蚕紋舎(旧・蠶文舎)創業の言葉
序辞
靈明八年八月十六日
本日、我々蠶文舎は大戰後欝屈と文壇全體を覆つてゐた時代閉塞の繭を遂に突き破り、未だ見ぬ世界の白日に晒される事と相成つた。
蠶文舎と云ふ一見奇妙な社名は創業に當り同志である數人の編輯者と共に震天街のバアで呑んだ際に附けた名であるが、此處には幾つかの意味を含ませてゐる。
酩酊者の戲言相応に三文出版、と云ふ些か自虐的・諧謔味のある洒落が成り立つことは差し置いて、尤も重要であるのは蠶なる生き物のモティーフであらふ。
蠶は有史以來、あらゆる國の文化と共に生きてきた生物である。我々もまた我々の出版活動を通じて云千年の歴史を擔つてきた蠶の如く、末永く、人々の豐かな社會・文化の發展に貢獻出來る事を祈つてゐる。
蠶は美しくも儚い。人間の庇護無しには生きられぬ脆弱さは、或は、讀本の性質とも似てゐる。本もまた、讀まれなければ成らない。此處に文藝出版社として、讀者に對する愼みと敬虔さを忘れぬやうにとの願ひを込めた。“カイコ”と云ふ音が指し示し得る囘顧、或は懐古のnuanceもまた、signifiantの深く底に眠つてゐる。
蠶が大空を飛翔する事は、果たして叶はぬ夢であるかもしれぬ。然し、今宵も夢を見る蠶の空はどこまでも廣がり續ける。夢想は決して單なる逃避でなく、現實を正しく眼差すための貴い營みである。
そして我々の使命は、蠶が見た夢の跡を直向きに追ひ續ける事である。いつしか我々の活動が汎ゆる人々の前に美しいsilk roadを紡ぎ上げる事を願つて止まない。
燻背川に近き田舍の小都市にて
桒原絹與史
※ 社史『蠶文舎創史記』より引用。
書影は弊舎公式note(https://note.mu/sanmonsha)で見ることができます。
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