第29話 狙われたトルジェの遺産
会議室へ向かう通路を歩きながら、すでに話し始めている二人の話題はいきなり本題のようだった。
「ファルドはそれほどひどいのか? 」
「何度となく討伐軍を派遣しましたが……全て失敗に終わり、それ以降はファルド奪還は膠着状態なのです」
オルトは長い間、政治的なことからあえて離れていたため、今回王都に来て初めて知ったファルドの現状に言葉を失うが、沈んだ声のヒース王を気遣い、オルトは冗談で和ませようとした。
「しかし老けたな、ヒース」
「当たり前ですよ、 あれから何十年たったと思っているんですか、私はもうすぐ六十です……あなたは昔から余り変わられていないようですが」
「それは昔から老けていたという意味か?」
ヒース王はオルトの明るい冗談に少し和み、過去を懐かしむ表情になった。会議室につくと二人の目の前には、大きなテーブルがあり、その上に地図が広げられていた。
「準備がよろしいようで」
テーブルの上の状態を見てオルトは周到に準備が成されていたことを知り、苦笑いしながら頬を指で搔いた。
広間でオルトの
「それでは、あの方はこの国の英雄ではないですか!」
「まあ、そうだな――彼はそのような事は思ってもいないだろうが……今回イリノアの街で起きた宝物庫の一件は、先にオルトの方から連絡があったのでな、それで彼がイリノアにいると分かってお前に捜索を依頼したのだが、何がどこで間違ってお前に伝わったのかわからぬが、彼にあのような形で来てもらうことになってしまった……」
父クラウスの言葉で、ふといつもと違う出来事があったのをチェスターは思い出していた。
「そういえば、いつもなら連絡員としてジムが来ていたはずでしたが、今回は違う者が私の元に使者としてきました」
「ちがう者が? いつも通りジムに使者をさせたはずだがな――うむ、その辺りも確認しないといけないか……」
会議室ではヒース王とオルトの二人が昔話に花を咲かせていた。
「ところでディアナは元気にしているのか?」
そう聞かれたヒース王はうつむきながら、オルトに王妃ディアナとの事を話した。最近忙しすぎてディアナ王妃との会話が全く無いことで王妃はへそを曲げているとの事だった。
「なるほど。ディアナらしい……わかった。後でディアナに顔を見せに行くとしよう」
ヒース王はオルトの好意に感謝した。そこへクラウスが部屋にやって来ると、すぐに本題へと話題が変わっていった。
「お待たせいたしました……早速ではありますが今回オルトに来て頂いた理由は、今のトルジェ王国がまずい状況にあるという件についてお話したかったからです」
「呼んだのはファルドの……国内の事だけではないという事か?」
オルトの推察した通り、クラウスはヒース王と共にファルド奪還策の話し合いを何度も重ねているうちに、もっと大きな何かが動いているのではないか? と思うようになったことを伝えた。
「クラウスの言ってることが事実となれば、かなり面倒な事になるぞ……あらゆる事象を想定しておかないといけなくなるからな」
ため息をつきながら、クラウスに周辺諸国との外交関係の現状も聞くことにした。
「クラウス、周辺諸国で気になっている国はあるのか?」
「はい――わがトルジェ王国と接している国は七か国、北に二か国、モファト教皇国とレグラス連邦共和国、東に二か国、ナフラバ共和国とリーネ王国、南に一か国、トリソニア王国、西に二か国ネハール王国とレゴ王国があります。わがトルジェ王国はこの周辺国との貿易や文化交流も代々の国王の元に盛んに行われております。しかし、その一方で何度か争いごとも経験しております」
「そうだな……
ヒース王が言うと、それに頷きながらクラウスは話を続けた。
「ええ、あの戦いはモファトの執政官であり
「うむ……その後の戦いとしては大きくても
「はい。我が国は鉱物資源と加工技術のおかげで現在では産業のよい成長期に至っておりますが、周りの国々の幾つかには、このようなトルジェ王国の繁栄を歓迎出来ない事情もありましょう」
クラウスの説明でオルトは嫌な方向に考えが巡っているようだった。
「するとクラウスは今回の騒乱は他国が原因だと言うのか?」
「はい。私の予想では西のレゴ王国、一見、我が国と友好を保っておりますが、内情はそうではないようです」
「レゴ王国……」
「かの国は
「その仲裁のお返しか?」
オルトは右手で顔を
「あるかも知れないな……レゴの現国王パウラⅡ世はまだ若い……それゆえ自信過剰のところがあると聞く――若気の至りという奴かもしれんな」
ヒース王も困り顔で隣国の若き王の粗暴を髭を触りながらつぶやいた。
クラウスはテーブル上にある地図を指し示しながら説明を続けた。
「レゴ王国がネハール王国との争いでの我が国の介入を阻止しようと考え、国内の混乱を利用していたら……」
その最後に示した場所はファルドであった。その意見を聞いたオルトは疑問をクラウスにぶつけてみた。
「しかし、レゴにそれほどの力があるとは思えないがな……ネハールを攻める間、トルジェに手出しをさせない為に裏でファルドを支配し、トルジェ王国を抑える程の力はないのではないか?」
そのオルトの意見は正しく、実際レゴ王国はそれほど大きい領土や強い軍隊をもっている国ではない。陸路は仲の悪いネハールとその仲裁に首を突っ込むトルジェに囲まれている為、海路から西国に対しての貿易を盛んに行っているような国だ。しかしクラウスの話はここで終わらなかった。
「レゴ王国の動きは単独のものではなかったとしたら、どうでしょうか?」
「まさか、協力する国があると言うのか?」
「ええ……あくまで表だって見えるのはレゴ王国しかしその後ろに隠れて、しかも二カ国有るとしたら」
その言葉にオルトは顔が
オルトは目を閉じ、両腕の肘をテーブル上におき、口元に手をおく格好で思案すると、その先の言葉を求めた。
「聞きたくはないが、その国は?」
「その協力国はモファト教皇国、もう一つはナフラバ共和国です……」
クラウスが独自に集めた情報を基に出した見解はこうだった――モファトは数年前に前教皇が亡くなってから新しい教皇の下に善政を敷いていたが、ある日を境に現教皇の体調が悪くなり、日に日に衰弱し政務に携われる状態ではなくなってしまった為、ある人物が摂政として政務全般を取り仕切るようになっていった。その人物がナフラバ出身者であり、レゴ王国のパウラⅡ世をけしかけたのではないか? と言うものだった。
「つまりその人物が今回のファルドの騒乱を起こしたレゴ王国の後ろで糸を引いている者という事か?」
「はい……その人物が橋渡しとなりナフラバ共和国も巻き込んだのではないかと考えています」
クラウスの政治手腕と戦略的な実績が今まで外れた事が無いことをオルトは知っていた。それ故にこの三か国の思惑がトルジェ王国に向けられているという事が少しずつ理解できた。
「ヒース、クラウス、この三か国の目的はなんだと思う?」
オルトは二人に問いかけてみるが、既に二人の答えが自分の答えと同じということに疑いはなかった。
「七つの星-バーサレルハイトの秘宝……」
ヒース王がそう答えるとクラウスも頷うなづいて同意した。当然オルトも二人の答えと同じだった。
バーサレルハイトとは、トルジェ王国に古くから伝えられる大いなる力をもった秘宝であり、七つの星と呼ばれていた。それは魔法石や剣、道具、書物などその時代で様々な形に変化を遂げながら受け継がれていたとされている。その七つ星を揃えて所持した者には大いなる力が宿ると言われ、七つの星はトルジェ王国の歴史上で何度か使用されたという伝書が伝わるだけであって、使用したところを見た人物も聞いた人もいない……その力は今や伝説としか受け止められていなかったはずであった。
「なぜ今頃になってバーサレルハイトの事が……ましてモファトなどの他国の者が知っている?」
その疑問の答えをクラウスは知っているようにみえた……その様子を見てオルトが聞いた。
「何を知っている?」
問いかけたオルトにクラウスは重苦しく口を開いた。
「オルト、バーサレルハイトの………その秘密をモファトなどに伝えただろう人物は……バグナルの可能性があるのでです」
「バグナル! あのバグナルか?」
その人物の名前を聞いて、オルトはかなり驚き、クラウスは黙っているだけだった。
「何があった? バグナルと……」
「これは私たちの過ちだ……こんな事になるとは思ってもみなかった」
クラウスが重い口を開いて現在に繋がるバグナルとの過去の出来事を話し始めた。そしてオルトも彼との出会いを重ねるように思い出していた……
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