第83話 人と人 繋ぐ祭りと 馬鹿兄貴 中編
すいませんこの話三分割になりました。
5月末発売の二巻の表紙を頂いたので公開させていただきます。
たまたまですけど、表紙もお祭りの絵ですね。
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…………………………
俺はちょっと、下の兄貴の人脈というものを舐めていたようだ。
うちの管理職候補のイスカと下の兄貴が二人で初めたお祭りの準備は、始まった次の日にはとんでもない数の人が関わる一大プロジェクトへと転がり始めていた。
イスカが手配したうちの奴隷はもちろん、兄貴の友達連中から俺の全然知らない町の人達、更には割と排他的なことで知られる白狼人族のコミュニティまで出張ってきて、毎夜毎夜本部前の通りは大盛りあがりだ。
協賛は日に日に増え続け、シェンカー通りのある中央町の店だけじゃなく、南町や北町の店や個人からもバンバン金が集まっているらしい。
一体うちの兄貴はよそでどういう話をしてきてるんだ?
一応以前の祭りで兄貴がちょろまかした法被をベースに、背中にスポンサーの宣伝を縫い付けたものを作っているようだけど。
正直こんな通り一本しか使わない祭りに出資しても意味があるとは思えないんだが……
まぁ貴族が絡むような話でもないから、ケツ持ちとしてもわりかし気楽なんだけどね。
そんな感じで勝手に進んでいた祭りの準備会から呼び出しがかかったのは、家の軒先に綺麗な氷柱ができていた寒い日のことだった。
シェンカー本部の前に設営されたテントで、なんとなくやりにくそうに町の人達と作業を進めるうちの奴隷達を見かけた。
指示を出していいのか、逆に指示を受けていいのかを迷ってギクシャクしているように見える。
普段は比較的上下関係のはっきりした組織の中で動いてる連中だからな、ああいう探り合いから始めなきゃいけない集団に入るとやりにくいんだろう。
俺もああいうのは苦手だったなぁ……
和気藹々と協力してっていうのは、普通に言われただけの仕事をやるよりも疲れるような気がしたものだ。
まあ、今でもあんまり変わってないんだけど。
なんてことを考えながらイスカに連れて行かれた先では、多分そういったことでは一度も悩んだことがないであろうコミュ力おばけがニコニコ笑顔で俺を待ち迎えていたのだった。
「目玉企画ぅ?」
「そうそう、なんかさ、わぁっと楽しくなれるようなやつないかなぁ。せっかく去年から始まったばっかりの新しいお祭りだってのに、歌って踊ってはいおしまいってのは寂しいよね」
のんきな顔の兄貴がそんな事を言いながらわっと宙に手を広げるが、いちいちそんなことで呼び出さないでほしいなぁ。
「そんな急に言われてもなんにも出ないよ」
「んなこと言わずにさぁ、あの野球みたいなやつをさぁ~」
「あれをシェンカー通りでやるのは難しいなぁ……」
「だからさ、それっぽいことでいいんだよ。みんなで楽しめること、頼むよぉ~」
俺のことをなんでも出てくる打ち出の小槌だとでも思っているのだろうか、兄貴は両手で掴んだ俺の腕をグイグイ揺すりながら駄々をこね続ける。
兄貴の椅子の後ろに立っていたイスカは困ったような顔でこっちを見ているが、別段止めてくれるような様子もなさそうだ。
くそっ、あの消極的な性格はどこかでなんとかしてもらわなきゃいかんな。
「だいたいさぁ、兄貴はどういう祭りにするつもりなんだよ」
「え? そりゃあモグラの神殿のお祭りだから、よくお参りに来てる冒険者とかが楽しめる明るいお祭りかなぁ」
「冒険者ねぇ、賞品でも出して殴り合いでもさせとけば? 盛り上がるでしょ」
「殴り合いってお前さぁ、けが人が出たらどうするんだよ」
けが人ねぇ、たしかに俺が治療しなきゃならなくなったりしたら面倒だしな。
荒っぽい人たちが盛り上がること、盛り上がること……
興行……年末……テレビ……
「あ」
「なんかおもいついた?」
「いや、怪我しなきゃいいんでしょ」
「なにが?」
「殴り合い」
そう、前世にはあったじゃないか、大の大人が殴り合っても体が欠損しない立派なスポーツが。
きょとんとする兄貴とイスカに、しどろもどろに『ボクシング』の概念を説明した俺は、とにかく一度やってみようと話をまとめて家路へとついたのだった。
うろ覚えだけど、なんとなくルールは覚えてるし、多分大丈夫だろう。
その翌々日、俺はさっそく我が家の革工場に作らせたヘッドギアとボクシンググローブと革製マウスピースを持参して祭りの準備会へとやってきていた。
別に意気揚々とってわけじゃない。
俺の話に興味津々になったうちの嫁さんに、グイグイ背中を押されてやって来たのだ。
基本的に荒っぽいことが好きなんだよなこの人。
「足首と足首をロープで結んで殴り合う決闘はしたことがあるが、純粋に拳だけの決闘というのは初めて見るな」
「なんでそんなに楽しそうなんですか?」
「なぜって、人の喧嘩というのは古くから存在する立派な娯楽だよ」
暇を持て余した田舎のヤンキーのようなことを言うローラさんは一旦置いておいて、俺は下の兄貴とルールの再確認だ。
兄貴から話を聞いていたのか、周りには準備会の面子が人だかりになって集まっていた。
「使っていいのは拳だけ、目潰し金的はなしだよ」
「それでこの手袋つけて、頭の鎧つけて、まうすぴーすってやつを口にはめるの? 手袋と頭のやつはいいけど、口のやつは何のためにつけるんだ?」
「わかんないけど、歯が折れないためじゃない?」
「なんでお前がわかんないんだよ~」
「ないよりいいでしょ、歯の鎧だって言っときなよ」
脇腹をつついてくる兄貴に
サイズは適当だ、元より知るわけがない。
四角けりゃなんでもいいだろ。
そうしていたらその周りに見物人達が群がってきたので、自然と人垣がリングのようになってしまった。
その人垣を割るようにして、ヌウッと姿を表したのは長大な金のリーゼント。
色付き眼鏡をかけたイカツい兄ちゃん、兄貴の
「サワディさん、こりゃ~どうも~ご挨拶が遅れまして……」
「ファサリナ先輩、どうもお久しぶりで」
この人は外見はアレだが、普段は実家の馬宿できっちり働いている真面目な人なのだ。
騒ぐのとお酒は好きだけど、悪い人ってわけじゃあない。
だいたいこの世界は槍持った冒険者がウロウロしてるんだぞ、ヤンキー的なソフトな悪人なんか街に存在できないんだよ。
ヤンチャ者はだいたい軍に行くか冒険者になるか、身の程を知って真面目になるからな。
「サワディさん、もう身分が違うんですから先輩は……」
「あ、ごめんなさい……それとこちら、うちの奥さんですけど、今日は一つ私人扱いということで……」
「あ、どうも……」
ペコペコ頭を下げる先輩に、ローラさんは薄く笑って首をかしげるように会釈した。
こう言っておかないと平民は私語すらしづらくなっちゃうからね。
先輩に遅れて人垣の中から出てきた兄貴が「先輩がぼくしんぐ、試しにやってくれるってさ~」なんて気楽に言っているが、仮にも世話になってる人にそんなこと頼むなよ……
「えっと、じゃあもう一人は……」
「あ、そっか二人いるんだよね。俺やだよ」
「兄貴にゃ頼まないって。誰かいないかな、と……おっ! ローラさん、あれローラさんの
「ああ、そうだな。リーブラー! ちょっと来てくれ!」
ローラさんが声を上げると、人混みの中にいた口髭を生やした中年の男が、周りの人をかき分けるようにして俺たちの前に現れた。
「ここに!」
妙に様になる姿勢で跪く彼に、ローラさんは「そこの紳士と殴り合いをしろ」とだけ短く告げた。
いやいや、それじゃわかんないでしょ。
俺が詳しいルールを説明すると、熱心に話を聞いていた彼は
「使っていいのは拳だけ! 転んでからみっつ数える間に立てなかったら負け! 金的は禁止! ……ですよ」
「おう!」
「かまいません」
レフェリー役のイスカの言葉に二人が答え。
はじめ! と声が飛んだ瞬間……
「ぅおらぁ!!」
と野太い気合の声とともに、リーブラーの目にも留まらぬアッパーカットがファサリナ先輩の顎を正確にかちあげていた。
一瞬ふわっと地面から浮き上がったように見えた先輩は、そのまま白目を剥いて支えを失った人形のように崩れ落ちてしまった。
「うわーっ!」
「やべぇってサリちゃん!」
「顎割れてないか? どうだ?」
スリーカウントと同時に仲間たちに一斉に囲まれたファサリナ先輩だが、一瞬意識が飛んでいただけのようですぐに目を覚ました。
「うちの婆ちゃんが……俺の手を引いて……」
「サリちゃんまだ婆ちゃん生きてるよ!」
頭が揺れたのか多少意識の混濁は見られるようだが、強かに殴られた顎も割れていないみたいだ。
俺が適当に指示したせいなのか、かなり大きめなグローブになってしまったのが良かったのだろうか、それともグローブの中に入れたゲル状の魔物の素材が効いたのだろうか。
異世界製のボクシング道具はかなりの衝撃吸収性を持っているようだ。
これなら冒険者同士が殴り合いをしても大丈夫そうだな。
「リーブラー」
「ははっ!」
「ご苦労さま」
俺が差し出した銀貨三枚を丁寧に受け取った彼は、うちの兄貴に手早く装備一式を渡して人混みに消えていった。
「なかなか鍛えていたようだ」
「そうなんですかね、冒険者っていうのはああいうものじゃないんですか?」
「冒険者も皆が皆ああいうふうに戦えるわけじゃない。普通の人間と変わらないのもいれば、魔法使い殺しだっているのさ」
「へぇー」
冒険者がピンからキリまでいるのはわかったが、実際冒険者と町民が戦えばさっきのような状況になる確率は高いだろう。
お祭りとはいえ冒険者に挑むような町人がそうそういるとは思えないが、一応注意喚起はさせるようにしよう。
それから一応ファサリナ先輩に回復魔法をかけて、俺とローラさんは活気溢れる準備会を後にしたのだった。
あっという間に時は経ち、いつの間にやら祭り当日の朝になった。
ローラさんは夕方から参加するそうで、俺は一人でシェンカー本部前へとやって来ていた。
超巨大造魔建造計画も止まってるし、俺ぐらいは朝から参加しとかないと悪いしな。
ちょうど現場ではステージやリング作りを行っているようで、性別年齢人種問わず、皆が力を合わせて最後の準備に取り掛かっていた。
普段ならこういう場でもシェンカーの身内だけで集まっているような連中も、ここ何日かの準備で仲良くなった人達と混ざって笑い合いながら過ごしているようだ。
ああいう光景はこれまで見たことがなかったかもしれない。
そうか……うちの奴隷たちがどれだけ街の人たちに必要とされて働いていようと、所詮は移り住んで数年の新参者ばかりだものな。
ほんとはもっともっと早い時期にこうやって半ば強制的に地域に混ざり込むイベントってのが必要だったのかも。
あるいは俺がジモティとしてもっと架け橋になってやるべきだったのかもな……
ま、次からは気をつけるとしよう。
シェンカー本部の入口横にでんと構えられた準備会の本部に顔を出すと、中には杯を片手にごきげんな下の兄貴のシシリキと、なぜいるのかわからないが上の兄貴のジェルスタンが陣取っていた。
「お、来たか~」
「座れ座れ、酒ならあるぞ」
「え、ていうかなんでジェル兄までいるの?」
「うちの商会もお金出してるお祭りだから、顔出しとけって言われて来たんだ」
「顔出せってのは弟と酒飲んでろってことじゃないと思うよ」
「そうなの? まあ後で親父も来ると思うしいいじゃない」
よくはないと思うが……
図らずもシェンカーの兄弟三人が勢揃いしてしまったな。
むさくるしいけど、特別仲の悪い兄弟ってわけじゃないからいいんだけどね。
実家にいた頃も、よく親父に「お前達兄弟は仲がいいことだけが取り柄だ」って言われてたし。
「あれ、そういやイスカは?」
「虎のおねーちゃんね」
「イスカは今最後の確認って言って色んなとこ回ってるよ」
「猫人族は色んな見た目の子がいていいよなぁ」
「シシ兄は手伝わなくていいのかよ」
「俺? 始まるまでお酒でも飲んでてくださいって言われちゃったよ~」
そう言いながらケタケタ笑う下の兄貴だが、まあ実務で必要とされてるわけでもないし別にいいのかもな。
それにしても、すげぇ酒瓶の数だな……いつからやってるんだ?
「兄貴達何時から飲んでんの?」
「昨日から前夜祭って言って手の空いたみんなで酒飲んでたからわかんない」
「おいおい、それでいいのかよ」
「だってどんどん差し入れが届くんだもん」
だもんじゃねぇよ。
「俺は朝からだぞ」
上の兄も何やら誇らしげにそう言うが、朝から酒のんで威張ってんじゃないよ。
これはさすがに俺まで酒飲んだら収拾がつかんな。
「俺ちょっとイスカのとこ行ってくる……」
と、テントからエスケープをかまそうとした瞬間、外から人が入ってきて中へと押し戻されてしまった。
入ってきたのは両手に酒瓶を持った、俺と同い年ぐらいの男だった。
「おはようございます! 西町の蹄鉄屋キシウなんですけど、これ差し入れでお酒……」
「キシウさんとこの丁稚さん! ささ! 入って入って!」
「乾杯しよう、乾杯!」
目を剥くような手際の良さで杯を用意する兄貴達には悪いが、俺は俺でやることがあるんだ。
うちの連中が働いてるわけだし、顔ぐらい出しとかないと……
「いや俺はちょっとイスカの……」
「サワディもほら、一杯だけ、な。せっかく差し入れを頂いたんだから」
「いやイスカ……」
テントから出ようとする俺の上着の裾をガッチリ掴んで放さない上の兄貴に、まあまあと引き戻される。
「あー、もう注いじゃった、こりゃ飲み干さないと失礼だ」
「……じゃあ、まぁ一杯だけ……」
どうにもシラフでは帰して貰えそうにない。
一杯だけなら、まぁいいか。
なんて思って椅子に座ると、その瞬間またテントに人が入ってきた。
「ちわー! 東町の布屋ベデルでーす! シシリキ、これ差し入れ! 酒! 酒!」
「おーベデルの跡取り! 入って入って! 今乾杯するとこだから!」
「あれ!? なんかいっぱい人いるなぁ、もう始まってたのか? 差し入れに酒買ってきたんだけど飲む?」
「マクシミリアン! 来てくれたのか! こっち座れ!」
なんだかんだと逃げ遅れているうちにあっという間に収拾はつかなくなり、差し入れを持ってくる人の流れは止まることがなく……
結局お祭り開始の時間まで、兄貴達とその友人達と楽しく飲んでしまった俺なのだった……
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