第28話 再生屋 思ったよりも 大変だ

魔法使いの年齢を判別するのは難しい。


何歳になっても無闇に若々しかったり、見た目は年をとっていても、やたらめったら元気だったりする。


平民とは桁違いの大きさの魔臓から生み出される魔力がそうさせるのか、単純に古くからそういう血が取り込まれているのか。


これまで誰も研究などしていなかったが、俺が思うに真実は前者のほうなのかもしれない。


その魔臓をなくした38歳の元魔法使いは、傍目にはしわくちゃの老人に見えたからだ。




「ナサーフ元中尉だ、15年前に魔臓をなくしている」




車椅子に乗せられたナサーフ元中尉は、ゆっくりと時間をかけて震える右腕を持ち上げた。


眼光は厳しいが目尻が下がっている、どうやら挨拶のつもりらしい。


はたしてこのボロボロの彼は、魔臓の再生に耐えられるんだろうか?


俺もこれまでさんざん奴隷の腹かっさばいて臓器を生やしてきたが、なんだかんだと対象は若い奴隷ばっかりだったからな。


不安だ。


そこでまずは彼の健康状態からなんとかすることにした。


金貨100枚の大商い、急がば回れだ。


つまり、奴隷と一緒の事をすればいいんだ。


食わせて治し、また食わせて、また治す。


しかし、今回の患者は歯もないから大変だ。


タンパク質、アミノ酸、ビタミン。


大まかにだが、計算しながら流動食を作る。


とにかく肉をつけてもらわないと話にならないからな。


俺だって、とある事情でなくした自分の足を生やした後はびっくりしたもんだ。


余った筋肉や脂肪じゃ肉が足りなくて、なんと背がちょっと縮んでたんだからな。


飯を食いまくっていたら数日で元通りになったけど、あれはちょっとした悪夢だったぞ。


とにかく、再生には土台が必要なんだ。


がっしりした土台がな。




「駄目ですよ、全部食べさせてください。治りませんよ」


「ですが、旦那様が苦しみながらお食べになられるのは、見ていて忍びなく……」


「魔臓再生させなくても食べさせないと死ぬ段階まで体が弱ってますよ、ここが頑張りどころなんです」


「それはわかりますが……」




なんて、泣きの入る従者の人をなだめすかし。


むりくりナサーフさんに飯を食わせて、肉がついた先から消化器、循環器、呼吸器の順で治していく。


骨もだ、スカスカになってたからな。


骨密度がとんでもなく低く、自重で脊椎が圧迫骨折を起こしていたっておかしくなかった。


しかし、金持ってるのにこういう再生治療をやらなかったってことは、この人もう人生には見切りをつけていたんだろうか?


それとも軍人さんの年金ってのはそんなに高くないのか。


はたまた借金でもあったのか。


まぁ、どうでもいいことか。


俺は治すだけだ。


その治療も、大変と言えば大変だったんだが、許容範囲といえば許容範囲だ。


基本的に世話は従者任せで、2週間かけてゆっくりやった。


患者と対面していた時間自体はたいしたことがなかったから、俺自身は気楽なもんだった。


これぐらいなら、まぁいいかな。


しかし、魔臓ってのはどうも人間にとって相当大事な臓器だったらしい。


ナサーフさんの消化器のほとんどにはなんらかの障害が出てしまっていて、治すのが大変だった。


多分人間は魔力で他の臓器の機能を底上げしてるんだろうな。


ちなみに魔臓ってのは臓器だから、移植しようとすると拒絶反応が出て普通に死ぬ。


そこらへんは闇の魔術師の人らが専門的に研究してる分野らしいから、こっちにはあんま情報が回ってこないんだけどね。




そうしてあれこれやっているうちにナサーフさんの体はめきめきと健康を取り戻し、自分でスプーンも持てるようになった。


これならもう大丈夫かな?


そろそろ魔臓治して帰ってもらおう。






手術当日は晴れだった。


学校も休み、見たい芝居もない。


まあでも、早めに終わったらどこかに繰り出そうかな?って感じのいい日だった。




「先生……俺は本当に治るんですか……?」


「治りますよ、今日で終わりなんでパパっとやっちゃいますね」


「パパっとって……」




上体を起こしたナサーフさんは、笑顔の俺を胡散臭そうに見つめている。


そりゃ治るに決まってんだろ、もう喋れるぐらいまで回復してんだからさ。


不安そうな彼を横にして、睡眠魔法をかけてやる。


おやすみ、ナサーフさん。


寝て起きたら全部終わってるよ。




ナサーフさんは、シミの浮いた細い指先に灯した火をぎこちなく動かして魔法陣を描く。


小さい頃に学校で習う、小物入れの魔法だ。


光った魔法陣からぽとりと落ちてきたのはカビた煙草。


彼はそれを震える指で口に挟み、じれったいような遅さで火をつける。


うまく火がつかず、何度も煙草を落とした。


ようやく火がついた煙草からゆっくりと煙を吸い込み、ゆっくりと吐き出す。


細く小さい、彼の肩が震えた。




「先生、こりゃシケってたかな」


「買ってきましょうか?」


「ああ、なんだか目に染みらぁ」




俺はたっぷり1時間かけて煙草を買いに行った。


軽く飯なんか食べて帰ってきた頃には、すっかり身なりを整えたナサーフさんが俺を待っていた。




「先生、あんたは天才だよ。まさか本当に魔臓が再生するなんてなぁ」


「うまくいって良かったです」


「何か個人的にお礼をしたいんだが……」


「ああ、それは結構。その分早く元気になってください」


「先生、本当にいいのかい?」


「いいんですよ」




謝礼は3桁の金貨だ。


守銭奴の俺だって仏になる額。


病人からは、感謝の言葉だけで充分さ。


そうして無事に魔臓を取り戻したナサーフさんは、3日ゆっくり寝ていただけで30歳ぐらいの見た目に若返った。


もとの年齢が38歳だから、やはり魔法使いは平民よりも若々しく見えるんだろうな。


しわくちゃだった皮膚は光沢を取り戻し、背筋は伸び、うっすらと髪まで生えてきた。


なるほど魔力は薄毛に効くのか。


いつか毛生え薬を売って大儲けしてやろうか。


その次の日、彼は事前の取り決め通り、闇に紛れてトルキイバを出ていった。


多分昼に出てっても誰も気づかなかっただろうけど、決まりだからね。


決まりだから、しょうがないから。


俺も金貨100枚、ポンと貰ったぜ。






貰った金貨で、俺は魔結晶工場のダンジョンまでの穴の経路上の建物をいくつか買った。


さすがに横穴が何キロも続くと換気が大変になるし、休憩所までも遠くて嫌になるからな。


奴隷の数も増えてきてるし、意外と派遣先で活躍してるような手に職を持った奴隷も多い。


そういうやつらにそこで店をやらせれば、もっともっと金になる。


面倒なM&Aなしでも、従順なグループ企業が山ほどできていってうはうはってわけだ。


ま、商売のことだからそうそう上手くいくわけでもないだろうが、最悪奴隷派遣センターか飯屋かなんかにしてしまえばいい。


なんせうちの実家は粉問屋だから、小麦粉の仕入れが最高に安いんだ。


仕入れが安ければ無茶も利くし、なにより多数の奴隷を抱えている俺は労働力を潤沢に供給できる。


最高の経営状況になるだろうな。


そうやって事業を大きくして、いずれはこの街の経済を俺の手中に収めてやろうか……


いや、この街とは言わず、トルキイバ、トルクス、ルエフマの3都市の間の流通を牛耳れるんじゃないか?


そうしたらあの広大な平原の麦畑の麦を、全てシェンカーの麻袋に詰めて売ってやる!


やはり、夢は大きくないとな!




「こら」




軽く頭を小突かれた。


考え込んでしまっていたらしい。


一緒に不動産屋まで付いてきてくれた婚約者のローラさんが、横で不満げな顔をしていた。




「悪い顔をしているぞ」


「えっ」


「そういう顔をしているやつは、つまらんことで躓いて死ぬものだ。堅実にやりたまえ」


「そんなに悪い顔になってましたかね?」


「山賊の親分のような顔だったぞ」




なんてこった、爽やかな俺のイメージが台無しだ。


それになぜだかわからんが、山賊の親分になるのだけは死んでも嫌だ。


自分が黒ひげとかを生やした、野蛮な山賊になった所が容易に想像できるのが悲しかった。


俺の目標は、あくまでも自分の劇場だからな。


金儲けも、ほどほどにしておくか……




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山賊とか黒ひげ云々10話にあります、澤田くんは先祖の悪行をまだ知りません

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