第22話 弱そうだ どことは言わんが 弱そうだ
みんな大好き金髪縦ロールのお嬢様のお話です。
前々話で主人公はピンチにならないと言ったのに、前話でさっそく主人公がピンチになってしまい申し訳ありませんでした。
まぁ主人公は頭と魔臓さえ残ってれば再生できるからセーフ。
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「エルファ様、この度はありがとうございました。こちらは些末なものですがお納めください」
「かまいませんことよ、治癒魔道士の務めでございますから」
今日のお仕事はアイク子爵家のご息女の治療でした。
治療自体は季節の変わり目のたいしたことのない体調不良で、すぐに終わったんですけれども。
まぁ、まだ幼いのに真に美しい物の価値がわかるということ、責められませんわね。
治療先を辞して通りへ出ると、休日のトルキイバの喧騒が私を包む。
魔法生物のユニコーンに跨ると、従者が轡を引くのに任せて町を見物します。
荷車を押す奴隷たちは、指や耳が欠けても構わず酷使されてかわいそう。
あれでは細かな仕事もままなりませんでしょうに。
やはり安価な魔法薬の安定供給は急務ですわね。
私も薬学の研究室に参加している身、成果の有無は他人事ではありませんから。
学年で一番再生魔法の得意なシェンカーも誘ってさしあげましたが、結局野蛮な造魔の研究室に行ってしまいましたね。
あの方は私のライバルだと思っていたのですが、しょせんは大局の見えぬ平民上がり、期待のかけすぎだったのでしょうか……
「お嬢様、冒険者がやってまいります。散らせますので少々お待ち下さい」
「よろしくてよ、往来は誰でも歩くもの。草刈りの者たちも別の道へ行っては大変でしょう」
草刈りの者とて街道の治安維持の一翼を担っているのですから、あまり邪険にしてはかわいそう。
多少の粗野さも、戦の道に生きるものならば仕方のないことです。
「ああ?てめぇロースの姉さんに喧嘩売ってんのか?」
「喧嘩って……ただ俺たちは姉ちゃん達にこれから一杯どうかって言ってるだけだよ」
「あたしらはな、オメェらみたいなシャバ僧とは口も聞かねぇんだよ」
「んだとこのスベタが、おめぇにゃ言ってねえんだよ」
おや、どうも喧嘩のようですわね。
全く市井の者というのは、どうしてああ短気なんでしょう。
「お嬢様、少し下がります」
「どうしたの?」
「人が来ます」
ユニコーンが少し下がると、従者の目の前を大柄な男が宙を飛んでいったわ。
本当、喧嘩っ早いのね。
「てめぇ!こら!チンピラが!しばらく固いもん食えると思うなよ!」
「すいません!すいません!許してください!」
勝手にやるのはいいけど、止められると困っちゃう。
人の迷惑になるような事はしないように、きちんと言い含めてあげないとね。
庶民の格が町の格、下民の教育も貴族の仕事なの。
「もし……」
「喝!!!!」
従者が声を上げたら、みんなようやくこっちに気づいたみたいね。
「静粛に聞けぃ!!」
「あなた達、夢中になるのはいいけれど、もう少し邪魔にならないところでなさいな」
下民というのはあまり長い言葉を理解できないと聞くから、手短にしたわ。
私のように、理解ある貴族に出会えてよかったわね。
「へ、へへぇ~!失礼しました!」
「こりゃ気づきませんで!どうぞ!おい!道開けねぇか!」
「失礼しました!」
「すんませんでした!」
「いいのよ」
「よし!!!!」
みんな邪魔にならないところにどいてくれたわね。
膝をついて手まであげちゃって、何もしやしないけど正しい礼儀ね。
誰に教わったのかしら?
素直な子は好きよ。
「あれは?」
「ああ、あれは近頃下民の間で流行っている、珈琲を出す店です」
私が道に立っている緑と白に塗られた看板を指差すと、従者がちらりとそれを見て答えた。
見たことのないぐるぐるした料理の絵が描かれているわね。
「あの料理はなにかしら?」
「何やら
「そう、シェンカーが」
「はい、お嬢様の同級生のサワディ様は市井では『慈愛』のサワディ、『美味』のサワディと評判でございます。あの看板の店もサワディ様のお店だそうですよ」
ふぅん、あの男もあれで下民に施しを与えるような慈悲深いところがあるのね。
少しだけ見直しました。
「学校ではシェンカーとつるんでいる男たちを指して、『芝居狂い』の3人組と呼ばれているわ」
「そちらも有名でございますよ」
従者は苦笑しながら答える。
この者、なかなかシェンカーに詳しいわね。
もしかして……
「あなたは、さっきの店に行ったことがあって?」
「いや、はぁ……娘にせがまれましてな。小娘一人で行くには少々お高うございますので」
「あら、世の娘というのは長じるにつれて男親から離れるというじゃない、娘孝行できていいじゃないの」
「まぁ、その……私も嫌ではございませんで。噂のペペロンチーノもなかなか乙なものでした」
「良かったわね。また連れて行ってあげなさいな」
「ええ、ただ店員の衣装を欲しがるのは困っちまいますが」
「そんなにいい服を着てるの?」
「見たこともないような見事な衣装でして、歌劇に使うような立派なものでした」
「拘っているのね、さすがは『芝居狂い』ね……あら?」
空が一瞬光ったかと思うと、黄金竜に乗った騎士団の黄色が南へと飛んでいった。
騎士団も大変ねぇ……あんな小間使いのような仕事。
「少し低うございました」
ユニコーンの轡を固く握っていた従者は、少し顔色を悪くしたようだった。
そうよね、騎士団の若い連中なんて軍にも入れなかった落ちこぼれだもの。
何をするかわからないものね。
「ああ、そういえば」
ふと、再生魔法のライバルの事を思い出す。
あの日も黄金竜が飛んでいたわ。
「どうされました?」
「シェンカーにね、芝居に誘われた事があるのよ」
「はぁ……」
「それでね、『私その日は許嫁とお食事なの』と言ったら、なぜだか落ち込んでしまって。なぜかしらね、男のあなたならわかるかしら……?」
「お嬢様……」
丁稚は少しいたたまれないような顔で俯いて、「それは酷にございます」と言う。
なぜかしら?
やはり男の人の心というのは、わからないところが多いわ。
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