第85話 まとめ役 できることなら 避けたいな

異世界で 上前はねて 生きていく 第2巻

無事発売しました!


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……………






雪の積もらないトルキイバの冬はもう終わりかけで、通りを歩く人々の服装もいくぶん薄着になったように感じる今日このごろ。


シェンカー劇場完成に向けて、私達演劇班の練習はこれまで以上に熱が入っていた。



「するってぇと~何かい~♪」


「お前さん~♪」


「あの~ハンバーガーが怖いってのかい~♪」


「ああ~♪ おっかないねぇ~♪」



ご主人さまの連れてきた音楽家達が張り切りすぎて劇が歌劇になってしまったのだけれど……ま、別にいいでしょ。


だいたい古典やメジアス作品並に権威がある劇なら問題もあるだろうけど、うちの劇団がやるのはご主人さまの書いたいつもの宣伝劇だもの。


せっかく立派な劇場を作るんだから、私はもう少し格調高い劇がいいと言ったのだけれど。


みんなが最初はご主人さまの書いた本でやりたいって言うんだからしょうがないわよね。


劇団長だなんて言っても、なんの力もないのよ。


きっと文句を言われるためだけの役職なんだわ……



「シィロ団長! 来週にはサワディ様パトロンの観覧があるっちゅうのにこんな出来でいいんかい?」



怖い顔をして私にそう言うのは、劇伴の楽団の長、ゼペさん。


仕事熱心なんだけど、熱すぎるというか、音楽以外に興味がないというか……


とにかく、ちょっとやりにくい人なのよね。



「こんな出来……と申しますと」


「みんな根本的に声が出とらん、音程も甘い」


「仕方ないじゃないですか、彼女たち、歌劇は初めてですのよ」


「クガトガ劇場の主役を張ってたっていうあんたの指導で、もそっとなんとかならんか?」


「ゼペさん、クバトア・・・・ですわ、クバトア劇場」


「おお! すまん! とにかく、もう時間がないんじゃ、もっと発破をかけてくれぃ!」


「と言いましても、劇団員もこちら専従の子ばかりではありませんので」


「かーっ! サワディ様もそこの所が今少しわかっとらん!」



うちの劇団なんてまだ一ディルのお金も稼いでいないのに、これだけやらせてくれるご主人様は十分ものわかり・・・・・が良い方だと思うのだけれど……


ま、芸術家様にはわかんないわよね。


肩を怒らせて楽団の元へ戻っていくゼペさんを見送ると、ほ、と小さく溜息が出た。






うちの劇団の練習場の立地は大通りに近いので、私達は練習帰りによくアストロバックスやどうぶつ喫茶を利用する。


もちろん普通のお店でもいいんだけど、やっぱりシェンカーのお店だと社割りが利くのが大きい。


団の結束を高めるには普段からの細やかな交流が必要だし、こういう場で団員の人となりを知っておかないと揉め事があった時に対応できないもの。


あぁ、やっぱり団長って大変。


練習だけしていれば良かった役者時代は本当に気楽だったわ。



「それでですね、その友達、彼氏に魔剣をねだられてるらしくて……」


「まあ、魔剣。でもあれって使える人が限られるんじゃなかったかしら?」


「そうなんですけどねぇ、その男が俺は特別な血を引いてるなんて言ってるらしいんですよ」


「魔法使いの血でも入ってるのかしら?」



そんな劇もあったわねぇ。


お貴族様のご落胤と平民女の道ならぬ恋、素敵よねぇ。



「めちゃくちゃ平民顔なんですけどねぇ……それでも、顔だけはいいんですよ」


「リープさぁ、あんたそれほんとに友達の話?」



あらあら、そんな気はしてたけどみんな聞かないようにしてたのに。



「当たり前じゃない! 友達の話よ、あたしがそんな顔だけの男に靡くわけないじゃない」


「いやあんた、めちゃくちゃ面食いじゃん」


「…………」



そういう時は黙っちゃだめなのよ。



「それで、その男性のお名前はなんて言うのかしら? もしかしたら知っている方かもしれないわ」


「ああ、団長は顔が広いですもんね、名前はボードリスって言うんですけど……」



私はミルク入りの珈琲をかき混ぜながら、リープさんの話をしっかりと心のメモ帳に書き留めた。


団長としてこういう話を収集するのも、仕事の一環なのよね。


まあ、もともと噂話は嫌いな方じゃないから、これは別にいいんだけど。


それにしても、特別な血・・・・ねぇ?


悪巧みの好きなピスケス殿が喜びそうなお話だこと……






毎夜毎夜の舞踏会なんてのは劇の中のお話で、実際週に何度も行われるのは終わりのない打ち合わせなのよね。


ご主人様の観覧の三日前とあって、今日は劇場の支配人となる予定のモイモさんと楽団長のゼペさん、そして美術のハミデルさんが集まって激論を交わしていた。



「だから、そんな予算ないんですよ。ただでさえ劇場に投じられている予算はシェンカー一家の純利益の三割なんですよ、三割。チキンさんが匙を投げるぐらいの赤字事業なんですから自重してください」


「ちょーっと王都から黒鉄琴を取り寄せてくれるだけでええんじゃ! 後はずーっと使えるんじゃから!」


「そんなことは一ディルでも収益を上げてから言うべきことです」


「かーっ! これだから……」



ゼペさんが渋い顔で頭を振るが、モイモさんはもう取り合う気もない様子。


まぁゼペさんの言うことは無理筋よね。



「それよりもよぉ、そろそろ美術にも仕事くれよな。仮の書き割り描いたっきりで音沙汰無しじゃねぇか」



手も挙げず、大きな体をテーブルに乗り出すようにして、今度は美術のハミデルさんが話し始めた。


大きくて威圧的な声だが、モイモさんは身じろぎもしない。


この若さで支配人にまで登ってくる人ですもの、並の人よりも胆力も実力もあるわよね。



「まだ箱もできてないのに、仕事もなにもないでしょう」


「そんでもよぉ、いい加減に絵画教室と看板書き以外の仕事もやりたいぜぇ」


「あら、そんなに言うなら工事現場にでも回してあげましょうか? 美術の頭として劇場の建設に貢献してきてくださいよ」


「おいおい、手を怪我でもしたらどうすんだよ!」



ハミデルさんは大きな体を震わせて、右手を抱え込むようにして小さくなった。


まぁ、せっかく好きなことで食べれるようになったんだから別の仕事はやりたくないわよね。



「ああそうだ、演者の方からはなにかありませんか?」


「そうねぇ、衣装の保管場所をもう少しなんとかしたいわね。練習場ここはよく虫が出るから今のままじゃ心配なのよ」


「なるほど」



まぁ、穴が開いたら繕えばいいだけの話なのだけどね。


ここに集まった皆はないものねだりばっかりしているけど、現場じゃあ人も物もないないづくしが普通。


服の繕いはもちろん、大工に演奏に口上、劇団歴が長ければ長いほど多芸になっていくものなのよ。


プロの楽団と美術が専門でつくなんて、この劇団は本当に恵まれてるわ。


というか、絶対に採算なんて取れないから本当に貴族の道楽なのよね。


私がいたクバトアだって、劇伴も美術も元はみんな役者志望の人だったのだもの。


貴族の支援は入っていたけど、いつでも予算はカツカツだった。


この劇団の子達みたいに太って衣装が着られなくなることなんて絶対になかった、普通は劇団員なんてのはやればやるほど貧乏になって痩せるものだったわ。



「シィロさん、他になにかありませんか?」



あ、そうだ、あれを言っておこう。



「これは皆に相談なのだけれど、私はこの劇場になにか他とは違う特別な売り・・が必要じゃないかと思うのだれけど、どうかしら?」



これは以前から考えていたこと。


いくら貴族が道楽でやっている劇場だからって客入りを考えないわけには……


いえ、違うわね。


貴族が道楽でやっている劇場だからこそ、真剣に客入りを考えなきゃいけないの。


客の入りが、そのまま貴族の面子に関わってくるのだから。



「と言うと?」


「劇場界は冷たい世界なの。最初は物珍しさで入ってくれるお客も、うちの劇場でなにか特別な体験がないとすぐに来なくなるわ。そうしたらどうなるかしら? ご主人様は劇団を解体して劇場をよそに貸し出してしまうかも」



そうなると、私もお払い箱なのよね。


団長はしんどいこともあるけれど、もう洗濯女に戻るのはごめんだわ。



「売りならわしらの楽団があるじゃろ!」


「もちろんそれも・・・売りですけど、もっと根本的な売りが欲しいのよ。こう、芝居に興味のない人までが来場してくれるような……」



具体的には一流の役者が欲しいのよね。


追っかけができるような、モテる役者が。


ここでみんなの意見を纏めてご主人様に提案すれば、もしかしたらそういう奴隷を買ってくれるかもしれないし。



「一応かなり豪華な劇場に仕上がる予定なんですけど、それは売りにはなりませんかね?」


「一度や二度は建物を見に来てくださるお客もいるでしょうけど、やはり中身が光らなければなんとも……」


「うーん……」


「私としては、一流の役者を一人でも連れてこられれば売りになるかと思うのだけれど」


「役者ねぇ……」


「音楽以外のことはお手上げじゃ」


「俺も絵以外は全くわからん」



行き詰まった議論の中に、パン! とモイモさんが手を叩く音が響いた。



「時間です。その話、各自持って帰って検討しましょう。いいですね、シィロさん」


「もちろん」



今打てる手は打ったわ。


あとは観覧の時にご主人様に直訴することにしましょう。



「あー、今からゼペと飲みに行くんだけど、お嬢ちゃんたちもどうだ?」


「おごっちゃるぞ」


「やだ」


「私も今日は遠慮しておこうかしら、ごめんなさいね」



壮年男性男性二人のありがたいお誘いをかわして見送り、私とモイモさんは一緒に練習場を出た。


いつの間にか本格的に春めいてきて、夜なのにコートはいらないぐらい。



「モイモさん、あの話、よく考えてみてくださいね」


「個人的にはあんまり心配ないと思うんですけどね……客が入らないなら入らないで、ご主人様なら多分斜め上の解決法を思いついてくださいますよ」


「それでも、考えておくに越したことはありません」


「そうですね、じゃあ」



モイモさんも見送り、もう夜もいい時間、帰ったらすぐに寝ないとお肌に悪いかしら。


なんてことは思いつつも……暖かな風に誘われて、私の足は家の近所の飲み屋へと向かってしまったのだった。


春の気配に乾杯ね。


モイモさんも誘えばよかったかしら。






観覧日はよく晴れた温かい日になった。


ご主人様と奥方様と双子の若様方はもう席につかれてお待ちになり、後は幕の上がるのを待つばかり。


応対の方はモイモさんがそつなくこなしてくれているんだけど、ここに来て演者達が緊張でガチガチになっちゃった。


声をかけたり背中を擦ったりしてみるんだけど、なかなか心は落ち着かないみたい。


しょうがないわねぇ……でも、舞台に出るっていうのはそういうこと。


もう、やるしかないのよ。


緊張でトチっても、それが実力ってことだもの。


動きの悪い演者達の背中を押して舞台に立たせ、照明が落ちるのを合図に劇が始まった。




演目は『ハンバーガー怖い』、ご主人様が書いた新作。


女達が寄り集まって怖いものの話をしている中、ハンバーガーが怖いと言い始めた女の元にみんなでそれを持っていたずらをしに行き……


怖いはずのハンバーガーをたらふく食べたその女が、嘘をついたことも悪びれずに「ここらでいっぱいシェンカーコーラが怖い」と締める、なんとも言えない内容。



「あぁ〜♪ なんだぁ〜♪」


「この女〜♪ 全部食っちまいやがった〜♪」


「ふてぇ女〜♪」


「たばかりやがって〜♪」


「すまねぇ〜♪ すまねぇ〜♪」


「それじゃあ〜♪」


「いったい〜♪」 


「おめぇさん〜♪」


「ほんとは何がこえぇんだ〜♪」


「あぁ〜♪ あたしゃ〜♪ あたしゃ〜ねぇ〜♪」


「「「どうした〜♪」」」


「ここらでいっぱい〜♪」


「「「あどうした〜♪」」」


「シェンカーコーラが怖いねぇ〜♪」


「「「なんだそりゃ〜♪」」」



芝居のオチとともに壮大な音楽が鳴り終わり、役者みんなと支配人が舞台に上がって観客に向けて礼をした。


やっぱり緊張のせいかしら、最初はちょっと怪しかったけど、途中からはしっかりと演じ切れてたわね。


私もちょっと、彼女たちの成長にウルッときちゃったわ。


しかし、その熱演にも関わらず……



「私は面白かったよ」


「あ〜、いや〜、ま〜、こうなったか……」



満足そうな奥方様と違い、なぜかご主人様は困り顔。


なにか粗相があったかしら?


歌劇にするのもちゃんと許可を取ったわよね。



「どうした、なにか気になるところがあったのかい?」


「あ、いや、単純にびっくりしただけですよ。歌がつくとこうなるんだって」



良かった、全部やり直しって言われなくて。


そうなったら私はともかく演者達が立ち直れなさそうだもの、



「シィロ、モイモ、ちょっと来て」


「あ、はいっ!」


「はいっ!」



ご主人様に呼ばれ、前に出る。


のほほんとしたご主人様と違って、隣の奥方様は凄い空気を纏っていらっしゃる。


圧があるというか、凄みがあるというか……


元軍人だったかしら、やっぱりものが違うわね。



「劇、良かったよ」


「はいっ! ありがとうございます!」


「ありがとうございます!」


「別の演目も練習するんでしょ?」


「もちろんでございます。劇場の落成式までには三つの劇をご用意致します」


「そっか、なんか困ったこととかはない?」



好機到来だわ。


ここで上手く提案できれば、華のある役者を買っていただけるかもしれない。


そうなれば劇場は安泰、ご主人様も鼻高々、私の地位も安定、皆でいい方向に進めるに違いないわ。



「あー……実はですね、うちの劇場に、なにかほかにない特別な売りが欲しいという意見が出ていましてですね」


「そう! そうなんです! 芝居に興味のない人でも劇場に来ていただけるような売りがあればと思いまして……」


「売りねぇ……」



仮にもご主人様はトルキイバの奴隷王とまで呼ばれるお方、きっとわかってくださるはず……



「あ、思いついた」


「まぁ!」


「ほんとですか?」



ご主人様は指一本お立てになって、口の端を持ち上げながら自信満々にこう言った。



「女だけの歌劇団! これでどうだ?」



なにかしら、それ。



「女だけ? 男は入れないんですか?」


「役者にはね」


「じゃあ男の役はどうします?」


「女が男の格好してやればいい」


「えぇ〜、そんなの上手く行きますかね?」


「ま、それも試しってことでやってみりゃいいじゃん。せっかくうちは女ばっかりなんだしさ、自分とこの劇場だから文句言うやつもいないだろ?」


「まぁ、そうですね」



はっ!


やる方向で話が進んでる!


どうにかして軌道修正をしないと!


女ばかりの劇団なんて聞いたこともないし、私まとめられる自信がないわ。



「女ばかりか、それもいいじゃないか、斬新で」


「でしょう」



あ、あぁ……


鶴の一声で完全に決まってしまったわ……


奥方様にそう言われたら、この場にいる人間で否やを言える者は誰もいないもの……


もうやるしかないのね。


この間モイモさんが、ご主人様なら斜め上の解決法を思いつくって言っていたけれど、本当にその通りになったんだわ。


あまりの展開に、急に頭が重くなった気がして、慌てておでこに手を添える。


閉じた目の中には、妙に似合った男装をしている奥方様の姿が浮かんでいた。


結局、この日ご主人様の思いつきで始まった女ばかりの歌劇団がその後トルキイバを飛び出した大評判を呼ぶことになるとは……その場にいた誰もが予想だにしていなかったのだった。

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