第56話・ライトとマリア、誓約の絆

 ライトとマリアは、幽鬼のような足取りで馬車に戻ってきた。

 何も知らない馬はモシャモシャと草を食べ、全ての事情を知るライトたちは何も言わずに馬車に寄り掛かる。

 会話はなかった。そもそも、この二人がまともな会話をした試しがない。

 だが、ライトの腰にある銃とマリアの髪に付いてる歪な羽からは、遠慮のない声が響く。


『相棒、さっきの魔獣だが朗報だ』

『まさか、あんなのがいるなんてねぇ……本当に面白いわ』


 カドゥケウスとシャルティナは、なぜか楽しそうだ。

 リンが攫われたというのに、全く関係なしに喋る。


『相棒、あの魔獣は「うるさい────────」

『マリ「ごめんなさいシャルティナ、少し黙って」


 互いの相棒を黙らせ、ライトとマリアは俯く。

 ライトにとってリンは命の恩人。マリアにとってリンは愛すべき少女。

 大罪神器という強力な武装を持つ二人は、その力を過信していた。その結果がこれ……リンを攫われ、何もできずに俯いている。


「…………あなたが」

「…………」

「あなたが、慢心さえしなければ……」

「…………あぁ?」


 マリアが、ライトを睨みつけた。

 ライトもイラつきを隠さずにマリアを睨む。


「慢心だと? そもそも、お前の情報は正しかったのかよ? あの洞窟にマルコシアスが寝てるとか言ってたくせに、俺たちの背後に何の前触れもなく現れた。お前の情報が間違っていたせいでこうなった!!」

「違いますわ!! 全てはあなたが慢心した結果!! なにが祝福弾、なにが第二階梯……何もできずに逃がしたくせに!!」

「お前だって似たようなもんだろうが!! なにがリンを守るだ、あっさりと奪われやがって!!」

「あなただって同じでしょう!!」


 互いに罵声を送る。

 だが、二人ともわかっているのだ。こんなことをしても意味はない。互いを罵りあう暇があるなら、リンを探すべきなのだと。

 でも、どうしても相容れない二人は、無力な自分を慰めあうように罵り合った。

 そして。


「…………っくそ!!」

「…………」


 こんなことをしている場合じゃないと、ようやく止まる。

 これほどまでに無駄な時間は、間違いなく存在しない。


『終わったかしら?』

「シャルティナ……」

『やれやれ、まだまだ子供ねぇ……リンのお嬢ちゃんが最後に何をしたのかも知らずに』

「んだと……?」

『相棒、マリアの嬢ちゃん。リンの嬢ちゃんはな、わざと捕まったんだよ』

「……え?」

「……どういうことだ?」


 一通り言いたいことを吐き出した二人は、少しだけ冷静になった。

 カドゥケウスとシャルティナは、この時を狙っていたかのように言う。


『リンのお嬢ちゃんは、人間の中では最高の反射神経を持っているわ。あのマルコシアスが背後に現れたときも真っ先に反応していたし、刀を瞬間的に抜いてマルコシアスの足を斬りつけた……見えてなかったでしょ?』

「…………」

「…………」


 ライトとリンは、全く見ていなかった。

 マルコシアスが現れてすぐにライトは横っ飛びし、マリアもライトの声に反応してマルコシアスから離れた。

 おかげで、リンが一瞬で捕まったようにしか見えなかった。


『いやはや、リンの嬢ちゃんはすげぇぜ。マルコシアスの足を斬りつけた瞬間、真っ先にオメーら二人の位置を確認したんだよ。そして、若い女を攫うって話を思い出したんだろうなぁ……大口開けてるマルコシアスをあっさり受けれやがった』

「…………バカな」

「そんな……リン」

『マジだマジ。マルコシアスの野郎も、リンの嬢ちゃんの覚悟を感じたのかねぇ……マリアの嬢ちゃんを無視して立ち去ったってわけだ』

「な、なんでリンはそんなことを……」


 ライトは、本気で頭を抱えた。

 リンの博愛主義なのか。本気で理解できなかった……が。


『そんなの、あなたたちを守るために決まっているでしょう?』


 ライトは、シャルティナを……マリアの頭にある歪な羽を見た。

 守られていたのは自分たちだった。

 大罪神器という強大な力を持つ二人が、ギフトを無くした同い年の少女に守られたのだ。文字通り、命を懸けて。


「…………リン」

「…………リン」


 ライトとマリアは、リンの名を呟き、互いを見た。

 【暴食】のライトと、【色欲】のマリア。

 ここまでずっといがみ合いを続けた二人の視線が、真っ直ぐぶつかる。


「…………」

「…………」


 そして、お互い歩み寄り、手を伸ばせば触れる距離まで近づく。

 

「俺は、お前が嫌いだ」


 ライトは、マリアに告白する。

 嘘偽りのない本心を告白する。


「でも、リンを助けたい」


 マリアは、真っ直ぐにライトを見て言う。


「わたしは、あなたが嫌いですわ」


 マリアも、ライトに本心を告白する。


「でも、リンを助けたい……」

「……ああ」


 そして。


「リンを助ける。だから……協力しろ」

「ええ、わかりましたわ……協力しなさい」


 ここに、一時的な共闘関係が誕生した。


 ◇◇◇◇◇◇


 ライトとマリアは、さっそく作戦会議を始めた。

 日はまだ明るいが、あと二時間もすれば暗くなる。夜に黒い狼と戦うなどバカげている。

 まず、カドゥケウスとシャルティナの意見を聞いて驚いた。


『ケケケッ、いいか相棒。あのマルコシアスは人間だ・・・

「……は?」


 首を捻ると、シャルティナからも説明があった。


『正確には元人間ね。たまーにいるのよ……ギフトを内包したまま『女神』を殺したいほど憎む人間が』


 この世界で、ギフトは人間の暮らしを豊かにした。

 女神に感謝を捧げるのは当たり前で、感謝こそすれば憎むなどありえない。聖職者はもちろん、盗賊や犯罪者ですらギフトの力に感謝している時代なのだ。


『女神を殺したいほど憎むなんて相当だぜぇ? おかげで、ギフトが暴走してあんな姿になっちまったんだ。ほんの少しの恨みや殺意程度じゃああはならねぇ。よほどのことがあったんだろうよ』

「…………女神の犠牲者か」

「なんと哀れな……」

『おいおい相棒、朗報って言ったろ? 姿は変わっちまったがあれは人間……』

「……まさか」

『ケケケケケケケケッ!! そうさ、相棒が喰っちまえばいい!! ケッケッケケケ!! さいっこ~の祝福弾が生まれるぜぇ?』


 カドゥケウスを無視し、マリアはシャルティナに質問する。


「まさか、八相とは……元人間なのですか?」

『さぁね。でも、あのマルコシアスが人間というのは本当よ。死んでも蘇るのも、恨みの力が強いからなのかも……でも、カドゥケウスが食べれば終わるはず』

「……よし、やってやる」

『ケケケケケケケケッ、女神を喰い殺したいほどの恨み……どんな味がするのかねぇ?』

「黙れ。それと、リンの居場所は……」

『それなら問題ないわ。リンのお嬢ちゃんは私の『鱗』を持ってる。あたしなら位置を特定できるわ』

「そ、そんなことができたんですの?」

『ええ。少し冷静になってもらおうと思ってね、黙ってたのよ』

「……よし、リベンジと行くか」


 ライトとマリアは立ち上がる。

 そして、マリアはライトに手を差し出した。


「手を」

「……バカ言うな」


 マリアは誓約で異性に触れることができない。だが、マリアは手を差し出した。


「いいのです。これは罰……もう、油断も慢心もしないとの誓い」

「…………わかった、が」

「え?」


 ライトはマリアの頭に手を伸ばし、マリアに触れないように歪な羽を手に取った。


「っぐぅぅっ!!」


 誓約による痛みがライトを襲う。


「なっ、何を!!」

「へ、へへ……あ、握手、すんだろ……ッ!」

「な……」


 ライトは、右の掌に羽を持ち、握手を求めた。

 誓約による苦痛で顔は歪む。だが、笑みを浮かべていた。


「……ふふっ」


 マリアは不敵に笑い、ライトの手をしっかり握る。


「っぐっぁっぐ……い、いいか……もう、油断、しない!!」

「っっええ、ぜった、いに……」


 この痛みは罰。

 だが、二人はしっかり手を握る。

 異性に触れたマリアの誓約、刃物に触れたライトの誓約。

 互いの痛みを罰として、同じ大罪神器を持つ二人が互いを認めた瞬間であった。

 ようやく手を離し、睨みあいながら言う。


「行くぞ……ッ!!」

「ええ……ッ!!」


 ライトとマリアは、馬車に乗り込んだ。

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