第20話 領都ハーマル

 護衛2日目、朝早く起きて【転移】でオゥちゃんの家に行き、畑と家畜の世話をする。


 ちょっと遅れてエリナが【転移】してきた。


「お兄ちゃん起こしてくれれば良かったのに~!」

「ははははっ、夜襲があったから、寝てて良かったんだよ。……今日は簡単に済ませようね。……あれっ? ナオちゃん!」


 エリナはサーベルタイガーの赤ちゃんを抱いていた。



「一緒に転移できたんだ?」


「そうだね~……。今、気が付いたけど~」


「空間魔法だから、範囲内に密着してれば一緒に転移出来るのかもね」



 畑に水遣りをして家畜に餌をあげた。


「よしっ、そろそろ戻って朝食を食べようか」


「それなら【転移】を試してみよ~ね~」


 エリナがギュ~ッと俺に抱き付いて来た、いつの間にか大人に成長したんだね。……中身は、まだまだ子供だけど。


「クッツキ過ぎだよっ!」


「ウフフッ、小さい頃は良くダッコやオンブしてくれたでしょ~」


「……よしっ行くよ! 商隊のキャンプに【転移】!」


 シュィイイイイインッ!

 みごと成功した!



「うわ~っ、引くわ~。兄妹で抱き合ってるぅ……」


【転移】したら、スクルドがそばに居た。



「一緒に転移できるか試してみたんだ、成功だね。空間範囲から出なければ大丈夫そうだよ」


「なんだ、知らなかったんだ~」


 スクルドがつまらなそうに言った。



「お早うございます」


「「お早うグラーニ」」


「お早う御座います。ブリュンヒルデ・お・嬢・様っ!」


 スクルドはひざまつき、グラーニに最敬礼する。



「お早うスクルド、気付いてしまったんですね」


「はい、昨日のオークの首を刎ねた剣技は【幻麗流 紅一閃】げんれいのながれべにいっせん。 ブリュンヒルデお嬢様の一騎当千の必殺剣です」


「ウフフッ、久しぶりの戦いに高揚して思わず使ってしまいました……」



「お嬢様は、いつからグラーニと入れ替わったのですか?」


「私の体は今も異界で眠ったままです。あなた達が楽しそうなので、ちょっとグラーニの体を借りたのです。従魔契約をしてる神獣のグラーニが、私の姿に変身したので借りる事が出来たみたいです」



「夫となる者が、お嬢様に誓いのキスをすると呪いが解けると聞いてますが?」


「オーディン様が、逆らった私に結婚の呪いをかけたのです。結婚の誓いのキスをすれば目が醒めますが、私の異能の力は失われてしまうそうです」



「なんか、白雪姫に似てるね~」

 エリナが首をかしげる。


「うん、それが『白雪姫』や『眠れる森の美女』の元ネタと言われてるんだよ」

 と俺が知識をひけらかす。



「……お兄ちゃん、キスしてあげれば~?」


「「えっ……」」

 俺はブリュンヒルデ様と目が合い、互いに顔が赤くなった。



「エリナは俺が誰かにキスをすると怒るくせに、……それにブリュンヒルデ様の異能の力が失われるって」


「異能の力は失われますが、苦労して修行して得た剣技は忘れません」



「でも俺と結婚する事になるのでは?」


「……私ではご不満ですか?」


「いいえ、私には勿体無い絶世の美女です」


 ブリュンヒルデが頬を赤くして近づいて来る。


「えっ、今ここで?」


「私の魂は今ここに在ります」



「お兄ちゃん、お馬さんでもここまで綺麗なら良いでしょう? グラちゃんが待ってるよ~」


「馬じゃ無いし、グラーニでも無いよ……結婚するのは本物のブリュンヒルデ様なんだよ! え~い、ままよ!」


 ブッチュゥゥゥゥゥッ!!

 ピッカァアアアアアッ、シュゥウウウウウッ!


 あたり一面が光に包まれ、煙の中から馬の姿のグラーニに跨った、真っ赤な鎧姿の絶世の美女が現われた。



「「「「結婚おめでとうございます」」」」

 御者達が跪き挨拶する。


「「お嬢様お帰りなさいませ」」

 オゥちゃんとスクちゃんが跪き最敬礼する。


「グスン。グラちゃんお兄ちゃん、おめでとう」


「エリナ、ブリュンヒルデ様だから、それにエリナの義姉ねえさんになるんだよ」



「お姉さま、不束ふつつかな兄ですけど、よろしくお願いします」


「こちらこそ宜しくね、エリナちゃん。

 ところで皆さん、私が戻った事は秘密にして下さい。せっかく平和に成ったのに、私が戻った事が知られると、政変が起きてしまうかもしれません」


「「「「解りました」」」」

 と護衛パーティのメンバー。


「「「「仰せのままにいたします」」」」

 と御者一同が言った。



「このまま何事も無かった様に都まで行くだぁ」





 領都の手前迄来た。

 グラーニは馬の姿のままで、女子3人はワンピースに着替える。


「この服が着たかったの!」

 ポニーテールにしてサンダルを履いたブリュンヒルデが嬉しそうに言った。


「お姉ちゃん、とっても似合ってる~」


「ありがとう、エリナちゃん。あなたもとっても可愛いし似合ってるわ」


「あの~、私は……」


「「もちろんスクちゃんもとっても可愛いわ」」


「へへ~、ありがとう」


「は~ぁ、良かった良かった~」



「これほどの美人が、3人も一緒に街に入ったら目立ちますよね」

 俺は3人を見ながら腕組をして考える。


「【認識阻害】の魔法を掛けるから大丈夫です」

 とブリュンヒルデが答えた。



「それは異能を失った今でも使えるのですか?」


「異能の力とは、神々に匹敵する特殊な力の事です。普通の人間レベルの魔法は使えます」


「そうなんですか」


「もう敬語は止めてくださいね。夫らしく威厳を持って接してください。わたしの素性が判ると旨くないですし、これからは普通の妻として生きてゆきますから」



「う~んっ、それじゃあ、何と呼べば良いかな~?」


「白雪姫のユキちゃんが良いわ~」

 とエリナがブリュンヒルデの白い手を両手で持ち上げる。



「それでは皆さん、これからはユキでお願いします」


「「「は~い」」」




 都に着くとユキは【認識阻害】の魔法を女子3人にかけた。


 目的地の商家の前に到着して、商隊護衛契約履行の手続きをする。2枚の同じ書類に、お互いのリーダー2人がサインを書き込んだ。

 トラブル防止の為に料金はギルドで支払われる。



「どうもありがとうございました。良い経験が出来ました、縁が有ったら又、おねがいします」

 と笑顔でロンロンが言って、1人1人に握手した。


「「「「「ありがとうございました」」」」」




 ギルドで手続きをして報酬を貰い5人で等分した。


「俺ぁ行く所があるだぁ」


 と、オゥちゃんが言い出したので。

 特に用事も無いので、皆オゥちゃんに着いて行く。



 俺達はオゥちゃんに連れられて孤児院に行き。報酬の半分を寄付をしてから、オークの肉を料理して、皆で子供達と一緒に食べた。

 歯が生えてきたナオちゃんもオークの肉を一生懸命かじってる。

 子供達はそんなナオちゃんから目が離せないが、食べるのに忙しい為に手を出さなかった。


「お姉ちゃん大きな猫だね」


「虎って言うんだよ~、まだ赤ちゃんなの~」


「大きい赤ちゃんだね」


「そだね~」




「「「「「ありがとう、ごちそうさま~」」」」」


「「「「「又来るね~」」」」」

 子供達の見送りに笑顔で手を振った。



「今日は宿屋に泊まって明日帰るだぁ」


「「「「は~い」」」」




 翌日は【転移】で帰るので、ゆっくり街を見学する事にした。


 街外れまで歩いてくると弓道場があった。

 ユキが俺の腕を引いて行く。


「ユウリ、弓を射て見せてください」


「うん、初めてだけど、やってみようね」



 受付を済ませ、貸し出し用の弓を手にした瞬間、頭の中で前世の自分が、弓矢で的を射抜く姿が浮かぶ。

 そのままのイメージで弓を射ると、30メートル離れた的のど真中に命中した。


「「キャ~当たった~、すごぉぉぉいっ」」

 エリナとスクルドがビックリする。


 俺は続けて10本、全ての矢を真ん中に当てる。


「「「……」」」



「前世を思い出しましたか? ユリシーズ」


「いいえ、ユキ。弓の射方だけが頭に浮かびました。俺はユリシーズの転生者なんですか?」


「あなたはギリシャの英雄オデュッセウスで、この国ではユリシーズと呼ばれていた転生者です」


「……そうだったんだ。……ユウリ・シミズ、ユリシーズ。……ダジャレかっ!?」



 自分のスキルを確認すると、【弓術Lv10】が追加されていた。人間のスキル限界はLv5だったはずである。


「やれやれ、只の研修生の筈だったんですけど」




【後書き】

【幻麗流 紅一閃】げんれいのながれべにいっせん

 左から右へ、右から左へ、次々と真一文字に敵の首を薙ぎ払う。通常刀は立てて構える為、それに対して真一文字に振るう事により、刀も鎧も首と共に切り払う。離れている者からは、赤い血の線が真一文字で戦場に続いて見えると言う。

 ブリュンヒルデは養父ヘイミル王の命により、5歳から12歳まで剣聖上泉信綱(転移者)の元で修行して、12歳からオーディンの元でワルキューレと成った。人族出身のワルキューレは彼女だけである。やがて、ワルキューレ筆頭に成ったブリュンヒルデは、敵に騙されて養父オーディンを裏切り、結婚の呪いを掛けられて幽閉されてしまった。

 お読み下さり有難う御座います。

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