第94話 軍人も たまには辛い 時もある 前編

第93話のラストのお義兄さんの無茶ぶりから始まったのが第94話から第96話に跨るこのやきう回なんですが……

二万文字ぐらいに膨れ上がってしまったので、一応飛ばしても問題がないように調整しておきます。

第97話からはまたサワディ君のお話に戻ります。





…………………………






俺が第二王子派の重鎮であるイクシオ元陸軍元帥に命じられ、このど田舎に赴任して来た頃、まだ雪がちらついていたのを覚えている。


白い息を吐きながら、街の外に作られた超巨大造魔建造計画の施設を毎日毎日見張った。


研究施設ったってあの頃は何があったわけじゃない、単なるでっかい穴ぼこだ。


作業員たちが一生懸命穴を掘って土を運ぶところを、バカみたいに煙草ばかり吸いながらずっと見つめていた。


俺は軍人だ。


軍人の仕事は命令に従うことだ。



「俺は仮にも尉官だぞ? なんでこんな仕事をしなきゃいけないんだ?」



そんな愚痴をぐっと堪えて、毎日毎日穴ぼこを見張った。


でも今思えば、あの頃はまだ良かった。


本当にそう思う。


状況が変わったのは年が明けてすぐのことだ。



『サワディ・スレイラに国家反逆の恐れあり』



大量の追加人員と共にそんな急報が届いて、俺は穴掘りの作業員の数を数えるのんきな仕事から解放された。


代わりに与えられた指示は、超巨大造魔建造計画の実行者であり、国家反逆罪の容疑者でもあるサワディ・スレイラを罪が確定するその瞬間まで護ること。


上官に詳細を問い合わせる暇もない、スレイラ邸のすぐ近くに拠点を構え、夜も眠らず働いた。


陰ながらの身辺警護はもちろん、対象の交友関係を丸洗いにし、邸宅を狙撃できそうな危険な物件は金に糸目を付けずに買い上げた。


もしサワディ・スレイラが俺達の手を離れる前に死ねば、今後一生出世の目はないだろう。


せっかく二十三で少尉になって、実家の伝手で派閥にも入れて、さあこれからって時にそれではさすがにあんまりだ。


その思いだけで、雨の日も雪の日も、俺の実家の寄り親であるスレイラの姫様の殺気に晒されてブルった日も、奴を必死に影から護り続けてきた。


奴が好き放題出歩くたびにあちらこちらへ振り回され、町人に怪しまれ、犬に吠えられ、下着泥棒と間違われ、なんだかなぁと思っていたら紆余曲折があって奴の無罪が確定して。


やっと解放だと思ったら、奴さんは陸軍にとっての重要人物だからそのまま護衛を続けろときたもんだ。


いいさ、俺は軍人だ。


軍人の仕事は命令に従うことだ。


上が重要人物だと言うからには、きっとあの若造はこの国にとって必要な人間なんだろう。


色んな文句をぐっと堪えて、傾げそうになる首を手で支えて、毎日毎日サワディ・スレイラを護った。


だが、その数カ月後に下された新しい命令は、さすがの俺でも首の傾げを抑えきれない、馬鹿げた命令だった。



『野球チーム、スレイラ白光線団ホワイトビームスに入団し、ザルクド流野球部に勝利せよ』



率直に言って意味がわからなかった。


なぜ俺が?


なぜ球遊びに?


なぜザルクド流に?


その三つのなぜ? はすぐに氷解した。


命令書のサインが、実家の寄り親であるスレイラ家の嫡男、アレックス・スレイラ様のものだったからだ。


スレイラ家の寄り子の俺を、スレイラ家の婿が興した野球とかいう遊びに参加させ、スレイラ家に因縁の深いザルクド流に対して意気地を見せよというわけだ。


話がわかったのは良かったが、結局かしいだ首が戻ることはないまま、俺は真夏の練習場に立ち尽くしていた。



「ペンペン・ロボス少尉、貴官には投手、つまり護りの要をやってもらおうと思うのだが……」


「ロボスとお呼びくださいスレイラ少佐。どのような役割であろうと、このロボス、完遂してご覧に入れます」


「こちらも少佐はやめてくれ。私は今は軍属ではない、魔導学園の研究者だ。もっと言えば、単なる主婦だな」



これって笑っていいところなんだろうか?


奇妙な運動服を着た彼女から発せられている首筋がピリつくような強烈な圧力は、単なる主婦なんて言葉には全くそぐわないものだ。


魔臓を潰して軍を辞めることになったのが本当に惜しい……


この人が今も外地で踏ん張ってくれていたら、周辺国との停戦解除までにダンジョン戦役終結の目処も立ったかもしれんのにな。


いや、名誉の負傷を悪く言うことはできん。


魔臓を潰すほど戦うことなど、男の俺にだってできるかどうか。


俺もそれぐらいの気持ちを持って、この仕事に専念しなければな。



「イーズ・ラヴ曹長、貴官にはロボス少尉の相方として、捕手をやってもらおうと思っている」


「はっ! 謹んでお受けいたします!」



俺と一緒に呼び出された同じ派閥の下士官が、綺麗な敬礼とともにそう答えた。


金の短髪の俺とは違い、茶色い髪が肩まである男だ。


任務で吟遊詩人にでも化けていたのだろうか?


まぁいい、今はとにかく任務のことを知らなければ。



「……それで、投手ということなのですが、恥ずかしながら小官は野球とやらに疎いものでして」


「全くかまわん、貴官らの他に兄より預けられた軍人達も初心者ばかり。今すぐに戦力になれとは言わん。取り急ぎ七日後に試合があるから、まずそこで実戦に慣れてもらうつもりだ。それまでは……」



そう言ってスレイラ元少佐は上半身だけでぐるりと後ろを向き、誰かを「おーい」と呼んだ。


そうするとどこかで待機していたのだろうか、少佐と同じ服を着た若い山羊人族の女と羊人族の女が小走りで現れた。


山羊人族の方は何度か見たことのある顔だ、たしかサワディ・スレイラの護衛にいたはずだ。



「貴官らには、この二人から野球というものを学んでもらおう」


「二人から……ですか。失礼ですが、彼女らは平民では?」


「ああ、二人とも退役奴隷、つまり平民のようなものだ。冒険者で最近までは我が夫の護衛でもあった、うちの人間ものだ、丁重に扱ってくれたまえよ」



彼女はそう言ってから、片手に持っていた本のページをぱらりと捲り、指で一文をなぞった。



「この貴族野球御作法にはこうある。『爵位・階級よりも実力を尊ぶべし』とな。彼女らは平民ではあるが、貴官らの球団においての先任陸曹である。よく指導を受けたまえ」


「了解しました!」



俺と下士官の声がぴたりと重なった。



「山羊人族のタシバは投手、ロボス殿と同じ役割だ。羊人族のマァムは捕手、こちらはラヴ殿と同じ役割だ。二人とも冒険者としての実力はほどほどだが……野球の腕はそこそこにあると見込んでいる。それとこれを渡しておこう、熟読するように」



そう言って俺に貴族野球御作法なる本を二冊渡した彼女は、連れてきた平民達に向けて深く頷き、長い金髪をひるがえして去っていった。


……ああ、緊張してくたびれた。


退役軍人とはいえ、あちらの方が階級は上。しかも上司の妹で、実家のことを考えれば俺にとっては本当の姫様、その上武官としての実力でも絶対に勝てそうにないとなると、やりにくくてしょうがないな。



「あのぉ……」


「あ、ああ、タシバと言ったか」


「そうっす、ペンペン様とイーズ様は……」


「待て待て、俺のことはロボスと呼べ」


「あ、失礼しました……」



困ったように眉をハの字にする彼女には悪いが、俺は自分の名前をあまり気に入っていないのだ。


実の曽祖父から頂いた由緒正しい名前らしいが、現代の価値観で考えるとどうにも間抜けな響きで、これまでも幾度となく名前のことを揶揄されてきた。



「それじゃあ……ロボス様とラヴ様は、ユニフォームをお持ちですか?」


「ユニフォーム? お前やスレイラ少佐の着ているような服か。それならば持っていないが」


「それじゃあまず、野球用品店にこれを作りに行きましょうか」



タシバは自分の服の襟をつまんでちょいちょいと引っ張りながらそう言った。



「作りに? 既製品はないのか?」


「これはチームごとに色や柄が違うんで、ひとりひとり作らないといけないんですよ」



もう一人の羊人族、マァムがそう付け加えた。



「そうか、じゃあそうしよう」



スレイラ少佐はこの少女達に指導を受けろと言った。


俺は軍人だ。


軍人の仕事は命令に従うことだ。


わけのわからん仕事だが、何でもやってやるさ。



「とのことだが、貴官もそれで構わんか?」


「もちろんです。ですが少尉、貴官はやめてくださいよ」


「では、ラヴ軍曹」


「へへ、少尉と逆さで悪いんですが、俺のこたぁイーズと呼んでください。故郷の婆さんの付けてくれた名前でね」


「そうか、俺はロボスでいい」


「了解であります、ロボス少尉」



この男も、どうにも軽い調子なのが気になるが……


これからは相方としてやっていくのだ、細かいことは置いておこう。



「では、行こうか。野球用品店とやらに」


「了解であります」


「おー!」


「お、おー!」



こうして、陽炎揺れるグラウンドから、四人の即席部隊が出発したのだった。




「お二人は野球は見たことありますか?」


「何度かは球場で横目に見たことがあるが、それも仕事でな、あまり詳しくは知らんのだ」


「俺も見たことないなぁ、仕事が忙しくてさ」


「はえーっ、軍人さんってやっぱり大変なんですね」


「そうそう、大変なんだよほんと」


「ちょっとタシバ、気安すぎるって……」



なんとも気安くポンポン質問を飛ばしてくる平民達と話しながら、シェンカー家お抱えの野球用品店とやらに向かって歩いていく。


我々の通る路地裏の道にはまだ糊も乾かないチラシが貼ってあり、そこには『野球チーム、東町商店街 禿頭団スキンヘッド ボーイズでは団員を募集しています。禿頭優遇、髪ある者は剃れ』と書いてある。


野球用品店なんて妙な商売が成り立つのか? とさっきから疑問に思っていたが……これだけ流行っているならば、なるほど成り立つのかもしれないな。


昼寝をしていた猫が俺達の足音に驚いて目を覚まし、黄色い花の鉢植えを倒して逃げていった。


連日猛暑が続いていた中、今日は珍しく少し涼しくなったところだ。


眠っていたくなる気持ちもわかる、起こして悪いな。


しかし、この街をこうして無防備に歩いていると、なんとも変な気分だ。


いつもは目を皿のようにして通行人の挙動を見張り、いざという時はいつでも盾となる覚悟で気合を滾らせていた。


路地裏の壁に貼られたチラシの内容や、勝手口の脇に置かれた鉢植えの花の色なんか、気にしたこともなかったし気にもできなかったものだ。



「それで、その店っていうのはどこらへんなんだ?」


「もうすぐそこっすよ、シェンカーのお店は中町に固まってますから。さっきまでいた白光線団ホワイトビームス専用の練習場だって中町だったでしょう? MSGの本部もご主人さまの実家も中町にありますから、シェンカーうちの本拠地は中町なんですよ」



しかしペラペラとよく喋る女だ、まるで実家の母親のようだ。



「ほらほら、ありましたよ、あの店です、あのバットとボールの看板の……」



そういえばこれまでは任務の都合上、実家に便りを出すこともできなかったが、この任務についている間なら手紙ぐらいは許されるんじゃないだろうか?


後でスレイラ元少佐に尋ねてみよう……なんて事を考えながら、喋り続けるタシバに引っ張られるようにして店へと入った。


平民なのに軍人に対して物怖じしないというか、怖いもの知らずというか……いや、こいつの場合単にガサツなだけなのか?


これからはこいつに野球を教わることになると思うと、なかなか骨が折れそうだ。





野球用品店で制服を注文してから三日間、陽の光に肌を焼かれながら俺とタシバは野球場に詰めていた。


イーズ軍曹とマァムはキャッチングの練習を試合の日までみっちりとやるそうだ。



「ロボス様、ホットドッグ食べますか?」


「いらん」


「エールは?」


「仕事中だ」


「この試合、どっちが勝ちますかね?」


「わからん」



周りを平民に囲まれ、やかましいタシバの話を聞き流しながら試合を見続ける。


野球というものは本当に人気があるようで、貴族しか入れないVIP席も早いもの勝ちですぐに埋まってしまう。


VIP席の何倍もの広さを誇る平民席も、出遅れると入れないんじゃないかってぐらい人で埋まっている。


一体野球の何がこの数の人間を惹きつけるのだろうか?


俺は野球というものを知らなさすぎる。


戦争で勝つには戦争を、野球で勝つには野球を知らなければならない。



「あの投手はどういう投手だ?」


「ああ、あの人は身体強化で強い球を投げるんですよ、光の杖団のエースですね」


「どこの者かわかるか?」


「えーっと、クロ……クロ……ロクロ? みたいな……」


「ロスクロス伯爵家か?」


「ああ、それそれ、ロスクロスです、たしか偉いお医者さんの家なんですよね」


「なるほど」



メモ帳に投手の情報を書き付け、じっと集中して投手の体を見つめる。


数日後には俺もあそこに立つことになるのだ。


投手が振りかぶってボールを投げると、打者は思いっきりバットを振る。


ボールはバットにはかすりもせず捕手のミットに突き刺さり、周りからは歓声が上がった。



「三振だ! やっぱり身体強化は凄いっすね〜」



そうか?


俺は、あんな目で追えるようなノロい球を、どうして打者は打ち返せないんだろうかと思ってしまう。


正直ここ数日こうやって観察を続けてきて、俺はかなりこの任務への格付けを下げていた。


田舎生まれのこの野球というスポーツが、そんなに難しいものとは、どうにも思えなかったのだ。


野球の観察が終わってから何度かピッチングも試してみたが、俺ならこれまで見てきたどの投手よりも速い球を投げられるという自負もあった。


正直、自分があの球遊びで負けるところは想像できない。


梃子摺るよりはずっといいが、歯ごたえのない仕事だな。


くぁ、とあくびが出て慌てて口を抑えると、隣でなにかのチケットの裏表を確かめていたタシバと目が合った。



「一応この試合、光の杖団に賭けてみたんですけど……どう思います?」


「……仕事中だぞ、馬鹿者」



つくづく、平民ってのは気楽でいいな。





スパン! と小気味いい音を立てて、白いボールがイーズ軍曹の構えるミットにビタっと収まる。



「いいっすね~、走ってますよ~! やっぱりいい肩してますね~!」


「少尉! いい感じですよ!」


「その調子です!」



投げ返されたボールを、制服と一緒に作ったグローブという手袋で受けた。


野球という競技をここ数日研究して、こうしてタシバとマァムに見守られながら軍曹のミットに投げ込んでみて改めて思ったことがある。


この競技、すごく簡単だ。


打者はやったことがないからわからないが、少なくとも投手は物凄く簡単に思える。


基本は打者に打たれないように球を投げるだけ、コースを工夫し、球速に波を作り、相手のバットに捉えさせなければそれでいいのだ。


それに、タシバの言葉を信じるならばだが、やはり俺は他の人間より肩が強いようだ。


ここ数日見てきた投手達の中に俺と同じぐらい速い球が投げられるものはいなかった、これならば簡単に打たれようなことはあるまい。


試合の相手も貴族とはいえ、こんな南の僻地にいるような連中だ……


最前線で戦ってきた、ジェスタ王子傘下の我々が参加するというのは少々大人げなかったかもしれんな。


この調子ならば、ザルクド流なんぞにもそうそう負けるような事はあるまい。


一応、ほかのチームの投手がこぞって投げていた、魔法を使った投球も練習しておくか。



「魔球、行くぞ!」


「ちゃんとミットに入れてくださいよー!」


「心配するな!」



俺は風使いだ、ボールに横風を当ててやれば簡単に軌道を変えられる。



「あっ!」



俺が投げた球はあらぬ方向にすっぽ抜けたかに見え、横で見ていたタシバも驚きの声を上げたようだが……


同時にごうっと横薙ぎに吹いた風がボールに絡みつき、球は見事に構えられたミットへと収まった。


こんなものか。


負ける気がしないな。



「完璧ですよ! 少尉!」


「凄いっす~! もっかーい!」


「いいや! 俺は今日はもう上がりだ!」



俺はグローブを外しながら、本塁の方へと歩き始めた。


今はこの任務を与えられているとはいえ、他にやるべき仕事がないわけではないのだ。


軍人の仕事は命令に従うことだが、全てに全力で向き合って務まるものではない。


特に尉官になると書類仕事が増えて、自分で上手く時間を作らなければ大変な事になるのだ。


そうだ、早めに仕事が進めばついでに実家への手紙も書いておくとしよう。



「少尉、いいんですか?」


「だいたいはわかった。明後日は試合だ、明日は休みにしてしっかりと体を休めよう」


「ロボス様、まだ打者を入れての練習はしてないんですけど、いいんすか?」


「そう心配するな、俺は負けんよ」



不安そうな目で見つめるタシバの肩をポンと叩き、うだるような暑さのグラウンドを後にした。


試合自体に心配はないが……明後日は寝坊だけはしないように注意せんとな。





そしてその二日後……


俺は地獄にいた。



「こんな……こんなはずが……」



三回まではよかった。


三球三振を何度も決め、妙な迫力のある数名の老人もきちんと魔球を使って打ち取った。


このまま勝ちだな、と思った途端、急に打たれ始めた。


そこからはもう、何がなんだかわからないぐらいにメタメタだ。


ヒット、ヒット、ホームラン、ヒット……もう何本打たれたのかも覚えていない。


今は……今は一体何回なんだ……?


俺は一体、あと何点取られればいいんだ……?


絶望と暑さで眼の前がすうっと暗くなり、思わずグラウンドに膝をついた。



「タイムタイムターイム!!」


「タイム!」



軍曹がタイムと叫ぶ声が聞こえ、審判がそれに応えると、彼はマスクを脱ぎ捨ててマウンドまで走り寄ってきた。



「少尉、大丈夫ですか!?」


「あ、ああ……少し目眩がしただけだ」


「すいません、正直言って俺もこんなに難しい競技だとは……」


「いや、イーズ軍曹が悪いんじゃない、全ては野球を甘く見ていた俺の責任だ。あんな、あんな老人たちに……」


「実はさっきベンチで聞いたんですが、今日の相手の魔導学園火の玉団ファイアボールズはリーグ上位のチームだそうです。うちは万年最下位らしいですから、とても少尉だけの責任とは……」


「さ、最下位……」



やはり、俺は致命的な間違いを犯していたようだ。


野球は簡単じゃない。


見るのとやるのとでは大違いだ。


正直言ってこの試合はもう駄目だ、点差が開きすぎてしまって……戦闘行為ならば全滅判定だろう。


しかし、俺は軍人だ。


軍人は持ち場を離れない。


最後まで……最後まで仕事を全うするのだ。


そう決意して、握ったボールを横からひょいと取り上げる者がいた。


後ろに縛った長い金髪を風になびかせた、ローラ・スレイラ元陸軍少佐殿だった。



「ロボス殿、三十三点とは盛大に打ち込まれたな。初戦で感じは掴めたか? そろそろ代わろう」


「ス、スレイラ少佐……小官は……」


「すまないな、練習台にするには少々相手が悪かったようだ。あの古強者ろうじん達は一筋縄ではいかない相手でね、調子に乗らせるとこうして手のつけようがなくなるのさ」



そう言ってポンと肩を叩かれた俺は、軍曹に支えられるようにしてベンチへ引っ込んだ。


甘い味のついた水をがぶ飲みし、帽子を脱いで一息つく。


マウンドは地獄だ。


打者との孤独な戦いの中で一度調子が崩れれば、後はもういいように嬲られるだけ。


外から見ているだけではわからない魔が、あそこにはあった。


今、その地獄のマウンドにはスレイラ元少佐が立っている。


俺はこれまでよりも何倍も真剣に、本当に全てを盗み取るつもりでそれを見つめた。


彼女の手から放たれた、バットごと相手の骨をへし折る剛魔球が、捕手のサワディ・スレイラを水平に吹き飛ばしていた。

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