第19話 治療に向かうもの
時を少し遡った数日前のセテの村での事。
ヤンヤがセテの村を訪れていた。イリノアの街での治療では傷を治すことまでしか出来ず、腕は動くことは叶わなかった。彼なりに考えてオルトに教えてもらったこの村の医師を尋ねて来たのだった。
(あのままイリノアの街に居たところで治ることはないと見放されたんだ……ここで駄目でも悔やむことはない)
そう思いながら村に入ると、村人に声をかけ医師の居場所を聞いた。
「すまない、この村の医者はいるかい?」
「ファブルさんの事かい?」
「多分……その人の居る所を教えてくれないか?」
医師ファブルの家を聞いたヤンヤは、その家に向かった。少し行くと一人の女性に会い、もう一度ファブルの家を確認する為に声をかけてみた。
「すまない、この村の医者はこちらでいいのかい?」
「ん、あなた治療を受けに来たのか? それとも新手のお誘いか?」
「え? いや治療を受けに来たんだが……」
尋ねた女性はツンとした表情のままの言葉にびっくりしたが、こちらの用件を伝えると、素直に案内をしてくれた。
「案内するから付いておいで」
ヤンヤは女性のうしろから付いていく。その女性は腰まで伸びた髪を左右に分けて両側で結っていた。背丈は彼の肩ぐらい。ちょっと気の強そうな感じの目が印象的な女性に見えた。ふとヤンヤは、医師の腕がどの程度か知りたくなって案内してくれている女性に聞いてみた。
「どんな医者なのかな? ファブルって人は?」
「治療したいんだろ……もうすぐ着く。そしたらわかる」
ヤンヤの発言が少々気に入らなかったのか、その女性はつっかかるような言葉でかえして来た。
「腕は良いと聞いて来たんだが……」
「村だから腕の良い医者は居ないだろうとでも言いたいのかい?」
「いや、そうじゃないが」
「じゃ黙って着いてきなよ、治して貰えばそんな勘ぐりも無くなる」
ヤンヤはそれ以上返す言葉を発しなかった。そんな話をしていると女性の足が止まり、ヤンヤに振り向いて言った。
「そこがこの村で最高の医者のいる所だよ」
指さした場所は、医療施設のある建物には到底見えず、少し、こじんまりとした普通の家の様だった。
「ここが?」
案内をしてきた女性は同じ様な反応を今までも見てきたのだろう。ヤンヤの驚いた表情に嫌みを言っていた。
「はっ! どうせ、騙されたって思ったんだろ?」
「いや……想像していたのと違うんでね…」
「みんなそう言って信じないで街や都市の設備の整った医者の所へ行き、金だけ払えば治せると思っているんだ」
「いやそんなつもりで……」
少々苛立っている様にも見えた女性にヤンヤはなだめるように話していると、建物の中から一人の老人が出てくる。
「どなたかな? イリス?」
「オヤジに治して欲しいって患者だよ……」
イリスと呼ばれた女性はヤンヤを案内してきたことを伝えて、その場を離れて行ってしまい、ファブルは患者であるヤンヤに声をかけ建物の中に入る様に促した。
「診てみよう入りなさい」
建物の中に入ると一応の医療機器があり、診察台や手術の出来るような設備もあったが、素人にも明らかに少ないと解かる設備だった。中に入ったヤンヤは診察室まで来るとファブルに話しかけた。
「いきなり来てすみません。イリノアの街でこの腕を治せる医師がこの村にいるって聞いたもので」
ファブルは珍しいといった表情をしてヤンヤの言葉を聞いた。
「ほう……私を勧める者がイリノアの街にいるのか?」
「ええ、オルトって人が」
「なんじゃと! あやつ、深琴を迎えに行くと言っておきながら! イリノアの街で遊んでいるのか」
「いてっ!」
ファブルは興奮しながら発言に反応してしまい、動かない片腕を触っていたので、ヤンヤは痛みがはしった。その反応にファブルが冷静さを取り戻し診察をつづけた。
「おお、すまないつい興奮してしまった。ふむ、痛みは感じるか……これは厄介な魔法をかけられてるな」
ファブルの言葉を聞いてヤンヤは驚いていた。イリノアの街では魔法がかかっていると判明するまでかなりの時間がかかったのに、このファブルという医師はほんの数分、診ただけでそれがわかったのだ。
「わかるのか?」
「あたりまえじゃ! しかし治すのには、かなり時間はかかるぞ」
それを聞いたヤンヤはさらにびっくりした。治せるという答えは、諦めていたヤンヤにとっては奇跡のように嬉しい言葉だった。
「まさかこんな村で治ると言われるとは思ってなかった」
彼の言葉を聞きながらファブルは軽い嫌みを呟く。
「こんな村で悪かったのぉ~治ると思ってなかったのに、この村にわざわざ来たのか?」
「いや、イリノアの街医者でこの腕が治らなかったから……セテの村の設備で治るとは」
「なるほど……医者は設備や場所が整っていれば腕や知識はいらないって事かの?」
少々意地悪く言ったファブルは、ヤンヤの後ろに立つと拳を両こめかみにねじるように押し付ける。
「いてててて! そうじゃないけど! 誰でも設備があった方が治ると思うって!」
「最近の若い医者は設備のある場所で儲けのある患者しか見ないからな……探究心と向上心が足りんのじゃ……」
ファブルは机の引き出しから取り出した薬をヤンヤに渡す。
「ほれ!」
受け取るヤンヤは何の薬なのか分からなく、ファブルに聞いた。
「薬? これで治るのか?」
「あほか? その薬は痛み止めじゃ!」
「痛み止め? 痛みは無いけどな……」
「これから受ける治療の痛み止めじゃ」
ファブルはヤンヤの動かない腕を治療台の上に乗せると治療する部分に何かを書いていた。
どんな治療をし始めたのか分からないヤンヤは、ぽかーんと腕の治療を眺めていたが、次の瞬間、
「こんなので悲鳴を上げるとは……情けないの~」
ヤンヤは冷や汗と急な痛みに声を上げていた自分に少し恥ずかしそうに顔を赤らめていた。そんなヤンヤにお構いなくファブルは治療を続けた。
「ちょ! ちょっとまって~ 心の準備が!」
「こんなのはまだ序の口じゃぞ……ほれ!」
ヤンヤを案内したイリスは村に響き渡る二回目の悲鳴を川辺で聞いていた。
(あの男結構持つじゃないか……普通なら最初ので気絶だものな……戻ってみるか)
そう思いながらファブルのところに戻るイリス。
イリスが戻ると家の中で魂の抜けたような表情のヤンヤがぐったりと横たわっていた。それを見たイリスはファブルに話しかけた。
「こいつ……そんなに悪いのか?」
「ああ、イリノアの街で治療を受けたらしいが、傷口の治療だけで魔法の解法は分からんかったようだ……イリス、暫くこの男の面倒を見てやりなさい」
突然のファブルの要求にびっくりして言葉を返したイリス。
「なんであたしが?」
「この村にこやつの知り合いもおらんじゃろ……宿は辛うじてあるが、その場所もこの村の雰囲気も分からんじゃろうし、何よりこやつの怪我の治療はかなりの時間がかかる」
そういうファブルはぐったりしているヤンヤを見る。ため息と共にイリスも仕方がないと割り切り。
「チッ! イリノアの街医者も大した奴は居ないって事か」
そう言うとイリスは気絶しているヤンヤに歩みより叩き起こした。
「いつまで寝てるんだ!」
叩き起こされたヤンヤは痛みで気絶したことを理解した。
「
「おい! お前治療費はあるんだろうな!?」
患者だということにもお構いなしでイリスは話すと、ヤンヤはしっかりと応えファブルにも治療の見通しを尋ねた。
「銭も持たずに治療してもらおうなんて、そんなこと思って来てない……それよりこの腕は動くようになるまでにどの位かかりますか?」
「三か月……早くても二か月以上はかかるぞ――まあ、おぬしの気力とも相談じゃがな、その間はこの村で暮らす様になるが平気じゃな?」
「ええ……出来るだけ早くこの腕を治してみんなのもとに行かないといけないんです」
「――その傷の受けた時の事など聞いてなかったの……聞かせてくれるか?」
ファブルはヤンヤの受けた魔法が気になっていた。それは、なかなか高位の魔術師でないとできない魔法であった為だ。魔法には幾つかのジャンルと分類があり、それを見極めないとヤンヤにかかった魔法を解くことが大変難しくなる。
ヤンヤは怪我を受けた時の状況を細かくファブルに話した。
状況などを聞き終わったファブルとイリスは驚いていた。その話の中でヤンヤが守ったのが深琴でその時に受けた傷だったという事に……
「まさかお主が深琴を助けてくれたとは……」
「彼女が無事でよかった……そうとは知らずにすまなかった。ありがとう、深琴を助けてくれて」
急に二人の様子が変わったので、ヤンヤは気になって深琴の事を聞いてみた。
「深琴ちゃんはここセテの村で暮らしていたんですか?」
「ああ……気立てのいい娘でな。不真面目な兄の面倒を見て、二人で暮らしていた」
ファブルの言葉に続いてイリスも深琴とオルトへの想いを話していた。
「あの二人のおかげでこの村も随分暮らしやすくなって……村で何か困った事があれば、率先してやってくれたんだよ……特に深琴ちゃんはね」
イリスとファブルが深琴とオルトに対して、思いやりと感謝の気持ちを感じていることがヤンヤにも伝わる話しぶりであった。
「そうですか……じゃあ なおさら早くこの腕を治してみんなと合流し、彼女をこの村に戻してあげないといけませんね」
ヤンヤの言葉を聞いてファブルは腕にかけられた魔法の説明をした。
「それと、お主にかけられている魔法はかなりの高位魔術師が使ったものだ……こんな魔法その辺の魔術師などが使えるものではない、ましてシーフなどに」
その説明がヤンヤに新たな疑問を与えた。今まで自分たちのクランでそんな相手との戦闘も遺恨を残す出来事もなかったと思っていたからだ。
「しかし俺たちが相手をしたのはシーフだった……魔術師がいる様には見えなかったが」
「その辺がどうも分からぬが、オルトが動いているのならその辺りもいずれ分かるじゃろう」
「深琴ちゃんのお兄さんが?」
「さて明日からは本格的な治療を行うのじゃ、早めに宿をとって休むといいじゃろう……イリス後は頼むよ」
「わかったわ――案内する」
「すまない」
そう言って部屋をでた。宿屋に着くまでにイリスとヤンヤは話をしていた。それはこのセテの村の事や医療のことが主だった。宿屋の前まで着くとヤンヤはイリスに礼を言った。
「案内してくれてありがとう……すまないが、明日からもよろしく頼むよ」
そんな言葉を言われるとは思っていなかったイリスは照れながら答えた。
「べ、別にお前の為にやっているわけではない……親父の技術を見る為にやろうとしているだけだ……」
「ファブルさんの?」
「ああ……オヤジに息子はいない、だからってあの医療技術と知識を途絶えさせるのは勿体ないだろ? だから私が……」
少し間をおいて何となくイリスが考えていることを理解したヤンヤだった。
「そうか――確かにこの腕が治るんだったら、その知識と技術はイリノアの街にも無い貴重なものだ。それを途絶えさせる事は確かに損失だな」
照れくさそくなったイリスは話を切り上げた。
「その腕が治ったら深琴の事を頼む……それじゃ明日」
「ああ……明日」
帰っていくイリスを見送った。ヤンヤは……希望が見えてきたことに新たな未来を見出していた。
次の日、宿の一階でイリスはヤンヤのことを飲み物を飲みながら待っていた。その姿を見つけたヤンヤが声をかけ挨拶をかわす。
「おはようイリス」
「おはよう……痛みは残ってないか?」
「ああ、でもファブルさんのくれた痛み止めが無ければやばかったかもしれないな」
「そうか、ちょっと腕を見せてみろ」
イリスは彼をテーブルのある椅子の座らせ治療している腕を診ると治癒魔法をかけた。
「この魔法は?」
「痛みや疲労が残っていると治りが遅くなるからな……少しでも、とっておかないと」
その治癒魔法を受けている腕から残っていた痛みが消えていった。
「ありがとう」
「バカ! 早く治して深琴を連れ戻してくれないと困るからだ」
素直に言う彼にイリスは顔が赤くなり、照れ隠しをした。
簡単な治癒魔法を終え、先にイリスが表にでた。
(人それぞれ幸せや価値観は違う……大きな違いはないかもしれないが、俺にも幸せってあるのかな)
先に出たイリスを追いながら、そんな事を考えるヤンヤだった。
二人でファブルの家までやって来るとファブルは家の外にいた。
「どうだ? 痛みの方は?」
「ああ、痛み止めのおかげで何とか」
「ほう……」
顎に蓄えた髭を撫で、ファブルはチラリと明後日の方向を向いているイリスを見た。
建物に入った三人は、治療を行う準備をする。
治療台の上に横になって腕を乗せるヤンヤ、そしてファブルとイリスが支度をしていた。
準備が整ったファブルがヤンヤの元に来て、治療の手順を話した。
「まず初めにお主にかけられた魔法の種類を調べる。調べがついたら、どの程度の強さの魔法かを解読する。それから魔法自体の解法をして治療していく」
「ファブルさん。俺に難しい話は無理だ。用は手順をふんで治療するってことだろ」
「そうだ……魔法にもいくつもの種類があるからな、間違うと面倒になる。治療を始めるが、昨日より更に痛みを伴う治療となるが覚悟は良いな……」
「わかっている」
ヤンヤの言葉を聞いたファブルはヤンヤの動かない腕の治療を開始した。その直後、体に激痛が走るとヤンヤの悲鳴がセテの村に響き渡った。
「やっぱ!いてぇ~‐‐‐‐‐‐!」
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