぽど失敗しないと不味くはならないのだ。
あとは彼が手を傷だらけにしながら練習した包丁で玉ねぎとキノコと猪肉を切り、油はねで火傷をしながら覚えた火加減でそれを炒めていく。
「ここで粉をふる」
「はいっ!」
全体がなじむまで炒めたら、後は出汁とソースとトマトの汁を混ぜて、味を整えていくだけだ。
「ちょい塩。ハヤシライスはコメと合わせるから濃いめでいいの」
「はいっ!」
今日はコメはないけれど、基本は同じ。
パスタに合わせても、パンに合わせても美味しい……っていうか、ハヤシライスでコメを食べてる人の方がほとんどいないんだけどね。
ディーゴが弱火で鍋を煮詰めている間に、私はさっき捏ねておいたうどんのタネのボウルに水を入れて、じゃぶじゃぶとタネを洗っていく。
白く濁る水を何度も交換して、濁らなくなるまで洗う。
「うーん、こんなもんかな」
ふきんに包んで水を切ると、余分な粉が洗い流されたうどんのタネは、もちもちでネバネバな小さな塊になっていた。
ちょっとちぎって、口に入れてみる。
うん、噛みごたえはあるけど、味は小麦そのものだ。
ご主人さまから預かった砂糖を練り込んで、また味見。
ほんのりとした甘さがあっていいけど、香りが悪いかも。
私はネバネバをいくつかに切り分けて、果物の精油を混ぜてまた練り直す。
そんな事をやっている間に、ハヤシライスはいい感じに煮詰まっていたようだ。
「師匠、どうですか?」
「うん、こんなもんかな」
味見をすると、雑味があり、ちょっと酸っぱく、肉も野菜も切り方が悪い。
でも、きちんとハヤシライスになってる。
はじめて通しで作ったにしては上出来ね。
「師匠! これっ! 完成ですか!?」
「うん、完成」
「やったぁーっ!」
調理場に、ディーゴの歓喜の声が響いた。
「おお! できたか! 私はハヤシライスには一家言ある女だ、出来栄えを味見してやろう」
「どうするディーゴ? バータさんに持って帰ってもいいと思うけど……」
「いえ、師匠が教えて下さったのと、お二人がよく試食をしに来てくださったお陰でここまで来れたんです、是非食べて頂きたいです!」
「任せておけ!」
「すいません、ほんと……」
まぁ、そう言うと思って、今日は最初から私とディーゴの分も考えて多めの材料で作ってあるんだけどね。
「良かったら師匠も食べていただけますか?」
「じゃあ、いただこうかな」
食堂に移動して、みんなで同じテーブルにつく。
メンチさんの前には、さっき飴の元につけて食べていたパンを籠ごと置いた。
ついでに私の作った噛む飴も、切り分けて配膳する。
どうせだから、デザートとして出して一緒に味見をしてもらおう。
「あのあのっ! 皆さん、どうぞ!」
「じゃあ、いただこうかな」
「いただきます」
「匂いはいいぞ、ディーゴ」
茶褐色のハヤシライスにスプーンを入れて、口に運ぶ。
うん、さっき思った通り、まだまだ。
「うまいぞディーゴ、これではじめてとはとても思えんな。お前、店でもやったらどうだ?」
「うんうん、美味しいですよ」
「え? え? そうですか? ほんとですか?」
何でも美味しく食べれるメンチさんの天然褒め殺しも、ディーゴにはちょうどいいのかも。
彼は自分に自信をなくしかけてたんだし、厳しくされるよりはあっちの方が伸びるでしょ。
「師匠、どうでしょうか?」
私は曖昧に頷いて、彼の目を見た。
「明日からは、この何百倍の量も作ることを見越して練習ね」
「はいっ!」
店を持つなら手が早くないとね。
でもとりあえず、春の終わりを迎える前にちょっとだけでも形になって良かった。
私は安堵の気持ちに浸りながらゆっくりとハヤシライスを平らげて、噛む飴を口に含んだ。
優しい甘さと共にいちごの香りが鼻に抜けていき、ふぁっとあくびが出た。
今日はなんだか、よく眠れそうな気がした。
「それで、これが頭の良くなる飴か。そうか、ガムになっちゃったか」
私が噛む飴の事を報告に来た
「ガ……? なんですか?」
「あれ? あ、そうか、ガムってないか」
うちのご主人さまのサワディ・スレイラ様は、はっきり言って天才だ。
とんでもないスケールで、とんでもない物を作る、貴族にして偉い学者でもある大魔道士だ。
だからだろうか、時々こうして私達にはわからない言葉を言うことがあった。
「これ、小麦を練って作ったって言ってたっけ?」
「そうです、あの砂糖と香料を練り込んで……」
「なんだったっけなぁ、たしかガムはプラスチックだったような……学園の錬金術師にいい感じの樹脂材料がないか聞いてみようかなぁ……」
「あの、ご主人さま?」
ご主人さまは
「シーリィ、お手柄だね。これは多分、飴よりでっかい
「あ、ありがとうございます」
良かった……
私は鼻からゆっくりと安堵の息を吐き出した。
ご主人さまは慈愛のサワディと呼ばれるぐらいの人格者だけれど……
私は命令を果たせなかったという事で、最悪は何か処罰を受けるという事まで覚悟していたのだ。
「
「もちろんでございます」
「あ、あとシーリィに預けた料理人の事なんだけど」
ご主人さまはニッコリと笑って、机から手紙を取り出した。
「バータさんから、感謝の手紙が届いてたよ。うちの料理人がハヤシライスを作れるようになるなんてって感激してた」
「そうですか」
その言葉に、肩の荷が降りた気分だった。
まだとりあえず形になるところまでしか教えられていないけれど……
正直自分でも、短い期間でよくここまでやったものだと思う。
ディーゴも、親御さんに顔が立ったのなら良かった。
後は教えた事を忘れずにしっかり練習すれば、多分店だって来年ぐらいには……いや、再来年……いやいや……
そんな事を考えていた私に、ご主人さまは「それでね」と続けた。
「バータさんの方から……もし良かったら本人が満足するまで修行させてやってくれないかって言われててさ。シーリィはどう?」
「え? 満足するまでですか? 春の終わりまでじゃなくて?」
「そうそう」
そりゃあ、彼に教えられていない事はいくらでもあるんだけれど……
いいんだろうか、そんなゆっくりで?
「その場合は一応うちから見習い扱いで最低限の給金は出すって話になってるから、普通に仕事に使っていいよ。調理場の事情もあるだろうから、シーリィがやれるとこまででいいけどね」
「まぁ、それなら……」
正直、肩から降りた荷が、また乗っかってきた気分だった……
とはいえ彼の頑張りを知っているからか、断るという気も起きず。
私はご主人さまに言われるがままに、ディーゴの修行期間の延長を承諾していた。
「じゃ、ガムの件はチキンに言ってボーナスにつけとくから」
軽い調子でそう言われ、私は執務室を後にした。
扉の前で大きくため息をついて俯いた私の体を、廊下を吹き抜ける風が撫でる。
なんとなく風に誘われて窓の方を見ると……外からグワッシャーン! と、音がした。
窓辺に近づいて下を見下ろすと、真下にある食堂の裏口で玉ねぎをぶちまけて転んでいるディーゴが見えた。
「……まだまだ一人前は遠そうね」
ふ、と苦笑がこぼれた。
窓辺に寄りかかったまま、なんとなく天を仰ぐと……
ちょうど太陽にかかっていた雲が晴れ、熱いぐらいの日差しが私のおでこを照らす。
出来の悪い弟子をどう鍛えようかと頭を悩ませながら、私はそのまましばらく、春の終わりの風に吹かれていたのだった。
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