第32話 紫の 馬で道行く おぼっちゃん
うちの下の兄貴は変な人だ。
仕事もせず、就学もせず、特に目指しているものもない。
毎日なんとなく遊んでいるだけなのだが、不思議と友達が多くて金回りがいい。
酔っぱらいでどうしようもない人なんだが、なぜか人からは嫌われない。
そんな下の兄貴のシシリキが、俺に頼み事をしてきたのは先週の事だった。
「なぁ頼むよ弟よ。馬作ってくれよぉ、馬鹿っ速い馬さぁ~」
「だから今忙しいんだって、学校が大変なんだって」
「お前にしかできないんだよぉ、兄を助けると思ってさぁ、お願いだよぉ~」
「3ヶ月後なら暇だから、その時にね」
「来月遠乗りがあるんだよぉ、南町のファサリナ先輩とかも来るんだって、目立ちたいんだよぉ~!」
「だめだめ!我慢しなさい!」
俺のズボンにすがりついてくる兄貴をなんとかいなす。
ファサリナ先輩といえば、俺も一回会わせて貰ったことがある。
金のリーゼントに青の色眼鏡をかけた強面で、馬宿の跡取り息子だ。
町の祭りの屋台や催し物を仕切ってる団体にいて、兄貴もそこに入ってるらしい。
「粉挽きのバイコーン使いなよ」
「今回はでっかい遠乗り会だからもっと派手なのがいいんだよぉ~」
「遠乗りねぇ……」
「あ、そうだ、すげぇ奴隷の当てがあるからそれで交換でどうだ?」
「いやいや、奴隷はもう間に合ってるよ」
もう何百人いるかわからないぐらいいるんだよ。
最近は各地から勝手に欠損奴隷が回ってくるようになって、やらせる仕事もこっちが作らなきゃ間に合わないぐらいなんだ。
「まあ聞けよ、なんと昔芝居小屋で女優をやってた女が友達のとこにいるんだって。貸しがあるから、俺が言ったらたぶん譲ってくれるからさぁ~」
何っ!と身を乗り出しそうになるがグッと我慢だ。
ぶっちゃけ欲しいけど、芝居にも色々あるからなぁ。
それこそ平民が劇場を借りてやる平民芝居なんてのもあるぐらいなんだ、期待はできない。
「うーん、芝居経験者かぁ」
「南町のクバトア劇場で歌劇の主役もやったことあるらしいんだけどさ、顔怪我しちゃって借金払えずに売られたんだよ。お前なら治せるだろ?」
「クバトア!?」
思わず兄貴に掴みかかってしまった。
クバトア劇場といえば名門だ!!
出物に違いないぞ!
……でも正直今はそれどころじゃないんだ、ここは涙を飲んで断れ!俺!
「おうよ、あのクバトア劇場よ!なっなっいい話だろ?頼むよ、このと~り」
「しょうがないなぁ!今回だけだよ……」
結局頭を下げる兄貴に即落ちで了承を告げてしまった。
コレクション欲には勝てなかったよ……
その後も足が多いやつがいいとか、
そんな事があってから一週間後の今日。
兄貴に注文された造魔はもう完成していて、今日はテストがてらローラさんと遠乗りだ。
研究室や奴隷の管理の片手間に作っていたのにこの早さ。
自分の才能が怖いぜ。
「ふぅん、足八本のバイコーンか。しかし、なぜ体毛が紫色なんだい?」
「そういう注文があったからですかね……」
兄貴の注文で、バイコーンは八本足の紫体毛、角度をかち上げた角はまっ黄色だ。
まじまじと魔改造バイコーンを見るローラさんの手にはお弁当箱がある。
今日は朝早くから手料理を作ってくれたらしい。
女子力満点な彼女だが、たおやかな髪はかっこいい乗馬帽に詰め込まれている。
拍車付きのブーツに乗馬ズボン、ブラウンレザーのジャケットが似合っていてお洒落だ。
そして俺はというと、なぜか彼女にコーディネートされた半ズボンを履かされている。
上は彼女と似たようなジャケットだが、なぜサスペンダーに半ズボンなんだ。
めちゃくちゃ恥ずかしい。
もう14歳なんだぞ。
ズボンの裾を気にしてモジモジしていたらローラさんに笑われてしまった。
「気にしなくていい、とても愛らしいよ」
「愛らしいよりは、かっこいいほうが好みなんですけど」
「私は愛らしいほうが好きだ」
頭を撫でられた。
まあ年齢的に新卒と中学生の組み合わせだからな、なかなか大人扱いはしてもらえんか。
馬に乗るときも手綱は彼女だ。
俺は馬の首と彼女の間に座る。
いや町中でこれは本気で恥ずかしいんですけど?
両脇を背中にボンゴを乗せたピクルスと、造魔のバイコーンに跨るメンチとロースに挟まれているから余計に目立つ。
ローラさんはハチャメチャに強いけど、奴隷の護衛はまぁ念のためだ。
心配して心配しすぎる事なんてないからな。
「なんだあの黄色い角の馬は……」
「シェンカー一家の冒険者たちが揃ってどこ行くんだろう」
「なんだあのデカい紫の馬は……」
「なんだあの馬鹿みたいな馬は……」
「なんだあの頭の悪そうな馬は……」
「なんだあの馬は……」
町の人達が俺を指さしている気がする。
きっと女にエスコートされている軟弱者と言われているんだろうな……
いやでも、よく考えたら普段から虎の威を借る狐路線で生きてるし、間違いでもないのか。
気にしないでおこう。
都市を出てしばらく来た所で、ローラさんが後ろをついてきていた奴隷たちに向かって振り向いた。
「ここからはちょっと飛ばすが、いけるか?」
「問題ありません」
「問題ありませんよぉ」
奴隷たちの返事に「ふっ」と笑ったローラさんは、八足駆動のバイコーンに喝を入れた。
この世界では久しく味わっていなかった加速が俺を襲う。
すごい勢いで景色が後ろに飛んでいき、風切り音とバイコーンの破壊的な足音だけが耳に入ってくる。
だいたい十秒ほどの全開走行だったが、振り向けば奴隷たちはこの馬のはるか後方を走っていた。
どうやら速さは充分すぎるみたいだな。
「この馬、いいなぁ!私にも作ってくれよ!」
「いいですよ!」
「紫はいやだぞ!」
「僕だっていやですよ!」
二人して大声出して笑い合う。
ローラさんは楽しそうだ、今日は誘ってよかった。
あっという間に予定地の開けた原っぱについて、ローラさんの作ってきたサンドイッチをぱくついた。
奴隷たちは近くで火を炊いてくれて、お茶なんかを入れてくれる。
いい休日だなぁ。
草の上でゴロゴロしていると、空を白い雲が流れていく。
遥か遠くに見える山並みがぎざぎざしていて、頭は白い。
今年はかき氷でも作ってみるかなんて思っていたら、空に一点染みが見えた。
なかなか消えない、むしろ少しづつ大きくなっているようにも見える。
急にボンゴが立ち上がって槍を構えた。
「…………そ……ら……」
「むっ」
メンチは腰の小物入れから単眼鏡を取り出してじゃばらを伸ばし、覗き込む。
ぶつぶつと何事かをつぶやいた後、がばっと俺の方を見て大声で言った。
「超巨獣!飛び百足です!!ご主人様!すぐに避難を!」
「なにぃ!おいボンゴ!花火上げろ!!」
色めき立つ奴隷たちを見て、ローラさんはゆらりと立ち上がった。
「奥方様!すぐに都市にお逃げになってください!」
「なに、それには及ばんよ」
ローラさんは吸っていた煙草をメンチに渡し、もはやその姿がはっきり見えるところまで来ていたデカい百足の方に歩いていく。
歌うような詠唱がかすかに聞こえた。
右手を左肩のあたりまで持ってきた彼女がフリスビーでも投げるかのように右手を振ると、その指先から目を焼くような光が空に放たれる。
次の瞬間には胴体部分で真っ二つになった百足が、200メートルほど向こうの地面に落ちていくのが見えた。
金縛りにあったように動かないメンチから煙草を受け取った彼女は、また俺の横にどっかりと座りこんだ。
苦笑する顔はさっきの殺人光線と結びつかない爽やかさだ。
やっぱり元軍人ってめちゃくちゃ強いなぁ。
最悪奴隷たちに全力で支援魔法かけて再生しながら長期戦かまそうかと思ってたけど、全く出る幕がなかったもんな。
安心した俺が寝っ転がると、頭を持ち上げられてローラさんの膝の上に乗せられた。
うーん、婚約者が優しすぎて駄目になりそうだ。
結局その日は夕方前には都市に戻った。
奴隷達にとっては飛び百足なんて大物に遭遇した運の悪い日だったと思うんだけど。
俺にとってはそうでもなかったんだな。
なぜなら、それまでちょっとギクシャクしていた冒険者組とローラさんの関係が改善されたからだ。
この日からは奴隷たちみんな、ローラさんに全力で舎弟ムーブをするようになったんだ。
冒険者って軍人と一緒で暴力の世界に住んでるもんな。
やっぱパワーって正義なんだわ。
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