第104話 いきなりの お宅訪問 やめちくり 中編

昼前に八本足のバイコーンに引かせた馬車でカリーヤ姫がやって来る頃には、時計塔級造魔の操縦席の周りは貴族で一杯になっていた。


トルキイバ領主であるスノア家を始め、現役、退役、階級の上下を問わずまさに全員集合だ。


さすがに数が多すぎるのでご当主以外の子弟や奥様方にはお帰り頂いたが、朝からマリノ教授と一緒に貴族の対応に追われてもううんざり。


仮設トイレには順番待ちで行列ができ、最初に呼んだ屋台の食べ物もコーヒーもすぐに売り切れ。


チキンに頼んでどんどん屋台を呼び寄せてたら、工事現場があっという間に屋台村のようになってしまった。


そら野球や学校で面識のある人がほとんどだが、勝手にやって来てどんどこ注文つけてくるのはやめてくれ!


こんなもん俺以外だったら誰も対処できてないぞ!


姫様への挨拶なんか、頼むからどっかのサロンにでも招いてやってくれよ……



「まあ、殺風景なこと」



お義兄さんやローラさんと一緒に馬車から降りてきた姫様は、周りを見渡してそう言った。


出待ちをしていた貴族たちがドッと詰め寄ろうとするが、馬車の周りに待機していた護衛の制服軍人達がそれを押し止める。



「皆様方ごきげんよう。アレックスと私を出迎えてくださって嬉しいわ」



姫様は朝からずっと待っていた貴族たちを前ににこやかにそう言い「でも……」と続けた。



「ごめんなさい、今日はお仕事で来ましたの。ご挨拶はまた今度、ゆっくりさせて頂けると嬉しいわ」



多分地方に行くたびにこういう目に合ってるんだろう。


慣れた様子で挨拶をかわし、キョロキョロと首を回して何かを探しているようだ。



「義弟君はどこかしら?」


「あ、はい」



俺だった。


周りからの突き刺さるような目線に晒されながら、背中を丸めて揉み手で前に出る。



「準備はどうかしら?」


「すぐに動かせますとも」


「じゃあ、ちょっと触らせて貰っちゃおうかしら」



ロイヤルスマイルでそう言った姫様が手をパンと叩くと、護衛の軍人たちが手際よく貴族をどけて操縦席までの道を作る。



「ごっ! ごっ! ご案内致します!」



ガチガチに緊張したマリノ教授が右手と右足を同時に前に出しながら先導し、人垣と一緒に乗馬服を着た姫様がブーツをコツコツ鳴らして進んでいく。


徹夜で道を整備した学生たちもこれで報われた事だろう。




超巨大造魔の建造ドックの一部になる予定の掘りかけの穴を見下ろし、右手には待機状態の時計塔級造魔一号機を望む小高い丘。


そこに建てられた掘っ建て小屋のような操縦席には、不釣り合いなぐらいに豪華な学園長の部屋から借りてきた椅子が置かれている。


そしてそれに座った姫様は、マリノ教授のしどろもどろな説明を不満げな顔で聞いていた。



「ですので……そのう……こちらの操縦桿では直感的な機体制御ができるようになっているのですが安全性を考慮して……いえ、もちろん機構に問題があるわけではなく……その、いわゆる人為的過誤と言いますか、その……」


「義弟君」


「あ、はいっ!」


「私、とりあえず動かしてみたいんだけど」


「承知しました」



姫様の言葉に敬礼を返し、顔面蒼白な教授の肩を抱いて距離を取らせる。


流石にこれ以上は見ていられない。



「教授、ここはひとまず私が横に付きながらご説明致しますので、起動準備の方を……」


「悪いね、頼んだよ……いやー緊張した……」



小さな声でそうこぼした教授はフラフラと覚束ない足取りで造魔通信のマイクへと向かい、深く深く深呼吸をしてからその通信スイッチを入れた。



「……周囲の安全、どうか?」


『一号機の周囲、危険なし』


「危険なし、よし! 起動準備、どうか?」


『魔結晶準備よし、点検異常なし。土埃対策に水も撒きました』


「異常なし、よし! サワディ君、いけるよ!」



「では姫様、こちらのレバーを奥に倒してください……」


「あら、お義姉さんでいいのよ」


「仕事中でございますので……」


「こんな物を作っている割に頭が固いのね」



そんな悪態をつきながら、姫様はガッコンと音を立てて時計塔級造魔への魔結晶供給レバーを倒した。


勘弁してくださいよ。


強面の軍人さん達に周り囲まれて、リアルな姫様に気楽な口なんか叩けるわけないでしょうが。



「それで、この操縦桿ってのが最近開発した物なんでしょう。これで造魔を動かすのよね?」


「これは安全装置がついてないので、ゆっくりゆっくり前に倒してくださいね。左斜め前に一気に倒したりするとここに突っ込んできますから」



俺はそう言いながら操縦席のメンテナンスハッチを開け、操縦桿の封印金具を外した。


この操縦桿というのはまぁ、一言で言えば蜘蛛の下半身の制御機構を一つのレバーに纏めたようなものだ。


アクションゲームのコントローラーの左スティックと言い換えてもいい。


俺達がこの時計塔級造魔を使って工事をしていく中で、いちいち煩雑な操作をやるのがめんどくさくなって場当たり的に作った、安全装置リミッターも付いてない粗雑な機構だ。


簡単に事故を引き起こしかねない超危険な代物だから、もちろん正式に納品する時は外すつもりだったのだが……


今回の抜き打ち検査にやってきた姫様に電撃的に接収された書類群の中にあった、内向けのマニュアルによってバッチリ存在がバレてしまったのだ。


もちろん危険だと説明はしたのだが、姫様は「使ってみてから判断する」の一点張り。


頼みの綱のお義兄さんも知らんぷりだ、もう知るか!


事故ったら事故ったでそれまでだ!


でも、できたら無傷で返してください、姫様……



「じゃあ行くわよ。はっしーん」


「ゆっくりですよ、ゆっくり」



姫様が操縦桿を倒すと、ズゥンズゥンと足音を響かせながら造魔が前に進んでいく。



「動いた動いた」


「そのまま穴の前まで行ったらレバーを戻してください」


「わかったわ。でももうちょっと試してからね」


「あ、ちょっ!」



姫様は機械の可動域を確認するように、レバーを前後左右へと動かした。


超巨大な蜘蛛が入力通りにガチャガチャと足を動かし、地鳴りの轟音と揺れがこっちまで伝わってくる。



「聞いていたより機敏じゃなーい!?」


「安全装置がついてないんですから! 全力フルパワー駆動なんですよ! 下手に動かして何かに躓いたりしたら吹っ飛びますって!!」


「大丈夫! ちゃんと動かすから!」



姫様は教えてもいないはずの旋回操作まで組み入れて、時計塔級造魔を器用に操っている。


さっきは姫様にああは言ったが、アラクネ型造魔は下の八本脚と人型の上半身でかなり高度にバランスが取れている。


早々転んだりはしない。


だがそれでも、あの造魔は全高百メートルもある巨人なのだ。


普通の肝っ玉なら、自分目掛けて吹っ飛んできかねないこんな距離で、あんなにガチャガチャ動かせるわけがない。


やはり王族。


腹の据わり具合一つを取っても、俺のような小市民にはとうてい測りきれないところがあった。



「なかなか悪くないわね! 速さも見たいところだけど!」


「こんな狭いとこじゃ無理ですよ!」


「ざんねーん!」



さすがに速さを見るとなると操縦席から伸びるケーブル類の長さが全然足りない。


今でも一キロ程度の距離までは対応しているのだが……対象の一歩が一歩だ、その程度の長さでは二十歩も走れない。



「これ、飛び跳ねたりはできないのー!?」


「できません!」


「できそうだけど!」


「考えたこともないですよ!」


「じゃあ、ちょっとやってみようかしら」



轟音の中、独り言を言うようにそうこぼした姫様は、本物の黄金よりも価値のある金髪をふわりと揺らし、吸い込まれてしまいそうな屈託のない笑顔を見せた。


彼女が教えてもいない姿勢制御を流れるようにこなすと、アラクネはまるで命を吹き込まれたかのように自然に身を屈める。



「やめっ!」



声にならない言葉が宙に放たれた時、すでに操縦席の向こうでは巨大な蜘蛛が怪獣映画のように跳躍していた。


俺はとっさに計器類の下に飛び込み、真っ青な顔のマリノ教授の脚を掴んで引きずり込んだ。


二秒あまりの静寂の後、耳をつんざくような爆音と振動、そしてほとんど横薙ぎの暴風に乗った土煙がやってきた。


俺とマリノ教授が計器類にしがみ付くようにして轟音と揺れに耐えている中、姫様はその場から一歩も動かず、なんだか得意気な顔のまま真っ直ぐに蜘蛛を見つめていた。


護衛軍人達の展開するバリアに守られた操縦席には小石の一つも入って来ることはなかったが、朝から押しかけてきていた学園長や貴族達は今頃全身砂まみれのはずだ。


俺は眼の前で起きたあまりの出来事に、そんな彼らの姿を想像して現実逃避をする事ぐらいしかできなかった。


これで脚のニ本も折れていたら、また一からあのデカい造魔を作り直しだ。


俺はもういっそ、全てを忘れて歌いだしたいぐらいの気分だった。



「あらあら凄い砂埃、皆様ごめんあそばせ」


「あは……はは……」


「あ、ほら見て義弟君。やっぱり全然大丈夫だったよ」


「え……本当ですか!?」



機嫌良さげに笑う姫様の言葉に我を取り戻した俺は、土煙で曇る地面をよく確認するために計器の下から飛び出した。


小高い丘からでも裏側が見えるほどに高く飛んだアラクネは、なるほど姫様の言葉通り、整地された地面を無茶苦茶に破壊しながらも五体満足での着地を果たしていた。


一安心……だけど、寿命がちょっと縮んだ気がする……


さっきの爆音に反応したのだろうか、胸を撫で下ろすように見上げた大空には、トルキイバ騎士団最速の白翼竜が心配をするかのように旋回していたのだった。






「じゃあそろそろ穴につけるわね!」



土煙がようやく収まった頃。


てんで悪びれずにそう言った姫様は初操縦とは思えないスムーズな手付きで造魔を動かし、三十メートルほど掘り下げられている穴の手前にピタッと止めた。



「おお、お見事!」



素直にそう褒めた俺の事をちらりと見た姫様が、ふふんと得意げな顔をした。



「あら、あそこの一本目の脚のところに凹みがあるわね」


「ああ、あれは学生が操作を間違えまして、掘り出した大きな岩を脚の上に落としてしまったんですよ。とりあえず支障がないのでそのまま運用しています」


「ふぅん、こんなに大きいのに脆いのね」



五十メートルぐらいの高さから何十トンもある岩落として外骨格が凹んだだけなんだぞ。


十分硬いって……


何十メートルの高さをジャンプしてもなんともないぐらい頑丈な事もついさっき証明されたわけだしな……


簡単に山ごと更地にしちゃう魔法使いあんたたちの力が強すぎるだけだと思います。



「それで、ここからどうするのかしら?」


「はい、ではこちらのタグのついたレバーを引いていただいて」


「これね」



姫様が操縦席に無数に生えたレバーのうちの一本を引くと、アラクネ造魔が蜘蛛部分に固定されていた巨大なシャベルを手に掴み構えた。


よく使う動作はこうやって自動化してあるのだ。


なんせ前世の重機なんかと比べて動かす場所が桁違いに多いからな、自動化した方が楽だし事故も減る。



「これで土を掘るのね?」


「ここからは報告でも上げておりました通り、そちらの腕部の操作レバーで……」


「あら、書類は見つからなかったけれど、腕の方も何か簡単に動かす方法があるんじゃないの?」



ま、そりゃそう思うよね。


あるんだけどさ、あるけどね。


最初は安全性を考えて腕と指で操作系をバラして作ったんだけど……


結局二人がかりで操作するのが煩わしくなって、上半身の操作を一人でできる制御装置を追加で組み込んだんだよな。


でももちろん、それも納品する時にはオミットする予定だったんだ。



「なにぶんそちらはまだ開発途中なものでして、安全性が……」


「安全性って言っても、昨日今日作ったものじゃないでしょ。先々月から鎧の上半身のようなもので造魔を操作してるって報告が上がってるのだけれど」



げっ!


そらそうか、トルキイバ中にあんだけ密偵がいりゃ、そこらへんの報告も上がってるわな。


そんなもんをなんで姫様がきっちり把握してるのかは謎だけど、バレてちゃしょうがないか……



「……というわけで教授、制御装置を……」


「……了解」



教授は操縦席の内部にしまわれていた金属鎧を改造した制御装置を引っ張り出し、魔法で浮かせてワイヤーで天井から吊るした。


この制御装置はつまり、金属鎧の動きに造魔の動きを追従させるというものだ。


作業者が俯けば造魔も俯き、鎧から繋がった腕や指もそのまんま動かした通りに動く。


人間の動きどおりに超巨大な物が動くってことは、そりゃ事故の確率も跳ね上がるってわけだ。


実際、二ヶ月ほどこれを使っていた中でも色んな事故があった。


スコップをねじ切ったり、いらない場所に大穴を作ったり、穴の縁を崩壊させたり……


正直、姫様にもこれは使わせたくなかった。


結局、前世も今世も一緒だ。


横着をすると労災が起こるという事だ。



「で、これに腕を入れたらいいのかしら?」


「左様でございます」



背中部分のない鎧にゆっくりと腕を入れたお姫様は、指をわきわきと動かした。


その動きの通り、巨大なアラクネが指をわきわきと動かす。



「姫様、こちらを」



俺がそう言って木で作られたシャベルのを差し出すと、彼女は造魔にシャベルを落とさせないように器用な動きでそれを受け取った。



「じゃあ、掘ってみようかな」


「ご存分に」



姫様の操作で巨大なシャベルが大地に突き立てられ、何十トンもの土塊が空中に持ち上げられた。



「これ、どうしたらいいかしら?」


「ご随意に」


「じゃあ横にどけておこうかしら」



造魔が無造作に左へとシャベルを捻ると、零れ落ちた土砂がザアザアとまさに土砂降りの雨のような轟音を立てる。


適当な所でシャベルが立てられると、ズドンと音を立てて落ちた土塊が地面を揺らした。


こんな工事現場、前世だったらうるさすぎてクレームの嵐だろうな。



「この造魔って、建設用途としては使い勝手はどうなのかしら?」


「あるのとないのとでは進みの速さが段違いです。時計塔級の一つ目の建造ドックは半年かけて掘りましたけど、二つ目は一ヶ月かかりませんでしたーっ!!」



俺が話している間に、また姫様は穴掘りを始めた。


さっき掘った大穴からちょっと離れた場所を、同じぐらいの深さで掘っているようだ。


そして今度は掘り上げた土砂を、さっき掘った穴に器用に注ぎ始めた。


岩混じりの何十トンもの土砂が、川の濁流のような音を立てて大穴に飲み込まれていく。



「これーっ! 王都でも需要はあるかしらー!?」


「あると思いますよーっ!! どこにでも土木仕事はありますからーっ!!」



こんなのが前からあればプール作ったりするのも楽だったのにな。



「聞いてたのと触ってみるのじゃあ!! やっぱり全然違うわねーっ!!」


「とにかく大きいですからねーっ!!」



姫様は上半身の操作用鎧を着たまま、一人で器用に超巨大造魔の下半身を動かしている。


この人が特別飲み込みがいいのか、それとも王族ってのはみんなこれぐらい能力が高いのか……


スコップの底で楽しそうに地面を叩いて砂遊びをする義理姉を見つめながら、俺はぼんやりとそんな事を考えていたのだった。





「あの蜘蛛、思ったとおり戦には使えそうにないわね」



さんざっぱら時計塔級造魔で遊んで帰ってきた家の食卓で、姫様は憮然とした顔でそう言った。



「あの大きさじゃあ戦場でいい的だし、その割には装甲の強度は魔法に一発耐えられるかどうか。動かすのに支障はないけれど、戦場には持っていけないわ」


「そ、そうですか……」



淡水魚ゲハゲハのフライを上品に食べながら、お義姉さんはなおも続ける。



「つまり、父上は当初からの予定通り、あの蜘蛛をあくまで移動する最前線での後方として使うつもりだというわけね」


「ええ、本番の都市級は背中の上に街を作る予定だと聞いていますが」


「街ね。そこから兵隊たちを家族と一緒に戦地に送って、まるで役所の職員みたいに日の出から日の入りまで戦わせるって計画なのかしらね。どうも、お父様もお甘い事で」


「カリーヤ、そのぐらいにしておけ」



なぜか超巨大造魔建造計画の批判を始めたお義姉さんをお義兄さんが嗜めるが、彼女は口の端に笑みを浮かべながら大きな瞳で彼をちらりと見て、なおも続けた。



「困るのよね、そういう手ぬるい事をされると」


「何が困るというんだい?」



面白そうにそう問うローラさんにお姫様は頷きを一つ返し、ひどく物騒な事を話し始めた。



「だってこの国クラウニアは、戦争がしたくてしたくてたまらなくて、そのために国を割った人達の建てた国じゃない? そんな甘っちょろい戦争を続けてると、また国を割ることになりかねないわ」



物騒な話だ、本当に。


こんなの、陸軍トップの第二王子ジェスタ殿下を真っ向から弱腰と非難しているようなものだ。こんな話が漏れれば、実の娘だろうと大目玉では済まないかもしれない。



「負けない軍隊なんて、弱兵よりも始末に負えないものね。勝って勝って勝ち続けて、周りの国全部から包囲網を敷かれるように不可侵条約を呑まされて尚、戦争相手を求めて次元の壁まで超えて……こんな状況で、線路も届かない最前線に本格的な街なんか作ったらどうなるかしら?」


「考えた事もないな」



ワインを呷りながらそう答えたローラさんに、姫様は優しげな表情を向けた。



「そこに国を建てようとするんじゃないかしら?」



シンと静まり返った食堂に、風に吹かれた窓がガタリと立てた音がことさらに大きく響いた。



「クラウニアの軍人が国を建てたら何をするかしら? 戦争しかないわよね。大好きなんだもの、そのために国を作った人達の末裔なんだもの」



トクトクトクと、使用人がグラスにワインを注ぐ音がした。



「そういう人達が本当に挑んでみたい敵って誰かしら? それはきっと強大で、一度も負けたことがなくて、巨大で、戦争が大好きで大好きで仕方がない国……そう、クラウニアという国そのものなのよ」


「……それじゃあ、カリーヤ姉様はうちの夫にどうしろって言うんだい? 造魔建造を中止しろとでも?」



ローラさんの問いには答えず、姫様は目を閉じた。


長い長い睫の影が、テーブルの上に揺れていた。



「私はね、うちの・・・国を愛してるの」



王族の言ううちの・・・ってのは、それ以外の俺達とじゃまるでニュアンスが違うんだろうな。



「何にだって終わりは来るけれど……愛するものに、巨大なまま、荘厳なまま、恐れられたままに息絶えてほしいと思うのは、いけないことかしら?」


「つまり……国を割る愚を犯す計画は止めたいと?」



パチっと目を開けた姫様は、再びそう問うたローラさんにいたずらっぽく笑いを返した。



「別に何も。将来国が割れるにしろ、割れないにしろ……この子をどこにどう付かせるか、考える材料が必要だったってだけよ」



そう言って、姫様は純白のドレスに包まれたお腹をさすった。


え!? どういうこと?



「えっ!? ご懐妊ですか?」


「長兄!? 聞いてないぞ!」


「あれが内緒にしておけと言ったのだ」



お義兄さんは珍しく気まずそうな顔でそっぽを向き、ワインで口を塞いだ。


さっきも窘めてたのに無視されてたし、あんた亭主関白っぽい感じだけど実際は尻に敷かれてんじゃないのか?


まあ、ともかく……めでたいことには間違いないよな。



「お義姉さん、おめでとうございます」


「あ……うん、そうだな。おめでとうカリーヤ姉様」


「あら、ありがとう。お二人共」



しかしそうか、うちのノアとラクスに貴族側の従兄弟ができるのか……


ていうか今日の昼間とか、妊婦があんな大暴れしてて良かったんだろうか……?



「ああそうだ、お産の時はうちの夫を呼んだらどうだい? 私の時もそれだけは安心でね」


「馬鹿者、愚弟はトルキイバここに据え置きだ」



そうだよ、王都なんか絶対行かないよ。


しかし、義理兄さんと姫様の子供か……


絶対に美形な事だけは間違いないけれど、性格はどっちに似てもおっかないんだろうなぁ……


トイレへ行くために子供の性別の話で盛り上がる食卓から離れ、廊下を歩いて行く。


窓の外では庭木の枝に芽吹いた若葉が月光に照らされ、ゆらゆらと風に揺れていた。

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