帳の向こう
「ミロードぉお!! 貴っ様ぁ!!?」
顔を真っ赤にして激怒しているスパルタン先生の肩を優しく抱いて校長がフフフと笑う。
「まあまあ、今回だけ。今回限りだよミロード君。そもそもこのアイテムは受注生産だから本来すぐに手に入らないやつ。たまたま私がストックを持っていたから今回は特別に渡すけど」
「跪けミロード!! 学園長の寛大な御心に平伏せ!」
「アリガトーゴザイマース」
「心がこもっていなァい!!」
どうせアミュレット盗聴している校長を召喚したらちゃんとスパルタンも付いてきた。まあいいが。
「言ったはずよミロード。このお方に、不敬な真似をするなんて貴様の顔と名前はしっかり覚えたわよ!」
「受け持ちの生徒くらい問題起こす前に一通り認識しといてください」
「生徒たちが切磋琢磨するのはいいね。青春だよね」
うきうきしている校長に一番いい席を用意してスパルタンはギリギリと歯を鳴らしながらミロードを睨み続ける。しつこい。
「セレスト」
ミロードが呼べばセレストはすぐに駆け寄ってきた。
「これは僕からの餞別だ」
「え? でもこれ」
「武運を」
目を丸くしているセレストにハグしてラッキーファーストを授ける。目には目を歯には歯を。なんのことはない。確実に攻撃を喰らう変態のざまが見たいだけだ。
もうすっかり日も落ちて、あたりは真っ暗だが。闘技場はしっかりライトアップされている。それでも空は真っ暗で、まるでそこだけ切り取られた異空間のようだ。広い固い砂の地面が白く光る。離れて立つセレストとレオンハルト。
「ミロード君の期待にそうよう、頑張るよ」
「俺もぉ。番犬ちゃんに期待してっよ?」
ニヤニヤと余裕をかましているレオに、セレストは静かに目を伏せた。魔導はイメージが大事だという。とはいえ初めての技を使う時、どんなイメージをすればいいのだ。ミロードはまったくイメージがわかない。多分魔導は向いていない自覚がある。
「始めよう──」
「おK」
もうどちらも笑っていなかった。校長も担任も黙って見ていた。ミロードも刮目していた。ご、と音を立ててセレストの手から薄紫の柔らかな炎が美しく伸びたのはあまりに綺麗に夜に映えた。
降り注ぐそれを遠くの花火でも見上げるようにレオもうっとりと見ていた。なるほど、不可避。その一瞬に回避することをすっかり忘れてしまう。ラッキーファースト。しかし美しいそれは最大出力の業火であり、確実にレオを丸呑みにした。
「……派手だな。それに思っていた以上に大きい」
「でもあれじゃ力が散って効果が薄いわ。炎耐性があれば大したダメージにはならない」
「初めての攻撃がこれだけ見事ならすごいよ。褒めてあげてスパルタン」
「最高よセレスト!!」
スパルタンは校長に魂を売り渡した奴隷のように従順だ。褒め言葉より分析の方がまだ聞けた。
キラキラと余韻が光る炎の粒の中で、レオがゆっくり息を吐いた。
「……超あっちぃ」
「やっぱりレオンハルト先輩にはあんまり効果ないですね」
「今日は厄日。でも同じくらい美味しいミロードちゃんゲットだし。俺的にはプラマイぷらすでぇ」
軽く火傷でもしたのかべろりと唇を舐めてレオが不敵に笑う。
「ちゃんとぉ。お望み通り一発くらってあげたから、もうやっつけていい?」
レオの手にはバチバチと放電する光の球が握られていた。
「あ。なんかヤバいのくる」
「不可避(死)」
「勝者、二年レオンハルト!!」
スパルタンが高らかに宣言し、勝敗はついた。
「え。嘘じゃん。俺まだ何もしてねえのに」
「先輩、ありがとうございました」
「はあぁああ?」
「参考になった。おつかれ」
「納得いかねえけど。やられ損!?」
ぎゃあぎゃあ不服申立てうるさいレオをミロードがぎゅっとハグした。
「早く手当して今日はゆっくり休め」
「……はい」
(あのレオンハルト先輩が大人しくなった。ミロード君。それはもうジゴロ)
早々に切り上げて部屋に帰ろうとしたミロードをスパルタンは呼び止めた。
「ミロード。わかっているでしょうけどいかに優秀な部下も貴様の指示次第で生きのびることもあれば死ぬはめにもなりうる。個々の能力や適性は常に把握してなさい」
「……」
「上に立つ者の責任として」
「僕には荷が重いので先生の力で先輩たちの忠誠をなかったことにできませんかね?」
「無理ね。自分で主人を選ぶ、唯一にして絶対の特権よ。学生ゆえに。今だけ与えられる最後の自由」
社会に出れば望まない
「僕は有能な先輩方をダメにしてしまうかもしれないのに?」
「教育者をなんだと思っているのよ。仮に貴様が無能でも私がみっちりしごいてやるから安心して。誰にも後悔なんてさせないわ」
適当に受け流して今度こそ部屋へ向かう。
「満足したかいセレスト」
「僕も多少痛い目を見る覚悟はあったんだけど……思ってた以上に先輩強そうだったな。スパルタン先生が早々に止めてくれて命拾いした。先輩には悪い気もする」
「いいんじゃないか? 別にフェアな勝負をするのが目的ってわけじゃなかったんだし」
個々の能力と適性。
「──レオのあの電撃もセレストのと同じ魔導リングだ。他にもいくつか使える手があったのにレオはセレストに合わせて来たんだろう」
「魔導リングの放つ技の種類は持ち主の性質を反映するもので、僕のはぼやけた紫の炎、先輩のは眩いプラズマ。格の違いがエグい」
軽くボヤいたセレストを不思議そうに見上げてミロードは鼻で笑った。
「反映しているのは性質で格じゃない。きっとレオの電撃だって最初は豆電球だったさ」
「確かに。先輩はちゃんと鍛錬して技に磨きをかけただろうから、僕もこれから頑張っていくわけだけれども」
「そうそう。最初の発動にしちゃ上手くいきすぎたくらいじゃないか?」
恥ずかしそうに大きな手のひらで顔を覆ってセレストはため息をついた。
「あーもー! めちゃめちゃ悔しいやら情けないやら。こうやって嘆いたり言い訳したりしそうになるとこも全部」
「……別にいいさ。今は僕しか見てない。泣き喚いたってかまわない」
「おかげさまでだいぶん冷静さを保ててるよ。入学式の入場の時から。ミロード君ぜったい楽しんでるだろ」
「わりと。面白いくらい扱いやすい男だな君は」
そうこう話しているうちに二人の部屋に着いた。
「今日は疲れただろ。生アーサーにも遭遇したし」
セレストは脱力しその場にしゃがみこんでしまった。色々立て続けに起きていたので一旦忘れておいたがセレストにとってはその人こそが一大事。ミロードはその様を見てふふんと笑った。
「ほんとに面白いな」
頭を抱え込むセレストを引っ張って部屋に押し込んだ。半泣きだった。
「君もゆっくり休め」
「でもまだスパルタン先生に渡された分厚いテキストが」
「真面目か。そんなもの誰もちゃんと読んだりしない。ていうか物理的に不可能に近いデータ量だぞ。三日は大目に見てもらえるさ」
疲労は判断力を低下させる。寝不足はもってのほかだ。
私物は届いているし、すぐにでも眠れるふかふかのベッド。集団部屋だとこうはいかなかったかもしれない。
「二人分のシャワールームもついてる。トイレ別。ありがとうアーサー」
「うう……アーサー様のおかげ……」
「そう。シャワーがあったかいのも、シャンプーがいい匂いなのもみんなアーサーのおかげ」
「え……もしかしてアーサー様も同じシャンプー使ってるかも……」
「そうだな。きっとベッドはアーサーの臭いがする」「まじで」
何か叫んでるセレストを放置して一人さっさとシャワーを済ませ髪を乾かした。まだ納得いかない問題が残っている。腑に落ちていない。消化不良だ。
(仕方ない。セレストにもう一働きしてもらうか)
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