第76話 一目でも 会いたい娘 医者になり 後編
第一巻は12/28日発売です。
店舗特典とかもありますので、そこらへんとか表紙の画像とか纏めて活動報告に上げておきます。
…………………………
翌日、私と妻は朝から娘に連れられてトルキイバを歩いていた。
大通りへと向かう途中で、昨日立ち寄ったマジカル・シェンカー・グループ本部の方にすごい人集りができているのが見えた。
炊き出しかなにかでもやっているのだろうか?
「すごい人だなぁ」
「そうねぇ」
「あれはねぇ、人手を借りに来る人達が集まってるんだよ」
「なんだ、手配師のようなこともやっているのか?」
「そうそう、精肉工場ができてからは派遣できる人数も少なくなっちゃってさ、そのせいかもう毎日人手の取り合いなんだよね」
「ふぅん、うちの近所じゃ働き口がなくてみんな国の農場に行くか冒険者になるっていうのに、不思議なもんだなぁ」
「うちの商売は老舗のシェンカー家の看板でやってるからね、よその人が同じような商売をしようとしたら大変だと思うよ」
「そういうものか」
それからしばらく歩いて辿り着いたのは、緑と白に塗られた小洒落た喫茶店だった。
店の外にまでテーブルや椅子が並べてあって、そこでは不自然なほどに着飾った男女が仲睦まじく歓談している。
はたして私や妻のような田舎者丸出しの服装の者がこんな店に入ってもいいのだろうか。
「ほらほら、何してんのさ、早く入ろう。ここもシェンカーの店なんだよ」
「おいおい、こんなすごいとこ、この服じゃあ入れないよ」
「そうですよねぇ」
妻と顔を見合わせて苦笑したが、結局「大丈夫だから」と娘に手を引かれて店内へと入ってしまった。
昼間だというのに魔具のランプで煌々と照らされた店内は落ち着いた内装で、外の席とは違ってご老人や子供連れの女性の方なんかもいるようだ。
良かった、客の着ている服も上品なものが多いが外と比べれば普通の部類だ。
ここならば私と妻もそう浮くという事はないだろう。
「オピカじゃん、いらっしゃい」
「おはよう」
知り合いなのだろうか、親しげに娘と挨拶する店員さんは、まるで歌劇から出てきたかのような衣装を身に纏っていた。
一体ここはどういう店なんだろうか?
これまでの人生で入ったことのない種類の店だ。
「朝食三つお願い、飲み物は……珈琲と紅茶があるけど?」
「私は紅茶を貰おうかな」
「じゃあお母さんには珈琲をお願い」
「珈琲二つと、紅茶一つで」
「かしこまりました」
娘は流れるように注文を済ませ、机の脇の品書き立てから紙束を取り出した。
なんだろうか、細かい字がびっしりと書いてある。
「オピカ、それはなんだい?」
「ああ、これは仲間がやってる新聞だよ。他愛もない噂話ばっかりだけど、週に一回出回るんだ」
「ほぉ、新聞か」
「オピカもそういう難しいものが読めるようになったのねぇ」
周りを見回すと、一人で来ている客はみんな新聞を読みながら食事をしていた。
少なくともこの店に来られる客は全員教育を受けているということか、敷居が高そうだな。
私もなんとなく品書きを手に取ってみると、一面に見慣れない単語と小さな絵が並んでいた。
聞いたこともないような、高い料理ばかり。
今頼んだ朝食だって、普通の店ならばきちんとした夕食が食べられる値段だ。
うちの娘はこんなところに通っていて大丈夫なのだろうか?
たぶん物価が違うと稼ぎも違うのだと思うが……余計な事だとは知りつつも、心配は絶えないものだな。
「何か面白い事は書いてあるの?」
「トルキイバ外壁の拡張工事が始まったんだって、人足が集められてるみたい」
「へぇ、ハナイエラの街はあなたが生まれる十年も前に拡張したっきりねぇ」
「おお!あの時は私も煉瓦を積みにいったものだ。そうそう、その現場でだな、ある日朝もやの中を仕事に出たらだな……」
「その話もう何回も聞いたよ~、現場監督かと思って近づいたら血眼猿だったんでしょ」
「そうなんだよ、みんなで大声上げながら逃げ出してね、すぐ冒険者が来てくれたから良かったんだが……」
懐かしいな、子供の頃の娘はこの話を何度もせがんだものだ。
「お待ち~、はい新聞どけて~」
「あ、ありがとう」
大きなお盆を手に戻ってきたさっきの店員さんが、机の上に食事と飲み物を並べていく。
皿には湯気の立つ大きなパンが二つ、分厚いベーコンに、ゆで卵、縁にはたっぷりと掬われたバターが贅沢にゴロっと置かれている。
そしてスープカップには黄色いとうもろこしのスープ、うまそうな匂いだ。
しっかりした食事だ。
これを見ると、高い値段もちょっと割高ぐらいに思えてくるな。
「さ、食べよ食べよ」
娘はそう言って、新聞を品書き立てに戻す。
さて、私も頂こうかな。
うん、うん、このスープは舌触りがきめ細やかで素晴らしい。
値段はともかく食事は文句なしだな。
食事を取った後、私と妻はまた娘に連れられて街を歩いていた。
目抜き通りを渡り、子供たちの走り回る広場を通り抜け、救貧院の坊主の説法を聞き流し、込み入った路地へと入っていく。
どこに行ってもぎょっとするほど沢山の人がいて、たしかにこんなにも人が多くては都市の拡張もやむなしだと思えるな。
何本目かの細い路地を抜けたところで、急に少し大きい道に出た。
道路の向こう側には高い簡素な木の壁がどこまでも続いていて、その前には腰に剣を吊り、手槍を持ち、
なんか、やばいところに出ちゃったなぁ。
「おーい」
なるべく目を合わせないようにしようと思っていたら、娘が急に女達に手を振り始めた。
「ちょっ、オピカ……何を……」
「あれも仲間だよ」
「ほんとか? 嘘じゃないだろうな?」
「嘘なんかつかないよ」
ちょっと怖い女達の中から一人の犬人族がこちらへ近づいてきて、娘の顔を覗き込んだ。
近くで見るとどきっとするようなむき出しの槍の穂は磨き上げられ、日光をぎらりと跳ね返している。
こんな連中をあんなに配置して、一体あの壁の中には何があるんだろうか?
「あんだよ、誰かと思ったら隊長の友達じゃないの」
「今日はルビカに用事があって来たんだ」
「ちょっと待ってな、呼んできてやるから」
「ありがとう」
そう言って、女は小走りでどこかへと行ってしまった。
「オピカや、一体あの向こうには何があるんだい?」
「うーん、水遊びのための溜池かなぁ」
「そんなものを守るためにこんなに厳重にしているのか?」
「これからもっと色々作るって言ってたけどね」
それにしても過剰じゃないだろうか?
「ああ、でも警備部の人達はここ以外にも色々請け負ってるみたいだよ」
「あの格好でかい?」
「そうそう、夜のお店とか、貴金属店とか、問題が多いところに頼まれて警備や揉め事解決に人を送ってるみたい。評判いいんだってさ」
街の店のケツ持ちまでしているのか、やっぱりやっていることはギャングと同じじゃないか。
あのシェンカーって家は本当に大丈夫なんだろうか?
「あっ、ルビカーっ! こっちこっち!」
「オピカ、どうした?」
犬人族と入れ替わりでやってきたのは、青い毛を持つ狼人族の女の子だった。
手槍こそ持っていないがこの子も雰囲気が物凄く剣呑で鋭い、刺さるような目つきだ。
「紹介するね、この二人が私のお父さんとお母さん」
「あ……ど、どうも、オピカの父です」
「オピカの母です、よろしくねルビカちゃん」
狼人族の子は拳二つ分ほどの近さからフンフンと鼻を鳴らして私と妻を
一般人の私にとっては迫力がありすぎる、胃が痛くなってきた。
「私とルビカはね、一緒の便の同じ馬車でトルキイバに来たんだ。ルビカがいなかったら、私はここに立ってなかったかもしれないんだよ」
娘は頭一つ分低いルビカさんの肩を抱いて、自分の方に引き寄せた。
「む」
ルビカさんは目を細めてうっとおしそうにオピカを睨むが、娘は気にした様子もない。
なんだ、そうだったのか。
なぜ娘がこのおっかないお嬢さんと知り合いなのか疑問に思っていたが、そういうことならば納得だ。
「……ルビカさん、お礼を言わせてくれ。娘をトルキイバに連れて来てくれて、どうもありがとう」
「私からも、どうもありがとうねぇ」
「問題ない、私こそオピカがいなければ死んでいただろう」
ルビカさんはどっしりと腕を組んで鷹揚に頷いた。
「ルビカちゃんと私はね、姉妹盃を交わした義姉妹なんだよ」
「そういう事になっている」
盃!?
やっぱりギャングなんじゃないか!
「まあまあ! じゃあルビカちゃんも私の娘ね。飴食べる?」
「いらない」
うーん、私はついていけないが、妻はいきなりルビカさんの頭を撫でているな。
やはりこういう時は女の方が肝が座っているという事なんだろうか。
いや、単純に深く考えていないだけか?
まあどちらにせよ娘の恩人だ、ギャングだろうと、チンピラだろうと、ありがたい人である事には変わりない。
頭を撫でるというわけにはいかないが、今後娘のために祈る時には、同じように彼女の事も祈るようにしよう。
仕事に戻ると言うルビカさんを見送り、私達と娘はまたトルキイバの街を歩き回った。
恐ろしく立派な魔導学園に、愛らしい動物が沢山いるどうぶつ喫茶、娘の友達が出演しているという小さな芝居小屋、地元では見られない華やかな場所ばかりだ。
翌日からは娘は仕事でいなかったが、妻と共に様々な場所を巡り、夜には娘と食事を共にした。
そのたびに違う友達を連れてきては紹介してくれて、不思議なほどに広い娘の友好関係に舌を巻いたものだ。
そうして楽しい時間はあっという間に過ぎ去り、帰りの便の日がやってきた。
私達の利用する国が運営している乗合馬車は一般の馬車よりも圧倒的に安全だが、値段が割高で予約もなかなか取れないのだ。
今日を逃すと、もうしばらくの間は地元へ帰れなくなってしまう。
滞在の延長はできない、できないのだ。
「がえらないでよぉ~!!」
「オピカ、お前ももう大人なんだ、聞き分けておくれ」
「だめですよオピカ、今生の別れというわけではないんですから」
「もっど色んな所連れていぎだがっだのに! あぎになっだらお祭りだっであるのに!」
「オピカうるさい」
「いだい!」
見送りにやって来てくれた娘の義姉妹のルビカさんが、オピカのお尻をピシャンと叩いた。
夏だと言うのに真っ黒の私服に幅広の長剣を腰に吊った彼女は、相変わらず餓狼のような鋭い目つきをしていた。
彼女も奴隷としてここに売られて来たんだ、きっと私などには思いもよらぬような事があったのだろう。
娘はこうして私達と再開を果たせたが、この街にひしめくシェンカーの奴隷の子達の中の一体どれだけがまた親と会えるのだろうか。
いや、会いたくないという子も多いのかもしれない。
今日ここから離れる私達にはどうにもできない事で、どうにもならない事だ。
苦々しい思いを振り切るように、ぐすぐすと泣きべそをかく娘の手を強く引いて抱き寄せる。
今目の前に、この子がこうして無事でいることだけが全てだ。
夏の日差しよりも熱い、私達の娘の体を、強く強く抱きしめた。
娘の健康を、無事を祈って、もう片腕では抱けなくなった彼女を強く、強く抱きしめた。
遠く離れた東の地からでも、この祈りは彼女に届くだろうか。
何かが零れそうになって、思わず上を向く。
群青色の鳥の群れが朝日に向かって飛んでいくのを、何かが引っ込むまで、じっと見ていた。
…………………………
次回やきう回
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