第158話・透明の終わり

「ったく、辛気臭い場所だな」

「本当ですわ。埃っぽいし、暗いし、空気は淀んでいるし……あぁん、お風呂に入ってホットワインでも飲みたい気分ですわね」

「だな……」

「ねぇ、第三相の祝福弾はどうですの?」

「……実験に使ったけど、魔獣共にも効果的だ。制限時間に関しては検証しないとわからないけどな」

「ふぅん……」


 ライトとマリアは、談笑しながら歩いていた。

 薄暗く、埃っぽい一本道。ダンジョン内というか洞窟内といった方が近いかもしれない。魔獣の気配はしなかったので、のんびりと歩いていた。


「ねぇ、ライト」

「ん?」

「また、お相手してくださるかしら?」

「いいぞ。実験しないといけないしな」

「ふふ……ありがとうございます」


 夜のお誘いをあっさり受けるライト。

 マリアの相手は嫌ではなかった。マリアも、異性としての愛より、快感を求めての誘いだ。二人の間に『愛』はない。戦友であり、仲間としての信頼だ。

 

「……ぐぅ」


 メリーは、マリアの百足鱗が全身に巻き付いた状態で運ばれていた。

 不満はないのかと聞きたいが、ぐっすりと熟睡しているので文句もない。ライトとマリアは、メリーの存在を気にせず、お喋りしながら歩く。


「そういえば……リンがいないから水とか食料がないぞ」

「あ……どうしましょう?」

「ま、メシ喰ったばかりだし問題ないだろ。大丈夫か?」

「ええ。さっさと行きましょう」

「ああ」


 二人は、薄暗い洞窟のようなダンジョンを進む。

 その背後に、SS級賞金首『マカハドマ』が、完全に気配を殺して近づいていることにも気が付かぬまま。


『…………』


 マカハドマの手には、人差し指ほどの長さの『針』があった。

 猛毒が塗られた針を指で弄び、ニヤリと笑う。


『…………』


 姿と気配を完全に消す《透明化シースルー》のギフト。

 これによる完全なる暗殺こそ、マカハドマの能力。

 ダンジョン内で殺しを繰り返すのは、依頼だから。

 その内容は『四十階層以上進めそうな冒険者を殺せ』という……つまり、このダンジョンを踏破させないための刺客。

 誰が雇ったのか?

 

 答えは簡単……冒険者ギルドそのものである。


 ダンジョンが踏破されると、役目を終えて消えてしまう。ダンジョンがあるからこそ冒険者が集まり、町が潤うのだ。そんな最高の『餌場』をなくすわけにはいかない。

 本来、討伐対象である賞金首を冒険者が雇う。こんなことが知れたらどうなるか。


『…………』


 マカハドマはチャンスを狙う。

 この三人は、狙うべき価値のある冒険者だ。


『…………』


 マカハドマは、己の武器である『針』をペロリと舐める。

 狙うべきは弱者から。

 マリアの百足鱗で拘束されているメリーに向かって、マカハドマは針を投擲した。




「……ぐぅ」

『っ!?』




 だが、針はメリーに刺さらなかった。

 刺さるどころか、メリーに近づいた瞬間に失速、そのまま落下してしまった。

 マカハドマは、声を出す寸前だった。

 そして。


「…………」

「…………」


 ライトとマリアが立ち止まり……ゆっくりと振り返った。


『っっ!!』


 その表情は……怖気がするほど殺気に満ちていた。


「害虫がいるな」

「お任せを」


 マリアの肩から『モヤのような羽』がモクモクと広がり、何枚もの『歪羽』が発射される。

 第四階梯『歪羽と百足の大群ウィングス・オブ・センチピード』が、洞窟全体に突き刺さる。

 避けることもできず、マカハドマの身体に何枚もの羽が突き刺さった。


「いっでぇやぁぁぁぁっ!?」


 張り付いていた壁から地面に落ち、ゴロゴロ転がり─────。


「あ」


 ライトの銃口に気付いた瞬間、永遠に意識を手放した。


 ◇◇◇◇◇◇


「カドゥケウス、喰っていいぞ」

『おお、なんか久しぶりだぜ』


 頭の吹き飛んだ死体をカドゥケウスが食べると、ライトの手には祝福弾が生まれた。


「おお、『透明化シースルー』……いいね、使えそうだ」

「透明になれるんですの?」

「みたいだな。これはいい。さっそく検証しながら進むか」

「それより、メリー……」

「ああ」


 ライトとマリアは、メリーを見た。

 メリーが最初に狙わなければ、敵の攻撃に気付かなかったかもしれない。ただ寝ていただけだが、二人はメリーによって救われた。


「おい、起きろ」

「んん~?」

「ありがとよ。助かったぜ?」

「???」

「ありがとうございます」

「ふぁ?……うん?」


 寝ぼけ眼のメリーを再び百足鱗で拘束し、ライトとマリアは歩きだした。

 されるがままのメリーは首を傾げるが、すぐにどうでもよくなったのけ寝てしまった。


 こうして、SS級賞金首『マカハドマ』は討伐された

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