第63話 北風に 心引かれて 仰ぎ見る

最近、魔道具作りの手習いを始めた。


「造魔学と魔道具学の融合」とかぶち上げて魔道具の専門家を招聘したのはいいが、結局一人ぐらいはほどほどに両方できる人間が必要だとわかったからだ。


今のところお互いにどんな技術があって、何に使えるのかも不明なわけだからな。


専門知識が口伝な世界の学問ってのは本当に大変だ、インターネット百科事典のありがたみを異世界で知るとは思わなかったよ。


まあでも、俺も正直魔道具には興味があったんだけど、うちの学園には魔道具の研究者がいなくて諦めてたってところもあるんだよな。


実益のある仕事だ、一石二鳥だと思おう。




「ふぅーん、カンディンナヴァね。聞いたことはあるが、攻め込んだことはないな」


「そりゃ旧クラウニアとはまだ休戦協定の期間があるのに、ローラさんが攻め込んだことがあったら問題ですよ」



ローラさんは俺の作ったストーブの魔道具で溶かしていたロウを手紙にたらし、その上に封蝋印をそっと置く。


これは俺が頼んで書いてもらっているもので。


奴隷達の交易隊が各地で貴族や公僕に止められたときに、スレイラ家の名でもって身分を証明してくれるお守りだ。


正直北に日本人の手がかりが湧いて出た今、できる事ならば俺が直接現地へと向かいたいが……


残念ながら、俺は陸軍の首輪付きの立場なんだな。


非公式ではあるが王族の関わる仕事を持っている今、とてもトルキイバからは離れられない。


俺は故郷の事よりも、家族の事を選んだんだ。


後悔はしないだろう、多分な。



「ほら、主要な街の代官や貴族宛の手紙だ」


「ありがとうございます」


「なに、私が君をここに縛り付けているようなものなんだ、これぐらいはお安いご用さ」



ローラさんはなんとも言えない表情のまま、冷ました封蝋印を拭う。


俺はストーブにかけていた薬缶からポットにお湯を注ぎ、空になった彼女のカップをお茶で満たした。



「ローラさんが気にすることじゃありません。僕の個人的な感傷ですから」



その言葉を聞いたローラさんは、いつもハッキリした彼女としては本当に珍しい事に、口をむにむにと動かしてため息をつく。


そして窓の外に見える空の雲を見つめながら、低い声で言った。



「十五の男の個人的な感傷を通させてやれん自分が、どうにも恨めしいということだ」



彼女は胸ポケットを探り、煙草のないことを思い出したのか、苦々しい顔でお茶を飲み干した。



「ローラさん、僕は前に言いましたよね」


「む」


「前の世界に帰れたとしても、帰らないって」


「ああ」



ローラさんの手を取る。


冷たくなった手が、少し震えていた。



「僕が今生きている場所は、このトルキイバなんです。僕がいるべき場所は、家族のいる場所なんです」


「だが……」



彼女の気遣わしげな視線が胸に痛かった。


俺にだって、余計な心労をかけているという自覚はあった。


ローラさんは決して器用な方じゃない。


夥しい勲章の数に見合った、冷徹な人間兵器というわけでもない。


線引の内側に入った人間に対しては、むしろ計算ずくで物を考える事のできない人だ。


以前彼女は、自分は実家を勘当されたと言ったが、そんなはずがない。


魔臓をなくすほど戦った人間が身内にいることは、この国では誉れなのだ。


武門の家であるスレイラが、そんな彼女を追放する事なんかありえない。


たぶん、彼女は家族に、痩せて、老いて、枯れるように死んでいく自分を見せたくなかったんだろう。


家族の記憶の中の自分には、強く美しいままでいてほしかったんだろう。


だから、自ら家を去った。


それは彼女の高潔さでもあり、どうしようもない弱さでもある。


そんな、弱い彼女の目が言っていた。


「重荷になっているんじゃないか」と。


「私はここにいていいのか」と。


瑠璃色の瞳が、小さく震えていた。


俺は彼女の手の甲に、拝むようにして額をつける。



「ありがとう、でもそれはローラさんの気に病む事じゃないんです」


「…………」


「北に行かないのは僕が選んだことなんです、ローラさんのせいじゃないんです」



椅子から立って、うつむく彼女の頭を抱きかかえるようにして言った。



「ローラさんはお姉さんらしく、ドーンと構えててください。僕はどこにも行きませんから」



うん、と一声帰ってくる頃にはストーブの魔結晶は尽きていたが。


二人共、不思議と寒さは感じなかった。






来週出発予定のトルキイバ・タラババラ交易隊の結成で、少々問題になっていることがあった。


交易隊の代表や馬車を護衛する護衛団の選別で、冒険者組が自薦他薦の大騒ぎとなったのだ。


私が、ボクが、いやあたしが、お前は雑魚だから駄目だ、あいつが行くぐらいならあたしの方が、と大荒れで。


よし、なら腕っぷしで決めようじゃないかとなったのが昨日。


そして開けて翌日の今日、いつもの劇場建設予定地には、シェンカーの冒険者組がほとんど全員集結していた……


俺もたまたま今日は休みだったので、暇なローラさんと一緒に見物にやってきた。


ちなみに交易隊の代表は、揉め事もなくすぐに決まったんだけどね。


管理職候補のジレンだ。


彼女は今回の旅から帰ってきたら正式に管理職になるそうで、やる気も満々。


今もリングに使うために水を抜いたプールの真ん中で、拡声器を持って仕切りをやっている。



「いいわねーっ!?今日勝ち残った一人が護衛団の団長になる、あとの団員はその子が決める!」


「おーっ!」


「やれやれーっ!」


「ジレンも戦うのかーっ!?」


「そんなわけないでしょ!私を守る人を決めるんだってば!」


「どういうこと?」


「さあ?」



ジレンもまだまだ貫目が足りないようで、周りの奴らにヤジられて進行が途切れている。


まだまだ不慣れな事だししょうがないか。


今日は身内だけだし、ゆっくり仕切りにも慣れてもらったらいい。


外は寒いが、俺とローラさんは俺が手習いで作った魔道ヒーターマットの上に座り、魔道温毛布をかけ、魔道ケトルでお湯を沸かしてお茶を飲んでるから快適だ。



「君、いつの間にかなんでも作れるようになったな」


「なんでもは無理ですよ、まだ温めるものだけです」



とはいえ便利は便利だ。


温度調節が出来ないから、熱くなってきたら外気で冷ましたりして調整しないといけないけどな。



「お前ら聞けーっ!」


「おーっ!ロースの姐さん!」


「いよっ!今日もトサカが立ってるねぇ!」



プールの中では、ジレンが赤毛の魚人族のロースに拡声器を奪われてしまっていた。


拡声器を取られたジレンは、しょんぼりしながら邪魔にならないところに移動してしゃがみこむ。


しょうがないな。


何事も経験だ、これからこれから。



「寒いから手っ取り早くやっちまおうじゃないか。自薦でも他薦でもいい、我こそは!こいつこそは!ってやつが居たらここに集まりな!」


「おおーっ!」


「あたしだーっ!」


「やるべーっ!」


「ほらマァム!行きなさいよ!」



ロースの前には続々と冒険者組が集まり、二十名ほどのエントリーがあったようだ。


もちろん初期メンバーのケンタウロスのピクルスと、鱗人族のメンチもいる。


鳥人族のボンゴは勝負を相棒のピクルスに託して応援に回るようで、なにか旗のようなものを懸命に振っていた。



「こんだけいりゃあ十分だろ。いいか!二人づつ戦って、勝ったほうが残る!残った奴らが戦って、また勝ったほうが残る!最後に残ったやつの勝ちだ!」


「賭けろ賭けろーっ!胴元はストーロまで!今のうちだよ今のうちだよーっ!」


「頑張れよーっ!ラフィーッ!」


「マァムーッ!あんたに賭けるからねーっ!」



プールのへりは応援者と博徒とで大盛りあがりだ。


冬はイベントが少なかったからなぁ。


もっと何か楽しみを考えてやるべきだったか。



「ジレン、しっかりやれよ」


「はい」



背中を丸めていたジレンも、ロースに拡声器を渡され、背中を叩かれて多少は気を取り戻したようだ。



「最初の二人は決まった?それ以外の人はプールから出て!」


「よっしゃあ!」


「楽勝だ!」



持ち手以外に綿入りの布を巻いた訓練用の竹槍を持って、鱗人族と狼人族がプールの中央に移動する。


そして構えることすらなく、急に打ち合いが始まった。



「始め!って言ってから始めてよぉ」



力ないジレンの声に、遅れて鳴った開始の銅鑼が重なった。


カッ!コッ!ボコッ!と戦いの音が響く中、俺とローラさんはパウンドケーキを食べ、お茶を飲む。


当人達には悪いが、意外と迫力があって見ている方は結構楽しい。


ローラさんも楽しんでいるようで、腕を振り上げて盛り上がっていた。




その後も試合は続き、何試合目かでついにマジカル・シェンカー・グループの長、鱗人族のメンチが舞台に上がった。



「メンチさーん!」


「頑張ってくださーい!」



周りからは声援が飛び、賭け札なんだろうか色付きの棒を握りしめた連中はかぶりつきで騒いでいる。


相手は羊人族のマァム。


槍の上手で、俺も一回演舞を見たことがあるが結構な迫力だったのを覚えている。


その彼女が槍を扇風機のように回しながらメンチと距離を取るが、メンチは意にも介さず近づいていく。


側頭部を狙った強烈な打撃を左手の鱗の生えた指先で反らし、弾き、叩く。


硬質な、チャリッ!チャリッ!という音がこっちまで聞こえてくる。


焦ったのか、マァムがメンチの足元に槍で払いをかける。


しかしメンチはそれを踏みつけ、槍を握っていない左手でモコモコのマァムの髪を掴んで地面に引き倒した。


あー、痛そう……


実力差があると槍を交えることすらないのかぁ。



「どうでした?」



隣で毛布の端をくしゃくしゃ揉んでいたローラさんに聞くと。



「鱗人族に打撃は効かんよ、槍に刃がついてないのが厳しかったな」



と、至極真面目なコメントが返ってきた。


このイベントもローラさんに解説してもらったほうが面白かったかもしれんな。


またこんなことやる機会があったら打診してみよう。




そしてまた可もなく不可もなくな数試合が過ぎ、どこかからひときわ大きな歓声が響いた。


ケンタウロスのピクルスの入場だ。


すり鉢状のプールをぐるぐる回るようにして底へと向かう姿は大迫力で、ちょっとだけ前世の競馬を思い出した。


相手は猫人族の小柄な剣士、ガブリッコ。


布を巻いた木剣を持った長い尻尾の彼女は勇猛果敢にピクルスに飛びかかり……


そのまま張り手で叩き落されて撃沈した。


さすがにこれは無理だ。


力も体重も違いすぎる。



「あれは真剣でも正面からでは話にならんな」



ローラさんもこう言ってるし、ガブリッコはトーナメント運が悪かったのかな。


せめてこちらに運ばれてきたら、念入りに再生魔法をかけてやろう……




魚人族のロースの試合は、金髪の猪人族の子が相手だった。


正統派に槍で打ち合いをやっていたかと思えば、いつの間にかロースが腕を絡め足を絡め、相手の後ろを奪って首を取りコブラツイストの体勢に持ち込んだ。



「あっ!いててててててててっ!なんだこりゃ!いてててて!」



猪人族の子の叫びがここまで聞こえてくる。


そういやコブラツイストに限らず、関節技とかプロレス技とか、昔色々と教えた気がするなぁ。



「あれ、君が教えたのかい?」


「多分ですけど、はい」


「異世界じゃ、ああいう組打ちが流行ってるわけだ」


「別にそういうわけじゃないんですけどね……」



結局猪人族はギブアップし、あっさりとロースの勝ちとなった。


意外とああいうプロレス技とかも、そもそもの存在を知らなきゃ普通に食らっちゃうのかもな。




あっという間にトーナメントは進み、準決勝になった。



「ピクルスさーん!勝ってくださーい!あたしの酒代のためにーっ!!」


「メンチさん!お願いしますよ!配当あったらバックしますから!」


「素寒貧で今月どーしよっか」


「休みの日にバイトするしかないんじゃない?」



博徒の群れも悲喜交交といった様子だが、どれだけ金がなくても飯と寝床には困らない環境だからか、負けても割とあっけらかんとしている。


準決勝はメンチ対ピクルスと、ロース対ラフィ。


ロースの相手のラフィは小柄な犬人族で、彼女がグラディウスを持つと大剣に見えると言われている有名人だ。


ここまで残ったことからもわかるが、実力は確かな事には間違いない。



「それでは!メンチ対ピクルス!始めっ!」



ぐわぁ〜んと銅鑼が鳴り、電光石火の速さで飛び出したメンチが竹槍をピクルスに突き出した。


しかし、槍の穂先はピクルスの腹に触れることはなかった。


彼女が手で槍を掴んで、完全に停止させていたからだ。


そのままピクルスが腕を振ると、槍を掴んでいたメンチは水平に十メートル以上もふっ飛ばされてゴロゴロと転がった。


皆が無言で見守るが、メンチは立ち上がってこない。


完全に失神しているようだった。



「勝者!ピクルス〜ッ!」


「お、おー……」


「すげーっす!ピクルスさん!」


「これ、決勝いるか?」


「しっ、聞こえちゃ悪いだろ」



ピクルスのあまりの圧勝っぷりに、ロースとラフィは顔を青くしていた。


ケンタウロスやべーって、やっぱ人間とは膂力が全く違うわ。



「やはりケンタウロスは強いね」


「まあ、はい」


「ま、ピクルスはその中でも特別製だと思うが」


「そうなんですか?」


「私もあそこまでの剛力は見たことがないよ」



ローラさんはいかにも楽しげにくすくすと笑う。


プールの底ではゆるふわな栗毛を風になびかせたピクルスが、みんなから褒められるのにペコペコ頭を下げていた。




ニ位決定戦、もといロースとラフィの試合は長丁場になった。


なんせ小型の犬人族ラフィは、長身の魚人族ロースの半分ぐらいの身長しかないのだ。


加えてめちゃくちゃすばしっこい。


ロースの方は槍も当たらなきゃ掴むこともできず、ラフィの方はロースの防御を抜けずに決定打がない。


木剣と竹槍の打ち合う音が十分も続き、ほとんどラフィのスタミナ切れを待つ形でロースの勝ちとなった。


結構いい試合だったんだろうけど、派手さがなくて俺はちょっと退屈だった。


普段魔法使いがドッカンドッカン派手な魔法を撃ちまくってるのを学校で見てるからかな?


まあ隣のローラさんは結構楽しんでたみたいだから、良しとしよう。




そして最終戦。


肩で息をするロースと、竹槍をバトンのように回しながら悠々と歩くピクルス。



「ピクルスさーん!お願いします!」


「ピクルス!ピクルス!」


「ロースの姐さん!…………頑張って!」


「死なないように祈ってます!」


「どうか手加減してあげてください!お願いします!」



会場の盛り上がりも最高潮。


ピクルス応援団ボンゴの旗を振る動きも最高潮だ。


みんなロースがやられると思っているようだが、勝負は水物、わからんじゃないか。



「それでは!最終戦!ピクルス対ロース!始め!」



勝負は一瞬だった。


銅鑼の音と共に低く駆けたロースが、ピクルスの前足を薙ぐように竹槍をふるったように見えた。


だが次の瞬間、ロースは空中にいた。


ピクルスは低い球をすくうバッターのスイングのように、突っ込んできたロースを竹槍でかち上げたのだ。


ロースの槍はへし折れ、咄嗟に防御したのであろう腕も、衝撃で鱗が粉々に砕け散っていた。


いくらなんでも強すぎるだろ。



「おおおおおお!ピクルスさーん!!」


「やったー!鎧買うぞー!」


「飲み行こ飲みー!!」



騒ぎまくる博徒をよそに、ロース班の冒険者達は白目を剥いたロースを抱えて必死にこちらへと走ってきていた。


俺は毛布から抜け出し、カップを置いてそちらへと向かう。


すっかり温かい環境になれた体に、冬の終わりの風は凍える寒さだ。


ず、とでかけた鼻水を吸い込み、ふと天を仰ぐ。


さっきまで照っていた太陽は地平線に沈みかけで、星がぽつぽつと出てきている。


ポーラスターはまだ見えず、ただ北から吹く風が、俺のコートの裾を強く強く引いていた。

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